箱学play tag
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巻ちゃんが箱学と交換留学で出向くことになって、東堂と会ったら色々うるさいし大変だから黙っててバレないように逃げ回ってたのに、どんなに変装しても
一目で東堂が見抜いて追ってきて、最終的に黒ストレートのカツラ被って女子制服着てロッカーに隠れたのに「見ィつけた」って暗黒微笑東堂の話下さい
って呟きを、自分で供養してみることにしたお話
ツイッターで、私の書く東巻はトムジェリみたいというお言葉を頂いたら、逃げ回る巻ちゃんが脳内から離れてくれなくなりましたw

*****
総北には部活とは別に、クラブ活動という時間が存在している。

長年ライバルだ競争相手だと、やり取りしていた箱根学園に、巻島裕介が訪れる破目になったのは、因縁の競技とはまったく無縁な、このクラブ活動に絡む英語能力ゆえというのは、皮肉な出来事だった。

部活もクラブも、ともに本人の希望で活動するもので、一部の学校を除いては強制されるものではない。
一般的にこれら二つは、学生生活で同等な存在扱いされている事が多い。
規定人数に達している団体を部活と呼び、部活とは認められぬが、少人数制の趣味的な同好会をクラブと呼ぶといった使い分けもあるし、
単に学校側が長年利用してきたどちらかの言葉を利用するという事もある。
だが総北では「部活」と「クラブ」は別物として存在していた。
『部活』は趣味や実用、自分の興味あるものを対象に課外時間に行うものであるが、『クラブ』は社交能力を高めるため、または何らかの勉学の励みにするため、授業の一環として扱われているのである。

…とはいっても、それは表向きの建前で、実際は相当に緩い取り組みだ。
授業の時間帯を変更したい時や、調整で補講をしたいという事があれば、クラブの時間は即座にそちらに当てられる。
体育祭前の全体訓練だとか、避難訓練だとか、授業が追いつかない場合、ホームルームで終わりきらないだろう議題が持ち出された時になどに、穴埋めとしてその都度使われるので、
むしろそういった特殊事情がない場合、空き時間を、クラブ活動という名目で存在させているといったほうがいいだろう。

そういったゆったりとした仕組みの存在なので、あまり積極的に『クラブ』に力を入れるものはいない。

運動部のものは、体力は部活動時に残しておきたいと、文科系のクラブに入り、逆に普段文科系の者は、たまには軽くレクリエーション気分で、運動系に入るかといったレベルだ。
勿論一部の体力バカ……脳筋……もとい、活力に溢れる一部の者は、クラブも部活も体育会系という猛者として動き回るが、巻島裕介はそうではなかった。

「…というわけでな、頼む」
メガネをかけた、人の良さそうな英会話クラブの顧問に頭を下げられて、巻島は困惑していた。
「えっと……でも……オレ………」
「わかってる!巻島は人見知りがあるからな!だがこれも海外前にはいい経験だぞ!少なくとも相手は日本人だっ」
日本国内で留学ができなくては、海外でなんて到底無理だといわれてしまえば、反論は難しい。

事の起こりは、英会話クラブの論文提出だった。
クラブは実益も兼ねて、文科系のものをと探していた巻島には、とてもありがたい存在だった。
授業以外に英語をやりたくないと思う学生が多いのか、残念ながら部活に英会話、英文学系のものは存在していない。
そのため、ゆるめの活動のクラブの中では、英会話クラブは比較的積極的に、色々なコンテストや取り組みに参加していた。

将来を見据え、見事なブリティッシュイングリッシュを話していた巻島は、数少ないクラブ員の中でも、際立っていた。
軽く書いた英論文が、突飛な意見だと審査員に評価をされ、英論文対話コンテストで、上位入賞したのである。
それだけなら、まあいい思い出の一つで終了していただろう。

だがこのコンテストの、県代表にまで選ばれてしまったのは、巻島にとって誤算だった。
さらには県大会を抜け、関東地区上位入賞までしてしまったのは、適当に書いた内容だっただけに、誤算を通り越して申し訳ない気持ちにすらなった。
しかもその後各地域上位2校がペアとなって、交換留学生として1週間互いの学校に訪れる……という話になった時点で、巻島はもう自分とは関係ない話になったと思っていたのだ。

だが英会話クラブで、流暢に話せるものは巻島以外に、存在をしていなかったのだ。
他の者も、英文学に興味があったり授業以外でも英語を勉強して、旅行などに役立てたいという気持ちならあるのだが、それもあくまでそのレベルの英語だ。
巻島のように、日常会話として英語を使いこなそうなど、考えてもいない。

だから、お前が行ってくれと言われて、巻島は固まった。

上位入賞の名前を持ちながら、「まいねーむいず」だとか「ふぁいん、さんきゅー」レベルの会話利用者が訪れては、他校にも失礼だし何より、当人がいたたまれないだろうと言われれば、
他人に押し付けるのにも気が引ける。

………周囲の者は、全員両手を組んで「オレ(私)には無理です」オーラを出しながら、巻島を拝んでいる。
「……ショォ………」

途方にくれて、ついいつもの口癖を出してしまったのは失敗だった。
巻島の「ショ」は「はい」でもあり、「いいえ」でもあり、単なる相槌でもある。
会話を曖昧にしたい時、便利な言葉だがそれは普段から付き合いの深い者にしか通じないやり取りだ。

プリントを渡す時や、返事をする時など、クラブ活動で「ショ」を安易に使っていた巻島の言葉を、周囲は承諾と受け取っていた。
「そうか!引き受けてくれるか!?」
クラブ顧問の顔が、輝く笑顔に変わり、安堵に満ちる。

「ショォッ!?」
「そうかそうか、すまんな、巻島……頑張ってくれ!」
「ごめんね、巻島くん…私たちじゃとても英語論文なんて無理で…」
「箱学って私立なんだろ、待遇いいかもしれないぜ?」
善意の応援に囲まれ、巻島は断ることができなかった。
同時に聞き捨てならない、耳慣れた単語が現れたことに硬直をしていた。

「留学って…は、はこがく……ショ……?神奈川の??」
「そうだぜ、知らなかったのか あ、でも自転車競技部って箱学とやり取りあるんだろ?知らない奴ばかりのトコじゃなくて良かったな!」
「ショォォッ!?は、箱学はダメショ!!無理ショ!!!」

巻島の派手な頭と、サイケとも表現したい過剰な色彩感覚知に満ちた服だけが見れば、どれだけこいつは目立ちたがりな奴なのだと思うに違いない。
だが、実際は真逆だった。
巻島の原色に溢れた、人と異なるスタイルは毒虫やそれに擬態した昆虫などが放つ、警戒色だ。
自分は危険な存在なので、近づかないでくれ、寄らないでくれと言葉にせず表現しており、実際一般的感覚を持つのであれば、遠巻きにされている。

あまり他人と距離を詰めたくない巻島にしてみれば、趣味と実益を両方兼ねたのが、この髪色とファッションだった。

だがしかし、箱根学園ではそれが通用しないだろう。
なぜならば日頃から、大声で自分のライバルだ尊重すべき友人だと事あるごとに周囲に主張する人物が、存在するからだ。
いろいろ認めたくない箇所もなくはないが、公平に見れば美形ではあるし、あのお調子者と紙一重の性格も、注目を浴びやすく学校内でも目立つ人物であるのは間違いない。
その人物が、この髪色を校内で見落とすことはないに違いない。

東堂尽八がいる、箱根学園に乗り込んだという事になれば………。
無意識に、巻島の喉がゴクリと嚥下した。

(目立つ髪×派手めな制服+交換留学生)←東堂気づく=「巻ちゃんっ!!」
―――確実に、平穏な目立たない学園生活など送るのは不可能だ

「先生ェ!!一つ条件あるショっ!!」
「お、おお、なんだね!?」
「オレ向こうでウィッグ被って、箱学の制服に似た私服で過ごしたいショ!!それから全校生に紹介とは無しの方向で話進めてくれるなら……頑張るショォ」
「巻島……」

感動したように、うんうんと幾度も頷く教師は、おそらく勘違いをしている。
学生にしては派手な髪で、他校にお邪魔するのは遠慮をしたいと、巻島が考えていると思ったのだ。
「そうだな、確かに他校でその髪は…少々目立ちすぎるかもしれん だが…お前の方から言い出してくれるとは、先生はうれしいぞ!」
「あ、あと……」
「なんだ?気になる事があるならこの際言っておけ」
「実は部活の方……で、箱学はライバルって事になってるショ スパイとか思われたくないショ……」
あくまでも、こじつけだ。
箱学の主将はそれなりに知っているし、他のメンバーだってこうした事情で訪れて、スパイだなんて疑うタイプではない。
問題は東堂一人に搾られるのだが、それを伝えるのは難しいので、巻島は部活全般の問題へとすり替えている。

「ああ、あくまで英語クラブの方に専念したいという事か、ふむ…向こうの先生と少々相談してみよう」
首を縦に振った教師は、巻島のウィッグと箱学での紹介は無しという事を請け負ってくれた。

ブレザーは無理でも今の時期であれば、上着を着ていなくても不自然ではない。
Yシャツに箱学の制服に似たズボン、は既製品で充分だ。
幸いネクタイは総北のものがよく似た色をしていたので、利用可能。
ウィッグは、兄の仕事の関係で幾種類も自宅にある。
巻島が選んだのは、短めの襟足で短髪になっているものだ。

そのウィッグは、薄茶の髪色で巻島の高1時代のものに、少し似ていた。
ただしそれではすぐばれるだろうと、前髪を長く下ろし、ほぼ目元は見えないようになっている。
口元のホクロはコンシーラーで消しておけば、バレないだろう。

当時と身長体重も異なっているので、印象は代わっているだろうが、東堂のセンサーは色々と鋭い。
こちらが隠そうとしていることを、電話越しにだって察して問い詰めてくるぐらいだ、直接会ったらそれどころではないに決まっている。

「これで、一週間……何とか乗り切るショォ あ、ショはダメだったシ……だめ…ですよ」
後は口癖の『ショ』を使わないことと、普段と違い背をまっすぐに行動すれば、随分印象も変わるはずだ。
他校で一週間……目立ちたくないの一心で、巻島は無謀な挑戦をはじめようとしていた。

**

「えー……というわけで、総北から1週間交流留学に来てくれている……マキシマユウスケ君だ 皆も知ってのとおり、我が校の英研部と組んで関東代表としての
論文を書く為に訪れてくれている 本人があまり他校で目立ちたくないというのと、勉学に集中したいというので、受け入れるウチのクラス内のみでの紹介になるが……」
言いよどんでいる、クラス担当の気持ちはその横に立っている巻島にも伝わってくる。
交流留学という名目なのに、名前はなるべく明かさないでくれだとか、存在はあまり知られたくないだとか、不思議な頼まれごとをこれでもかと並べられ、
本人は胡散臭い前髪の長さが、目元まで顔を隠しているのだから、不審に思われるのも当然だ。

教壇の横にたった巻島は、見下ろした席のどこにも、荒北や新開……東堂といった、見知った顔が存在しないことに、安堵していた。
変装をしているとはいえ、同じクラスで長時間居れば、さすがに正体を隠し通すのは不可能だ。
これならば……と、頭を一つ下げて挨拶をしようとした瞬間、一人の男子生徒が立った。

ガタッと机と椅子を鳴らし、すごい勢いでの立ち上がりで、周囲の生徒たちの耳目がいっせいにそちらに向けられる。
「……総北のマキシマ……って……ピークスパイダーッ!?」
「ショ……ショォォォォ!?」
何故ばれた!と息を飲んだ巻島の目に映ったのは、何度か山頂付近で見かけたことのある顔だった。

「何だぁ?藤原…マキシマ君と知り合いか?」
「いや……知り合い……っていうか……」
しまった、と巻島は今になって気づく。
少人数制の自校と違い、王者の異名を持つ箱学は、レギュラーでない自転車競技部が多く存在しているのだ。
巻島の名前を知っていても、おかしくない。

「……っていうかさ、巻島……なんだよその髪……そのせいで気づけなかったぜ」
自分を知っていることが、確定した。
見慣れたタマムシ色の髪ではなかったので、気づき損ねたといわれれば、もう言い逃れはできない。

「あ……あの……今回は……英語のクラブ代表として来たから、静かに学園生活送りたくて……オレ、スパイとか思われても嫌だったし……その、集中したかったし……
目立ちたくなかった……ショ……」
「ああ……」
途切れ途切れではあるが、変装の意図を巻島なりに伝えれば、腕を組んで、藤原は何度も首を縦に振る。

「ああ……そう…だよなあ……静かに勉強生活送りたかったら……うん……だよな……」
「ん?藤原、どういうことだ」
なにやら訳ありげたと思っていた他校生徒の事情を、クラスの一員が知っていたらしいと、担任は首を傾げる。
言ってもいいのかと逡巡したようだが、黙っていても余計に面倒になるだろう。
無言の問いかけを藤原に受け、巻島は小さく頷いた。

「先生、こいつ……いや…マキシマ君はあの『巻ちゃん』です」
ざわっとクラスの空気が、大きくざわめいた。
巻島の前方で「巻ちゃんって……あの巻ちゃん……」「え、あの……?」「マジ存在してたのか…巻ちゃん…」などと、なにやら心を騒がせる呟きが、あちこちから聞こえる。

恐る恐ると振り返ってみれば、なんと教師まで驚愕の眼差しで、巻島を見ていた。
「あ、あの……先生……?」
「本当に……存在していたのか、『巻ちゃん』……てっきり東堂の脳内彼女かと……あっ、ああ、いやそのだなゴホンッ」

(――東堂……お前、オレの名前…学校内でどんなふうに使ってるショ!?)

困惑の渦に叩き込まれた巻島と異なり、クラスの様子は一変していた。

「よし、みんなっ!聞いての通り巻島は今回、勉強の為にこっそりとうちに来たのだっ!安心して学習生活に勤しめるよう、全員一丸となってマキシマ君の存在を隠しておこうっ協力してくれ!!」
「「「おおっ!」」」「「わかりましたっ」」
「マキシマ……って呼んだら、すぐにバレちゃうよね……先生、彼の事はシマ君と呼んでいいですか?」
「そうだな、名前を他クラスの生徒に聞かれたらマキの部分をごくごく小さく発音して、シマ君と言えば、嘘にはならないしいいだろう」
「宿泊は寮なんですよね?……東堂……大丈夫でしょうか?」
「……シマ君の食事や風呂は、二年生の時間帯に組み込んでもらうことにしよう そうすれば鉢合わせは避けられるだろう」

頼もしいことに、クラスが一致団結をして巻島の存在を隠してくれることになった一日目。
だが巻島にとって安心するよりも、不安ばかりが先立つ留学生活初日であった。

***********

「巻ちゃんの匂いがする」
階段へ続く廊下端を、曲がろうとした瞬間その台詞は聞きなれた声で、耳に届いた。
(ショォォォッ!?)
慌てて一番近くの教室に駆け込み、扉を背にしゃがみこむ。

「……巻島の臭いだァ?…キメェ」
「キモくなどあるものかっ!巻ちゃんはまるで森林の奥深くの、涼しげな緑の樹木の香りの中に柑橘系の爽やさを放つ、とても男子高生とは思えぬ香りの持ち主だぞっ」
「巻チャンじゃねえよ キメェのはテメェだよっ!なんで巻島の臭いがここですンだよ!頭ばかりか鼻までやられてんじゃねえノ」
扉越しに聞こえる会話に、巻島の心臓の鼓動は早くなるばかりだ。

姿形を変える努力はしたが、まさかほんのちょっとした愛用品の香りから、自分の名前を連想されるだなんて、予想外だ。
「…しかし……このデオドランドと、ヘアケア製品と、巻ちゃんの芳しい体臭が微妙にマッチした香りは……」
「尽八、その発言はさすがにアウトだと思うぜ」
笑いを含んだ新開の台詞で、どうやら留めていた足を再び動き始めたみたいだ。
徐々に遠ざかる新開と荒北そして東堂の声に安堵し、巻島がそっと扉を開き、屈みこんだ状態で三人の後姿を確認した瞬間を見計らったように、東堂がぐるりと振り返った。

「…………」
まるで、蛇に睨まれたカエルだ。
バクバクと緊張で高鳴る鼓動に、巻島が硬直をしていると、東堂はそのまま怪訝な顔へと表情を変える。
「どうした、尽八?」
「……巻ちゃんの………いや、何でもない行こうか」
変装をしていた上、しゃがんだ状態であったので、幸い東堂も気づかなかったらしい。
慌ててまた教室内に戻り、扉を閉めて耳を澄ませば、また東堂たちの会話が聞こえてくる。

「まだ巻チャンかよっおまえホントいつかストーカーになりそうで怖ェよ」
「はっ荒北のような粗雑な男ならいざしらず、この礼儀作法、家族への気配り周囲への配慮も忘れぬこのオレが、ストーカーになどなる筈もなかろう」

いやちょっと待て、それは言い換えれば周囲への搦め手まで完璧な、サイコ的執着ストーカーで、それはそれで怖いのではなかろうかと、通り過ぎる者達は思っていたが、
誰もあえて口には出さない。
あえてそれに気づかぬ者を指摘するならば、現在まだその場から動けずにいる巻島ぐらいだった。
……今度こそ、大丈夫かとそろーり、そろりとドアをスライドさせる。

一歩踏み出そうとした巻島の前に、ほぼ同じ背丈の男が、音もなく立ちはだかっていた。

「巻ちゃん?」

今の今まで、廊下には他の人物の気配などなかった。
だが現実に、目の前に去ったはずの東堂が、進路を塞いでいた。

「ショォォォォッ!!!????」
しまった、と思ったがもう遅い。
否定をするより先に、つい馴染んだ言葉で叫んでしまっていた。
バァンッ!と勢いよく締めたドアは、やはり勢いよく開けられ、そしてそこにはやはり、東堂がいた。

もう一度無理やり閉めたドアは、やはりもう一度力づくで無理やり開けられ、東堂が巻島の行く手を阻んでいた。

「巻ちゃん…だよな……?」

栗色のショートストレート、口元のホクロはコンシーラーで隠していて、制服は極めて箱学に近いものを着ている。
だが東堂は迷いなく、自分を巻島だと断定していて、巻島は息を飲んだ。
(ど……どうする……ショォ……)

背中につめたい汗が伝わり、脳内では色々な言い訳がグルグルと渦巻く。
ようやく紡ぎ出せたのは
「あの……どなた…かと…お間違え…では……」という拙い言葉だった。

「ハッ 間違えるだと?」
このオレが、巻ちゃんを見間違えるものかという自負に溢れた返答に、巻島がビクリと震える。
一番まずいのは、つい反射的だったとはいえ、他人がほとんど使わぬ語尾で、叫んでしまったことだ。
ここはシラを切りとおすためにも、話し方を変えなくてはいけない。

「えっと…申し訳ないのですが…職員室に行かなくてはいけないんです…そこ、どいてくれませんか…?」
返答をせずに、自分の意志を伝えるという方法で、巻島は他人を装う。
東堂が何かを言いかけようと、唇を開いた。
そこにすかさず入ってきてくれたのは、巻島の留学中クラスメイトになる、藤原だった。

「おぉっと!シマ君!!ここにいたのかあっ 先生が探しているぜ早く行かないと!!」
「え、あ……あの…」
「…藤原?」
割って入った闖入者に、東堂は少し不機嫌な様子で振り返る。

「おおっ東堂! うちのクラスに短気留学で来ているシマ君だ!ちょっと急ぎつれてきてくれと頼まれててなっ!スマンがシマ君をつれてくぞ話はまた後で!!」
若干棒読みではあるが、不自然すぎぬ態度で、藤原がこちらに頷きかけ、巻島も小さく頭を下げると、慌てて藤原の後を追った。
「…助かった…ショォ……」
「いや、オレもシマ君が姿を消したのにすぐ気づかなくて悪かった……それにしてもすげえな…」
「何がショ?」
「東堂の、巻ちゃんセンサー 荒北たちと通り過ぎたはずなのに、『やはり巻ちゃんの気配がする!』とか言ってあのドアの前にいたんだぜ…」
巻島は姿だって変えていたのに、まったく問題視していなかった点も、正直怖かったと藤原は笑う。

しかし巻島にしてみれば、笑い事にはならなかった。
先ほどの時点であれば、まだサプライズだったと事情を明かせたのに、自ら否定してその道を閉ざしてしまった。
「と…とりあえず……ウィッグを繊維用スプレーで黒髪に染め直して、分け目も変えてくるショ…」
「そうだな、先生には事情を話しておくから、一度寮の方に戻った方がいいかもな」
「それより、藤原君は大丈夫ショ? 部活になったら……東堂に問い詰められんじゃねえ?」
「うっ……その…可能性は高い……な…… 今週は自手練の許可を貰おうかな……」
「悪ィな…オレのせいで…」
「いやオレ……というか、オレ達も不祥事で部活禁止になっても困るし……」
「……ショ」

留学二日目、何とか乗り切れた(?)が不安の続く、交差が始まろうとしていた。


[newpage]

**


「皆……聞いてくれ…」
うつむくように黒板前の教壇に立った藤原に、クラスメイトの注目が集まる。
「おいおい、なんだよ深刻な顔してww」
「…東堂が疑っている」
「え?」「マジでか」「オレら徹底的に、シマ君の先回りまでしてあわせないようにしてるべ」
口々にそういうのを、藤原はその通りだと答えた。

「だが…匂いまでは無頓着だった」
とある廊下の曲がり角で、東堂は確信したように叫んだという。

「この深い森の木々の下を通り抜けた後たどりついた、山頂の爽やかな清涼感がありながら艶かしい香りは巻ちゃん以外の者ではありえんな!どこだ巻ちゃんっ!!」
東堂の言ってることの意味はわからんが、とにかくすごいなという思いは一致したらしい。
教室内に、重い沈黙が落ちた。
「…性別を変えてみるのはどうかな…」
ポツリと呟いた副委員長に、全員の視線が集まった。

「ショォ!?」
そろそろ隠れるのもくたびれたし、元々落ち着いて英会話に専念したいという理由で東堂から逃げていたので、これでは本末転倒だ。
もう諦めて、事情を話すといいかけた巻島に衝撃の提案がされた。
「シマく……ううんシマちゃんなら細いし、男くさいオーラないからイケると思うんだよね」
マジマジと自分を見つめ、予備のスカート誰か持ってない?と聞く副委員長の顔は真面目だった。

「…確かにビューラーとか使えるレベルに睫毛バシバシだし」
「いっそ自転車競技部の一部の人に事情話して、卒業した姉とかいる人に制服借りられないかな」
「あ、オレの姉ちゃん…まだ持ってるかも」
「それより演劇部に、予備として幾つか卒業生から寄付されてなかったっけ?」

オロオロとする巻島を尻目に、シマくんシマちゃんへメタモルフォーゼ計画は着々と進められていく。
「あ、ねえこのウサ耳っぽいカチューシャ可愛くない?」
「シマちゃん足細いから、スカート短めの方がいいよね!」
女生徒たちが、なかばきゃっきゃと楽しそうに見えるのは、気のせいか。
一部男生徒が気の毒そうな顔をしているのは、きっと気のせいじゃない。

教室の後ろ扉が、乾いた音を立て開く。
「借りてきたよ!バレー部の先輩が残してくれてった制服!」
息を切らして走ってきた女生徒が、意気揚々と少しサイズが大きめな女生徒用制服を掲げていた。
箱根学園は私立であり、制服はそれなりのデザイナーがデザインし、布地なども高級品を使っている。
そのため何らかの事故や、満員電車でのいたずらなどにあって、以前の制服を着たくないという生徒たちの為に、卒業生が制服を寄付してストックをするという制度が、
あまり公にはしていないが存在していたのだと言う。
「黒ストレートのウィッグ借りてきた!」
すかさず別の女生徒が、サラサラヘアの鬘を持って帰ってきた。

「シマちゃん…がんばれ……」
盛り上がっていく女生徒に対し、口を挟める空気でくなりつつあるのを察した男子生徒たちは、仏のような目で巻島を見ていた。
巻島がすがる目つきで、フルフルと首を振っても、男子生徒達ももふるふると首を振って返す。

一方、各自が校則に引っかからない程度に持ち込めるオシャレ道具は次々と、机に並んでいく。

「100均のツケマだけど…シマちゃんマツゲバサバサだし、いらないか」
「口紅はちょっとアレだけど、グロスぐらいならいいよね」
「っていうかBBクリームもファンデもいらないよね!なにこの白くてスベスベの肌!うらやまっ」

肩を押され椅子に座らされたと同時、巻島はもう着せ替え人形だった。
「下、着てるよね?」
「ショ!?」
答えるより先に白シャツは剥かれ、水色の上着をすかさず上から被せられたと思ったら、前でリボンを結ばれていた。
幸い黒いTシャツをアンダー代わりに着ていたのだが、そうでなかったら彼女たちはどう反応していただろうか。
そんな思惑も横に置かれ、次はと髪を束ねて押し込むようにまとめていた、薄茶のウィッグが外された。

その瞬間キラキラとした玉虫色が、パッと空に散る。

「あ…マキちゃんって…貴方のことだったんだ…」
東堂を好ましくは思っていても、応援は恥ずかしいという、写真での応援派の子たちが納得したように頷く。
学内での東堂の態度から『巻ちゃん!』が東堂にとって大事な相手とは察していても、人物像としては成立していなかった。
自己紹介の飄々とした態度と、内気を通り越してうっかりすれば空気的な雰囲気すら感じていたのだが、それは変装しての態度だったのかと捉えていた。

だが髪を見た瞬間に、納得をした。
玉虫色した髪をした人と並んでいる東堂くんは、どれもとても素敵な表情をしていたので、印象深かったのだと呟いた子は笑った。
「そっかぁ…あの鬼電の東堂君の目をごまかすのが大変な訳だね」
散った髪をもう一度丁寧にまとめられ、上に黒ストレートの鬘が被せられた。

前髪で顔を隠すより、いっそ雰囲気を変えてしまおうと前髪は横に流されて、演劇部から借りてきたアイライナーで目元を釣り目気味に装えば、雰囲気はそれだけで結構変わる。
ホクロは巻島持参のコンシーラーで隠れたままだし、眉もちょっと書き足された。
淡いピンクのグロスで、薄い唇を覆われれば滑らかに光る。
上がセーラー、下はズボンのままというアンバランスな格好だが、それが中性的な人形のような不思議な風情をかもし出させている。

「おぉ…」
男子生徒から漏れた驚嘆の声は、白くて細い男でも女装はキモいという認識が覆されたからか。
目を丸くしてる一人が、そっと手を伸ばそうとした瞬間、激しい音をたてて教室のドアが開かれた。

「「東堂くんっ!?」」
反射的に何人かが、背で庇うように巻島を隠すが、むっつりと口を結んだ東堂にはそんな存在目に入っていない。
ズカズカと巻島に近寄ったかと思うと、ガッと両肩を掴むように押さえつけ、立ち上がる隙を奪った。
「やあ……はじめまして、シマ君?」

にっこりと唇端を上げているが、その目は欠片も笑っていなかった。
「あ、あの……ひ、人違いですッショ!」
はじめましてとの挨拶に人間違えも何もない、しかも混乱している巻島は口調が戻ってしまっている。

なんとか東堂の押さえつけををかわし、周囲を見渡すが逃亡先への通路には、当然東堂が立ちふさがっていた。
それでもこの場を逃げたいあまり、立ち上がった巻島は教室の片隅にある掃除道具入れであるロッカーへ向かう。
まさか、と誰もが思うより先に細身の巻島は、その中へと籠ってしまった。

ロッカーに鍵は付いている。
しかし、常時使う可能性のある掃除道具ではあるがそれほどの価値はないと、おそらく設置以来使われたことはないだろう。
簡易式のロッカーキーは、内側から一部の出っ張りを動かせば閉まりそうだが、固まってしまっていた。
仕方がないので、指先が白くなるほど力を篭めて、巻島はドアを封じている。

微笑んだままの東堂が、ゆっくりと掃除ロッカーに足を運ぶ。
まったく他者をよせつけぬ佇まいに、クラスメイトたちも小さく息を飲むだけで声を掛けられなかった。
カーンッと金属の壁を拳で叩く音が、鼓膜近くで響いた。
「ヒッ…」
来るとすれば、正面からだろうと予想していた巻島は、耳朶のすぐ真横から響いた音に一瞬気をとられてしまった。
その隙にとばかり、すかさず扉は強引に開かれる。

「はじめましてと挨拶したのに、いきなり逃げてしまうなんてひどいのではないかね」
まだ崩れていない、作ったままの笑顔が怖い。

「…ショォ……」
「おやシマ君偶然だね オレの誰より大事な友人と口癖が一緒だ」
「え、ああの…その…」
「もっともその友人は男だからな まさか女生徒の制服を着ているなんてありえんよ…おや失礼、君を周囲に倣ってシマ君と呼んでいたがシマちゃんだったのか」
「お、おい東堂………」
「……藤原か」

(お前は、オレと巻ちゃんを引き裂いて、何を企んでいる?)

目線で語る東堂はそう言って、確実に周囲の気温を二度は下げていた。
東堂の発する空気だけで、思わず後退しそうになる藤原を助けたのは、もっとも注目されている巻島だった。
「東堂っ」
意識を自分に向けさせ、まっすぐに東堂を見つめる。

「…話があるショ 二人だけになれるとこ行くショ」
「……」
不満げに口を結んだままだが、とりあえず藤原への追求は免れたようだ。

ぐっと手首を引いて、巻島を立ち上がらせた。
黒い髪が、さらりとなびいて少し血の気が引いた顔を、清楚に彩っている。
力強く、なかば巻島を引きずるように歩き始める東堂の後ろで、振り返った巻島が小さく頭を下げた。

しばらく呆然と見送っていた一人が、呪縛が解けたように小さく身震いをした。
「……び……っくりしたぁ……東堂くんじゃないみたい…」
「すっげ…マジギレ…だよなアレ…」
いつも陽気で明るく、怒る時だって騒ぎ立てるように叫ぶ東堂しか知らない者達は、ようやく詰めていた呼吸を解いた。
「で、でも東堂君なんであそこまで怒ったの?」
「そりゃ、あの『巻ちゃん』が自分にナイショで箱学に来てて、しかもクラスぐるみで存在隠してたとか……なぁ…」
(ごめん 巻島!)

見送る者達は、ただ巻島の無事を祈るしかない。

一方廊下を進む二人は、周囲の注目の的だった。
キレたイケメン怖い、というのを体言化した東堂が、不思議な雰囲気を纏う、上がセーラー下がズボンという人形めいた女生徒を逃がすまいという勢いで手首を捕らえ、歩いていく。
女生徒が困りきった表情で儚げな様子ではあるが、誰も口を出すことはできなかった。
そのまま連れ込まれたのは、校庭の一角にある箱学自転車競技部の部室だった。
強豪校だけあって、それなりの広さと頑強な作りなだけに、ドアを閉めてしまえば音は洩れない。

軽く押された巻島がバランスを崩しかけたのを支え、東堂はそのまま両腕を壁に当てる。
中心にいた巻島は、向き合った形で東堂の両腕の中に囲い込まれた。
「巻ちゃん……どういうつもりだ」
(お、怒ってるっショォ……まあでも、友達にウソつかれたら…怒るよなァ…)
若干の反省をこめて俯こうとしても、東堂はさらに屈みこみ、睨むように目線をあわせてくる。

普段は背丈がほとんど変わらぬため、鋭く目じりの上がった上目使いでの凝視は、巻島を落ち着かなくさせた。
「あの…藤原とか、アイツらは…悪くねぇッショ…」
ほんの僅かだが、寄せられた眉根に東堂の機嫌がいっそう悪くなったとわかる。

どう伝えようかと迷っていれば、まるで逃がさなくでもするかのように、巻島の両脚の間に、東堂の片膝が差し込まれバランスが崩された。
転びこそしなかったが、そのせいで重心が歪み、巻島は壁で半ば体重を支え身動きがとれなくなってしまっている。

「…ならば悪いのは巻ちゃんということか 何を企んでオレの学校に秘密裏に訪れてアイツらまで巻き込んだ」

常にない、低い声で囁かれ巻島の背がビクリと震えた。
「東堂……あの…」
ただでさえコミュニケーションが苦手な巻島が、追い詰められた状態で舌が回るはずもない。
何事かを言いかけては唇を開き、また噤むのを繰り返せば、それを見た東堂は小さく唇を噛んだ。
「オレに言いたくないってことかよ!?しかも……こんな可愛い格好させられて」
「…え?」
「とぼけんなよ巻ちゃんっ!男たちの前で……おもちゃにされて、何平然としてたんだよっ」
「え?え??」

言い逃れようとか、ごまかそうなんて意図はない。
巻島は本気で意味がわからず、呆然と東堂を見つめ返すだけなのだが、東堂はそう採らなかったらしい。
礼儀正しさをかなぐり捨てチッと舌打し、まるで巻島がとぼけているかのように、睨みつける。
「こんな髪、巻ちゃんじゃない」
丁寧さはなく、まるで毟るようにウィッグが外され、玉虫色の滑らかな髪がふわりと舞った。
伸びてきた手の甲で、目元と口元を拭われれば、隠していたホクロも露わになる。
「……あぁ、巻ちゃんだ」

そう言って、東堂はいたたまれなくなりそうな程、まっすぐに巻島を凝望し続ける。
まだビューラーでカールされたマツゲや、アイライナー、グロスはそのままなので、キモいに違いない。
東堂の視線に羞恥を感じ、そっと顔を背ければ、力尽くでまた正面を向かされた。
「…や……見んな……ショ……」
こんな中途半端な、女装モドキを見続けられるのに耐えられない。
頬を染めた巻島が、声を細く懇願するように告げても、東堂の返事はなかった。
それどころか、ただでさえ近かった距離を更に詰め、東堂の顔が段々と近づいてきている。

まるで、口接けでもされる寸前みたいだ。

距離感がおかしいと、唇を開けば、何事も言わせまいとするように、東堂の顔がもっと近寄ってきてしまった。
――待ってくれ、気付かないのか?このままでは唇が重なってしまう。
「と……ぉど……ぉ…あの、……」

あと、数センチ。
だがその距離はそれ以上縮む前に、大きな音がして部室入口の扉が開かれた。

「東堂!!!テンメェ!!部室に女連れ込むとは何のつもりだァっ!!」
「尽八、目撃者が大勢………あれ、裕介くん?」
「ハ?……巻島じゃん…お前何して」
勢いよく乗り込んできた二人連れは、一人は呆然と一人は飄々と不思議な顔をしている。

「た……助け……」
事情はわからないし、とりあえず東堂が女生徒を無理やり部室へ連れ込んだわけではないらしい。
さてどうするかと、しばし固まっていた荒北は、弱々しい声ですがるように見られ、二人へ歩み寄った。
壁に押し付けられ、しかも逃亡を封じるためか膝を割られ無理やり足をねじ込まれた巻島の姿は、……不穏だ。

「まあ…座れば?」
腕を組んで、据わった目をした東堂に事情を聞くのは無理らしいと、パイプ椅子へと巻島を座らせて、自分たちも並ぶ。
向かいにいる、『巻チャン』が横にいるのに不機嫌な東堂というのに、毒気が抜かれたらしい。
荒北が新開にどうするかと目線で問いかけ、人当たりのよい新開が
「事情、聞かせてもらえるかな」と笑いかけた。

「……まァ気持ち、わかんヨ」
ポツポツと俯き加減に語った巻島に、荒北は呆れたみたいに、それでも同意した。
苦笑している新開は、まあねと言いながら、巻島にあらためて向き合った。
「だけど裕介くん、それをされたら尽八だって…ショックを受けるとか思わなかったかい?」
優しい口調だが、東堂の友人の立場とすれば、小さく咎めたくもなる巻島の行い。

東堂の不機嫌は、怒り半分哀しみと残りは自分が除け者にされた疎外感から生まれている。
東堂の暴走だってこちら側が、前もって事情を知ってさえすれば、巻島に迷惑をかけぬよう対策だって取れたはずだ。
そう言われ、巻島はしょんぼりと伏し目に下を見た。

「……この学校で、東堂の電話でしか『巻ちゃん』を知らねえヤツの中には…彼女とか思ってるのいねェ?」
巻島が続けて言うには、総北にもマメに連絡を寄越す東堂を、巻島の彼女だと思っている人間がいるのだと告げた。
「ああ…まあオレらは巻島知ってっから間違えようねぇケド いンな」
「へぇ、そうなのか」
「…新開、テメェはホントマイペースだな」

「……それで?」
ようやく口を開いた東堂が、声低く割り込む。
びくっ小さく跳ねた巻島は、何度かまばたきを繰り返し、呟いた。
「……オレなんかが、彼女と間違われてた相手とかだったら……東堂に迷惑かかるっショ……」
実際は、クラスの中に自転車競技部員がいて早々に『自分=巻ちゃん』だとバレてしまった訳だが。

「あー……」
そういうことかと、納得しかけた荒北の対面で、東堂が机をたたきつけるように勢いよく立ち上がった。
「なんでだよっ!?オレは巻ちゃんが恋人だって全世界中の人間にバレたって、大歓迎だ!」
「え?」
「…え?」
「え、東堂 例えにしても変ショ?オレが彼女に間違えられたら困るって話で、なんでオレが東堂の恋人でそれがバレたらって話になってるショ…」
「は?何…言ってんだよ……巻ちゃんオレと付き合ってるのに……」

「え?えええぇぇっ!?ど、どいういう事ッショ!?」
「待って巻ちゃんっ どういう事だ!?」

当事者二人が、最大の食い違いに呆然としている。
さすがに荒北と新開も仲介のしようがなく、しばらくは様子見しかできずにいた。
「だって巻ちゃん群馬のヒルクライム終わって、オレが好きだって言ったら、オレもって…」
「あれは…東堂、展望台で風景見ながらそう言ってたから、その景色が好きって意味……かと……」
「その後、映画とか行ったじゃないか!」
「東堂がどうしても見たい映画、あるのかと思ってたっショ…」
「何でだよっ!どうしても見たかったらオレは一人でも行くし、友人だって居る!!巻ちゃんと一緒に、レースとは関係ない場所で会ってみたいって思ったからに決まってるだろっ 
巻ちゃんは違うのかよ!」
「怒鳴んなバカ!!オレがどうでもいい相手の立場心配したり、わざわざ自分の興味ねえ映画のために外出なんてする筈ねえっショ!」
「……え、巻ちゃんそれ……は……」

自分の失言を悟り、瞬時に顔を真っ赤にした巻島を東堂がじっと見詰める。

パァンッと、手を叩く音が響いた。
「ハイハーイ オレらとりあえず撤収すっからァ」
「15分もすれば、部員がそろそろくる時間だから、注意してくれよ」
指で狙うポーズをした新開から、東堂はさりげなく巻島を自分の体で隠す。
無意識な動きだろうが、隠していない独占欲に、眺めていた荒北がメンドクセェなと呟いた。

音をしないように閉められた扉の奥で、今頃むずがゆくなりそうな幸せな会話が飛び交っているだろう。

「裕介くんの交換留学、いつまでだっけ?」
「……とりあえず、明日から他のヤツらの被害最小限にするには、…部員巻き込むかァ」
「ハハッ…何だかんだいっても靖友は面倒見がいいな そういうトコ、オレは好きだぜ」
「あっそ お前もあんまそーゆー言葉バラまかねねェ方がイイんじゃねェ?さっきのバカみたいに誤解されるモトになんゾ」
「ん?そうかな じゃあ誤解されないようにちゃんと言っておくけど、尽八と同じ意味での好きだから」

ポンッっと肩を叩いた新開が
「とりあえずオレは寿一に説明してくるよ」とにこやかに去っていく。

オレは人の事を心配していられる余裕があるだろうか?
「…藤原んトコ行って、説明してくっか」

……去っていく新開の後姿を、しばし唖然と見ていた荒北は、頭を何度掻いてひとまず考えるのをやめた。