農業営む東堂さん
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拝啓 巻島裕介殿

元気でいるだろうか…いや、何のかんの言っても巻ちゃんはきちんと自立しており、未来の事まで考えて動ける人間なのだから大丈夫だろうな。
こうして手紙のための筆を取れるまで、時間がかかってしまったことを、まずは詫びなくてはいけないと思う。

巻ちゃんがオレを心配し、元箱学の友人たちに色々尋ねてくれていたと聞いたのは、実は少し前の事なんだ。
巻ちゃんから見れば二ヶ月以上も前のことだ。
その間にオレの裕尽たちから与えられた情報と言えば、

荒北「……まあ、二ヶ月もすれば……多分帰ってくるかと思うけどよ……」
新開「尽八は、遠くへ旅だってしまったんだ…ウサ吉を一度連れて行って、のびのびとさせてやりたいんだが裕介くんはどう思う?」
福富「……東堂は強い 己の思うが道を進んだんだろう」
真波「東堂さん?特に浮遊霊とか見かけないし、巻島さんの背後にもいる感じはうけないから多分だいじょぶですよ」
藤原「東堂は…就職もしていないしプロにもなっていない 実家を継いでもいないし進学もしていないんだ…」

…確かに、心配になってしまうだろう。
どうしてこうなったのかを、説明させてくれ。

まだ、暑さが激しい季節だったな。
あの日、滅多にない巻ちゃんからの電話にオレが浮かれて出たのは、お前にも伝わっていただろう。
ひどく言いにくそうに、少し震える声で巻ちゃんはオレに渡英すると、告げてくれた。
正直に言おう、オレは巻ちゃんの前で動揺する弱い自分を見せたくなくて、ことさらに強がっておめでとうと言った。
「そうか、すごいな巻ちゃんは オレなんかよりずっとずっと先を見ていたんだ」

その後、熊本であらためて一日を過ごし、きちんと別れを告げられたつもりでいた。
だがオレは、自分でも気がついていなかったのだが、巻ちゃんが去ることを耐えられなかったらしい。
巻ちゃんが
「行ってくるショ」とオレに見せてくれた笑顔は、清々しく周りの空気が光ってみえるほど、美しかった。
その笑顔が脳裏に焼きつき、押しても使えなくなった携帯を眺めては、寮のベッドで鬱状態に寝そべり過ごしていたんだ。

食事をしなくなったオレを、なんやかんやいいつつ面倒見てくれたのは、自転車競技部の仲間たちだった。
その際に、後輩の誰かが言ったんだ。

「あ、ほら東堂さん!このゴーヤー 少し熟して紅くなってる部分があって…ちょっと巻島さんみたいですね!」

オレはその言葉に、衝撃を受けた。
周囲の者達は「あ、バカこいつ黙れ」という顔をして、その後輩をとどめていたが、その発想は天啓であった。
何もかもが色褪せて見えていた、オレの思想を変えてしまったのだよ。

それ以来、えんどう豆を見ては莢からぴょこりと顔を出して、
「えんどーまめショ!」
と主張する子供巻ちゃんをイメージし、ズッキーニを見れば
「オレはキュウリじゃなくてカボチャっショ!」
と言う、中学生巻ちゃんを連想する。
ゴーヤーのほろ苦さは、ツンデレな巻ちゃんがしばらくデレを見せてくれない時のオレの気持ちを思い出させてくれた。
細長く尖った先っぽは、巻ちゃんのシャープの顎のようだ。
……ああ、巻ちゃん!とオレンジが入り始めたゴーヤに、オレは頬擦りをはじめようとしたらしいのだが、正直そこは記憶にないので、伝聞だ。
だが当時のオレは、それぐらい切羽詰っていたらしい。
段々と尖った野菜だけではなく、緑を見ればすべて巻ちゃんをオレは思わずにいられなくなっていた。

最終的にレタスを見ても、巻ちゃんとの想い出を脳裏に甦らせるようになったオレは、もうこれは農業を始めるしかないという結論になっていたんだ。

巻ちゃんとの想い出を、オレの一生の仕事にする。
いや違う、巻ちゃんとこれからも共にいられるための仕事を、オレは選択したのだ。

そうなれば、農業を知らぬといっても、どこかに住み込みで働くわけにもいかんだろう。
何故かって?農業も色々大変らしいからな。このオレのような美形が、農業をやりたいといってそういった地域に出向けば、必ず村ぐるみで、
オレをどこかの家の婿に欲しがる筈だ。
巻ちゃんへの思いが全てのこのオレが、そんな周囲に期待をさせてしまうような誤解を生む火種になっては申し訳ない。

ある程度の農業の知識を地元で教え受け、あとは一から始めようとオレは決めた。
何、当面は一人で食べられる分の食料があればいい。
そこで全国の無人島を調べ上げ、島の持ち主である人に交渉をしたのだよ
もともと誰もいなかった訳ではなく、昔は人が住んでいたという事である程度整備されているが、今は誰もいないと言うような場所。
無人島…というより、かつては人が住んでいたけれど、今は無人島となっているというのが、正確な場所だ。

持ち主にして見れば、固定資産税がかかるだけなので、その分だけでも払ってくれれば構わないという言葉に甘えて、格安でオレはその島を借りている。

藤原が、中途半端なオレの進路の方向についての情報を与えて、すまなかった。
こういった事情であったので、みな途中で諦めるだろうとか、一部で行方不明扱いにオレはなってしまっていたらしい。
何しろ電話は勿論の事、郵便手段すらない場所だからな。

そうそう進路相談では、こんなやり取りがあった。
「東堂……オレはな、お前の事は成績はそれなり、部活動でも全国クラスでの活躍、年配者への礼儀正しさとプラス方面にすべて評価している」
「ありがとうございます」
「だがな……時折、お前はなぜ理解できん行動に走る!!何で農業だ!しかも無人島!?」
「その通りです オレは緑に生きることに決めました」
「……長い教師生活で…オレは、ごくまれに理解できん生徒に会うこともある 東堂、お前は基本模範生側の生徒であったにも拘らず、
ただ一点どうしても理解できない行動にたまに走っていたな……… 」
そこで、進路指導の先生は重々しく息を吐いた。

「聞いておこう これは……『巻ちゃん』がらみか?」
「彼は直接この件に関与はしておりませんが、要因と結果を結びつけるのであれば、紛れもなく巻ちゃん絡みです」
「……そうか……ならば……オレが何を言っても無駄だな……教師とは…無力なものだ……」
こうしてオレの進路については、納得をしてくれた。

ちなみにこのやり取りを聞いた荒北と新開は、
「……鬼川も気の毒ゥ……」
「及川せんせいを同情させるとは、尽八すごいな!」という反応だった。
及川先生とは進路指導の教師のことだが、普段色々厳しいので鬼川というアダナで、生徒間で呼ばれてる。

だが、及川先生も荒北と新開も何を言っているのか、オレにこそ理解不能だ。いったい、どういう意味なのだろうな?

閑話休題(巻ちゃんは英語に堪能だが、日本語は大丈夫だろうな?この四文字熟語ぐらいは知っておくべき単語だぞ)

この島はオレを、【東堂巻島、二人の愛ランド】と名づけて開拓中だ。
幸い少し手入れをすれば、住めるだけの家屋や、すぐ裏手に清水が湧き出る泉があり、さほど苦労はせずに畑仕事に勤しんでいられる。
住民こそいないが、たまに釣り人達が訪れるし、噂を聞いたと言う漁師も訪れるので野菜と物々交換で、色々仕入れも不自由をしていない。
だが巻ちゃんが来た時に、『住めるだけ』という場所では味気なかろう。
二人での暮らしに、衣食住だけ整えばいいというものではない。

そう、例えば…

誰もいない海岸、青く澄んだ月光が巻ちゃんの透き通るような白い肌を照らす。
満点の星の下、開放感に誘われた巻ちゃんが……。

「どうせここは、お前と二人きりショ?」と砂浜の上、開放感から全裸になる巻ちゃん
……ああっ!ならんっならんよ!!
オレの理性が、どうにかなってしまうぞ巻ちゃんっ!!

…いやいかん、たとえ二人きりだとしても、砂の上での行為など巻ちゃんに少しでもキズがつくような真似は、オレが許せんよ。

そう思い、ベッドルームには天蓋付きのキングサイズダブルベッドを用意したから、安心してくれ巻ちゃん。
勿論風呂だって充実している、さすがに湯沸かし器は現状では無理だが、木の風呂の一部を区切りそこに焼け石を入れることで湯の温度を調節できる風呂場を作った。
土の上に直接だなんて、巻ちゃんが困りそうな風呂ではないぞ、
きちんと木目の美しい木の床を、丁寧にカンナがけして、素足で歩いてもまったく心配ない。

そうそう、元々人が住んでいたから、毎日ロードバイクに乗れる程度の道路は存在している。
ただ住まいの裏側にある山への道は、大自然の驚異というべきか自然の力というべきか、荒廃してしまい、多少オレが手に入れただけでは、昇れそうもない。
だがイレギュラーが好きなお前の事だ、マウンテンバイクを使ってのヒルクライムも楽しんでくれるだろう。

お前は、虫が苦手だったんじゃないのかって?
そうだな、確かに巻ちゃんに出会って間もない頃はまだ、黄金虫が嫌いだった。
だが玉虫という至高の存在を知り、蜘蛛(クモは昆虫じゃないなんて野暮は言わんでくれ)を愛したオレは、そんな思いを凌駕している。
これも巻ちゃんが、オレの知らない世界を教えてくれたおかげだな。

巻ちゃん、今オレはアボカドを育てようと思っている。接木の苗から育てるので、3年もあれば収穫ができるだろう。
ところで巻ちゃん、アボカドの語源は睾丸だと知っているだろうか、巻ちゃんに他意はないのだろうが、常に色気を無意識に振りまいている巻ちゃんは、今後決して
「オレはアボカドが好きショ」
なんて、言うのは慎むべきではないだろうか。

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「………いったい、何があったショォ………」

二ヶ月間、東堂からの連絡がなかった。
物理的に距離が離れたとはいえ、あの東堂が別れる寸前まで
「オレはどれだけ遠くにいたって、巻ちゃんのことを忘れないからな!連絡する!」と言っていた東堂だ。

万が一にでも、好きな女の子でもできたと言うのであれば、それはそれできちんとオレに告げるに違いない。
日本と英国と言う距離では、問いただそうとしても、直接的な手段は難しい。
幸い色々あったので携番を知ってる箱学のレギュラー陣と、(ちなみにそこで幸いというお前は、少しズレていると過去田所っちに言われてる
 …皆、オレと東堂の事心配して携帯番号教えてくれてるショ?)連絡を取ったが、戻ってくるのは曖昧な返事ばかり。
ひょっとして、事故や病気なのかと聞いても、それはない確実に元気なはずだという、あやふやかつ意味不明な状況が続いていた頃、一通の手紙が届いた。

封筒に入っていたのはこの手紙と、数枚の風景写真。
外見は素朴なロッジ風でありながら、中身は豪奢な整えられた室内をもつ一軒の家屋。
無人島だと書かれてはいるが、まだ結構最近まで人が住んでいたのか、周囲の家屋もさほど荒れ果ててはいない。

そしてえんどう豆やらゴーヤを収穫している、少し日に焼けた東堂の写真。
ムカつくことに、ダサい田舎スタイルでも、整った顔立ちから受ける印象は変わっていなかった。
(……これ、誰が撮ったショ……)

最後には
『いつでもオレの元に来てくれ巻ちゃん!!二人の生活のための基盤はオレが全て用意したソーラーパネルで電力を確保し、
衛星回線のネット接続もしたから巻ちゃんの仕事だってこちらでも可能だ!』と結ばれていた。

混乱した巻島が、もう一度手紙を読み直そうとするとほぼ同時に、日本中に配信されすごい勢いで再生数を伸ばしているという動画があると、小野田から連絡があった。
普段律儀にも手紙を書いてくる小野田が、緊急だからとメールで寄越した情報に張られていたURLを何気なくクリックする。
熱くてしばらく冷ましておいたコーヒーを、一口啜った。

『高校卒業後、行方不明になっていた山神こと東堂尽八の今!! 記者会見が始まる!』

画面に大きく出てきたのは、ものものしい筆書きの横断幕。
巻島は思わず、飲んでいたコーヒーを画像へと噴き出していた。
どうやら東堂は、高校卒業後進学の噂もなく、プロになるのではと行方が注目されていながら、消息不明になった人物として、多くの人の間で話題になっていたらしい。
顔がいいだけあって、ローカルニュースに取り上げられたり、スポーツ特集なんかでも、注目の学生としてインタビューを受けたりしていたことも要因のようだ。
「…そういや、東堂になんか色々DVD送られてたッショ」

「このオレの魅力を余すことなく収められた、山神DVDだ!」
なんて言っていたから、てっきり自主制作の東堂自慢ドキュメンタリーかと思って、机の引き出しに入れた記憶はある。
「あれどこに入れたっけなァ」


記者会見形式で、その動画は始まった。

『東堂さん!消息不明となっていた間、どこにいらしたんですか!』
「地名はいえませんが、二人の住まいとなるべき場所を開拓しておりました」
『開拓……ですか?それは…どういう……』
「言葉の通りです 食物を得られる手段、生活に困らぬ設備、暮らすための住まいなどの準備です」
『えっと、二人……とは……?そこでどなたかとお二人で暮らすのですか』
「はい いわば愛の巣ともいえるかもしれませんね」

この瞬間、画面は『愛の巣』『wwww』『コイツは何を言っているんだ』というコメントで画面が埋め尽くされ、しばらく文字が流れる以外何も見えなくなったが、音声は続く。

『東堂さん、今後のご予定は……?』
「当面は無人島での作業がありますが、巻島とは即 結婚の予定です」

『結婚!? 衝撃のスクープが出ました!!東堂さん結婚と……

ぷつっっとここで画面が、ブラックアウトした。


♪Oooh きっと来る〜

………東堂専用にしている、着信音が鳴った。

――余談だが、オレはこの曲をずっと♪来る〜きっと来る〜だと思っていて、英国で改めて歌詞を調べて、違っていたのだと知ったッショ

何故この曲にしたのかというと、学生時代にまで理由は遡る。
東堂からの電話が一日に6回を越えた頃、田所っちや金城にさりげなく聞いてみていた。
「なあ、一日5回以上携帯に電話かかってくるのって、おかしくないショ?」

不在であったのなら、その回数もおかしくないだろうというのが、二人の回答だ。

普段携帯でやり取りする相手が少ない巻島は、それで納得をしたつもりだった。
だが田所や金城、後輩たちを見ても、さほど携帯を取り出している様子はない。
自分よりはよほど、みな友人は多そうであるにも、関わらずだ。
「…やっぱり、おかしい…ショ……?」
そうは言っても、コミュ障の自分が他者と比較できるはずもなかった。
だったらシャレっぽく、東堂の電話回数を、他のみんなにもわかりやすく伝えてやるかと、部室に着メロをオンにして、巻島はその携帯を置いておくことにしてみた。

その結果わかったのは、やっぱり東堂の電話は多いという結果だ。
巻島が席を外していた間に
【貞子いったい何人来るんだよっ!?】という回数で、着メロは鳴り続けていたらしい。

『相手が出ないから掛けてくる回数が6回なんじゃなくて、お前が出て会話する回数が、6回なんじゃねえかよ!?』
『そう言ったショ?』
『言ってねぇ!みろこの着信数!お前が1回出るまでに10回はかかって来てんじゃねえか!』
『うわ……本当だ…見ろ青八木、この着信履歴……』
『………』
そう言ってオレの携帯画面を覗き込んだ後輩たちが、黙りきった瞬間

♪Oooh きっと来る〜 きっと来る〜

と鳴り始め、周囲がパニックになったという過去があり、爆弾みたいに『パス!!』と携帯はたらい回しにされたっけと巻島は回想し、笑みを刻む。
面白い想い出なので、東堂の着信は今もこの音楽だ。

♪Oooh きっと来る〜 きっと来る〜

待っていたはずの、東堂からの連絡。
あの会見動画を見ていなければ、普通に「何してたんだよお前」と気軽に出れていたはずだ。
だが今は、「無人島って……なんなんショ」

…電話をとるのが、こんなにも怖い気持ちになったのは初めてショォ…

とりあえず、二人の愛ランドという命名だけは絶対にやめさせるつもりでいることは、譲らないと決意し、巻島は受話器ボタンを押した。