【『告白されたのにフラれたのはどういう事か】

「お前のコト好き……ショ 東堂」
玄関前のお見送りで、腕を組みながら涼しい顔を装って、それでも頬を紅く染めながら巻島は言った。

リドレーに跨いで、あとはもう
「また次の大会で会おう!巻ちゃん」と巻島邸から走り去るだけの予定だった東堂は口をポカンと丸く開き、その場に釘付けにでもなったように、動けずにいる。
聞こえなかったといって、聞きなおすことはできない。
なぜなら常に東堂は「巻ちゃんの言葉を、一文字たりとてオレが聞き逃すはずはないな!」と言い放ってるからだ。

それでも、信じられなくて
「え」とだけ、喉奥からかすれた声を紡ぎだす。
驚きと歓びと、自分の都合のいい幻聴ではないかと、東堂は間の抜けた顔のまま、自分の頬を強くつねった。

――痛いような、痛くないような

心が浮き上がってしまっているからか、肉体的に痛みを感じるような気もするが、どうもそれが実感に繋がらない。
大切な愛車が、芝生に倒れる音がした。
普段であれば真っ先に振り返り、異常はないかと確認する場面だが、東堂の脳裏にあるのは、扉を閉めようとする巻島の姿だけだった。

こちらに背を向け、籠ろうとする巻島の細い手首。
加減も忘れ、マメのできた固い掌で全力で握れば、「痛っ…」と小さな反射的に洩らされた声が聞こえた。
「あ、ごめん 巻ちゃん!」
振り返った巻島の長い睫毛が、濡れていた。
何か問いかけるような瞳に、溜まらなくなって、そのまま抱きしめて、細い身体を腕の中に閉じ込める。


ずっと、ずっと無意識に。
手に入れたいと、傍に居たいと思っていたのは恋心だったのかと東堂は今更に気が付いた。
「巻ちゃん……オレも、好き つきあおう」

プライド高い巻島は、泣き顔を見られるのが嫌だろうとその肩に顎を乗せるようにして、耳元近くで囁く。

ああ、これが両思いというものか。
嬉しくて、鼓動が高鳴って、喉が張り付きそうなほどカラカラで、でも幸せな気持ちに満ち溢れている……。

「は?」
「……は?」
「何言ってるショ、東堂?」
「え……何…って… 巻ちゃんが好きだって言ってくれたから、オレも……って」

ぽかんとした巻ちゃんの顔も可愛いな、なんて思っていた東堂の思惑とは裏腹に、巻島の顔色は青ざめていた。

「何言ってるッショ!!そんなんダメに決まってるショォォォ!!」
「ちょっと待て!!何を言ってるんだ巻ちゃんっ!!!」
「オレはさっきの一言で、オレの片思いを終わらせて高校生活こじらせた恋愛をさっぱり卒業して、お前とはいい友人になるって決めてたッショ!何で好きとか言ってんだよ!?」
「何でといいたいのはコチラの方だぞ巻ちゃんっ オレはお前の事を好きだから、好きだといわれて好きだと返して、何が悪いと言うのだっ」
「悪いに決まってるショ!お前は女好きでかっこよくてスポーツの才能もあって、顔だってイケてるショ!幸せに暮らして次の世代にその遺伝子は残すべきショ!」

――あれ?巻ちゃんがオレの事全力で褒めてる?

「いや待て!オレの将来はオレが決める!!オレの伴侶は巻ちゃんだと決めたんだ譲れねえよ!!」
「勝手なこと言うな!オレはもう拗れた思いを捨てて、お前からありえねえって目線で見られる覚悟してたのになんだよそれっ東堂はオレなんかを好きになっちゃダメショ!」
「それはオレの台詞だぞ巻ちゃんっ オレがお前を好きなことを否定なんかさせて堪るか!」

ハタから聞けば、何だこの馬鹿ップルの痴話げんかはというものでしかないが、両者とも全力での本気だ。
好きだけれど、東堂は自分なんかを好きになってはいけないと、告げる巻島。
淡い思いのつもりだけで自覚はなかったけれど、自分だって大好きだったと返す東堂。

自分は東堂を好きなまま、この恋を終わらせるのだと巻島は言い、譲るつもりはないという目をしている。
否定されたのか肯定されたのか解らぬ東堂は、とりあえず巻島のうるさい唇を塞ぐことにした。
「んっ…んーーっ!」
厚くなった皮で覆われた掌で、薄い唇を覆えば、次の言葉を紡ごうとした巻島の口元から息が当たり、中央部を熱くする。
柔らかい小さな生き物のようなものが、蠢く感触は東堂の背筋をゾワリとさせた。
いとけない小動物を、愛しながらも掌の上でいつでも握りつぶせてしまう支配感とが交じり合ったような、歪んだ昂ぶりだ。

「…黙れ」

聞きなれぬ東堂の命令口調に、巻島がピクリと震えた。
「オレの勇気がなくて鈍くて、巻ちゃんに先に告白をさせてしまったことは詫びよう だが……気づいていたんだろう、本当は?」

――オレがお前を好きだという事に

口をふさがれたままの巻島は、涙目のまま小さく頭を振った。
「ウソを言ってもダメだよ、巻ちゃん …でなければお前がオレに告白してくるはず、ないだろう?」
優しくあやすような言い方で、東堂は微笑む。
違う、自分はただ思い切りたかっただけだと否定したくても、巻島は声を出すことを封じられている。
もう一度首を横に振ろうとすれば、顔の下半分を覆った掌に力が篭められ、動かすことができなくなった。
「んん…っ…」
「嘘はダメだと言ったのに、聞こえていなかったのか巻ちゃん? …まあ、いい」

指の隙間から漏れてくる酸素だけでは、息苦しくなって、巻島がくぐもった吐息を喉奥で殺せば、ようやく東堂はゆっくりと手を外した。
「巻ちゃんがオレの気持ちに気づいていただろうと、いなかっただろうと…オレの好きだと言う気持ちを拒否はさせんよ」

口端だけ上げた東堂の笑みは、愉快そうだが巻島を鳥肌にさせる、圧迫感に満ちていた。
これは山頂近くの競い合いでのみ、東堂が見せる顔。
おそらく世界中で、巻島裕介しか知らぬ表情だった。
背筋を見えぬ何かで撫で回されているみたいに、むずがゆさと気持ち悪さが駆けて行き、巻島の口端にも笑みが浮かぶ。
このゾクゾクした、昂ぶりをまだまだ味わいたくて、巻島はもう一度言った。

「……何度でも言うショ お前はオレなんかに捕まったらダメなんだよ」
すっと軽く肩を押され、巻島は段差のある玄関に座り込まされた。
「オレの好きな巻ちゃんを『なんか』呼ばわりするな」
偽りの笑みすら消して、見下してくる東堂の鋭く冷たい視線に、巻島は興奮度が増した。

「…オレは片思いのまま、失恋でいいんだよ だから、お前と」
「ふざけるな」
押し殺したような東堂の声は、腰が抜けそうなほどに胸を高ぶらせる。
こんな気持ちが、ロードバイクに乗っていないときにすら味わえるなんて、さすが東堂だと熱を帯びた瞳で見上げれば、そのまま唇を重ねられた。

「逃がしてなんかやらんよ」

後日、巻島が自校の部活で成り行きを話せば、さすがに全員が口を揃えて
「幾らなんでもそれは、巻島(さん)が酷い」と非難され、東堂に謝罪の電話を入れた。

『東堂……あの、よ……その…この前の事…みんなに話したら、全員がオレが悪いって言うから…その…』
『…なんだと!?全員で巻ちゃんを責めるだと!?ひどいなソレはっ!オレから抗議をしてやろう』

両者の電話を近距離で聞いた、総北箱学のメンバーそれぞれは、口には出さずとも内心で同じ事を考えていた。

『このウザっプルの馬鹿ップルには、一生関わらないでおこう』

勿論その思惑とは反対に、周囲はさんざんに振り回されるのだが当人たちはいまだ、自覚がないままだ。