東巻でシンデレラ リベンジ
以前挑戦したらいつのまにか新開デレラになってたので、あらためて東堂王子と巻デレラで再挑戦

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「本当に行かなくていいのか?」
「メシ、美味いものがいっぱい出るらしいぜ?」
血の繋がりはないが、常に巻島への心配りを忘れぬ姉二人(ただし男)は、ドレスを選びながら、招待状を読み直している。
安定感のある性格の姉、金城は「たまには巻島も、知らぬ者と交流を持ったらどうだ」と誘い、頼もしい姉、田所は「一流の料理が食い放題だぞ」
と巻島にアピールするが、末娘(ただし男)の返答はやはり、NOだった。

本当は、少し行ってみたい気持ちもあった。
巻島は踊ることが好きで、誰も見ていないような家の裏では、足運びをまねてみたり、自由に音を想像しながら、身体を動かしたりしている。
だが巻島のダンスは、あくまでも自己流だ。
まるで倒れ掛かるように身体を傾けたり、長い肢体を利用しての腕の動きは、宮廷舞踊の中では異端過ぎるだろう。

―自分の踊りは、あくまでも一人で楽しむものだ。
蜘蛛のような動きを見せる舞いを、人前で披露したところで周囲の反応は目に見えている。
キモい、不気味、ダンスの動きではない……否定されることはあっても、肯定などされぬに決まっていた。
それならば、一人の方がいい。

「…オレは人ごみとか苦手っショ 二人で楽しんできてくれ」

招待状に記入された文面は、箱学宮殿でのダンスパーティーへの誘いで、年頃の未婚女性であれば誰でも参加が可能と記入されている。
既婚女性の場合、そうとわかるようにパートナーを同伴が条件だが、そうでない限りほぼ制限なしという、大規模な舞踏会。
このパーティーで、イケメンかつ政治能力にも長けていると評判の、東堂王子が花嫁を選ぶのではと噂され、多くの若い女性は参加をすると見られていた。

末妹を気にし、参加をとりやめようかと迷う二人を強引に行って来いと押し出し、巻島は居間に戻ると、大きくノビをした。
「誰もいねェし… ひさびさにグラビアでもゆっくり鑑賞するっショ」
多くの者が、宮殿で舞踏会の真っ最中だと思えば、一人踊るのもさすがに寂しい。
そう言って、壁に据えられた本棚へと向かう巻島の背後で、玄関の扉を叩く音が響いた。

トントン……トントン

(だ…誰…ショ?オレに用事のあるヤツは、こんな時間に家に来ねえし……田所っちか金城の客……か?)

現在屋敷内には自分しかおらず、来客を迎えねばならないのだが、巻島は人見知りを発動し、知らん振り――いわゆる居留守を決め込もうとしている。
だがその思惑とは裏腹に、ノックの音は段々激しくなっていくばかりだ。

ドンッ…ドンッ…!
ノックはすでに、キック音へと変わり、諦める様子はなかった。
「……ど、どうしようショ……」
小さな呟きだったが、扉向こうの存在には、はっきりと聞き取れたらしい。

バタンッと激しい音を立て扉は蹴破られ、黒髪ショートヘア、荒々しい空気を纏った青年が目を細め、巻島を睨んでいた。

「いるんじゃねえかっこらァっ アアン?」
「ショォォっ!?」
「いいか よォく聞け オレは運び屋だ お前ン家の金城に、舞踏会に巻島を連れてきてくれって依頼されたからな つれてくぜ 付いて来い!」
「えっと……えと…知らない人についていってはダメって言われてるショ」
「おい たった今言っただろ、金城に依頼されたって オレの名前は荒北 テメェは巻島だな?」
名前を聞かれ反射的に頷いた巻島に、荒北は同じように頷き、話は済んだとばかりに外へと連れ出す。
二人乗りに改造された、ビアンキにのった運び屋は、とっとと後ろに座れと無言で指をさしていた。

「え……遠慮しますショォ……」
「あァ?遠慮だァ?」
「オレ、舞踏会とか興味ねェし… 服も今着てるのは普通の制服ショ」
「ちっ仕方ねぇな……」
荒北が指先を爪のように曲げ、ガブリと噛み付くようなポーズを取ると同時に、巻島の服装は薄い水色を基調に、
中心部にヤギの顔、そしてその顔を取り囲むように暖色系の原色がエクスプロージョンしているという、……凄まじ……もとい、素晴らしいドレスへと、変化していた。

呆気に取られた様子で、そのドレスを見ていた運び屋魔法使いは、
「言っとくけど、その服オレの趣味じゃねえからァっ!お前が想像したドレスだから、オレを責めんなよっ!」
と目線を逸らし、おかしいこれ誰の趣味だよと首を傾げていた。
「責める……?なんでっショ これ最高の服ッショォ」
「え ……あ、いや……まあ……お前ェがいいなら……いいケドよ……」

腑に落ちない顔をした荒北は、巻島が浮かれた様子になったのを見て、すかさず後ろに座らせると、ペダルを漕ぎ始めた。
乱暴ながらも、巻島にはキズ付けぬよう道路を進む荒北は、宮殿の入口に着くなり、巻島を手を引き会場へと送り込んだ。

「オレの仕事は、ここまでだっ じゃあな!……っとその前にこのガラスの靴に履き替えとけ 話の都合上! それから12:00の鐘が鳴り終わったら魔法キレるからなっ注意しとけ」
何がなにやら解らぬうちに、舞踏会会場に届けられた巻島は、キレの良い運び屋に靴を履き替えさせられ、置いていかれてしまった。
会場では多くの人々の楽しそうな様子が、目に映る。

「持っとるの〜!」
「キッシャァァァァッ!!ザクゥゥゥゥッ」
「鬼が出るってウワサ知ってるかい…」
「オレはアルプル……もといアルプスの……」

「……やっぱ帰るッショ……」

盛り上がる光景のところどころから、何故か不穏な台詞が聞こえてきた巻島は、すでに帰り道を探していた。
荒北…もとい運び屋がご丁寧にも、会場中央部に置いていって去ったため、出口からは遠い。
きょろきょろと周囲を見渡していると、上座に当たる部分は幾段か高くなっており、そこには玉座が据えられている。
本来であれば、そこは王の席ではあるが、今日の主役は王子であると聞いていたので、おそらく今座しているのは噂の東堂王子であろう。

多くの若い女性が憧憬の眼で見つめ、ソレに対し如才ないほほ笑みを返し、一同の注目を集めている。
(ま、オレには関係ないショ)
すぐに興味を失った巻島が、またキョロキョロと出口を探していると、肩に手を乗せられ振り返るよう、無言で促された。

姉たちに見つかったのかと、そっと振り返った巻島の目に、今しがた彼方壇上にいたはずの王子の姿が、そこに映った。
「ショ、………ショォォッ!? え、おまっ……王子……!?いや今さっきあそこに……え、えっ!?」
「美しい……娘よ、君の名は?」
「なな、名前? あの、それより何でっ……今まであそこにいたはずッショ?」
「フ……オレはお前の言うとおり王子……そして音もなく移動ができるオレを、人は眠れる宮殿の美形、スリーピングビューティと呼ぶ!」
「スリーピングビューティは眠り姫っショ! おま、お前……そのカチューシャダサいっショ…」
話をごまかすために、あえて東堂の癇に障る言い草で、無礼なことをいい、背中を向けるがそれより早く、巻島の手首は王子につかまれてしまっていた。

周囲のざわめきは、水面に落ちた水滴のように徐々に広間に広がり、王子とその相手に多くの者が注目を始めている。
「ダサくはないなっ!それよりまだ、お前の名前を聞いておらんぞ」
引寄せた手首をそのまま引き、王子は挑戦的な目で、巻島の手首に口接けを落した。
少し離れた箇所から、悲鳴とも歓声ともつかぬ、さまざまな黄色い悲鳴があがる。

(あ、これは、名前を言ったらなんかヤバい…気がする…ショ)

王子の目は澄んでいて、それでいて隠し切れない熱情を孕んでいた。
人の心に疎い巻島だが、この場は王子の花嫁選びとも噂されている場所。
変に名乗って名前が話題にされては面倒だと、巻島は引きつった笑顔でシラを切れば、東堂はにっこりと笑った。

「名も語らぬ美しい娘、お前をこの場から逃がせば、オレは一生後悔するだろう」
「そ、それは気の迷いショ!!落ち着けっ周りをよく見ろ!!お前ならいろんな美人選びたい放題ショ!!」
「だがオレの心を射止めたのは、お前だ その美しい髪、しなやかな肢体…不思議な表情 どれをとっても魅力的だ」
「…お前、目と趣味悪いって言われねぇ?」
「あいにく、どちらも賞賛されることの方が多いな」

早く帰りたい一心で、拘束を振り切ろうと、巻島は手首を大きく上下に振るが、東堂の指は弛むことはない。
それどころか、巻島の力を利用しては引寄せ、またその反動ですれ違うように振舞い、ダンスフロアへと導かれていく。
傍目には二人が、優雅にダンスを踊っているように見えるだろう。
「ッショォっ!」
早くこの茶番から抜け出したいと、巻島が前のめりになれば、東堂はそのままつかんだ腕を上へ引き上げ、くるりと回転させる。
後方へ逃げようと、後退すれば、王子はそのまま足を前に進め、秀麗にステップを踏む。
疲れたと力を抜きかければ、そのまま腰を抱き寄せられ密着されたまま、リードされた。

このままでは癪だと、巻島は反動をつけ体を大きく傾ける。
巻島が身に付けた舞踏は、他人には大いに不評だが、自分では最高にクールだと確信を持っている独特なものだ。
(ピーク・スパイダーダンス…ショォッ!)
糸をつけてぶら下がる蜘蛛が、左右に揺れるように巻島は体を揺らし、東堂を引き離そうとする。
ほぼ全身を片腕に預けるようにすれば、その重みは耐え切れないと腕を離すだろうの目論見だった。
だが、それすらも東堂が重心を移動させ、動きをあわせれば、アクロバティックな美しい舞へと変化した。

「くっ……」
「おイタはいかんな、タマムシ姫」
いっそもう、足でも踏んでやろうかと巻島が靴の踵を浮かせれば、その企みを見抜いたように東堂は薄く口端を上げ、リフトされる。
ものすごい体勢で、ダンスフロアの中央で抱え込まれた巻島を、歓声と拍手が大いに包む。
楽団の奏でる曲も、すでに二人のためだけの者になっており、見守る視線はみな、おおいな驚嘆と憧憬に染まっていた。

ジャンッ!!と曲が終わらぬうちに、周囲はお世辞ではない感動で、拍手と歓声が湧きあがる。
賞賛の声は、ぽつりぽつりとではあるが、巻島にも向けられていた。
王子のリードに負けてなるものかと、必死で自己流を貫いてきたが、それは認められたらしい。

――気持ちイイ、ショ……

誰からも認められないと思っていた、巻島の舞踏が賞賛されている。
だがこれは、半ば以上に王子の力によるものが、大きかった。
大きく逸脱しそうになれば、すかさず決められた足の運びで元の体勢に戻し、バランスが悪いぐらいに倒れこめば、それを支える形でカバーをする。
王子の模範的な舞踏があってこその、出来栄えだ。

完璧と言っていいぐらい、宮廷舞踏の歩調を極めていた王子は、自分の異端的な踊りをどう思ったのだろうかと、巻島は恐る恐る見上げる。
そこにあったのは、薄く汗をかきながら、信じられないとばかりに呆然と巻島を見る王子だった。

……やっぱ、オレなんかと踊ってキモいって後悔してる……に違いねェショ
苦笑して、その場を去ろうとした巻島を、東堂は全力で抱き締めていた。
「……!?」
「すごいな……お前は……!オレは今まで、王宮でのダンスは、規定の舞をひたすら極め、いかに美しく見せるものかと思っていた……」
だがそんな思いは、お前のおかげで吹き飛んだと、王子は続けた。

自由に、楽しく……そして美しく。
本来楽しむ為に生まれたダンスの真髄を、お前のおかげで知れたと王子は快活に笑った。
「お前のおかげで、オレの世界は変わった たった一つの事でこんなにも色々違って見えるとは……驚くばかりだ」
「クハッ 大げさショお前」
「大げさではないぞ、…紛れもない事実だ」
「……ショ…」
誰よりもの褒め言葉を、この場の主役から貰ってしまったことが面映く、巻島は頬を染め、顔を背ける。
その一挙一動を見守る東堂は、自分を僅かな時間で変えてしまった巻島から、目を離すことができなくなっていた。

「すげえ…… 何だあの踊り…!」
「王子……素敵ぃぃぃ!! いつもの指差すポーズをして下さいませ!!」
「はっはっはよかろう! 踊れる上にトークもキレる、そして有能でかつこの美形で王子、天はオレに幾つもの才能を与えた!!」
「きゃあああっ かっこいいです!!東堂さまっ」
パーティの盛り上がりは、最高潮に至ろうとしていた。

王子は巻島を見つけてからは、他の女性たちの誘いを断り続け、ただひたすら寄り添っている。
隙を見て巻島が振り切ろうとしても、まるで専属でエスコートしているかのように横に立ち、喉が渇いたといって離れようとすれば、指先を鳴らし
給仕から幾種類ものドリンクを差し出させる。

空気が落ち着いたかと思った頃、巻島はまたダンスフロアーへと連れ出されていた。
ダンス中、目に入った姉その1に、目線で助けを訴えても、金城は爽やかな笑顔で、GJと親指を立てるだけだ。
「おまっ……助けろよっ!!」
「巻島はこのままだと、引き篭もる心配があったが、いい伴侶を見つけたようだな 応援するぞ」
「おおっ…貴方はこの美しい人のご家族か オレの全てを持って、幸せにすると誓います!交際をお許しください」
「ああ、まかせた!」
「ショオオオオッ!?金城何言ってるショォォ」

少し進んだ先で、姉その2を見つけた。
「田所っち!!コイツを離してほしいショ!」
「ん?……なんだお前もこっちの料理食いたいのか?」
「違ぇよっ!オレは家に帰りたいだけショッ!!」
並べられた料理を、豪快に貪る姉その2に、東堂は優雅に礼をした。
「君もこの美しいタマムシの身内かね?」
「おおっ ここの料理は美味いなっ」
「そうか…君がオレと君の妹の仲を応援してくれるのであれば、いつでも食べ放題だ」
目を輝かせ、がっしりと東堂の掌を握った姉その2は、やはり頼みにならなかった。

「う…裏切り者ぉ……」
帰りたいと、目にうっすら涙を浮かべた巻島の背を、大きな掌がバシリと叩く。
「なーに言ってんだ!王子のツラ、お前好みだろうがっ それにほっといたら引っ込み思案で人見知りで笑顔が苦手なお前は恋人なんて作れネエだろうからな!
これぐらい積極性のあるヤツといっぺんつきあってみればいいじゃねえか」
「ありがとう、姉君 だがその君の言う『一度の付き合い』を、オレは生涯貫かせてもらうがな」
「それはそれで、コイツが幸せならかまわねえよ」
とても男らしい姉その2は、ニカッと笑い再び料理へと向かっていく。
王子の側近の一人、鬼の異名を持つ男と食べ比べで競い合い、意気投合しているようで、それはそれで何よりだが、薄情者と巻島は小さく呟いていた。


「あの、…オレもう帰りたいショ」
「そうかならば改めて名前を聞こう、美しい人 タマムシでなく、オレはお前を何と呼べばいい?」
「……やっぱもう少し居るショ」
「そうか!うれしいぞ」
ニコニコと笑う東堂王子は、やはり一時も巻島を放とうとはしなかった。
巻島のすべてを見守る視線は、優しいながらも鋭く、逃がすつもりはないと告げている。

焦れた巻島が「踊ってくる」とあからさまに、東堂から距離を置こうとするが、「ならばお相手を」とそのままダンスフロアに再び連れ出されてしまった。
全身に力をこめて、逃げようとする巻島と、逃がすまいとする東堂の格闘は、その葛藤とは裏腹に、お似合いの二人が引き続き、素晴らしい足取りを
披露しているようにしか見えなかった。
ますます注目を浴びた巻島は、諦めをこめて、小さく自分の名前を囁いた。

…名前を言う方が、このままこお場所で注目を浴びているより、よほど楽に離れられる。
―――後の事は、その時になったら考えればいいショ

普段引きこもり生活を好み、多くの者から凝視される経験のなかった巻島は、王子に本名が知られる危険性より、この場から逃げたい思いが強かった。

――ゴーン……

しかも折り悪く、12時の鐘の一つ目が、重々しく鳴りはじめてしまった。
早く、早く帰らなくては魔法が消えて、ただでさえキモい自分が、みすぼらしい姿を衆目に晒してしまう。

「……マ……シ……ショ」
「ん? …タマムシ……と言ったか」
「違ェっ! …マキ…マ……」

あまりに小声で聞き取れなかった東堂は、巻島の口元に耳を寄せ、もう一度と促す。
「……巻島っショっ!!離せっ」
ここぞと声量を上げ、東堂の鼓膜に大声をぶつければ、さすがにその衝撃で東堂の手をつかむ力は弱まった。
王子が耳を押さえている間に、巻島はなんとか振り切りバルコニーへと全力で向かう。
そこには階段があり、宮殿の外に出る道路に続いているはずだ。

ゴーン……ゴーン……

長い裾が足に絡まり、ガラスの靴は走りにくい。
スカートをからげ、再び走り出そうとした背後に、吐息を感じ巻島は思わず悲鳴を上げた。
「ひぃっ!」
「……ハァハァ……逃がさん……よ……」
「な、なんでお前、今まで置いてきたのに……」
「フ……スリーピングビューティを甘く見たな、巻ちゃんっ!」
「誰が巻ちゃんだッ!!っていうか、ここでオレが逃げネエと色々アウトっショ! シンデレラ不成立っショ!!」
「残念だったな…あんな顔と家柄だけの王子とオレを一緒にせんでもらおうか オレはオレが決めた運命の相手を、逃がすつもりなど毛頭ないぞ」

薄く笑う王子は、月明かりを背に、巻島の髪を優しく梳いた。
光沢を放つ滑らかな髪は、東堂の指の中で流れるように揺れ、そのまま口接けられた。
それだけの動きなのに、巻島は魅入られたように動けなくなる。

しかしここで王子に捕まるわけには行かないと、カラカラに乾いた喉から、無理に言葉を紡ぐ。
「オレ……は、イレギュラーな存在ショ……王子のお前なら、これから幾らでも選り取り見取りだ…だから、離してくれ」
「ならんよ オレが選んだのは、お前だ巻ちゃん」

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
タイムリミットが、近づこうとしていた。

「は、離せ……離して欲しいショ……やっ……」

魔法が解けて、みすぼらしい姿の自分など晒したくはなかった。
王子の前で、一時でも思い出を作れたならそれだけで、巻島にはもう充分すぎると思えたのだから。
「離してなど…やるものか」
腰と背を東堂の掌で覆われ、密着されればもう、逃げる余地はない。
「やだっ……やだ離せっ……離せ……っ」
「ダメだ 巻ちゃんは逃げようとはするが、オレを嫌いだとは一言も言っていないだろう それなのに何故、別れようとするのだ」
泣きそうに顔をゆがめる巻島に、東堂は焦れたように口接けた。

「んっ……んんっ……」
首を振って逃れようとすれば、更に強い力で東堂は巻島の細い顎を引寄せ、貪るように口腔へと舌を割りいれる。
ぬめる粘膜が絡み、舌の裏をくすぐられ、経験のない快楽が巻島から力を奪う。
逃げなくてはとの思いと、東堂との熱い口接けの拘束で、巻島の脳裏は真っ白に染まって行った。
「巻ちゃんっ……巻ちゃん……好きだ……」
「ふぁ……ダメ……離し……」

ひと目でその姿に視線が寄せられ、触れたその白い肌に最高の悦楽を感じ、不器用な微笑みに心を奪われたと東堂は、囁く。

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
ゴーン……ゴーン……

――ああ、もうすぐ鐘が鳴り終わってしまう。
美しいドレスの魔法が解ければ、東堂も目を覚ますだろう。

「独特な舞踏も、たどたどしい喋り方も……全部、全部離したくない……オレのものになって、巻ちゃん」

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
ゴーン……ゴーン……ゴーン……

「…オレが嫌いか、巻ちゃん?」

――嫌えるはず、なんてない
自分の舞を見ても気持ち悪がらずに、他人に賞賛されるレベルにまで引き上げてくれて、こんなにも好きだと言ってくれる相手
王子だからといって、その立場に甘えず全力で自分にぶつかってきてくれる相手
だが自分は、卑怯にも魔法で王子の目をくらまそうとしているのだ

この魔法が効いているうちに、自分も素直に一言、伝えておこう

「…オレも……好き……ショ」

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

重々しい鐘の音が、鳴り終わった。
反動で静まり返った中庭に、まだ盛況なパーティーの歓談や音楽が、遠く聞こえる。

夢と魔法の時間は、もう終りだ。

さぁっと、一陣の風が吹いた。
巻島のドレスは見る間に色が褪せ、布地も生活に適した光沢のないものに変わる。
「……東堂、これがオレの本当の姿ショ……」
豪華なドレスを失った自分など、ひょろりと薄長いキモいだけの存在だと自嘲して巻島は目線を外した。

みすぼらしいものを見る目で眺められるより先に、消えてしまおう。
うつむいた巻島が、そう駆け出すより早く、不似合いな明るい声が東堂より放たれた。

「うむ、巻ちゃんは質素な姿も似合うな!いやむしろ、オレはあの目に痛い原色ドレスより、この質素な色使いとシンプルな服の巻ちゃんの方が好みかも知れん!」
「ショォォォっ!?お前何言ってるショ!!あのドレス最高ショ!!」
「え……いや……うん、巻ちゃんのセンスは…… あのドレス……が最高なのか?」
「超っクールッショ!!かっこいいショ!!」

このセンスがわからねえなんて、信じられねえ!
そう言って、ガラスの靴を東堂の顔面に投げつけてきた巻島は、家に帰るなりそのまま不貞寝してしまった。

*********
眩しい朝の光が、目蓋の裏を白く染める。
ピチュピチュと窓辺で鳴く、小鳥たちの声に巻島は目を覚ました。
いつも通り、何も変わらない朝。

楽しい夢を見たと、階段を下りれば、今までの日常と変わらず田所がパンを焼き、朝食を用意していた。
――楽しい夢を、見た。
そろそろ、自分も独り立ちするべきなのかもしれない。
「おはよ……なあ金城…オレ……他所の国に留学しようかと……」
「ならんよ」

寝ぼけ眼を擦りながら、食卓に着いた巻島は、そのまま椅子ごと背後に転びかけた。

「っ何でお前がここにいるショォォォ!!!??」
音もなく巻島の後ろに移動し、椅子の背をキャッチした東堂は、そのまま椅子の位置をただし、すかさず横へと座る。

「何でもなにも、好きだオレのものになってくれとプロポーズして、自分も好きだと承諾してくれた相手を迎えに来るのは当然だろう」
「ち、ちが……承諾とか…… ふ、普通は王子じゃなくて、従者がガラスの靴もって、持ち主探すのがセオリーっショ!?」
「あいにくオレは名前まで聞きながら、愛する相手を他人に探させるような男ではなくてな」

寝ぼけた頭に、まだ現状がつかめていない巻島は、目線で食卓正面に座る金城へ、助けを求めた。
「嫁入りしても、留学はできるぞ 巻島」
「ハッハッハッそうですね オレは妻が新婚旅行代わりに留学したいというのであれば、それを許す甲斐性ぐらい勿論ありますから」
当然自分も一緒に行くがと続ければ、金城はゆっくりと頷き、東堂と強く握手を交わした。

「巻島は、内気なヤツほど何考えているかわからない…なんて言葉そのまま、いきなり思い立ったら無言実行で色々やらかすかもしれん だが、王子…君なら大丈夫だろう」
「おまかせください お兄……お姉さんっ!」

「た、田所っち…田所っちからも」
何とか言ってくれとの、巻島の言葉は紡がれる前に、封じ込まれた。
両手一杯に、豪華なトッピングがこれでもかと添えられたパンケーキ、フレッシュジュース、ふわふわのスクランブルエッグに緑が美しいサラダが抱え込まれている。
「お、起きたか巻島!すっげえぞ昨日の舞踏会での食材が余ったからって、東堂が全部持ってきてくれてよ 今日の朝メシは豪華だぜ!」
……こちらもすでに、陥落をされていた。

「巻島は人見知りだからなぁ…ちっと心配してたんだが、昨晩初対面のヤツと、あんな楽しそうに踊っててしかもソイツが王子でプロポーズって…良かったな!」
力任せに、おめでとうと叩いて来る姉その2は、心底巻島の幸せを喜んでくれていた。

「一学生ならいざ知らず……王子のオレから、逃げられると思うなよ、巻ちゃん」

柔らかなその声が、どこかドスの効いた台詞に聞こえる。
油断をして何か間違えたことを言えば、あらゆるものが弾けそうな、恫喝じみた、愛の言葉。

「一目惚れだ オレはオレの運命の相手を見つけた 離してやるつもりなど、ない」

――どうしよう、困った……オレは留学をしたかったし、そっと暮らしたかったし、こんな面倒そうな恋人なんて欲しくなかった……
なのにああ、こんな言葉が嬉しく感じるなんて、自分ももう終わっている。

目を硬くつぶったまま、巻島は小さく東堂にしか聞こえぬ声で、呟いた。
「……オレがお前のモンなら、お前もオレのものだからな……」
「勿論だとも、巻ちゃん!!」

すでに結婚式の招待状の文面を考えはじめている王子は、すかさず巻島を抱きしめながら札束をテーブル上に積み上げていた。
「結納金だ 収めてもらおう」
既成事実で巻島を、囲い込もうとしている王子は、その言葉どおり、巻島をあらゆる手段でもう繋ぎとめようとしていた。