箱学モブ男の回想『思い当たる行動』 東堂さんは女性にモテます。 これは後輩としての目線ではなく、また部活の後塵を拝する者としての思い込みではなく、事実です。 そんな東堂さんの口癖の一つ 「女の事ならオレに聞け!」 この口車に乗って、今日も何も知らぬ無邪気な同期生Aが、東堂さんに質問をしていました。 「…あの、東堂さん… オレ内気な子が今気になってて…向こうもちょっとこっち、気にしてくれてると思うんスけど……」 「ああみなまで言うな!その相手をどう落せばいいのかというのだろう?」 両手で押しとどめるよう掌を向け、ふっと口端をあげる東堂さんに、後輩Aはひたすら首を縦に振っています。 「ならば教えてやろうではないか! 内気な子へのアプローチを!!」 そういってはじまった、東堂さんの部室内講義は、口コミで今ホワイトボードの前に多くの部員を集めています。 スポーツに全てを費やしていますという顔をしていても、そこは僕ら思春期彼女が作れるものなら欲しいという思いは、どこかにあります。 普通にメンズファッションを購入などは気恥ずかしいですが、東堂さんのお話を後輩が聞くというスタンスですので、今回はみな大手を振って、体育座り待機となりました。 『まずはその1! 友人から絡め取れ』 ホワイトボードに、東堂さんの達筆で大きく今の言葉が書き記されました。 東堂さん曰く、いきなり何の交流もない相手から告白されて、OKが出るというのはオレクラスの美形もしくは学校中に知れ渡るクラスのお金持ちの息子でなければ難しいという、 非常にシビアかつ自分アゲなお言葉でしたが、説得力はあります。 「では凡人なオレは、どうしたらいいんスか!?」 「そうだな…まず女の子は基本グループ単位の行動が多い だから本命がいたらその周囲の子にもさりげなく親切にしておくんだ ただしここで勘違いされないように、 あくまで自分の本命ははっきりさせておく」 「ど、どうやったらそんな難しいことが……」 高校一年生男子、まだまだ気恥ずかしさもあって、本命とそれ以外に誤解されぬよう気配りなんて高等技術は持ち合わせておりません。 それに対し東堂先輩は 「相談という形をもちかけるといい グループ全体と仲良くなっておけば、好感度は基本高いはずだ そして本命をB子さんだとした場合、C子さんやD子さんにさりげないフリをしながら、 B子さんって…好きな人いるのかな?とか聞いておけ 女子はそれでもうほとんど、察してくれるはずだ」という回答をくれました。 そしてきっかけを作り、親しくなってきたら、「ちゃんとオレの連絡先とか知っててもらった方が、ご両親にも心配かけないよね」と遠慮がちにあくまで『自分の住所/連絡先』を教えるといいだろう。 相手がきちんとした心遣いや、それなりの礼儀をわきまえて人であれば、向こうも連絡先を教えてくれるはずだと、東堂さんは続けます。 「もし教えてくれない場合……は?」 恐る恐る聞いた、参加者の一人に他の者達もちらほらと頷きました。 「その場合まったく脈がないか、相手がよほどの礼儀知らずだな どちらにしろ諦めた方が無難だろう」 ……なるほど、納得です。 「次に相手にするのは、自分の友人たちだ」 そう言った東堂さんに、多くの者が首を傾げました。 好きな人ができたのに、自分の友人??という疑問はまあ当然でしょう。 東堂さんもそれを理解できているのか、腕を組んで頷きながら、ホワイトボードに清書します。 『その2 自分の友人が彼女を狙わぬよう牽制をかけておけ』 「いいかお前たち 彼女の魅力をわかっているのは自分だけだと思うこともあるだろう。 だが実際はその彼女自身が気づいていないところで、 実はモテていなり好かれたりというパターンだってありうるのだ」 こちらもごもっとも、クラスの中でも人気のある女生徒はやはりある程度特定できて、東堂さんのようにおおっぴらに騒がれてはいなくても、競争率が高い相手というのは幾らでもいます。 「そんな時に自分の好意を隠しながら、彼女のいいところだけをアピールし続けてみろ?」 例の指差すポーズで指名された後輩Aに、東堂さんは続けます。 「もともと誰かに好かれる程度に人気がある女性だ Aの友人も興味を持つかもしれない」 「え!? そ、それは……」 思い当たることがあるのか、Aは血の気を引いて立ち上がりました。 「ど、どうしたらいいですか東堂さん!?」 「これからは褒める前に、自分がB子さんを好きで大事でたまらない相手だってことを忘れずアピールすることだ! 恥ずかしいなとど言う感情で、他人にB子さんを取られては一生悔やむぞ!」 「わかりました!!」 両拳を握るAと、うむと大きく頷く東堂さんに、ぼく達はなるほどと、感嘆の目を向けます。 『その3 マメな連絡を忘れるな!』 「Aよ…お前が好きな相手は内気で、しかも自分の連絡先を渡したら、向こうの連絡先もくれる律儀な相手だった場合、多少ウザいかな…と思われる程度に連絡を取ってみろ」 「え、ウ、ウザがられる程度…に…ですか……?」 「そうだ ただしあくまでも相手に返信を求める内容ではいかん こちらの近況…しかし相手が興味を持ってくれそうなものを一方的に連絡をするんだ」 「…というと…?」 「B子さんの好きそうな小物を見つけただとか、仔猫や子犬がいただとかの、返事はいらないが伝えたかったんだというメッセージだな そこで自分語りばかりをしていては嫌われる しかし相手を思っての連絡であれば、律儀な相手は10回に1回は連絡をくれる」 「なるほど……!」 返事を強要せず、あくまでも自分がB子さんの興味を持ちそうな者を見かけたから、思わず連絡をしちゃったスタンス……勉強になります。 『その4 近い相手は丸め込め!』 「こちらから連絡を取り続け、ふと他人がB子さんの携帯を覗き、画面を見たといって勝手に心配をしてくることもある」 そういった相手は、たいていB子さんの親しいもしくは関係の深い相手だから、鬱陶しいと一言だに切り捨ててはいけないと東堂さんはホワイトボードに記入しました。 「その場合は、どのように対処すればいいのですか?」 手をあげたのはAではなく、参加者の一人です。……あれ、一年だけじゃなくて二年生もいましたのか。 「うむ、なに心を篭めて事実を説明してやればいいのだよ」 腕を組んで、目を閉じて頷く東堂さんは実経験を思い出しているのでしょうか。 「そうだな…Aはまだ一年だが例えばの話で、進級し心配してきたのがB子さん周囲の後輩だった場合と仮定しよう」 東堂さんが仮定したのは、クール美女系・元気っ子関西系・素朴可愛い系の後輩という設定を持ち出しました。さまざまな想定パターンという幅の広さ、流石です。 「まあ大抵、口出ししてくるのは元気っ子だな 直情径行だから普通に着歴などを見て、自分とB子さんの関係を尋ねるより先に一方的にストーカー扱いしてくるかもしれん」 正直僕としては、そこまで履歴が自分の名前で埋まってくるほどの連絡は、さすがに控えるべきではないで消化とも思うのですが、そこはそれ、参考にさせてもらいましょう。 「その場合は簡単だ こういった相手は実際のやり取りを一部再現して見せた上で、B子さんは口ではなんのかんのいっても、着信拒否や番号を変えるといったしていないのだと語る」 なるほど。 「そして普段と自分のやり取りを話してきかせ、また巻ち………ゲフンッ その…B子さんは普段のやり取りから内気なので、積極的にこちらに色々してこないだけで、 会うことや話すことを拒んでいないといえば、納得できるだろう…同時にこの方法で、素直系も攻略が可能だ しかも素直系の子は、ともすればこちらの味方にもなりやすいぞ B子さんが恥ずかしがりやで、色々後押しが必要かもしれない時は連絡をくれと、自分の連絡先を教えておくといい」 「えーっと…その場合あと残るクール系はどうなのでしょうか?」 誰もが思っていた質問に、他何人かも首を縦に振っています。 「こちらは多少、理論武装が必要だな クールタイプであれば、返事をしないのも着拒をしないのも、怯えてるからではないかなどと、言い出しかねん …そうした場合はすかさず自分の画像フォルダからよりすぐりのB子さんの写真を見せてやるといい 勿論自分に向けて笑顔を向けているものや、自然体でいるものを中心だ」 「B子さんが写真を嫌いでしたら、どうしたら?」 「風景を撮るふりなどでもして、さりげなく望遠機能等を利用しておくことだ」 …あれ、それって盗撮……いやいや、あくまで一つの手段、ですよね! 「冷静なタイプであれば、物証は強いぞ できれば自撮りで自分とB子さんが肩や腰を抱いている写真があれば完璧だな こういった相手も味方にしておけば心強い B子さんは色々おっとりしているのに、あまり人に頼ろうとしない面があるので心配だ なにかあったら教えて欲しいとやはり連絡先をさりげなく伝えておくといいだろう」 「それでもやっぱり、回数が多すぎないかと突っ込まれたらどう答えたらいいですか!?」 元気よく手をあげた質問に、東堂さんは組んでいた腕をほどき、指差しました。 「なかなかいい質問だぞ!その場合は『B子さんはオレと電話をすると、容易に切れなくなって困るからあまり出ないようにしているのだよ …可愛いだろう』とノロケを交えて説明すれば完璧だな!」 「おおおっ……」 思わず他人の僕らでさえ説得されそうになり、思わず拍手をしてしまいました。 『その5 偶然を言い含めろ』 今まで東堂さんがおっしゃってきた言葉は、一言でなんとなく雰囲気を察することができましたが、今回の言葉は少しわかりません。 周囲を見渡しても、同じような困惑顔が幾つもあり、東堂さんもそれは解った上で、今の言葉を書いたらしく、続けました。 「少し前に流行した言葉に、壁ドンというのがあったな」 女の子を壁際に追い詰め、片手もしくは両手で行く先を塞ぐようにして、立ちはだかるというアレですね。 「モブ男、ちょうどいい こちらに来てくれ」 「あ、はい…」 と東堂さんの横に並ぼうとすると同時に、軽く肩を押され、気がつけば東堂さんの顔が目の前にありました。 「!?」 日頃自分が美形だとかハンサムだとか、臆面もなく口にするだけあって、間近で見ても東堂さんの秀麗な顔は力を失いません。 いやむしろ、中身を知っていても……なぜ、なぜ脈が速くなっているんだ僕っ!!! 「…どうだ、ドキドキするだろう」 「ハ、ハハハ、ハイッ!」 上擦った僕の返答に、東堂先輩は口端を上げて笑います。 「まあオレのような美形がこれだけ近くにいれば、例え同性だろうとトキめいても無理ないことだ、恥ずかしがることではないぞ、モブ男」 「えっ!?あっ、はいっ」 「そしてこの距離感は実は、美形でなくても人に多少の動揺を与える距離感なのだよ」 人にはパーソナルスペースと言うものがあって、無意識のうちに一定距離以内に存在を許すのは、友人だとか知人でないと無理だとかを認識しているのだと、東堂さんは説明をしてくれました。 このパーソナルスペースは、人見知りの人や人が苦手だという人は広く、逆に人懐っこい人だとか他人との距離感があまりない人だと、狭いだとかがあるそうです。 もっともこの距離感は、臨機応変で満員電車などではパーソナルスペースがどうのなんていってられないから、広い人でも縮むし距離はある場所に出ると またパーソナルスペースも広くなるとのことですから、人間心理は不思議ですね。 「まあまだお付き合いもしていないB子さんに、いきなり壁ドンは危険だ しかし万が一そうした事態になった時は、『相手が自分だから、君もときめいているんだよ』と錯覚をさせておけ」 つまりそれほど親しくなくとも、壁ドンに似たような状態になれば、パーソナルスペースに踏み込まれているので、相手は落ち着かない状態になる→その落ち着かないのはオレだからさ…というすり替えをしろと! ……すごいです、さすがです東堂さん!! 『その6 伏兵に気をつけろ』 「福平…?」 今回は最初に発言ありきでしたので、一部の者が首を傾げると、東堂さんはホワイトボードに伏兵の文字を書きました。 キュキュッっと美しい文字を書き、マーカーに蓋をすると、こほんと咳払いをしています。 「B子さんとそれなりに知り合ううちに、自分の知った相手の魅力を友人たちに話したくなってしまうことが幾つもできるだろう」 今特に好きなアイドルもオシメンもいない僕ですが、まあそういった情報を共有したいという気持ちは理解できなくもありません。 「しかし!そうしたうちに自分の友人がB子さんに興味を持つという事態になってしまう可能性もある」 まあそれは、ありうるだろうなと想像できます。 僕だって友人が、○○さんって可愛くて優しくてさあ…なんて聞かされてたら、当然興味を持つでしょうし。 やはりそこは、興味をもたれたらすかさずブロックという事でしょうかなんて思った僕は、まだまだ素人でした。 「その場合は早めに、友人たちにB子さんを紹介しておけ」 「「「え!?」」」 「紹介しちゃうんですか?」 「喋るのをやめろきゃなくて…?」 「その2では牽制をしろって言ってましたよね」 複数の疑問系の質問が重なりますので、僕の聞き間違えではなかったようですね。 さもありなんとばかりに、東堂さんは腕を組んだまま、深く頷きました。 「お前たちの疑問はわかる だが……B子さんの魅力を知れば知るほど、他人にも伝えたいという欲求は耐え難いものになるはずだ……そこで!」 重ねていた腕をほどき、東堂さんはビシリと例の指差しポーズを取りました。 「牽制は牽制として必要でも、いつかは必ずB子さんは自分の日常に入り込んでくるだろう その場合、内気なB子さんが、ゆっくりと自分の友人と 交流をする前に対面形式で会わせてしまうのだよ!そうだな…名目は『オレの友人たちを、君にも知ってもらいたい』こういうと難しいように感じるかもしれんだろうが、 なにあらかじめ友人たちがいそうな場所に、偶然自分たちも来たのだというフリをして、友達を紹介すれば無理はないだろう」 「……えっと……それで、大丈夫なんでしょうか」 「フ……内気なB子さんは大抵人見知りだ そういった所にオレの友人ばかりというアウェイな空間……B子さんは礼儀上きちんとやり取りするが、内心はひどく心細い… …そこでオレは携帯が鳴ったような演技をして外に出ようとすれば……」 顎に手を当て、フフフフと微笑む東堂さんの表情が、不可解ながらも意味深で、みな続きを息を呑んで待っています。 「B子さんはすごく心細げな表情をし、必死で『行かないで』という顔をするはずだ そこ」 「テッメェェェェェェェェェッ! それが狙いかぁぁぁぁっ!!!」 な、何があったのでしょうか。 吹っ飛んだ東堂さんの居た位置には、どうやら蹴りを入れたらしい荒北さんが新開さんに押しとどめられています。 「どォりでおかしいと思ったんだヨォッ!!あんだけマキちゃ」 「靖友、ここではB子さんらしいぞ」 「……B子さんB子さんうるせェ手前ェが、オレ達にB子さんを紹介しようとするなんてよ!!」 どなたかの名前を呼びかけた荒北さんが、律儀にB子さんと名前を呼び変えました。 ……とすると、ここまではやはり東堂さんの実体験なのですね!!すごいです、東堂さんっ! 「おいテメェらもっ!!」 角度を90度変えて、僕らに向き直った荒北さんは、言下に 「こんなアホの言う事、感心してんじゃねェ!」とコチラを睥睨しております。 「え…でも……僕らには充分勉強に……」 東堂さんのためにも、少しは抗弁しなくてはという僕に対し、荒北さんは細い……ゴホンッ鋭い目を更に細めてこちらを見ています。 「おい…モブ男とコッチに来いよ」 うわわわ、お、怒らせてしまったでしょうか。 恐る恐る荒北先輩の横に並び立てば、またしても肩を押され、壁ドンです。 ふぉぉっ荒北先輩が、ニヤリと笑ってこちらを見下ろしています。 かっこいい!!いや違う!!いやカッコイイのは確かなのですが、東堂先輩と違って何やら心臓に悪いようなそうでないような、えっと…… とこちらの困惑を見越したように、荒北さんは顔を上げました。 「おいっ!そこの通りすがりの自由人電波!!」 「えー?ひどいな荒北さんオレですかあ?」 東堂さんの講義に参加していなかった真波に、荒北さんは命令をしました。 「お前、この状況を他人から見たらどうか客観的に答えろ」 「他人として……でしたら、どう見ても目つきの悪い人が一般人に絡んでるぅこわぁい 警察呼ばなくちゃ!…ですね」 「よぉし正解 ただしお前、今日は外での走り禁止ロードローラー三時間な」 「えぇぇぇ 理不尽〜〜」 聞かれたから答えたのにという、真波の台詞はもっともですが、ぼく達に真実を教えてくれました。 そう、東堂さんの言葉はすべて 【 た だ し イ ケ メ ン に 限 る 】 を体現していたものでした……!! 「よぉっし テメェらも目が覚めたみてぇだな!いいかあ 幸いコイツの相手は、自分がしっかりしてると思い込んでる天然チャンだから、何とかなっている だがな! 普通のヤツが東堂と同じ行動をしてみろ!証拠に証人ザクザクのストーカーだからな!!訴えられたら一発アウトだ」 ……僕が好きな人の友人や近い人を、丸め込もうとして、壁ドンをして、彼氏でもないのに自分の友人を紹介しようとして……確実にアウトーーーーーッ!!! 「てめえらいいなっ!王者箱学の名を穢すんじゃねえぞっ」 「「「はいっ!!!」」」 こうしてこの日の講義は、僕達自転車競技部の中ではなかった事となっております。 後日、僕らはB子さんというのはしょっちゅう東堂さんが電話をかけている、巻ちゃんさんだというのを聞いて、大いに納得すると同時に、止めてくれてありがとう荒北さんと、心から感謝をしました。 |