あなたは40分以内に5RTされたら、従兄弟同士の設定でお見合いで出逢うところから始まるヤンデレ東巻の、漫画または小説を書きます。 http://shindanmaker.com/293935
『だってお前はオレのもの』



「久しぶり お元気だったかしら?」
おっとりとした雰囲気の、ふわふわとした茶色い髪をした女性が、旅館の女将に頭を下げる。
凛々しい雰囲気の着物姿の黒髪の女性は、口端を上げ清廉な印象の笑みを浮かべた。
女将としてではなく、知人を迎えるのにふさわしい柔らかな表情だ。
「うちは変わらずよ いらっしゃい…巻島さんって…慣れないわね」
「東堂さん…はそのままだから、助かるわ」

肩を竦める着物の女性と、茶色い髪の女性は学生時代の同級生だった。
正反対の見かけと性質だったが、それゆえにウマが合ったというか、互いが互いを補うように行動し、いつも一緒に居るのが当たり前のように過ごすという関係だった。
その後それぞれに彼氏ができたと報告するのも、ほぼ同時期で、その程度の偶然であれば珍しいことではない。
だが東堂の彼と(現)巻島の彼氏というのが、兄弟であったという事実は、二人を驚かせた。

巻島兄と結婚しそのまま姓が変わった女性に対し、巻島弟の方は女将を継ぐことになっていた東堂の家に入り婿として籍を入れた。
そのおかげで、今の二人は義姉妹という関係になっている。
「ふふふ、その子が…裕ちゃん?」
巻島母の後ろに、ぴったりとしがみ付くように立っている幼児に、東堂母はしゃがみこみ、頭を撫でた。

白のふわりとしたブラウスと、今時珍しいような太ももまでしかない黒い半ズボン。
サラサラな髪は人形のようで、困った顔しつつも頬を赤らめているのが、可愛らしい。
「ご挨拶は?」
「……ショ」
「本当に…聞いていた通り、大人しい子ね うちのとは正反対」

長く続く廊下を先導し、案内されたのは東堂庵の中でも、もっとも広く、貸切露天風呂や他者が入り込めぬ奥庭がついている、色々と用意された部屋だ。
二間続きの間取りは、手前が黒檀のツヤが眩しい座卓が置かれ、畳もまだ青々しい。
床の間前には、大振りな一輪の白い花が生けられており、まるで写真のように隙がない和室の雰囲気を、和らげていた。

「さ、裕ちゃんここに座って じゃあうちの子を呼んでくるわね」
東堂母が手早くお茶を用意し、一礼をしてから襖を閉めた。
きちんとした作りの部屋だけに、あけて直ぐに部屋に続くのではなく、きちんとスリッパを脱ぐ小ぶりな玄関的な場所と、部屋の間には小さな空間が用意されていた。

ことのきっかけは、互いの父親の子供自慢だった。
子煩悩な巻島父が、子煩悩な東堂父に【うちの子超カワイイ!】と互いに譲らず、飲み明かしているうちに「こんなカワイイ子供たちも、結婚したら離れていくのか…」
と涙酒に変わり、そのうちに『いや待て、オレとお前の子供が結婚したら、どこまでも一緒に続く関係が結べるんじゃね!?オレ達天才じゃね!むしろそうすべき!!』
と酔っ払い特有の思考回路から、両家の子供の見合いとなったのだ。

巻島の長男と、東堂家の長女はすでに『見合い』の単語の意味を知っているだけに、全力で拒否された。
そこで両父親が狙ったのは、二番目の子供たちだ。

「裕ちゃんはな、繊細でおっとりとした子で守ってやる誰かが必要なんだ …尽八、お前はお見合いをして裕ちゃんを守ってやらねばならん!」

「裕介…弟の家の二人目の子は美形で積極性があって、人懐っこい子だそうだ お前の母親たちのようにきっと、いい組み合わせになるぞ」

真剣な顔をした父親に『男としての大事なお話』をされた子供たちは、意味もわからぬまま頷き、そして今日の見合いのはこびとなったのである。
母親たちは呆れながらも、まあ酔った上での流れとはいえ、久々に友人にも会いたいし、いとこ同士の顔合わせも兼ねて、
お見合い風にセッティングしましょうかと遊び心を交えて、段取りを決めていた。

「うちのユウちゃんは、私に似たのかちょっと人見知りで…あまり知らない相手としゃべれなかったりするのよ、大丈夫かしら」

「うちのは真逆よ 天性に人馴れしているというか如才ないというかで、逆に心配になっちゃうの 誰にでも明るく接するんだけど、どうもそのせいで口先だけになっちゃわないかって
…たった一人、大事な人がいると中身も伴うと思うのだけど」

東堂母が連れてきた子供は、幼いながらもきちんと正座をし、ちゃんと両手をついて頭を下げた。
「はじめまして! とーどーあんへ、よーこそ」
その様子は微笑ましく、巻島母も同じように正式な礼儀を返そうと座布団から外れ、同じように両手を揃えて挨拶をした。
よくわからない顔をしながらも、ユウと呼ばれている子供も同じように正座をして、ちょこんと頭を下げた。

「はじめまして 巻島です こちらは息子の裕介よ…お名前は?」
「えっ!?」短く声を洩らす東堂母の声と重なるように、横の子供は
「とーどぉ、じんぱち なのだよ!」と声をあげた。
「え?」
今度の疑問系は、巻島母からの呟きだ。

「「息子さん……だったの?」」
両方の母親が、掌を口元に当てて驚いているのは、根本的な間違えに今、気がついたからだ。
見合いをさせるぞといって、両父親が得てきた情報は、写メールのみだった。
親戚同士だからという心安い関係と、酔っ払いの行動だから、それは仕方がないことだったのかもしれない。
それにしても互いの性別ぐらいは、確認すべきではなかったのかと、見合わせた母親たちは無言で語っていた。

写真で見る限りでは、両方とも造作に差があるとはいえ、かたや日本的な和風美形幼女、かたや西洋人形風の繊細な幼女にしか見えていなかったのだ。
実物を見ても、名前や息子と紹介されるまでは、相手の子供を女の子だと思っていた母親たちは、困ったように苦笑した。

だがそんな母親を尻目に、にじにじと巻島へ近寄る尽八は、躊躇なく巻島の髪を触り、「きれいだな」とにっこり笑う。
「ショ?」
純粋な日本人としては、色素が薄い巻島は、幼い子供たちの中では少し違った存在として扱われることが多い。
そのため普段であれば、髪色などに触れられるとせつなそうに眉を寄せ、うつむくことが多かったのだが、純粋な賛美しかない東堂の言葉は、胸を温かくしてくれる力を持っていた。
「ま、まきちま、ゆーしゅけショ」
東堂と違い、あまり家族以外の者と話すことが少なかった巻島の口舌は、たどたどしい。
東堂を真似て、放り投げていた脚をたたみ、座礼をするその姿はいとけなく、微笑ましいものだ。


『まきちまゆーしゅけ』とみずからの、正式な名前をきちんと発音を出来ていない部分を呼ぶのは不躾だろうと、幼いながらにも 賢明な判断をした東堂はニコリと笑って
「うむ、じゃあ まきちゃんだな!」と床に着いていた巻島の小さな手をとった。

「ゆーしゅけ、まきちゃんショ?」
「そうだぞ! …じんぱちのお嫁さんになるまきちゃんだ!」
あまりにも早いプロポーズに、吹き出すより先に、東堂母は目を丸くした。
「尽八……あなた、どこでそんな言葉を……」
「とーさんが言ってたのだぞ こんどお前が会う子は、お前のおよめさんになってくれるかも知れない子だ ひと目で気に入ったならそくざにゲットだ結婚を申し込め…って」

目蓋を閉じてこめかみを揉む東堂母は、夫が酔っ払ったまま子供にまで、バカ話を伝えたのかと、僅かに眉間にしわを寄せている。

「げっと、しってるショ ポケモンショ」
「そーだぞ、じんぱちはまきちゃんをげっとして、結婚するのだよ」
結婚すれば、大人になってもずっと一緒にいられると父さんが言っていたという尽八の台詞を聞いて、傍らで微笑んでいた巻島母は小さく拍手をした。

「すてきね!尽八くん…うちのユウちゃん、気に入ってくれたのね?」
「うむ! まきちゃんはかわいくておとなしくて心配だから、じんぱちが守るのだよ!……まきちゃんは、じんぱちを好きか?」
膝を乗り出して、見詰めてくる東堂に、巻島は困ったように眉を寄せた。
東堂は巻島の知っている同い年程度の子供の誰より美しく、それでいてこちらに隠す様子もない好意を向けてくれる。
…嫌えるはずなんて、ない。

「ゆうしゅけも、じんぱち好きショ およめさんになったら、ずっと一緒ショ?」
首をかしげて、東堂のまっすぐな視線を受け止める巻島は、いまいち現在の状況が飲み込めていない。
それでも明るくまっすぐに、自分を守ってあげるという東堂とは、一緒にいたいという気持ちがあふれ出るばかりで、嬉しかった。

「うむ!いっしょだ!!」
「じゃあ、ゆーしゅけ じんぱちとけっこんするショ」
頬を染めながら、クハッと小さく笑う巻島の笑顔は、幼い東堂の胸を貫く威力があった。
幼いながらも自分の顔の造作はいいと、自覚していた東堂が、はじめて他者に心を奪われ、その顔をもっとずっと見ていたいと思ってしまうほど、巻島の微笑みは愛らしい。
「まきちゃん!ここのお庭はきれーだぞ じんぱちが案内してあげよう!」
チラリと母親を見上げたのは、その庭が客室の一部であるからだろう。
東堂母がむしろその独立したつくりから不審者は入り込む余地がないと、二人で奥庭にでるのを、靴を運んでくることで許可した。

「いいこと尽八 景観も大事なおもてなしの一つなんだから、むやみに枝を折ったり苔をむしっては駄目よ」
「うむ!けーかんはおもてなしだから枝はおらないぞ!」
どこまで解っているのかという様子で、東堂は一生懸命に靴を履く巻島の手を取り、小さな池を指差した。
「あそこには鯉がいるのだよ」
「…おしゃかなショ?」
てこてことどことなく、見るものを不安にさせる歩みで巻島が池へと近づき、東堂もその傍らに寄り添い座る。
「おしゃかな、キラキラショォ…」

金色や、白地に濃い紅、真珠色の鱗を持つ魚たちを見て、巻島が頬を上気させて、すごいという表情で振り返る。
その掛け値ない歓びの顔は、人形じみた巻島の顔をいっそう魅力的に見せ、東堂もつられたように顔を赤らめた。
東堂に眠っていた庇護欲というのが目覚めたのは、この時だったに違いない。
微笑む巻ちゃんとずっと一緒に居るのだと、東堂は幼いながらもう誰にも譲らぬ決意をして、目の前のちっちゃな指を握った。

「まきちゃん…やくそくのしるしに、ちゅーしてもよいかね?」
「ちゅー…? にいちゃ、がたまにしてくるショ」
尽八にとって、裕介と同じ従兄弟にあたる巻島兄が、すでにちゅーをしていると聞いて、東堂はがくりと膝を折った。
その様子を見た巻島は、慌てたようにしゃがみこみ
「どうしたショ?ぽんぽんいたいショ? ないちゃメェっショ いいこいいこショ」
と東堂の頭を撫でる。

拗ねたみたいに膝を抱えた東堂が、
「まきちゃんから ちゅーしてくれたら…なおる」と呟いた。
しばらく考えた様子でいた巻島は、しゃがんでうつむいたままの東堂の髪をかきあげ、額にそっと口接けた。
「…ちゅー、ショ?」
顔を紅くし、小さく震えた東堂に巻島はまだ具合が悪いのかと、もう一度そっと唇を東堂のおでこにつけた。
「まきちゃん!じんぱちはたったいまぜっこーちょうになった!」
「クハッ 良かったショォ」
大きくなったら結婚するのだぞと、二人はあらためて指を重ねた。
「ゆーびきーりげんまん、まきちゃんはじんぱちと けーっこん」
「けーこっんショ!」
指を絡ませたまま顔を見合わせ、東堂と巻島はいたずらめいた笑いを浮かべる。
しばらくそのままで、楽しい気持ちを分かち合いながら、約束の印だからと今度は東堂が、巻島の頬にキスをした。

「うふふ 尽八君が息子になってくれるのね、嬉しい」
「まったく…あの子は思い込みが激しいくてこうと決めたら譲らない子よ 本気でユウちゃんと結婚する!って決めちゃうかもしれないわ」
ふわふわとした笑みを浮かべ、窓越しに戯れる息子たちへ視線を送る母親達は、暖かい眼差しで、二人のやり取りを見遣っていた。
「あら私も本気よ? 日本でだってあと10年もすれば同性婚だって普通に認められるようになっていると思うもの …東堂裕介も巻島尽八も悪くない名前でしょ?どっちになるかしら」
ヒスイを薄めたような美しい色の日本茶を注ぎ、東堂母は苦笑した。
「尽八はもう勝手に、裕ちゃんをお嫁さんに貰うって決めてるようだけど」
「あらそういえばそうだったわ ユウちゃんもお嫁さんになる前提で結婚で受け入れてたんだから、問題無しね」


どうせ10年も20年も時が経ち、結婚という言葉の意味を本当に捉えられる頃には、二人もそれぞれ好きな相手ができているだろう。
ならば今のうちにだけでも、純粋に好きだと言い合える二人を認めてやろうと、東堂家と巻島家はあっさりと二人を婚約者と認定した。

「…でも、本当にいいの?月一回、無料でこちらにご招待していただくなんて」
「ええ流石に繁忙期は無理だけど、むしろ私のほうこそぜひ来てとお願いしたいぐらいよ 尽八の姉の頃はまだ母が先代女将として、旅館を取り仕切ってくれていたから
構ってあげることができたのだけど…尽八はちょっと寂しい思いをさせてしまっているから」
東堂の祖母にあたる先代は現在女将業を譲り、「引退しても旅館が目の前じゃ落ち着かないわ」と景観のよい施設を探し、すっぱりと旅館業を離れ、第二の人生を謳歌している。

聞き分けも悪くなく、客に対してもきちんとできる息子へのちょっとした罪滅ぼしと、義理の姉になったあなたに私も会って色々お話したいものと、東堂母は率直に述べた。
もちろん裕介の兄のレンも、一緒に来てくれと東堂母は言うが、少し年が離れている巻島兄はつきあいで数回、一緒に東堂庵をおとずれた程度だった。
尽八と裕介はほぼ毎月、二人で仲良く過ごし小学校に上がる頃には、裕介一人が東堂の部屋に泊まっていくことも、珍しくなくなっていた。

それだけ一緒にいて、よく飽きないなと他者に揶揄されても、東堂は
「巻ちゃんと一緒にいて飽きることなどないな!むしろ一緒の学校でないのが悔しくてならんよ」と延べ、巻島はそれに対し、積極的には同意しないものの、
否定をしないことで東堂と同じように思っていることを、隠そうともしていない。

自分の大事な人が、同じように自分を思ってくれている。
会えない日には電話をして、毎日が幸せで浮かれている東堂は、数ヶ月前から巻島の表情に、時折浮かぬものが混ざっているのが気にかかっていた。

東堂にとって青天の霹靂ともいうべき出来事は、母親経由で伝わった。

「あら…ユウちゃんも言い出せなかったのかしらね あんた達仲いいから」
仲がいい、どころではない。
東堂にとって巻島裕介は、今でも未来の伴侶たる人物だ。
その巻島が、数年にわたって家族で英国へ居住すると聞いて、東堂は目を大きく見開き固まった。
――聞いて、ない。
「なんで!? 巻ちゃんはオレと一緒に寮のある箱学を目指すって……!」
「お義兄さん…あんたの伯父さんのお仕事の都合ですもの、仕方ないでしょう ユウちゃん一人日本に残すわけにもいかないもの」
「そんな………いつ…」
飲み込まれた『帰ってくるのか』という疑問に、東堂母は困ったように眉根を寄せる。
「1年か2年か…ひょっとするとそれ以上かもしれないし、まだ解らないらしいわ」
喉が絞められているわけでもないのに、呼吸が苦しい。
東堂は何かをいいかけ、もう一度息を飲み込んだ。
「嘘だ」という小さな呟きは、誰の耳にも届かず、その場にいつまでも漂っていた。

「尽八…ユウちゃんもあなたを大事に思ってるからこそ、言い出せなかったのよ…責めちゃダメだからね?」

次の約束の日まで、待ってなんかいられなかった。
週末になると同時に、東堂は連絡もせずに巻島家を訪れ、昂ぶる鼓動のままインターフォンを押した。
「あの…何も言わずに来て、ごめんなさい」
「あらあら…驚いたけれど嬉しいわ、いらっしゃい 最近は裕ちゃんも一人でそちらにお邪魔するから、尽八君に会えたのも久しぶりね」

突然にもかかわらず、巻島母はその来訪を喜び、もてなしながら軽く詫びる。
約束をしていなかった巻島は、少し学校での行事準備で帰宅が遅れているから待っていてと、東堂は裕介の私室に案内された。
ついでに夕飯をご馳走にするから、お買い物に行きたいのだけど、お留守番を頼んでもいいかしらと問われ、快く東堂は頷く。

むしろ、巻島と二人きりで色々話したい東堂には、好都合だった。

見慣れた巻島の私室を、さりげなく見渡す。
荷物が少し減っているように見えるのは、気のせいではないだろう。
そして代わりに、部屋の隅には幾つかのダンボールが重ねられていた。
カチャリとドアノブが回り、扉がうすく開く。
何度見ても東堂の気持ちを揺るがせるサラサラの髪をした少年が、部屋の前で立ち尽くしていた。

「じん…ぱち……」
「おかえり、巻ちゃん」

驚いた顔をしているのは、東堂がここにいるというだけの出来事からではないだろう。
机の上に置かれた英語の本や、イギリスの風土や地理をまとめた冊子、梱包されている荷物を見られた気まずさも、巻島の表情には混ざっていた。

――ようやく、本当なんだと実感ができた。

何度かなにか言おうと、口をあけては噤む巻島を見て、東堂は一筋の涙を落した。
いやだ いやだ …いやだ!
巻ちゃんの口から、遠くへ離れることを告げられるなんて。

剥き出しになった東堂の自我は、裏切られたみたいな憎しみさえ持って、巻島への執着をあらためて湧きたたせた。
解っている、オレ達はまだ子供だ、親のいう事に逆らえるはずもない。
でもいかないで、巻ちゃん。

「尽八……泣くなよ …腹でも痛いショ?」
「…覚えているのか、巻ちゃん」
まだ舌も回らなかった巻島は、初めて出会った頃「まきちまゆーしゅけ」と名乗り、巻ちゃんの初めてじゃなかったとうつむいた東堂の頭を、「ぽんぽん、痛いショ?」と撫でて額に口接けた。

「また…約束の印をしていいか、巻ちゃん?」
「ショ?」
巻島が身構えるより早く、東堂は柔らかい唇に、おのれのそれを重ねた。
子供のつたないキスだが、あの頃とは違い行為の意味を意識している。

「……巻ちゃんが、帰ってくるのをオレはずっと待ってるからな」
「ん……」
どちらともなく差し出した小指を絡ませ、幼い約束を思い出す。

巻島が出国の日まで、東堂は空いた時間をすべて裕介に会う為につぎ込んでいた。

******************

再会は、まったく予想のつかぬ場所でだった。
中学時代に始めたロードバイクの、クライムレースでの会場。
随分ひょろりとした…それでいて、東堂の意識をけして逸らさぬ後姿があった。

クライマーは体重の軽さが身上だが、あれでは筋力そのものが不足なのではないだろうか。
ひょこひょこと、バランス悪く歩く姿もスポーツマンらしくない。
何よりもあの髪色はどうだろう。この会場でなく、ライブ会場ですら浮くのではないかと思われる派手な玉虫色の光沢を持つ、長い髪。

――なのに、どうしてだろう。
東堂はその後姿から、目が離せなかった。

「どうした、東堂?」
一定方向を向いたまま、動こうとしない東堂に気づいた同級生が声を掛ける。
彼もまた箱根学園の自転車競技部の一人で、オールラウンダーを目指している以上、登りも必要だとエントリーをしたらしい。
「いや…悪目立ちをしたヤツがいると思ってな」
「ああ…すげェよな」
苦笑する同級生も、目線を追ってすぐに理由が解ったのだろう。

このレースは18歳以下限定だから、あの男も自分たちとそう変わらぬ年齢なのだから、いっそうだ。
ひょっとしたら、もう社会人なのかもしれないなと同級生が推測したのも、日本の校則を知るものからしたら、無理ないものだった。

だがそれでも。
東堂はその男から、視線を外すことができない。
喉がカラカラにかさつき、本能が『あれを追い掛けろ』と告げている。

「すまん、ちょっと外す」
言いながら、東堂はもう玉虫色をめがけ、走り始めていた。
大事な愛車も、見学に来ている部員の誰かが見守ってくれているから、心配はない。
「え?おい、レースはもうすぐ始まるぞ!」
「すぐ 戻る!」
そう言いながら、東堂は木陰の方へと歩んでいく細い肢体を、夢中で追った。

どうやら暑さしのぎをしたかったらしい男は、木陰に入ると幹に寄りかかり、小さく吐息した。
少し眩しいように、木漏れ日を見上げる顔に、東堂は息を呑む。

「………巻、ちゃん………」
「……っ!」
ビクリと大きく体を震わせ、振り返ったその顔には、見覚えのある二つのホクロ。
記憶のままの白い肌と、困ったみたいに下げられた眉、長い睫毛。
身長が自分と同じほどに伸び、髪色こそ変わっているが、東堂がずっとずっと待ち続けていた人物が、そこに居た。

「巻ちゃんっ!!」
聞きたいことは、幾つだってある。
何故ここにいるのか、自転車を始めたのか、どうして自分に何も伝えてくれなかったのか……。
それでも今の東堂が一番にしたいことは、目の前の巻島を捉えることだった。

逃げたそうなそぶりを見せる巻島の手首を強く掴み、胸元へ抱き寄せる。
あの頃のような柔らかさはないが、その分弾力のあるしなやかな感触が、東堂の指先に伝わった。
何もいえなくて、ただ抱きついている東堂をしばらくそのままにさせていた巻島だが、長い沈黙に戸惑うみたいに「離すショ」と小さく呟いた。

ああ、巻ちゃんの声だ。
すこしカスれたみたいに空気を含んだ声音と、柔らかい言い回しの語尾。
記憶の中の幼さは消えたが、それでも巻島の声であるという認識は、即座に出来た。
「なんで……」
何故ここに、と問おうとしたのか何故連絡をくれなったと言おうとしたのか、東堂自身にすら判別できぬ疑問。

「帰国はまだ先ショ …今回は編入手続きで準備とか色々あって、その用意だから…短時間しか日本に滞在しねえ」
だから東堂に連絡をしなかったのだ、とまでは言わなかった。
だが東堂にとってその回答は、納得のできないものだ。
巻島が一言声を掛けてくれさえすれば、どんなに忙しくたって東堂は駆けつけるというのに。
それでもそれを上回る歓びが、今は東堂を支配していた。

「帰国…!じゃあ巻ちゃん日本へ帰ってくるのだなっ 昔オレと約束をしただろう箱学に…来てくれるな?」
「あ…悪ィショ ちょっと事情があって…千葉の総北ってところに行くことになってるんだ」
目線を逸らし、居心地悪げに答える巻島に、東堂はおおいに落胆したが、それでも英国と日本の距離に比べたら、たいしたことはない。
それに数年もすれば、自分たちで稼ぎを得て一緒に暮らす事だってできるのだから、自分はあと少し我慢をしようと、東堂は思いを告げた。

そう言って喜色を隠すことがない東堂から、巻島はまだ顔を背けている。
「あのよ、東堂……」
「なんだね?巻ちゃん」
「その……ガキの頃の約束 …なかったことにして欲しいショ」

ざわと大きく風が吹き、新緑の葉を大きく鳴らす。
何を言われたのか解らぬみたいに、東堂はまだ笑顔のまま首を傾げた。
「巻ちゃん?何を言っているのだね」
「お前の親とウチの親が、お互いの性別も確かめずにノリでした婚約だろ? ガキの頃の約束とか…ノーカウントでいいショ」

クハッと笑って肩を竦める巻島は、そう言ったまま東堂と目を合せようとしない。
「………だから、オレとお前はただの従兄弟に……もど」
「ふざけるな」
途中で断ち切った巻島の言葉に重ね、東堂はもう一度巻島の名前を呼んだ。
巻島にかぶさるように近づけた顔は、まだ笑顔のままだが、秘められた感情は間逆のものだとわかる。
あまりに怒りや戸惑いが強いと、感情が制御できなるのだろうか。
東堂は自分の表情を客観的に解析しながら、巻島の逸らした顎を掴み自分へと向けた。

「……大事な人でも、出来たというのか巻ちゃん」
搾り出すように吐き捨て、抗おうとする巻島を、口元だけ笑みを浮かべたまま、きつく睨む。
危うさを秘めたそのつりあがった眼差しに、巻島は震える指先をぎゅっと握った。
「……ああ、いるショ」
「認めんよ」
間髪居れず、東堂は巻島の言葉を否定した。

まるで暴力に訴えかねないような目つきをしながら、東堂はまだ笑っていて、巻島を息苦しくさせた。
「…お前…が認めるとか、認めねえとか…関係ねえ……ショ」
「関係ないだと?」
東堂の濃い色をした瞳の眦はつりあがり、物理的な力すらを持ちそうな勢いでぎらついていた。
網膜に焼きつきそうな距離に、東堂の顔が迫る。
耳朶近くに近づいた東堂の唇に、巻島がピクリと小さく震えた。
小さく首を振る巻島に、東堂は「どんなヤツか言えよ」と低く命じた。

きゅっと唇を噛み締めた後、覚悟を決めたように
「…オレの事、誰より大事に思ってくれてるショ」とかすれた声で巻島は答えた。
「才能あって、それでいて努力家で、未来も嘱望されてて……顔だって悪くない」
「それで?ソイツと付き合いたいから、オレとの婚約をなかったことにしてくれと言うのか」
「いや… そいつにオレはふさわしくねえショ 遠くから…思ってるだけでもオレは幸せなんだ」
思い切ったように東堂を見つめ返す巻島は、幾分血の気の引いた顔ながらも、ふわりと微笑んだ。
射るような視線に怯まぬよう、自分を鼓舞しながら巻島は逃げたくなるのを踏みとどまった。
息がかかるほどの距離のせいで、脈は荒くなり、頬を紅潮させる。
巻島は押さえつけられた自分が、採集された虫みたいだと自嘲し、東堂から逃れたいみたいに手首を振るが、かえって硬くなった掌で、幹に強く押さえつけられてしまった。

「なんだ」
潜めた声で、東堂は耳朶近く軽く笑い巻島をさらに腕の中で密着させた。
割り込まれた膝が内腿に触れ、巻島をいたたまれない気分にする。

「オレの事じゃないか、巻ちゃん」

懸命に紡いだ偽りごとも、東堂にはあっさり見破られてしまった。
少し大人に近づき、自分たちの恋が障害が多いものだと悟って、やっと離れようと決意をしたのにと、巻島は泣きたい気持ちになる。
「ちがっ……違う……ショ……」
「違わねえよ だって巻ちゃんオレの事昔からずっと好きじゃないか」
そういいながら東堂は、反論を許さず巻島の唇に、己のそれを重ねた。

「子供の頃のやり取りはノーカンだって巻ちゃんは言ったよな…だったらこれが巻ちゃんの初キス?」
無邪気に尋ねる東堂に、巻島は目を瞠り、流れについていけないよう、かすかに首を振る。
「……誰か、オレ以外とキスをした奴がいるのか」
その抑えた声は、かえって巻島を怯えさせた。
「い、今のは違うショ…尽八が何言ってるのかわかんなくて、オレ…」
全身を強張らせ、もう一度今度ははっきりと否定の意味を篭めて首を振れば、ようやく東堂の怒気は薄まったように、また形ばかりの笑みを造った。

「やっと名前を呼んでくれたな」
いろいろな出来事が一気に起きて、目を潤ませる巻島を東堂は満足げに見遣る。
東堂の指から力が抜け、絡めるように重ねられても、もう巻島は逃げることができなかった。

「巻ちゃんがどんなつもりで、オレとなかったことにしたいと言ったのか 解っているよ どうせグルグルと色々考えて、自分に東堂はふさわしくない…なんて考えたのだろう」
意外にも穏やかな優しい声で、東堂は巻島を抱き締めた。
「……だって……」
東堂の事が知りたくて、海外で検索をかけても東堂の名前が見つかるほど、すでに有望視されていた。
本人には言ってやらないが、顔立ちはまぎれもなく綺麗だし、東堂は頭だって悪くない。
……子供の頃の軽率な約束で、東堂が自分に縛られてしまったのではないかと思うと、巻島はいたたまれない気持ちになっていた。

――だから、別れを告げてやったのに。

「先ほどは随分と腹立たしい思いもしたが、嬉しい収穫もあったな」
揶揄するような東堂の表情に、巻島はきょとんとまばたきを繰り返す。
「巻ちゃんの初キスは、レン兄さんに奪われてしまったと聞いて、幼いオレはどれほど悔しかったことか……だがアレはノーカンだというのならば、
巻ちゃんの初の口接け相手は、オレになるのだろう?」
「……おま……いつの頃の話……」
「無論初めて会った時のだ あの日からオレは巻ちゃんの初めては、口接け以外全部オレが貰うと決めていたのだよ だが思いもがけず、巻ちゃんの初キスの相手もオレになった」
呆然と巻島が口を開こうとする前に、東堂はもう一度唇を重ねた。

まだ幾分かの憤りが、熾火のように東堂の中には留まっていたのだろう、
二度目のキスはぶつけるような勢いで、唇を覆うだけでなく、東堂の熱い舌先が巻島の口腔へと入り込む深いものだった。

ゆっくりと目蓋を閉じた巻島の睫毛が、細かく揺れた。
背筋がぞくぞくと、もう自力で立っていることも叶わず、割り込まれた東堂の膝になかば体重をかけるみたいになれば、そこからぞくりとした快感にも似た衝動が、巻島を襲った。
「……逃がしてやろうって、思ったのによ」
この真っ直ぐに才に溢れた男には、正しい道が似合うと思ったから。
東堂の肩に顔を埋め、ほとんど聞き取れないような声で、巻島は囁いた。

「わかっているさ …だが巻ちゃん……オレの気持ちを無視して勝手な未来を描かないでくれ」
「……ん……」
「どんなに何に恵まれたって、オレは一生巻ちゃんを渇望して生きねばならん…それがどんなに辛いかまで考えろよ」
もっとも拒否をされても煽られるだけで、諦めてやるつもりは微塵もないがと、東堂は独占欲を隠さずひび割れた声で述べて、巻島は背骨が冷たく感じた。


「巻ちゃんの初めては、全部オレのものだ 初恋も最後の恋も…誰にも譲ってやるつもりはない」
そう言って不穏に微笑む東堂は、巻島の手首を掴み上げ、そっと唇を落した。
早くなった脈が、ダイレクトに伝わってしまうと逃れようとしても、いまさらだった。
――自分だって、ずっとこの優しくて激しくて、強いのに脆さを持つ従兄弟が好きだったのだ。
「あぁ…」
喘ぎにも似た返事は、東堂の意にかなったようで、腰を抱き締めていた手のひらは、巻島の体のラインを辿るようゆっくりと動く。

「二度と別れようなんて思うなよ、巻ちゃん」

(……言ってやらねえヨ、尽八)
冷酷にすら聞こえる、脅しめいた東堂の命令。
それに嬉しくなる自分も大概終わっていると、巻島は最初で最後の恋に捕まる覚悟を決めた。