【東巻】硝子の壁に閉じ込めて

なんとなく幻想風なタイトルですが、正式には【硝子の壁に閉じ込めて(物理)】となります。
ツイッターで『クライマーなのに高所恐怖症な巻ちゃん(カッコ悪いから他人には意地張って言ってない)を、スカイツリーに連れてって、足がすくんで動けないのを
いいことにガラス壁に押し付けるように壁ドンして、つきあってくれるまでここから逃がさないよって腕の中でガクガクする巻ちゃんを楽しむ東堂のお話下さい
と呟いたのを結局自分で書いてしまいましたw
そのまま書くと普通に脅迫だから、年下東堂だったらよくね?→いやそれも脅迫
年上東堂が年下巻ちゃんにやったら→どうしようもない脅迫 という結論になりましたので初心に帰って同い年の二人です。

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「東堂さんが巻ちゃんさんに告白した頃って、それほど仲良くなかったんですよね?なのにどうして成功したんですか」

日頃から、女の事ならオレに聞け!と豪語している東堂に、『好きな相手がいるのだが、つい憎まれ口を叩いてしまう 何とか彼女と仲良くできないか』
と後輩の一人が、さりげないていを装い、話を伺う。

何かアドバイスはないでしょうかと首を傾げる後輩に、箱学のオカンこと面倒見のよい男荒北が、露骨に顔をしかめていた。
胡乱な空気を発しているのは、荒北だけではない。
普段穏やかな笑みを絶やさない新開も、物憂げに目線を逸らし、一人上機嫌なのは東堂だけだった。

「よくぞ聞いたな!オレのたゆまぬ観察眼と巻ちゃんへの思いを一歩も引かずに押したことが成功の鍵だ」
フと笑みを浮かべ、髪をかきあげる東堂の仕草は美形の行動に恥じぬもので、何も知らずに『巻ちゃんさん』を女性だと思っている後輩は、賛美の目を向ける。

「観察眼と…押し…ですか」
「そうだぞ 相手の好きなもの、苦手なものを把握しここぞという時にはそれを利用する 自分の見たいものを見ているだけでは、相手を得られん」
「なるほど…さすが、東堂さん!」
素晴らしいと掌を前に組み、拝むように東堂を見つめる後輩たちを、荒北と新開は困惑したような咎めるような眼差しで、じっと見ていたが口を開くことはない。

レギュラー陣が、打ち合わせをやるから先に帰れと後輩たちに促し、東堂にも残るように誘う。
東堂の晴れやかな顔と、なにやら戒めるような新開と荒北の表情の理由は、どうやら『巻島への告白』に繋がっているようだ。
空気の温度差を察したらしい真波が、さりげなくその場に残っていたのは、真相を知りたかったからだろう。

「……テメェ、あれを告白とか言って後輩に話すんじゃねえヨ バァカ」
「嘘は言っておらんぞ」
「おめさんにとっては真実でも、オレ達から見たら…尽八、あれは脅迫だった」
新開の発言は随分と重いものだが、『巻ちゃんさん』の正体を知っている真波は、さもあらんとばかりに動じる様子はない。

それどころか
「脅迫ですか?東堂さんが」
と興味津々なのだから、なんというかある意味では、羨ましくすらある神経だ。
「脅迫ではないなっ!オレの巻ちゃんへの日々の注視が、結果に結びついただけだ!」
「ストーカーやってて相手の弱味見つけて付込んで、それが脅迫じゃネェとかどの口が抜かしてんだヨ!」
「無礼なことを言うな荒北! オレが何を巻ちゃんに脅迫したと言うのだ 巻ちゃんに聞いたって身に覚えはないと否定されるだけだ」
後ろ暗いことはまったくないという東堂に、新開もいささか眉根を寄せて、荒北に加勢する。
「…そうはいっても、尽八 あの光景は……円満な告白光景には、とても見えなかったぜ」
「えっと…荒北さんと新開さんは、東堂さんが告白した場面を目撃したって事…ですよね?」
物怖じしない後輩に、聞かれた二人は揃って頷いた。

その光景が、東堂の言う『観察眼と思いの強さによる押しの告白』で、新開と荒北の言う『脅迫かと思った図』だったのだろう。

東堂が巻島に告白をしていたのは、横浜の中でも観光施設として名高い、某高層階に展望台のあるタワービルだったという。
オープン当時は世界一の高さというのもあって、多くの観光客が訪れていたが、最近では似たような高層展望台が多くオープンしているためか、
一時のような賑わいはなく、時間帯によっては貸切気分が味わえるほど、空いている事もあった。

「オレ等が見たのは、青ざめて目に涙浮かべて、体を小刻みに震わせてる巻島と、それをすげえ満足げな犯罪者みてェな顔で抱きしめてる東堂」
「おいっ!儚げな巻ちゃんを支えるオレの美しい姿と訂正しろ!」
「…公平に聞いて、荒北さんの言葉のほうが正しそうですけど、そこで何で東堂さんを引き剥がさなかったんですか?」
さらりと先輩に対し、思っても誰しも言えぬ提案をする真波に、荒北は目を細め言い捨てた。
「……肝心の巻島が、様子はおかしくても東堂にすがりついてたんだヨ」
「裕介くんが尽八から逃げようとしたり、拒もうとしてたんだったらすぐ邪魔に入ったんだけどね」

二人が言いよどんでいるのはその直後、東堂がにこやかに
「聞いてくれ!巻ちゃんと付き合うことになった!」と叫び、巻島も否定せず「ショ」と小さく頷いたからだ。
いっそここで、どうしてそうなったのか、事情を話せ。
そうでなければ、オレ達はお前に対して疑惑を隠せないし、まして応援なんて出来るはずもない。
そう詰め寄った荒北に、東堂は肩を竦め、仕方がないとばかりに首を振った。

「巻ちゃんはな、少し特殊な…高所恐怖症だ」
「は?」
「……巻島さん、普通に山とか楽しそうに登ってるって、坂道くんに聞いてますよ?」
疑問で追いかける面々に、東堂は涼しい笑みを刻んだまま、表情が変わる事はない。
「言っただろう 特殊な、と」

東堂尽八にも、確信があった訳ではなかった。
ただ自然と巻島裕介の、一挙一動が気になるようになり、目でいつも追いかけているうちに、ふと懐いた懸念がきっかけだったのだと言う。
それを裏書したのが、告白した当日だったのだと東堂は続けた。

新開や荒北と、パーツを買いに横浜まで出た当日、本当に偶然に視界の端に、玉虫色の髪がよぎった。
多くの人が行きかう横浜で、まさかと思いながらも無意識に東堂がその色を追いかければ、その髪の持ち主の白く長い手足や細い腰は、紛れもない東堂が探す当人だと示している。
「巻ちゃんっ!」
あらんかぎりの大声で呼べば、巻島はびくりと身を震わせ、ゆっくりと振り返った。
「…東堂?」
「巻ちゃん!やはり巻ちゃんか!!どうしてここに?」
「あー…横浜と神戸にしかショップ出してねえ、お気に入りのブランドがあるショ」
その店の買い物が目当てで、巻島は横浜を訪れたのだと言った。

神奈川県に所在する箱根学園と、千葉に存在する総北では、同じ県である箱根の方が、横浜に圧倒的に近いような印象があるだろう。
だが実際のところ、距離で計るのならばそうたいした違いはなく、またJR一本で訪れることが可能な巻島は、千葉から東京を経由し
神奈川に入るという道のりであるのに、電車賃だったらほぼ同値という不思議な現象が起きる場所が、横浜だった。

「東堂は何しに来たショ?」
すでに白地にブランド名らしい、茶金飾り英字の紙袋を抱えている巻島は、用件を済ませているのだろう。
お前の用事は済んでいて一人なのかと、ついでのように尋ねる。
「それは…この後一緒に過ごす時間があるということだろうか?」
直接的に嬉しそうに答えた東堂に、巻島もつられたように、クハッと笑う。

「ちょっと休みてェって思ってたとこっショ」
「ならば、丁度いいチケットがあるぞ!巻ちゃん」
それぞれ目当ての店が違うので、別々に行動している荒北と新開と、1時間ほどあとにそこで落ち合う約束をしているのだと、東堂が出したのは、
高層タワービルの展望室の、2名1組様無料チケットだった。

展望室は広くゆったりとしていて、座る場所も多くあるし、カフェとして利用することも可能だと、東堂が誘えば、巻島の顔は一瞬だけ曇った。
「…巻ちゃん?」
「あ、いや…なんでもねえショ それよりオレまで便乗していいのか?」
「もともとオレが一人で登る予定だったからな!問題はないぞ」
 
自由に動きたいと、手荷物をコインロッカーに預け、財布と連絡用にスマフォだけをポケットに入れる。
「実はオレもここに登るのは初めてだ、楽しみだな」
クライマーのさがから、東堂が高所を楽しむ発言をするが、巻島の表情は冴えないものだった。
「ん」と短く告げたきり、外の見えぬエレベーター内をきょろきょろと見回している。

「あ、本当にゆっくりできそうショ」
着いた先では下りるなり、ガラス窓の向こうに広々とした景色が広がる。
小さなお土産屋さんコーナーがあるが、あちこちにゆったりしたベンチも備えられていて、訪れた者達は窓際で景色を楽しむものと、休憩しているものに二分していた。

展望台は中心部分にエレベーターがあり、そこをロの字で囲むような設計で、ぐるりと見下ろそうと思えば、それぞれの壁際に近づかなければ無理だった。
人気があるのは海側、夜になればおそらく夜景を目当てで、街側のほうが人気ある場所となるのだろう。
今は多くのものが、海の方の景色を楽しんでおり、街側のガラス壁面があるサイドは、東堂と巻島しか存在していなかった。
「クハッゆっくり足を伸ばせて座れていいショ」
ソファにぽすんと座り、ようやく笑みを見せた巻島に、東堂もつられたように微笑む。
椅子に座ったまま、見える景色の一部を何であろうか、推定しあいながらの会話は、普段できるものではなく、東堂を楽しませた。

だがせっかくだから、巻島と二人で寄り添って、ここからの景色を楽しみたい。
東堂は大きなガラス窓に近寄り、下を見下ろした。
案外しっかりと色々見えるもので、おもちゃのような車や人が、移動する光景が興味深い。
「ほら、巻ちゃん見ろよ面白いぞ」
「ひっ…」
ぐいと力強く、東堂が巻島の肩を抱きガラス壁近くに寄せれば、巻島は小さな悲鳴を洩らした。
「…巻ちゃん?」
「あ、いや……ちがっ……悪ィ……なんでも、ないショ」
「具合、悪いのか?」
先ほど前の、ゆったりした様子は巻島から消えうせていた。
明らかに青ざめ、体が小さく震えているのに、巻島はなんでもないと、意地を張る。

自分の前で、そんな取り繕いはして欲しくなくて、東堂は嘘をつくなと、巻島の腕を軽く引いた。
トンッと軽く背が窓に当たっただけなのに、巻島の反応は異常なぐらい、変わっていた。
カタカタと、はっきりと震え、足も竦んだようにその場から動けずにいる。
「おい、巻ちゃん……どうし……」
東堂の問いかけが終わる前に、巻島はもう目の前の体躯に反射的にすがり付いていた。

「やっ…嫌……」
東堂に告げるというよりは、心の奥から湧き出る感情を、紡いでるに等しい声。
ぎゅっと目をつぶって、東堂の背中に回した手は、喉元の布地が食い込みそうなほど強い力で握られていた。
「…巻ちゃん?」
落ち着かせようと、ガラス窓に巻島を寄りかからせるべく体を東堂が動かす。
「……っ……!」
すでに言葉もなく、ひたすらに東堂に抱きつき、首を振る巻島に東堂は目を細めた。

あきらかに、巻島の様子はおかしい。
肌を粟立たせ触れた指先は冷たく、悲鳴じみた吐息は東堂の耳朶をくすぐる。
原因は、明白だ。

「巻ちゃん……まさか高いところが怖い……のか?」
半信半疑の東堂の言葉は、『まさか』が付くのがもっともな疑問だ。
なぜなら今まで何度も二人で、多くの山頂を登ったし、眼下に広がる景色を眺め、いい風景だと笑ったことがあるからだ。
しかし、他に思い当たる原因はない。

「ちがっ……解んな……やっ……」
顔色を白くし、おびえたまま東堂の疑問に切れ切れに答える巻島は、質問が脳裏に届いているのか、否か。
澄んだ巻島の瞳に、うっすらと涙の膜が滲むのを見て、東堂は無意識に喉を嚥下させた。
恐慌のあまり、東堂を振り払うことができずむしろ、頼みにする唯一の存在であるかのように、巻島がすがりついている。

震える体が、腕の中に納まるという愉悦は、疼くような支配欲を東堂にもたらしていた。
「東堂っ……やだ……ここ……やっ……」
「大丈夫だから、なあ巻ちゃん、落ち着こう?」
そう言いながらも、東堂は背を窓にした巻島を、その場から動かそうとしなかった。

巻島の潤む双眸が、東堂のいかがわしい感情を掻き立てる。
もっと、もっとこの表情を眺め……自分の腕の中に閉じ込めておきたいと。
日頃、嗜虐趣味を持つ者を下劣な感情と切り捨て、理解できぬと思っていたが、今ならばその気持ちが少し判る気がした。
普段見せぬ姿を、自分の前でだけ曝け出して、ただひたすらに頼られる。
今まで味わってきた優勝の瞬間にも負けぬほど、酩酊した心地になる極上の快楽だ。
苦しそうに怯える声は、しどけない寝屋での睦言みたいに、ひたすら東堂を酔わせていた。

「……ああ、そういう事か」
うっとりとしながらも、記憶を辿った東堂が、納得したみたいに一人ごちる。

過去二人で山頂の展望台に登った時も、わずかだが巻島は似た反応を見せたことがあったのだ。
柵があるぎりぎりの箇所までは、平気で足を進めていたのに、とある箇所で巻島はぴたりと足をとめ、そこから意地でも動こうとしなかった。
丁度その場所にベンチがあり、疲れたからだと言い張っていたが、少しその動作は不自然だった。
今も、そうだ。
ベンチに座ろうと言った時も、エレベーターでの移動中もさほど緊張はなかったのに、窓際に近づいた一定区間で、巻島の足は凍り付いていた。

「…やはり巻ちゃんは、イレギュラーだな」
興奮で猛りそうな腰を、巻島に押し付けるようにしても、逃げることはない。
舌足らずに、怖いと素直に震える巻島を、押さえ込むように東堂は抱きしめた。
いつもなら、鬱陶しいとか何を考えているんだと、すげなく振り払われるこの動作も、恐怖が凌駕している今は、かえって巻島のほうが強く抱きつくほどだ。

「なあ巻ちゃんは別に、高所恐怖症ではないのだろう?」
揶揄するように、こめかみ近くに東堂が囁けば、巻島はうっすらと開け、頷いた。
それを眺めた東堂は、獰猛な内心を隠しながら、巻島の顎を掴み寄せ、まるで恋人にするみたいに、引寄せる。

―――たまらんな
無防備で、自分自身ですらその弱味を理解していなくて、オレに取りすがる姿は…眩暈がするほど魅力的だよ、巻ちゃん

「だから巻ちゃんが今、震えているのはオレを…近距離で意識してしまっているからだ」
そう言いながら、東堂は巻島と自分の立ち居地をさりげなく入れ替え、巻島を建物内部側へ、自分をガラス窓側へと移動させた。
巻島の目に見えていた小刻みの揺れは、瞬時に収まる。
「えっと……と、東堂…?」
「ほら…今はっきりと言葉にして、確認したら 巻ちゃんの意味の解らない怖さもなくなっただろう?」
甘く畳み掛ければ、確かにそれは事実だと、巻島はゆっくりと首を縦に振った。
「えっと…オレ……なんで……」
「巻ちゃんはオレへの思いを溢れさせるのを、無意識に自制していたから……オレが触れるような距離にいると、混乱してしまっていたのだろう」
「………そう……ショ……?」
「以前、二人で登った山頂の展望台でも似たようなことがあったな あの時も…オレが巻ちゃんの手首を掴んで引いた時に、同じような現象があって、確信したのだよ」
「そんな事も……あった…よなあ… え、じゃあオレは…あの頃から……」

すっと肩を押され、巻島はソファに腰を下ろした。
周囲には人がいないのをいいことに、東堂が背をかがめて唇を落してくるのを、巻島は困惑と半ば納得した不思議な心持で、受け止めた。
東堂の付けている、デオドランドの清涼な香りが、巻島の鼻腔をくすぐった。
青ざめたままの巻島が、まだ頭の動きがおいついていない風情で、それでもそっと東堂に腕を伸ばす。
「なあ巻ちゃん …説明がついただろう?だからオレとつきあえよ 巻ちゃんはオレが好きなんだよ、自分じゃ解らなくて、体が勝手に反応しちまうほど」
微笑んですかさず抱き返す、東堂。
東堂の言葉の通りかも、しれない。

荒北と新開が待ち合わせの時間だと、展望台に上り目撃したのは、顔色の戻らぬままゆっくりと頷いた巻島と、満足げに目を細めた東堂の姿だった。


「……で?どうやって巻チャンをテメェは言いくるめたって訳ェ?」
折り畳み机に肘をついた荒北は、どうでもいい話ではあるが、原因は確認しておきたいとばかり、珍しく東堂に話題を降った。
「ですよねえ どう聞いても本当に巻島さんが東堂さんを好きだったって言うより、なんか……」
「……本人の気づいていない感情を、すり替えたように聞こえたな」
真波の言葉を、新開が拾い続けた。

「なに、簡単なことだ 最初に言っただろう巻ちゃんは『少し特殊』な高所恐怖症だったと」
本人ですら、それに気がついていない理由は明白だった。
通常の高所恐怖症と違い、巻島自身は高いところを平気だと認識しているからだ。
だが限定された条件では、違っていた。
「限定?」
「そうだ 巻ちゃんは…一歩進んだ先に、足が着く箇所がないと怯えるんだ」
だから山頂であっても、展望台であっても、その先になにもないという空間でなければ平気だった。
ロードレースに乗って、心からクライムを楽しむ姿に嘘はないから、東堂もなかなか気がつかなかったのだ。
高層ビルでも、ガラス窓ギリギリという箇所でなければ、巻島は恐怖を感じない。
飛行機も、窓際に座らなければ、恐慌状態にはならないのだろう。

「おそらく…ジェットコースターは大丈夫でも、観覧車はダメだろうな」
先に続く線があるかどうかの、違いだ。
クッと喉奥で笑う東堂は、本当に巻ちゃんは面白いと、口端を上げる。
「…そんな変な高所恐怖症あんのかヨ…」
否定をするには、巻島をあまり知らぬ荒北が呟けば、トラウマを抱えた新開が、一定のコースや場所を、条件で忌避する気持ちはわかると、小さく答えた。
「もっと解りやすく例えてやろうか? 人間ならばほぼ多くの者が、切り立ったがけっぷちや囲いのない高い箇所を恐れるだろう?」
巻島の行動は、それが極端になったものだと、東堂は分析をしていた。

「……それで、その動揺を口先で言いくるめて巻島さんと付き合うことになったんですね!すごいなあ東堂さん」
イヤミではなく、純粋な感嘆の後輩の先が、少々怖い。
「だから最初に告げただろう、真波 愛しい相手へのたゆまぬ観察は大事だと!」

――清々しいいいっぷりだけどよ、冷静に考えたら、勘違いを利用して相手の恐怖心を使った…脅迫じゃねえのか、この話。

先輩らしい牽制も篭めて、にやりと笑った荒北は、一言投下することにした。
「この経緯を、巻チャンに話してやったらどうなるかねェ?」

別に本気で、告げるつもりはない。
うるさい奴をほんの少し動揺させて、からかってやろうという程度の気分だったが、涼しい顔の東堂はまるで動じていなかった。
「ほぅ荒北… やってみるといい」
「あ?いーのかヨ」
「構わんぞ …ただしその結果をよく考えてみるべきだな」

成り行きはどうあれ、いまや東堂と巻島は立派に恋人として周囲に認識されている。
後輩たちには、『巻ちゃんさん』という女性だと思われているようだが、東堂が執着をしている相手だと、知らぬ者はいない。
そこでこれまでのいきさつを、荒北が話したとすれば。

確実に動揺するのは、巻島だろう。
もともと流されやすいと東堂は言っていたが、先ほどの話だってそうだ。
自分自身ですら理解していなかった恐怖症を他者に指摘され、しかも恋人と思っていた相手はそれを利用して自分を絡め取ったのだと聞かされる。
……動揺は、間違いない。
そうすれば金城や田所が原因を探り、荒北の言葉や東堂の行動だと突き詰め、抗議とはいかなくても話を聞きたいと、福富を通して来るだろう。
……アウト、じゃねえか。

東堂を謹慎にさせても、なかったこととして取り繕うとしても、内部には影響を与え、どちらにしてもいい事はない。
「……尽八は、裕介くんがからむとタチが悪いな」
苦笑する新開も、おそらく同じ結論にたどり着いている。

「なに安心するがいい オレとて巻ちゃんでなくば気づかなかったし…巻ちゃんでなければ、どうでもいい話だった」
まったくもって、欠片も安心できない笑顔で、告げる東堂はまるで悪びれる様子がなかった。