【東巻/新荒でシンデレラ】
昔々、あるところに髪の毛が玉虫色をした若者が一人、住んでおりました。
若者は少し眉尻が下がりがちで、常にアンニュイな雰囲気を漂わせていたので、周囲にはなんとなく薄幸の佳人といった印象をもたれていました。
「巻島、オレは福富と再婚をしようと思う」
ある時父に呼び出され、よく解らぬうちに父の元に後妻として、箱学地方の福富という者が嫁いできました。

後妻となった福富には、二人の子供がおり、巻島は義兄弟が二人できることとなりました。
一人目は新開と言って、タレ目がちながらも、爽やかな印象が勝るイケメンです。
「裕介くん、よろしくな」
片目をつぶり、指先で拳銃のような形をとった新開が、銃音をまねるより先に
「させんよ!」
と乗り込んできたのは、二人目の義兄、東堂でした。

「巻ちゃん!義兄弟と言えば、いわば念兄念弟の関係を世間体を考え言い換えたもの!つまりオレとお前は既にそういう仲!!」
と手を取って力説するのですが、正直意味がわかりません。
「…それならオレと新開も、そういう仲ってことになるショ?」
なにげなく尋ねただけでしたが、その瞬間に東堂の目は据わり、
「ならんよ」
と一言だけ冷たく言い捨てたのを聞いて、巻島はとりあえずこの件は触れないようにしようと、心に誓いました。

父親と二人だけの生活で、実際に家事を行っていたのは父でした。
新婚生活になった今、巻島も家族の為にがんばろうと、料理をしてみるのですが、美味しい物が大好きな義兄1と、栄養バランスにうるさい義兄2が
「料理はオレ達にまかせろ!…けして、バルサミコ酢が悪いわけじゃないぞ!」
「そうそう、この前のコーヒーにバルサミコ酢も……その、独創的な味だった」
と台所を追い出しに来るので、料理は諦めることにしました。

では次に、掃除をしてみようとしたのですが、巻島が掃除道具を動かすたびに、家の中にある高価な花瓶にヒビが入ったり、
階段の途中でバランスを崩しては元に戻ると言う不思議な掃除スタイルに、
「…見ているこちらの寿命が縮む」
と義理の母が掃除をはじめてしまい、何もすることはありませんでした。

「…オレだけ何もできないショォ…」
と父の再婚以来、あらためて自分の生活能力の欠如を知った巻島とは裏腹に、東堂は
「お父さん…!巻ちゃんは義兄のオレが一生大事に面倒をみます!」
「そうか、巻島は自分がしっかりしていると思っているが……常々色々不安でな… だが東堂…お前といるのならば安心だ!」
と家庭内で着々と、巻島を囲い込む準備を進めていましたが、勿論おっとりとした当人はまったく気が付いていませんでした。

他人に話しかけられると、少々挙動不審にうろたえる巻島は、単なる人見知りなのですが、その細い体躯と、困ったみたいに寄せられた眉根のせいで、村の中には
「かわいそうに、お父さんの再婚でイビられているのね」
「お母さんも鉄仮面だし、会話が弾まないに違いないわ」
「お兄さんたちはそれにしてもイケメンよね」
「私は新開さん狙いよ!」
「あら、東堂さんこそ素敵じゃない!?」
などと好き勝手に噂する輩が絶えませんでしたが、実際は巻島はのんびりと、常に「巻ちゃん巻ちゃん!巻ちゃんっ!!」
と東堂に付き纏われるほかは、平和に暮らしていました。

そんな巻島には、一つの望みがありました。
巻島はその髪色のように、キラキラしたものが好きだったので、豪華なお城の舞踏会に憧れていたのです。

ある日、村の有力者の各家庭に、一通の招待状が届きました。
そこには王子との結婚予定候補を探すため、独身の者たちウェルカムという文字が、それらしく書かれています。

これは憧れの豪華なお城を、ひと目見れるチャンスかもしれない!
そう思った巻島は、早速ワードローブを開けて、目にも鮮やかな蛍光黄色と空色のストライプ袖のドレスや、謎のポケットが幾つも並んだドレスなどを引っ張り出してみました。
「ただいま……巻ちゃん、自宅でファッションショーでもやるつもりかね?」
巻島のセンスは、摩訶不思議といいたいようなものでしたが、それでもワクワクキラキラと、顔を輝かせている巻島の様子がかわいくて、東堂は口元をほころばせます。

「あ、東堂おかえりショ!これ見たか!?」
巻島が差し出した招待状を読むうちに、東堂の切れ長の瞳は吊上がり、唇は強く引き結ばれました。
「…東堂?」
ぽいと無造作に、招待状を後ろに投げ出した東堂は、大股で巻島の部屋へと踏み入ってきました。
「……このドレスで、舞踏会に行こうというのか」
日頃うるさいぐらいの声が、どこか低く巻島を威圧します。
「……ショ」
フ、と鼻先で笑った東堂は巻島の返事を聞くなり、東堂は机の上に合ったインク壺を手に、振り返ります。
「ならば、こうしよう」
東堂は言うなり、並べられたドレスにインクをぶち撒けました。
「!?お、お前何するショ!」
「こうすれば、巻ちゃんはドレスがなくて舞踏会に行けないな」

にっこり笑った東堂が、怖くて巻島は一歩無意識に退いてしまいました。
だがそれを見た東堂は
「逃げるな…もっとも逃げようとしても逃がさんよ、巻ちゃん」
と更に距離を縮めてきます。
一歩、また一歩。
気が付けば巻島は壁際に追い込まれ、体の両側を東堂の腕で囲まれてしまっています。

「オ、オレお城を見たいだけショ?」
東堂の不機嫌がわからぬ巻島は、服をダメにされた怒りより、ひたすら困惑をするだけで、もう身動きがとれません。
「独身の者たちが多く集う舞踏会など、嫁集めの口実に過ぎん …それすらもわからんのか」
呆れたような東堂に、巻島は身を竦ませ
「え、…でも…オレも独身ショ?」
などと、うっかり口走ってしまいます。
巻島は自分で思っている以上に、自分の事に関してはうっかりさんでした。

剣呑な光を宿し、目を細めた東堂が、カチューシャを外し、巻島に顔を近づけました。
「ちょっ…!東堂ォ!顔!!ちけェ!!」
実はカチューシャを外した東堂は、イケメン度が3割増しで、巻島の好みにドストライクな為、巻島の鼓動は跳ね上がります。
「他の者を見るなど…許さんよ 巻ちゃんはオレだけを見ていろ」
「ショッ……ショォォ!?」

そう、うっかりな巻島はこの段階まで、東堂の気持ちにまったく気が付いていなかったのです。
初対面の念兄念弟がどうしたという一言も、東堂のジョークだと思っていたのですから、鈍いにも程がありました。
「巻ちゃん、好きだ …義兄弟であればずっと一緒にいられるな…幸せにする」
「オ、オレは…幸せは自分で掴むショ、い…一緒に幸せにっていうんなら…考えてやるショ」
「巻ちゃん!!」

こうして幸せな(?)恋人同士になった、東堂巻島の部屋前を通りかかった新開は、二人の様子を見て事情を察したのでしょう。
「良かったな、尽八」
と爽やかに笑いました。
「そういえば、隼人…そのお城の食事は美味いと聞いたことがあるぞ」
巻島をその腕に抱きしめた東堂が、そう告げ新開はお城へ向うことを決めました。

ココまで読んでくださった皆さんは
『あれ?シンデレラは巻島じゃないの?』と思われたでしょう。
―――フハハハハハひっかかったな!それは叙述トリックだ!!
…などという訳はなく、なんとなくな成り行きで、新開デレラはお城に出向くことになりました。

お城に向おうとする新開を、家を出る直前に福富が、引き止めました。
「そうだ新開、言っておく」
「ん?なんだ」
「最近のお前の食事は、少々量がバランス的に偏りすぎている 0時を過ぎた食事は、認めるわけにはいかない」
「0時を過ぎて食べたら?」
「二週間の東堂看視付き、食事制限だ ついでにこのガラスの靴が、重量に耐え切れず破損しても同様だという事で、履いていくといい」
「OK寿一!0時には帰宅する」

こうして新開は、0時には家へ帰るという約束をして、舞踏会に出かけました。

舞踏会には目もくらむような装飾がなされた部屋がありましたが、新開はひたすら並べられた料理を貪っていました。
新開は甘いものも、しょっぱいものもイケる口でしたので、口いっぱいに甘いスフレを食べた後には、焼き立て香ばしいパンを食べ、
喉が乾いたらりんごジュースとバナナジュースを飲むという素晴らしい食欲を披露し、舞踏会に退屈していた王子さまの目を釘付けにしました。

「なんだアレェ…」

興味のない行事に、強制参加させられた王子が嫌がらせで出した、バナナ餃子やバナナシュウマイと言ったメニューも、新開はさもおいしそうに頬張り、
しかも後ろポケットからパワーバーを出し、咥えています。

その様子があまりに幸せそうで、荒北王子は少し新開に興味を持ったので、家来の一人にこちらに来るよう伝えさせましたが、新開の様子は時計を見て、少し変わりました。
針が0時をさした瞬間、おだやかなイケメンだった表情が一変したのです。
「あるるるるるるるおああああっ!!!」
舌を限界まで剥きだし、これ以上はないまで見開かれた眼になって、スカートをからげ、廊下をスプリントしていく新開をとめられる者は、誰もいませんでした。

「王子…すみません、 あの者が残していったコチラを手がかりに、必ず行方を捜してまいります」
ぶっちぎりで鬼のように走っていく相手を、とめられなかった部下が差し出したのは、かなり大きなガラスの靴と、食べかけのパワーバーでした。

正直王子は興味本位でしたので、どうでもいいとは思ったのですが、生真面目な部下である黒田の性質を考え、黙っていました。

「ところで、王子は…あの鬼のような形相を見てもお心は変わらないのですか?」
「あァ? 面白そうじゃねェか」
黒田は王子が結婚相手として、新開を探しているのだと思い、尋ねたのですが、王子は『面白そうだから』探す心に変わりはないと、すれ違った会話をしています。

『王子の為に…!』
そう決意をした黒田は方々の家を訪ね歩き、ほどなく新開を発見しました。
正確にはくたびれて街角に座り、新開が落としていったパワーバーの欠片を眺めていたところ
「あ、オレのパワーバー おめさんが拾ってくれたのか?ありがとう」
とすかさず奪われ、新開を発見したのです。

「王子、こちらがあの箱根の鬼のお住まいです」
黒田に案内されてきた王子は、暇つぶしもあるし、少々話をしてみるかと、金城邸を訪れています。
「む、誰だお前は」
扉を開けた無表情な金髪男は、おもねってくる相手ばかりに囲まれた王子には新鮮でした。
「どうした?福富 客なら上がってもらうと言い」
後ろから声をかけてくる、低音イケボイスな金城も、荒北を落ち着かせてくれるものがあり、荒北はこ

の二人がすっかり気に入ってしまいました。

「あー…っつー訳でェ… まあ新開?って奴のツラ拝みに来たんだけどヨォ」
「そうか、では呼んで来るからここで待っているといい」
思いもがけず、暖かに迎えられ王子がそわそわしている様子を、新開は微笑ましく眺めていました。
キツい目つきをした野獣と言われる王子が、荒北や福富の前で幸福そうに口端を上げて笑っているのが、微笑ましかったのです。
「新開、来客だ」
「わかった 今すぐ行く…その前にちょっと」

そう行って踵を返した新開は、巻島に憧れの城の王子様が訪ねてきていると告げてやろうと思ったのですが、巻島の部屋で気配を察していたらしい東堂が、
不穏な空気をすでに漂わせていました。
巻島の『憧れ』はあくまでも城にかかり、王子にかかるものではないのですが、それでもどうやら許容されなかったようです。

「あのような野獣と!巻ちゃんを引き合わせるなど承服できんよ!」
「いやでも結構義理堅かったぜ? 退屈そうな顔でも舞踏会にはきちんと出てたし、部下たちの顔を潰さぬようやり取りを考えてたし、
意外なぐらい誠実で、少々不器用な印象を受けるが…」
裕介くんに似てる、と続けようとしましたが、己の言動でまた悶着が起きてはと、大人な新開は続きを述べるのを、やめることにしました。

抱きとめられている巻島が、救いを求めるように見上げてきますが、助けて上げられずにすまないと、片手を上げて詫び、
新開はかわりに階下に向けて、バキュンポーズを取ります。
「ふむ…隼人はどうやら本気になったらしいな…あれは必ず仕留めるという合図だ」
よかったな、巻ちゃん 新開が落した後の王子であれば、幾らでも会う機会があるだろうと耳元で囁く東堂は、もちろんその際にオレも同席するが、
と付け加えるのを忘れませんでした。

「と言うわけで、おめさんオレと結婚してくれ」
「ハァァッ!?寝ぼけてんじゃねえヨッ!」
ぎゅっと荒北の手を握った新開は、王子の心をときめかせる一言で、貫きます。

「いいか、靖友 …オレの家族になれば寿一と金城はお前の義理の親だ」

「うっ……!福チャンと金城…と…家族……!」
実はアシスト気質な王子は、キャプテン気質なタイプに弱かったのを見抜いた鬼は、うまくそこを突いたのでした。
「…靖友、一緒に暮らせば思わぬ一面も色々と見れるぜ?例えばリンゴスイーツを手にして、無言で喜ぶ寿一とか、穏やかな笑みで裕介くんを扱う金城くんとか…」
「……悪くねえな」
「だろう?」

気づけば、王子はいつのまにか新開と結婚することになっていました。
結婚に当たって、王子の城へと家族ぐるみで引っ越すことになり、一家はその後も仲良く幸せに暮らせたという事です、めでたしめでたし。

時折王子と、巻島は
「……なんか丸め込まれた気がするショ」
「オレも…なんだよねェ」と疑問に襲われた様子ですが、互いの恋人は
「それでも幸せだろう?」と意にも介さず、今日も二人を抱きしめています。

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【東巻で藁しべ長者】

むかしむかし、とある村の片隅に、玉虫色の髪をした巻島と言う若者が住んでいました。
若者は口下手で少々流されやすい性質を持っていたのですが、心優しく、それなりに平凡な暮らしを楽しんでおりました。
巻島は不思議な服装を好んだり、独特の食事を作成したりと多趣味でしたが、中でも山を登るのが大好きで、機会があれば山を登っていました。

ある時、坂の途中でメガネの少年が
「ボクは…力がないんだ…」と俯いているのを見かけ、巻島は咄嗟に
「てっぺん取るっショ!」と声をかけてしまいました。

少年はそれだけで元気が出たらしく、
「はいっ ありがとうございます!」と嬉しそうに笑いました。
そして「これ、お礼です!」と一本の藁を差し出し、再び元気に坂を登っていきました。

正直藁をもらっても、これどうしたらいいんショと、途方にくれる巻島でしたが、無碍に捨てるわけにもいきません。
「あ、これをストロー代わりにしたらいいかもショ」

いいアイディアを思いついたと、巻島はぷらぷらと藁を振りながら歩いていたら、地方一帯の金持ちで、周囲方々の村に親衛隊がいるという
イケメンの東堂が、向こうからやってきました。

にぎやかで明るい華やかな人間とは、自分とは相性が合うわけがないと、巻島は無言で通り過ぎようとしたのですが、
何故か横を通り過ぎようとした瞬間、東堂は巻島の肩をがっしりと握ってきたのです。
「タマムシ……名前は?」
無礼な奴ショと思ったのですが、自分を見る東堂の眼差しは怖いぐらいに真摯で、巻島は怒るより先に早くこの場を治めておきたいので、巻島だと答えました。

「そうか!巻ちゃんか!!オレは東堂だ」
いきなり図々しいやつショと思った巻島でしたが、その図々しさもまだこの段階ではかわいらしいものでした。
「ところで巻ちゃん、オレはお前が手にしている藁が欲しい!」
そう言ってきた東堂は、巻島が逃げたがっているのを気配で察したのでしょう。
これでもかという強い力で、巻島の手首を拘束し、道脇に合った木の幹へと、巻島の体を封じ込めるように、押し迫ってきました。

藁一本でこの窮地が抜けられるのなら、安いものでしたが、少年のキラキラした眼差しを思い出すと、人にいきなり渡してしまうのも、躊躇われます。
「えっと……この藁はオレも人から、もらったものショ……」
「そうか ならばたやすく渡せんという訳だな!ならばオレの全財産をやろう!」
「ショォォォ!?」
いきなり何を言い出すのか、この男はと呆然とする巻島に、東堂は頷きながら答えます。

「驚くのも無理はない、このオレの全財産…すなわちオレを含めた全てがお前のものになるのだからな!つまりは結婚だ!」
「え、いや…いいショ!そ、そこまでいうならこの藁、タダでやるから!!」
「なに、気にすることはない その藁を貰ったオレがお前と結婚をすれば 藁を持ったオレ=巻ちゃんのもの=藁も巻ちゃんのもの という公式になりすべてが無問題だろう」
「え…え?? いや、その…オレは別に財産も藁もいらねえショ」
「…なんて控えめなんだ巻ちゃん!!オレも藁などいらんよ!巻ちゃんがいればそれでいい!!」
「え?ちょ、ちょっと待つショ なんか話の流れおかしいショッ?!!」
「おかしくはないな! オレと巻ちゃんが結ばれる運命の出会いがあった それだけの話だ!」
「いや絶対おかしいショ!」

どこか間違っているとは思ったのですが、トークが切れる東堂に、うまく丸め込まれた巻島は、元々流されやすい性質も合って、それなりに幸せに暮らしているそうです。

一本の藁から、幸せになった若者は、以来「藁しべ長者」と呼ばれることになったのですが、当人は「…むしろなんか、藁 関係ねえショ…」
と遠い目をしてたまに呟いていたそうです。