【東巻】空気よめない巻ちゃんは有罪

自転車にも、耐久レースは存在する。
有名なのは8時間、ライダー3人〜6人で申し込みをして時間内にどれだけ走れたかの集計を競うというものだ。
8耐と呼ばれるその競技は、場合によっては自転車をたった一台で、全員が乗り回して利用するという、チャレンジャーなチームもいる。
その分お祭り騒ぎ的な要素が強く、参加者に初心者も少なくないうえ、かつ年齢もバラバラというもので、一部には女性参加者もいた。

本格的な競技とは少し違うが、まったくの初心者である小野田に、部活動以外の空気を味あわせてやろうと、総北はレギュラー陣の
1年生3人・3年生3人のチームで申し込み、上位入賞をやり遂げた。
社会人やセミプロもいる中、優勝ではないが、上出来だと打ち上げをかねたお疲れ様会で入った店は、移動も大変だと言う理由から、会場付近を選んでいる。
広めの店内なので、複数人でも大丈夫だろうとの目論見は、他の参加者たちも同じだったらしい。
…そこにいたのは、レース中にも否が応でも目に入った、箱根学園のメンバーだった。

「巻ちゃん!!」
順番を呼ぶための、名簿に名前を記載しようとしていた東堂が、すかさず目の端に入った緑の髪に反応をすれば、当然周囲も振り返る。
「げ…総北」
「わぁ真波君!」
「あ、坂道くん!」
和気藹々とした後輩と裏腹に、抱きついてきた東堂を引き剥がそうと努力する巻島が、冷たく言い捨てる。
「…チェンジ」
だがもちろん、それが通用する相手ではなかった。
「ハッハッハッ 巻ちゃんもそんな冗談を言うのだな! それはともかく嬉しいぞ!レースが終わった場所でもめぐり合えてしまうとは…やはりオレの運命の相手!!」

その理論で行けば、総北メンバーと箱学メンバーの全員が、運命の相手になってしまうのだが。
短時間に集中すればいいレースでも、力は使い切るが、ましてや耐久ともなると基礎HPの低い巻島は、もう言い返すのも面倒だった。
抱きついてきた東堂はそのまま、巻島から離れようとせず、新開と田所は待ち時間用に置いてあるメニューで、何を食べるか検討をしている。

それぞれの行動を見た受付のバイトは困惑してしまい、皆様同じテーブルですね?と箱学の名前の後ろにペンを向け、人数を書き足した。

総勢12名と言う大人数に用意されたのは、ほぼ個室の座敷という場所だった。
通常のファミレスにそういった間取りは珍しいが、このチェーン店は居抜きと言って、前の業者が残した内装や什器をそのまま利用することで、
安価な食事を提供する店として有名で、この和風な個室は以前の店の名残なのだろう。
これはこれで、くつろげると一同靴を脱いで、上がりこむ。
まあたまには、こうした交流も悪くないかと、それぞれが適当な場所に座って行った。


基本総北列と、箱学列に分かれての席順だったが、さりげなく東堂が巻島の隣にすべりこみ、総北の主将が小さく吐息をついて、移動したのは、大人の対応だ。

「箱根学園もこうした競技に出るんだな」
「ああ、今回は特別だ 昨年の先輩方が出るので一緒にどうだとの連絡をもらってな」
心なしか、鉄火面と呼ばれる表情が緩んで見える福富に、周囲はほのぼのとなごむ。
箱学側から「フクぢゃんがわいい…!」という雄たけびのようなものが聞こえた気もしたがそのまま流されている。
「あ、そうだ新開 ちょうどいいや今日オレパン 大量に持ってきたんだよ、よかったら持ってけ」
と田所が思い出したように、紙袋を差し出した。
終了後に皆で食べようと思ったのだが、気をきかせた後輩たちがおにぎりを買ってきたので、こちらは余ったのだと田所は笑った。

「迅くん……嫁いでもいいかい?」
さすがに食べ物屋でそれを取り出して食べるまではしないが、至福の表情で新開が受け取る。
「あーっパンあったん?だったらそれも食いたかったでおっさん!」
「お前ェはいつでも食えるだろうが 今日は新開にやったんだから諦めろ それと新開、オレの嫁さんは身長160cm以下を希望してるから」
「…ふぅん、じゃあそこの後輩クンが、オレのライバルかな?」
「なんやと!オレは165cmあるわっ!!」
「…そうか、オレが嫁に行くのがダメなら迅くんが来るのはどうかな?」
さも名案だというように、新開が拳銃を撃つポーズを取れば、睫毛のながい後輩が、衝撃を隠せない顔となった。

「そんな…!新開さんの元に嫁げるならボクだって……!」
「……オイ泉田、その権利オレは喜んで譲ってやるぜ っつーか本末転倒だろ オレがそっち嫁に行ったらパン食い放題できねーよ」
「なるほど」

漫才のようなテンポの良さに、飲まれながらも巻島は楽しそうだった。
横目で巻島の様子を伺う東堂と目が合い、クハッと屈託のない笑顔で笑う。
「ああいうノリ…いいよな」
うちのところじゃ田所と鳴子以外は、あまりやらねえと言う巻島に、東堂はうちはほぼオールキャストであのノリだと返した。
生真面目な泉田と、天然な福富は、さりげなく巻き込まれていることが多いのだがと東堂は重ねる。

総北は仲がいいが、基本どちらかというと生真面目な者が多く、一般的な男子高校生のノリという会話は少なめだった。
それはそれで、巻島としても暮らしやすかったが少し、箱学のざわめいた空気も楽しそうだと、うらやましく思う。

――オレはあと少しで、こいつらとお別れだしなァ

誰にも話していない渡英前に、こういった賑わいを楽しめる機会をもてたことが、純粋に巻島は嬉しかった。
せっかくならば、自分もたまには冗談を発してみよう。
それはいい考えのようで、巻島は内心でニンマリと笑った。

「田所っちが嫁に行くなら、オレも東堂に責任取って欲しいショォ…」
とさも大事そうに巻島は腹部をさすってみせる。

まず第一番に来るのは、赤毛のノリよい後輩だろう。
『なんでですねん 巻島さん!それじゃ妊婦さんみたいですやんっ』
『そそ、そうですよ 男の人は赤ちゃんできませんよ!?』
可愛がっているクライマーの後輩が、こう続けてくれるかもしれない。
そして荒北辺りが『あ〜あ ついにやっちまったか東堂』と吐き捨てる。
……そんな予想図を描いていた巻島の予想は、ことごとく外れてしまった。

巻島の台詞直前までは、お祭りごとのようにスプリンターズでわいわいとしていた空気が、氷点下のように固まる。
まず呪縛が解けたのが、福富で固い表情を更に硬くし、土下座のポーズを取った。

「……すまなかった インハイ前のこの大事な時期に…!オレの監督不行き届きだ!」
「福チャンは悪くねェよ!! 東堂手前ェッ!!落とし前はテメーがつけやがれっ!」
福富の肩を抱き、荒北は目を瞠って動かぬ東堂の方へと咆える。

「…え、あ、ち、ちがうショ」
あまりに思い描いていた光景とは異なる、地獄図。
「……先輩、今日も思い切りタイムを乗り回していましたが…大丈夫ですか」
今泉、お前もか。
「そんな薄着では、お腹によくありません!これを使ってください」
いやいやいやいや、カーディガン差し出してくれる泉田、気持ちは嬉しいけど、その前に別の点を突っ込んでくれ。
日頃温和な笑みを絶やさぬ新開までも、パワーバーを握り締め
「尽八…」と東堂を軽く責める目つきをしている。

「巻島」
ぽんっと軽く肩に手を置かれた巻島は、安定した低い魅惑ボイスの持ち主に、一縷の望みを託す。

――金城ならば、オレの冗談に気が付いてくれるショ!!

「ベビー服はオレに、まかせておけ」
「…違うだろォォォォ!!」
……気が付いてはいたけれど、箱学の反応も含め金城は冗談だと思っているみたいです、遠きイギリスのわが兄よ。
そういえば、こいつもたまに天然だったショォ……。
当人が聞けば、お前にだけは天然扱いされたくないといわれそうだが、今はそれを問題にしている場合ではない。

最後の望みに、まだ硬直したままの東堂に、縋るような視線を巻島は送った。
悪質な冗談だったが、東堂は謝罪をすればきちんと許してくれる人間だ。
苦りきった顔で
「巻ちゃんタチの悪い冗談はやめてくれ アイツらは単純だから本気にしてしまうだろう」
と言ってくれれば、巻島は全力で謝るつもりでいた。

そうでなくとも
「オレと巻ちゃんは手も繋いだことがないのに、子供ができるはずない」
「というよりお前たち、巻ちゃんは男だぞ妊娠せん 落ちつけ」
ぐらいは言ってくれる……筈だ。頼むショ!東堂!!

――そう願った時期も、あったショ
遠くを見詰めている巻島は、現在号泣する東堂の腕の中に納まっていた。

「まっぎぢゃぁ……んっ…す、すまなかった オレとしたことが……そんな、そんな悩みを…一人…巻ちゃんにかかえさせて……」
「いやいやいや、落ち着くショ東堂!?」
なぜ、身に覚えがないと抗弁しないのだ。

「誰にもいえなくて…苦しかっただろう…すまなかった……!」
「ちっ…違うって東堂話を……」
「そうだな、あらためて今後のオレ達の話をしようではないか」
「いや違ェよ!!そうじゃなくて!!」
「うむ オレとしては今すぐ高校を辞めて働くことには異存はない だが現在の日本社会、学歴は重要だ… 
卒業までしばし、猶予をくれんか!?巻ちゃん親御さんには、どのような処置をも受ける覚悟だ…」
「ちょっ……お前……オレと」

――キスした事もないのに、子供ができるか!!
その一言を紡ぐ前に、さまざまな口説きが落されるのは、何故だ。

「オレは学歴にはこだわらんよ、だが巻ちゃんを幸せにする為に、最低でも高卒ぐらいの肩書きは必要だ だからそれまで…」
「ち、違うショ!!東堂!!!」
もうどうすればいいのかと、半泣きになりかけていた巻島の耳に、救いの一声が響いた。

「…なあ巻島、それ冗談だよな?」
のちの巻島はこう語った。
あの時ほど田所っちが、神々しく見えた瞬間はなかったと。

「た、田所っちぃぃぃぃぃ」
「…お前の冗談は笑えねえから、やめとけって前にも言っただろうが」
「………ショ……」
しょぼんと、びしょぬれになった猫のように俯く巻島に、田所は大きく吐息をついて、頭を掻いた。

「悪ィな、こいつマジで色々鈍くてよ」

その声に、全身で安堵したように箱学勢の緊張は融けていった。
「良かった……オレは…今年のインハイを自粛せねばならんかと……」
「オレは最悪東堂を切る方向で考えてたぜ…」
あまりに重い一言が続き、巻島はさすがに身の置き所がない気持ちを味わっていた。

「す、すまなかったショ……」
だが何故誰もが、男が妊娠できるはずもないだろうと突っ込みをいれないのだと、問い返せば
そろいも揃って
「「「「東堂(さん)のあの執着なら、巻島(さん)を孕ませてもおかしくないかと」」」
と答えてきたのは、多少抗弁させてもらいたい。

「と、東堂その………悪かったショ……」
「巻ちゃん……嘘……だった……のか……?」
「いや嘘も何も…オレら子供できるような真似 これっぽっちも……っておい東堂!?」
「巻ぢゃんのばかああああああ!!弄ばれたああああ!!!!!巻ちゃんがオレの純情踏みにじったああ!!!」
「待てっ!!待て東堂人聞きの悪いこと大声で叫ぶなショ!!! 待てってば!!!」

泣きながらリドレイに乗って、走り去っていく東堂を、巻島も必死で追う。
「……誰か、追いかけへんの?」
「追いついて、お前あの二人に割って会話したいか」
「……絶対ごめんやわ」

あとは、若い二人にまかせよう。
仲人のおばちゃんが言いそうな一言に、後を任せた一同。
その顔には、揃って【係わりあいたくない】と、素直に顔に書かれていた。

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「なんて事もあったよなあ」
「クハッ懐かしいショ」

あの騒動の後、追いついた巻島が謝り倒して、東堂にそのどさくさで
【オレは巻ちゃんを好き過ぎて、無意識に奪ったのかと思った】
と真面目な顔で物騒な告白をし、東堂と巻島の関係は少し変わった。

とは言っても、巻島は夏休みが終わる前に渡英してしまい、日頃の会話はスカイプやLINEでのやり取りが中心だ。
今日は帰国した巻島と東堂が、久しぶりに実際を顔を合わせることになり、あらためての気恥ずかしさをともなう、初デートだった。

「こうして酒も飲める年齢になった今だから言うがな、巻ちゃん」
「なんショ」
「あの後オレは、付き合っていた彼女を妊娠させてポイ捨てした酷い男という噂が流されたのだよ」
「……え」

薄く笑っている東堂だが、目は冷静で、それが性質の悪い嘘ではないとわかる。
「あの場所は競技会場の近くだったからな 同じように打ち上げで寄っていたもの達がオレ達の会話を漏れ聞いていたのだろう」
はっきりと聞こえたものではない、だが脳内でストーリーを練り上げるには、充分すぎる色々な単語。
その噂が、どのような類のものだったか、巻島にとて容易に想像がつき、血の気を引く。
「と……東堂……」
「なあ巻ちゃん、噂というのは面倒だな いっそ大事になって、呼びつけられて、オレに弁明の機会でもあれば、否定ができただろうに」
つまりは、東堂はずっと陰口と言うにはあからさまな、悪意を持った話をぶつけられ続けていたのだろう。
噂を否定する機会も、与えられないままに。

指先を小さく震わせた巻島が
「東堂……オレ……どうやって……償えば…」
と見つめれば、東堂はこれ以上はない優しい微笑を刻んだ。

「なに、簡単だよ 噂の問題にオレが責任とればいいだけだ」
「ショ?」
「オレが孕ませて無慈悲にも捨てたという『まきちゃん』と結婚すれば、噂は解決するだろ?」
「ショォォォォォッ!!!??」
「ああ、オレが苗字を変えるという手もあるな 丁度いい 今の日本で同性婚は片方を養子にするという形だ」
養子縁組は誕生日が関係しており、先に生まれた者が、後から生まれた者の養子になるのは現在は不可能なので、オレは「巻島尽八」になると、東堂は告げた。
どちらに転んでも、オレは流言に公然と立ち向かえるようになるという訳だ。

「なあ 巻ちゃん オレが噂話の『まきちゃん』に責任を取るためにも…巻ちゃんも責任取ってくれるのだろう?」

にこりと笑った東堂は、冗談を述べている顔ではなかった。
まってくれ、その掌に収まっている濃紺のビロードの小箱はなんだ。

――ああ、つまらない冗談を言うのではなかった。

開かれた小箱には、一対のプラチナリングが輝いていた。

巻島の一世一代の軽口は、一生ものの罪状という重みの判決を持って、眼前に迫ろうとしている。
 

オマケ 二人が飛び出して言った後の、残されたもの達による会話

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「あー…悪いな 巻島のヤツ珍しくはしゃいじまったみたいで」
仕方がないとばかりに、頭を下げた田所に、泉田が慌てた様子で
「いえ、ぼく達も落ち着いて考えれば巻島さんが妊娠するなんて、おかしいと…」
とフォローする。

「金城も、面白がってノッてるんじゃねーよ 箱学の反応見てからやれよ」
「すまんな つい楽しそうにしていたので微笑ましくなってしまった あの巻島が…… 身を張った冗談を言えるようになるとは」
涼しげに笑みを浮かべた金城は、不器用な娘を持った父親のように軽く首を振った。

いかにも生真面目で落ち着いた金城は、一歩間違えれば引率者かという落ち着きをかもし出しているだけに、ある意味巻島よりタチが悪い。
本気と冗談の境目が、よく知るものでも区別が難しいのだ。
「ったくヨォ それにしたって『できちゃった』はねーっつーノ」
巻島の馬鹿馬鹿しいでまかせを、信じかけてしまったと、照れくさく思ったのか、荒北が鼻で笑えば、新開が少し首を傾げ、振り返った。

「靖友……オレも…出来たみたいだ 認知してくれ」
「アッアブゥゥゥゥゥゥゥゥ!? ししし、新開さんっ!?」
「寿一…お前なら、オレと靖友の間の子の、名付け親になってくれてもいい」
そっと福富の手を取る新開に対し、福富は滝の汗を流している。

「新開さんっ!新開さん!!!」
もはや名前を呼ぶしかない泉田に、新開は寂しく微笑みかけた。
「塔一郎…オレの子供が生まれたら、おめさんに…託していいか…オレはもう……」
「新開さーーーーーんっ!!!」
「っざけんな!!てめーは田所んトコに嫁に行くんだろうがよ!!」
「ヒュゥ 靖友、嫉妬かい?」
「アホかっ!!!○ねっ!!!!!」
「荒北……新開が死んでは、みなが、悲しむ」
「そーだね福チャンっ!! 顔面破壊されろ程度にしとくねっ!!!」
「小野田くん、このポテト食べてみた?おいしいよ」

箱根学園は、荒北が参戦をしてしまうと、もう手のつけようがないのだと、身を持って証明していた。
まるで壮大な、息のあったコントだ。
巻島が絡まぬ東堂であれば、まだ抑制力になりえたが、あいにくと今ここには存在しない。

「…なあ いつのまに巻島さんの妊娠から、新開サンの妊娠になっとるん??」
東堂が個室から走り去ったと同時に、もったいない!とすかさずしょうが焼きを奪いに行った鳴子が、硬直している今泉に尋ねた。
「え、…認知ってやっぱり…そういう話なのか」
巻島のときと同様、無言で冷や汗をかいていた今泉は、やはり総北の魂色濃く、生真面目だった。

「えっと…でもなんで荒北さんが認知するんですか?」
「いい質問だ、小野田クン それはだね…」
なんとか話の接ぎ穂を求めて、小野田が会話を拾えば、そこで最後の理性がキレたとばかりに、荒北の張り手が新開の後頭部に入った。

「てめっふざけんなっ!!おめーの腹にいんのはせーぜーパワーバーの結晶だろうがよ!オレはチョコレート味のガキなんて身に覚えねえヨ!!」
「誤解だ靖友!オレは…チーズ味派だ」
「うっせ!!知るかよ!!!!」
「靖友…兎は…寂しいと死ぬって知っているかい?」
「死ぬかよ!死んでたまるかよっ!!!野生の兎はほぼ単独で生活してるっつーの!!群れてねえヨ!」

「し、新開は…、ふざけていた…のか?」
左右を忙しく往復しててみていた福富が、鉄仮面を崩さぬながらも隠しようのない冷や汗を滲ませ、荒北に尋ねた。
「ったりめーだろう こいつにガキができるっつーなら、まだ巻チャンが孕む方が数百倍納得できるっつーの!!」

「…ひどいな靖友……オレの純情を弄んだのか…!」
「今弄ばれてるのはオレだろうが!!福ちゃんが信じて固まっちまってンよ!!だいたいツッコミ専門が孕むかよ!!1000歩譲ってもガキができるとしたらオレだろーが!!」
「え、千歩譲ったら荒北さんには子供、出来ちゃうんですか?」
無邪気を装った、真波の爆弾質問は、トドメでしかない。

混乱のきわみにいる福富は、靖友と隼人の子 名付け親にといわれたら、靖人……という名前でいいだろうかと、脳内で逃避を測っている。
「いや待て違ェ!!!今のはなし!!!!! 真波てんめェっ……!!!ざっけんな」

「えーっと…?なにが…起こっとるん おっさん…」
「知るかよ… 新開なりに…巻島の冗談をフォローして……くれようとした…と思いたい」
精一杯の誠意を汲み取る田所だが、おそらく違う。

多分新開は反射的に、うちのメンバーでやっても、小芝居を楽しそうだと始めてしまったのだろう。
……結果は、平常のストッパーである荒北が逆上し、止めるものが不在となって、カオスになってしまったが。
「新開さああああああんんっ!!荒北さんが!!認知を逃げるというのであれば 僕が…ボクが!!アブ!!」
「ありがとう…優しいな 塔一郎は…」
この展開になっても、まだ続ける箱根の鬼は、目覚めてしまっているので怖いものがない。

「…女の子だったら、命名【靖子】はどうだろうか」
「うん福ちゃん いい名前だね!!でも今はちげーから!!!」
「あ、ねえ小野田くん ちょっと抜け出して、どこか登りにいかないかい?」

混沌の中、荒北の台詞の真意をもっとも早くまとめてしまったのは、一見一番の純情派である小野田だった。
おとなしやかで、対人赤面ぎみな小野田であるが、ディープな趣味であるだけに、BLカプやら、言葉の意味やらを即座に理解し、成立させられる下地が存在しているのだ。
色々な怒号をまとめ、小野田の脳内に出た結論。

「新開さんと荒北さんがデキてて、しかも荒北さんが受けなんですか!?ボクはてっきり荒北さんは総攻めかと…!!」

「………小野田チャン、ちょっとこっちに来ようかァ?」
「ひえええっ!!すみませんすみません!!ボク誰にも言いませんから!!!大丈夫です普通は受けとか攻めとかわからないです!!」
「大声ですでに言ってるだろうがヨ!!!っつーかデキてる発言で、ウチの泉田泡吹いて卒倒しちまったぞ!」
「うわあああ すみません!!!」

東堂は、巻島を落す最終手段として『オレの悪い噂が、自転車乗りの間で広まった』と告げた。
しかし実際は、『東堂を筆頭に箱学って、孕んだり孕ませたり、認知を求められたり、迫ったり、代わりにオレが父親になるってヤツもいて…すげェ…大人だ…』
という信じるには無理がありすぎる、半ば伝説となっている話だった。
そしてこの混乱の責任の大半は、箱学側にあったと言っても過言ではない。

だが責任という所在を求める東堂は、そういう形で、あのときの冗談が語り継がれていると、巻島に教えるつもりは、微塵もない。