【東巻】酔うて弱れての君を手に

村上ナナさんのお誕生日祝いに、書かせていただきました
『巻ちゃんからの矢印が強くて、自分の気持ちに無自覚な東堂くんの東巻ちゃん』

巻ちゃんという大事な存在を知って、すでに数年は経っている。
学生の頃から、どれだけ語り合っても行動が読めない相手だと、何度も思わされていたが、20歳を過ぎた今でも、それは変わらなかった。
一人暮らしをしているオレの部屋の、ガラステーブル越しに、頬を上気させへにゃりと笑う巻ちゃんの姿など、誰が想像しただろうか。
「もういっぱい呑むショォ〜」
「もう止めておけ、二日酔いでもしたらどうする」
「明日もオヤスミだから、平気っショ」
「……オレは止めたからな、巻ちゃん」
そう言って、グラスに氷を追加すれば、巻ちゃんは止められたショォ〜と上機嫌に泡盛のビンへと、また手を伸ばした。


英国に行った巻ちゃんが、向こうでの準備が落ち着き、日本支社の開設に向けて戻ってきたというのは、昨年のクリスマスイブだった。
当時彼女がいたオレは、夕方の待ち合わせに間に合うよう一度帰宅し、それなりのデート着に服を代えて、また外出しようと自宅へ戻る予定で動いていた。
その予定をぶち壊してくれたのが、目の前の人物だ。
ポケットにある鍵をさぐりながら、自室前を見ると、そこに寄りかかっている一つの影。

大きなトランクを尻に敷いて、膝に頬杖を付いているので、届け物ではないのだろう。
なんのようだろうと、少し足を速めてみれば、家の前にいた相手はこちらに気が付いたようだ。
………ふわふわの、アンゴラベレー帽とファーストールが、あの特徴的な玉虫色を隠していたので、ひと目では気づけなかった。
はくはくと、こちらが口を何度も開け閉めしてるのを見て、イタズラが成功した子供のように、巻ちゃんは笑った。
「クリスマス・サプラーイズ ショ!!」
あの敷物代わりにしていた大きな荷物は、成田空港から直接オレの家に訪れた証だった。

いつ来たのか尋ねても、少し前ショとしか言わない。
手袋などは装備をしているが、赤い鼻先を見れば、随分長い時間ここで待機をしていたのだろうとわかる。
面積の少ないむき出しの箇所、両頬を触ってみれば、巻ちゃんがびくっと震えた。
「……こんなに冷え切ってるじゃないか!!」

お帰りもただいまも、いらっしゃいもなく、急いで鍵を開けて巻ちゃんを家へ押し込み、バスタブにお湯を溜める。
平気なフリをしている巻ちゃんだが、歯の奥がカチカチとなっていて、身動きも取れないようだ。
ハロゲンヒーターの前に無理やり座らせて、まるで小さな子を相手にするみたいに、身に付けているものを取っていく。
残りシャツと下着一枚になったところで、さすがにオレが脱がせるのもどうだろうかと、風呂場の前までひっぱった。

だが指先がかじかんでいる巻ちゃんは、まだボタンも上手く外せないでいる。
しかたがない、過去になんどかシャワールームで巻ちゃんの裸は見ているのだし、今回は緊急事態だと目を瞑りながら
巻ちゃんのシャツのボタンを、オレは一つずつ外していった。
ふと触れた指先に当たる肌は、同じ男とは思えぬほど滑らかで、白かった。

「いいか、芯から温まるまで出てくるなよ」と言い捨て、バスルームの扉を閉めると、部屋へと戻る。
夕方の待ち合わせ予定の彼女に、平謝りでその日の約束をキャンセルした。
お風呂で表面を温めたのなら、今度は内部だ。
しょうがと鳥スープを利用して、体を温めるものを用意しよう。
「東堂……お風呂、ありがとな?」
スーツケースを勝手に開ける訳にもいかなかったので、用意したオレのパジャマは巻ちゃんの腕に短かったようで、そのちぐはぐな姿は可愛く見えた。
ほかほかのお風呂に、あっつあつの雑炊という夕食ををとっても、長距離移動でその行動は無理が出たのだろう。
巻ちゃんは翌日熱を出し、オレは看病をすることになった。

クリスマスイブ、そしてクリスマスと恋人たちのもっとも大切な日のうちの一つを、両方巻ちゃんの為にキャンセルしたオレは、当然ふられた。
だが失恋の痛みなんてものより、いつまで日本にいるか解らぬ永遠の友のほうが、オレにとっては重要なので、まったく後悔はない。

「…巻ちゃん、いつまで日本にいるのだね?」
場合によっては、彼女との約束だけでなく他のスケジュールも調整しなくてはと、熱で潤んだ瞳をしている巻ちゃんに問う。
「…しばらくショ」
「巻ちゃんのしばらくとか、ずっととかは当てにならんよ、いつだ」
「……だから、しばらくショ…」

あやふやな口調で、言い逃れをしているのではなく、巻ちゃん自身も本当にわからないらしかった。
イギリスでの仕事が、上手く時流に乗り、日本支社の開設も計画中だということで、巻ちゃんはその下見や準備に戻ったのだという。
本格的に動くとなれば、数年単位だし、英国本社の方をもう少し拡張すべきかとの話になったら、また向こうへ戻るのだと巻ちゃんは言った。

だから、少なくとも半年は日本にいるのだ。
その間どこに住まうかと聞けば、まだ決めていないという。
自宅は色々と不便だから、迷っているという巻ちゃんに、今住んでいるここは便利だと進めてやれば、巻ちゃんは数日後に家具装備のマンションの家を
契約していた。
そして近所に住むことになった巻ちゃんは、帰国早々オレに迷惑をかけたと、いまだ気にしているらしい。
珍しい酒や肴が入ったと訪れてきたり、映画のチケットがあるだの、学生時代からは考えられぬほど、オレは巻ちゃんから誘いをもらえるようになっていた。

そして、今日は。
大吟醸と泡盛をもらったと、つまみにチョコレートを持参して、巻ちゃんはオレの部屋に訪れていた。
日頃、食事にワインは当たり前だと、水のようにパカパカとグラスを干していた巻ちゃんだが、それ以外の酒には随分と弱かったらしい。
はじめて飲んだという泡盛を口にしてから、顔を上気させ、何がおかしいのか上機嫌にクククと笑い続けている。
「とーどぉ、これおいしいショォ」
そういって傾ける泡盛の瓶は、グラスから狙いを外し、東堂のふくらはぎとフローリングの上にこぼれてしまった。

(…この酔っ払いめ)
悪意がないのはわかるので、怒るわけにも行かない。
仕方がない新聞紙にざっと吸わせて、雑巾で拭こうと立ち上がりかけた東堂の手首を、巻島は引き止めた。
「巻ちゃん?」
「んっ…」
「ま、巻ちゃんっ!!」
ぎょっとしたのは、熱いぬめりを持った何かが、東堂の足に這ったからだ。
伏せをする犬のようなポーズをして、巻島は東堂の濡れた箇所を舐め取っていた。

「巻ちゃんっ!!巻ちゃん!!そんなことはしなくていいから!!」
「んー?でもこぼしたら、自分で片付けないとだめショ?」
でも今おそとだから、オレぞうきん持ってないショォだから、舐めるショォと巻島はにこにこ顔だ。

――巻島家のご両親よ、兄上よ……息子への躾は、もう少し大人対応もして欲しかったです……!!!
こんなことを、どこか他の場でやっているのだろうかと考えるだけで、眩暈がした。
いっそ札束をビラ付かせ、誠意のない謝罪でもされたほうが増しだと思ってしまうほどだ。

いいからそこでじっとしていろと、とどめている間に、巻島は次の事をやらかしていた。
耐熱ボウルにチョコレートを入れ、レンジでチン。

巻ちゃんが、レンジでボンッとやらかさなかっただけでも褒めるべきなのかもしれないと、雑巾を手に戻ってきた東堂はその行動を見守るしかない。
とろとろに溶けたチョコを持った巻島は、またしても意味不明な言動を始めた。
「ポッキーゲームっショォ!!」

…ポッキーがないし、チョコレート関係ないし、オレ達二人きりだぞ、で、ポッキーゲーム?

「とーどぉ、ぽっきーげーむ知ってるかァ?」

イギリスに居て、交流関係に疎そうな巻ちゃんが知っているのに、オレが知らんはずはないだろう。
そう返すより先に、うんうんと満足げに頷く巻島が、じゃあ説明してやるショォと一人話し始める。
……ああもう、この酔っ払いめ。

「ぽっきーげーむはぁ…指に…ポッキーみたいにチョコレートをつけて、早く舐め取った方が勝ちっショォ!」
きししと、イタズラ笑顔の巻ちゃん。
酔っ払うと巻ちゃんの表情は、実にバリエーション豊かだ。
その顔に見惚れて、それオレの知ってるポッキーゲームと違うと、ついついツッコミ損ねてしまった。

「まずはァ……指にチョコをつけ……」
人差し指を、ボウルに突っ込んだ巻ちゃんが慌てて指を持ち上げた。
ただでさえ下がりがちな眉がいっそう下がり、「あちゅいショォ…」と涙目で指を咥えている。

……溶かす、というレベルじゃない時間、熱したのか巻ちゃん。
水と氷で冷やそうにも、チョコがコーティングされてしまうだろう。

特に考えもなく、オレは咄嗟に巻ちゃんの指を、そのまま口に含んでしまった。
唾液には色々な効能があると、さまざまなケガで、実体験済みだ。

ああ、甘いなとらちもないことを考えていると、指を咥えられた巻ちゃんは顔を真っ赤に、硬直をしていた。
……当たり前、か。
「やっ…ショォ…」
振り回された仕返しに、少しからかいたい気分になって、含んだ指先をねっとりと舐め取れば、巻ちゃんは一筋涙を流し、俯いてしまった。

泣かせるつもりはなかったのだけど、その表情が妙にあどけなくて、もう一度見たくなった。
オレも、泡盛で酔っ払っているのだろうか。
巻ちゃんの顎を掴んで、顔を上げさせれば、「やだ、とうどぉ、離せ」と睫毛を涙で光らせ、睨まれる。
初めて見た巻ちゃんの表情に、ぞくりと奇妙な感覚が湧いた。

――こんな顔、巻ちゃんは酔っ払うとオレ以外にも見せているのか。

オレの手を振り払った巻ちゃんが、ヤケとばかりに、グラスに残っていた泡盛を一息で煽る。
こくこくと喉を動かし、カタンッとグラスがテーブルに戻された。
フゥ、と小さな吐息。
落ち着いたのかと思いきや、今度は「暑いショォ!」と景気よく服を脱ぎだした。
先ほどは熱いで、今度は暑いか!!巻ちゃん何気なく使い分けてるななどと、感心している場合ではない。

さっさと上着を脱ぎ捨て、上は白いシャツ一枚。
そしてこちらが止める間もなく、巻ちゃんの細い足にフィットしていたスキニーを今度は脱ぎ始める。
だが、酔っ払いのおぼつかない手先では、あのラインにジャストフィットしたデニムは脱ぎがたいのだろう。
ふくらはぎ辺りで固まってしまったジーンズを手に、巻ちゃんはじっとこちらを見詰めている。

脱がせと、訴えているのだろうか………。
これは………見てしまっては、負けだ。

それにしても巻ちゃん、…すごい下着を履いているな。
デザインだけなら無難なボクサーパンツで、予想外ではあるが、似合っている。
すごいというのはそのデザインで、黒地の布の股間…というか中央部分にモルフォ蝶が一匹、でかでかとプリントされているのだ。
羽の部分は、本物のモルフォ蝶のように美しい光沢を持ったブルーで、高級品だとそれだけでもわかるシロモノだ。
だがその蝶の全景を眺めるには、思い切り開脚をされた状態でないと、拝めないもので……。
つまり、巻ちゃんは現在ふくらはぎの辺りをジーンズで戒められ、それを脱ごうと悪戦苦闘の結果オレに思い切りM字開脚の姿を披露してくれている。

普通であれば、同性の友人のそんな姿など、目を背けたくなるものに違いない。
だが、巻ちゃんのその格好は、まるで艶やかな生き人形のようで、オレの視線を釘付けにした。
しばし、息を詰めて眺めていたが、巻ちゃんが駄々っ子みたいに足をじたばたし始めたのを見て、我を取り戻した。

すでにこのぴったりジーンズをオレの力で、履きなおさせるのは難しい。
拘束姿にさせておくよりは、まだ脱がしてやった方がいいだろう。
巻ちゃんを見ないように努力をしながら、オレはそのジーンズを脱がし取り去った。

「…あのな、巻ちゃん 酔っ払い相手に説教などしても聞き流されるだろうが、もう少し警戒心を持ったほうがいいぞ」
吐息をついて、巻ちゃんの脱いだ服を畳む。
シャツ一枚で、床に座り込んだ巻ちゃんは、首を傾げて「けーかいしんショ?」と聞き返した。

「だから……そういう格好は…恋人とかそういう相手の前でないと」
……彼女ならばともかく、彼氏がこういう格好をする恋人関係もどうだろうとは思うが。
悩みながら口にした言葉を、巻ちゃんはさらりと交わした。
「恋人じゃないけど、オレはとうどぉ好きだから、問題ないショォ…」

酔っ払いの、戯言だ。

人見知りの巻ちゃんの、精一杯の行為のアピールだ、そう思おうとしているのに、巻ちゃんのふわりとした様子が、オレに違った気持ちをいだかせる。
「巻ちゃん……好き……とは……」
「好きは、好きショ? オレとうどぉ、ずっと好きだったショ」
「まきちゃっ…!………って……寝てる……!?」

どうしよう、これは……告白されたと思っていいのだろうか。
好きだと言ってくれた相手が、シャツ一枚、とめられたボタンは数個という状態で寝息を立てている。
ほんの数時間前までは、巻ちゃんを相手にこんな切なくなるなんて、予測していなかった。

酔っ払ったせい…だろうか、と自分に問いかけてみる。
大きく深呼吸をして、数秒目を閉じた後、もう一度巻ちゃんを眺めてみた。
ああだめだ、気のせいなんかじゃない。
鼓動が激しく、今では胸の奥に苦しささえ覚えていて、寝ている巻ちゃんが……いっそう綺麗に見える。
すぐそこに、指を伸ばせば届く距離。
無防備に、無警戒な巻ちゃんはしどけない姿で、何も隠すことなく晒していた。

まるで、食べてくれと……言っているかのようだ……。
頭の奥が、白く霞んだ。

――触れた唇は、柔らかくこの上もなく滑らかだった。

「うっうわあぁあああああ!!!??」
オレは、オレは何をした!?

………寝よう、オレももう寝よう。
そして明日の朝、巻ちゃんとじっくり話し合おう。
巻ちゃんをそっと腕で抱き囲み、毛布と布団を一緒に被る。
そっと目を閉じれば、アルコール度数の高い酒のおかげで、オレにもすぐに睡魔が訪れてくれた。


――数時間は、眠っただろうか。
腕の中の巻ちゃんが、もぞりと動く気配がした。

トイレにでも行くのだろうかと、薄目で様子を伺っていれば、巻ちゃんは泣きそうな顔で、唇を噛み締めていた。
しばしそうしていた後、首を振り、そっと布団から出て行く。
着替えを探し始めたことで、オレが眠っているうちに姿をくらまそうとしているのだと悟り、オレは指先を伸ばして巻ちゃんの手首を引いた。

力は篭めていなかったのだが、油断をしていたのだろう。
大げさなまでにビクリと体を震わし、巻ちゃんがゆっくりと振り返った。
「どこ、行くつもりだ?」
睨むように巻ちゃんを見ていると、巻ちゃんは身の置き所がないみたいに、無言で体を縮こませ、オレから逃げようとする。
あれだけオレを振り回しておいて、それはどうかと抗議をふくめ、こちらも無言で居れば、巻ちゃんは更にいたたまれないみたいに、涙目になった。

「………忘れて ……ください」

細く小さな、かろうじて聞き取れる懇願の声。
「お願い、…します」
いままでに聞いた事のない口調と、頼りないぐらいに揺れている響きに、オレは息を呑んだ。

「忘れろ、と?」
ふざけるな、といっそ怒鳴りつけたいぐらいの心地になった。
一生の友人だライバルだと思っていたオレに、短くたった一言で遠くに行くと告げ、帰って来てオレの心をかき乱したかと思えば、忘れろと言う。
忘れられるものか、気づかせたのはお前だぞ、巻ちゃん。

「オレは……東堂と、友達でいたいショ……だから……忘れて欲しいショ」

返事を言葉にする代わり、丁度オレの足下に敷かれていた巻ちゃんのジーンズを、ベランダへと放り投げる。
これで、巻ちゃんは勝手に外へと逃亡も出来ないだろう。
何かを言いかけては、口を閉じる巻ちゃん。
その心もとない不安定な様子に愛しさが溢れて、でもその身勝手さが許せなくて、オレは巻ちゃんを冷たく見据えた。

「なあ巻ちゃん お前はどれだけ身勝手なんだ」
「……」
「帰国してすぐの時もクリスマスイブに突然オレの所に来て、熱を出してぶっ倒れたよな?」
「……ショォ……」
「オレはおかげで彼女との約束をだめにして、そのせいでフラれたよ」

わざと傷つけるみたいに、クリスマスに俺に用事がないはずがないだろう、サプライズと言って相手の都合を考えていないと
言えば、もう巻ちゃんは見る影もないぐらいに打ちひしがれている。
――ああ、ゾクリとする。
巻ちゃんのこんな表情を見れるのは、きっと今のオレぐらいだ。
歪んだ独占欲とも、大事すぎてすべてを暴きたい嗜虐欲とも付かぬ何かが、じわじわと体を支配した。

巻ちゃんのせいなんかじゃ、ないのに。
彼女が本当に大事だというのなら、巻ちゃんをここに寝かせておいて、オレは一人で出る事だってできたんだ。
…でも、オレは巻ちゃんを選んだんだよ、気づいてよ。

「ねえ巻ちゃん、言ってよ」
オレの言葉が、何を意味しているのかわからぬみたいに、巻ちゃんは途方にくれた顔をした。
「な…にを…?」
「シラフで、オレの目を見てちゃんと好きだって」

まるで嬲られているみたいに、巻ちゃんはつらそうな目で、オレを見ている。

「………でないと、オレも好きだよって返せない」

目を丸く、頼りない表情で、巻ちゃんはいやいやと首を振った。
「…嘘ショ オレは夢見てるショ…」
ぺたんと床に座り込み、呆然としている巻ちゃん。

嘘じゃないよ、巻ちゃん。もうお前はオレのものだから、そう決めたから。
…今度は逃がしてなんて、やらない。

巻ちゃんに出会って、オレの世界は一度変わった。
そして、また。
キレイだと思うことはあっても、触れたいと意識したことなんて、数年前はなかったのに。
今は捉えて、噛み付いて、全身にオレの所有の痕を刻み付けたくなるぐらい、目の前の巻ちゃんが欲しくて堪らない。
どれだけ巻ちゃんとつきあえば、すべてを知ることができるのだろうか。

…一生できんのかも、しれないな。
そんな巻ちゃんだからこそ、愛おしい。

ほんの一夜前とは、まったく違った感情を持って、新しい朝を迎えたオレは、今の緊張した空気すら、楽しくて仕方がなかった。
追いかけて、追い掛けられて、すべてを捧げ、すべてを奪い尽くしたい相手。

夜明けはまだ、遠い。
薄暗い部屋の中、オレは巻ちゃんが好きだと言ってくれるまで、貪るようにただ、その姿を眺めていた。