【東巻ワンライ】 昨日のお題が「罰ゲーム」だったと聞いて、萌えたテーマでしたので 大遅刻で本日挑戦です *1時間どころか、3日間ぐらいかかったような……ワンライ名乗るのは申し訳ないのですが、お題を借りたのでタグのみつけさせていただきます ************** 東堂が少し思いつめた顔をしているというのは、珍しい。 いや、そうではなかったかもしれない。東堂とてまだ自分と同じ、未熟なところも大いにある高校生だ。 何度か意に添わぬといった行動や、腹立だしげに何事かに耐えている表情と言うのは、過去にも見せていた。 だが大抵そういった場合、本人は率直に自分に関わるなというオーラを出しているので、巻島もあえて近寄らず、そういった日もあるだろうと、 さほど気にしていなかったのだ。 機嫌が悪い東堂は、自分が不機嫌であると理解しており、その八つ当たりのように、巻島にまで理不尽な態度をとってしまった時は詫びる。 多くの人間は、自分が不機嫌であれば、他者にそのイライラをぶつけることにためらいはない。 そこできちんと他者に謝れる、東堂という人間を巻島は好ましく評価していた。 だが今日の東堂は、違っている。 数日前の電話の時点から、おかしかったのだ。 山へ登るというのではなく、ただ自分の部屋を訪れさせてくれとだけ言った。 その口調はいつもの陽気と能天気の入り混じった、明るいものではなく、どこか暗いものを含んでいて、巻島を怪訝にさせても頷かせる何かがあった。 そして訪れたというのに、東堂はおずおずとした様子で、巻島の前に座ったきり、出されたお茶にも手を出そうとはしない。 このまっすぐな男が、俯いたきりでただ言いよどんでいる。 言葉で緊張をときほぐしてやるような、器用な真似ができない巻島は、ただじっと待っていた。 いい加減こいつも焦れないのだろうかと、ぼんやり見詰めている視線に気がついたのだろう。 東堂がのどをごくりと動かして、両手を机に付け、頭を下げた。 「巻ちゃん!頼む!!オレの恋人のふりをしてくれないか!」 「ハァ?」 「いや巻ちゃんが呆れるのも無理はない、だが……このままでは巻ちゃんにもっと迷惑をかけてしまいそうでな…」 東堂は何を言ってるのだろうかと、巻島はただ首をかしげ、続きを待った。 無防備に自分を見ている巻島の様子に、東堂の頬が紅く染まる。 「実は……寮内で部活対抗のUNOを行ってな……」 箱学自転車競技部は、惨敗をしたのだという。 その罰ゲームならぬ負け組へのオーダーとして、一日ロードバイクを勝ったチームにレンタルするか、ゲームに参加したうちの 誰か一人が、告白して来いということになったのだという。 「ロードバイクを一日貸せって……」 自分たちが丁寧に手がけて愛車を、一日単位で貸し出し、適当に乗って転ばれて、何か不具合でも出たらと思うととても、心安くひきうけられるものではない。 それに慣れぬ者が一人で動いて、事故でも起こせばシャレにもならない。 当人たちばかりか、自転車競技部も巻き添えを食らう処置はされるだろう。 そこで選ばれたのが、もう一つの案だった。 だが、自転車競技に明け暮れていたメンバーに、今のところ女性とどうこうという噂はほぼない。 新開や東堂は人気はあるが、それゆえにかえって一人と親しくするなど、部活動では妨げになると、特定の人はいなかった。 賭けのために適当に声をかけろというのであれば、無礼すぎるという東堂の主張に、勝利したバレーボール部は何をいっているのだという顔をした。 「だったら東堂、例の『マキちゃん』に告白して来いよ」 東堂の「マキちゃん」への日頃の態度は、自転車競技部内だけでなく、全寮…いや全校レベルで知られているものだ。 朝方に東堂を見かければ「おはよう 巻ちゃん!」 昼間に東堂を見かければ「何を食べている?巻ちゃん!」 夜に東堂を見かければ「おやすみ 巻ちゃん」 爽やかに、優しく時には甘く……東堂は電話越しに、『マキちゃん』へと語りかけているのだから。 あの電話につきあってくれる彼女もすげえなと、寮生の一人が以前からかったところ、東堂は真顔で 「何を言っている 巻ちゃんはオレの友人だ」と返してきたと言うのは、あっという間に多くの人間に膾炙された。 「あれが友人?」「だったら東堂様はフリー?」「…ねぇわあ…」「あれだけ東堂様に思われてみたい…」 賛否両論どの意見をとっても、基本マキちゃんは、東堂の思い人であるだろうという前提だ。 一般的な男としては、お前お目当てがいるならさっさとくっついて、一人二人こっちに回せとも主張したくなる。 いっそならば意趣返しに、「マキちゃん」とやらを狙ってみたくもなるが、東堂はその人物に関して、これでもかと自慢するくせに、 個別認識できそうな情報は、徹底的にガードしていて、いまだどんな相手かはまったくの謎だった。 どうやらマキチャンの正体を知っているらしい、箱学自転車競技部も、鉄壁の沈黙を守っている。 「…だったら、適当に…コクったけれどフラれたとか言えばいいんじゃねえの?」 ガラステーブルに肘をついて、ストローで東堂を指す巻島は、こっちの情報がないのだったら、嘘をついても確認のしようがないのだからと言った。 「オレも…そう思ったのだが……」 「…見届け人として、福ちゃんが代表に選ばれちまったぞ」 『マキちゃん』の正体を知り、適当に嘘をついてごまかさず、真実を伝えてくるだろうと、信任を受けたのは福富だった。 彼ならばたとえ部員であっても、偽りやごまかしを言わぬから、東堂の告白を見届ける役目を果たすよう、指名されたのだと、荒北は言う。 まずいことになったと、東堂も内心で吐息をした。 福富であれば、でまかせを言うより、ロードバイクを貸し出すほうを選ぶかもしれない。 「お前たちもフォローをする役を引き受けたのだろう?ならばオレは告白したが、フラれたという事にすれば…」 「…いいけどさァ その代わり テメェは今後、学校内でマキちゃんに電話一切かけられなくなんゾ」 「かけられないどころか、かかってくるのもNGじゃないか」 真顔で諭してきたのは、荒北と新開だ。 いわく、テメェがマキちゃんと電話してる時の表情だけで、名前を出さなくても、電話相手がバレる。 フラれたといったあとも、それを続けていては不自然だ…と。 「そうなると…今後巻ちゃんと登るときの、打ち合わせもできなくなるし…」 「…それは…困るショ」 苦笑していた巻島に、東堂も大いに困るのだと、首を大きく縦に振った。 「巻ちゃんとオレは、いいライバルという関係以外の何者でもない そんな巻ちゃんに…迷惑をかけてすまない」 真摯な東堂の謝罪に、巻島の胸がつきりと痛んだ。 「……箱学に、貸しひとつだからな」 「巻ちゃん!いいのかね!?」 「クハッ 自分から頼んできといて、そんな驚くかよ」 「すまんね!巻ちゃんがオレのために付き合うフリをしてくれるとは、嬉しすぎてな!」 子犬が尻尾をぶんぶん振っているようだと、呆れた様子だった巻島も苦笑する。 では次の週に、オレが巻ちゃんに告白をしてデートすると言うプランなのだがと、東堂はおずおずと切り出した。 普段東堂の見せぬ、遠慮がちなその態度に、巻島は今度は心から笑った。 ********** 待ち合わせは、JRの上野公園口だ。 東堂と巻島が二人歩く後ろを、福富と荒北と新開が、こっそり見守っていると言う設定らしい。 こっそりもなにも、あの金髪はこのオコチャマが多い場所で、目立つよなあと考えながら、巻島は自分の髪を棚に上げ、時刻を確認した。 少し早めに着いて、改札口の横にあるカフェで、お茶でも飲んでいようと思っていたのだが、東堂はもう改札の横に立っていた。 「え…あれ、悪い…待たせたか?」 今時計を見たばかりだったはずだがと、慌てる巻島に東堂が、「巻ちゃんを待たせるわけにはいかないから、早めに家を出たのだよ」と告げた。 「へぇ…いい彼氏みてえショ」 巻島は姿から、ルーズに思われがちだが、時間などは相手を巻き込んでの規則であると、待ち合わせに遅れることはない。 髪色が何色だろうと、他人には迷惑はかけないという理由で、自分の姿に関しては自由であるだけだ。 「みたい、じゃないぞ巻ちゃん 今日は…その…オレは巻ちゃんの彼氏だからな!」 眩しい東堂の笑顔に、巻島の胸はまたつきりつきりと、痛む。 『今回は仕方がないから、ノッてやるよ』という態度を一貫していた巻島だが、東堂の事を、好きだった。 誰に対しても、臆することなく迎える勇気。気に食わないと言いながら、人懐っこく声をかけてくる陽気さ。 ためらいもなく、相手の元へ飛び込める率直さ。 ――どれも、自分の持ち合わせていないものばかりだ。 だから、東堂の申し出は嬉しかった。 たとえ今日だけの仮のデートでも、ライバルとしてでなく、自分の本心を、偽ることなく東堂に伝えられる。 疑いの知らぬ東堂であれば、自分の言動も、罰ゲームにつきあってくれているのだと、思うだけだろう。 まだ今の段階は、巻島は東堂に告白されると知らないことになっているから、友人の距離だ。 どこへ行くショと尋ねれば、科学博物館へ行こうと言われた。 上野での待ち合わせだと言うので、てっきり動物園の方かと思っていた。 東堂はいつも動き回っている自分たちなのだから、太古から変わらぬ姿を残しているものを、ゆっくり眺めるのもいいだろうとこちらを見る。 科学の名が付いていても、そこは鉱石や巨大な恐竜の骨の全身化石、フロア一面が剥製の部屋といったものがあるのだと、東堂は続けた。 動物園よりは、福富たちもこちらを探しやすいだろう。 わざと撒くつもりはないが、離れてしまっても、携帯で場所を伝えやすい。 「自分の何倍もある恐竜の骨を見上げたり、人が二人ぐらい乗れそうな亀の骨格標本など、圧巻だぞ」 「…美術館よりは、お前と一緒に回っても楽しそうショ」 上野公園にはさまざまなレクリエーション施設があるし、公園内で催し物も盛んだ。時間があったら、他にも回ろうなと東堂は楽しげだった。 たとえ偽りの一日でも、擬似恋人という気持ちで、記念を残せるのならば、巻島はどこでも良かった。 まるで恋する乙女みたいな思考だと、巻島が眉を寄せてさびしげに微笑むのを、東堂は自分のお勧めが気に入らなかったのかと捕らえたらしい。 「巻ちゃんが行きたいところがあったら、もちろん優先するぞ」 「いや…違ぇよ こういうんじゃなく…普通に来ても、色々楽しそうだと思っただけショ」 気が進まぬ場所だったかと、案じていたらしい東堂が、すかさず、また来ようなと嬉しそうに頷いていた。 「…で、告白は最初にするショ?それとも最後?」 「ご飯にするそれともお風呂? みたいに気軽にきかんでくれ …こちらはその…賭けのせいとはいえ、告白するなぞ初めてなのだから」 「へえ」 「…冷たいぞ巻ちゃん!恋人として過ごすんだから、そこはときめいてくれよ!」 「……きゃー東堂サンのハジメテの告白受ケチャウショォ」 「なにゆえカタコトになってるんだ」 モテるを自称する東堂だ、告白を多数うけたことはあっても、自分から告白するなんてことはなかったのだろう。 それを、自分のようなものが…形だけとはいえ、受けてしまっても、よいものだろうか。 逡巡する巻島の憂いを消すように、東堂は相手が巻ちゃんで良かったと、晴れやかだった。 科学館までの道は、公園内にあり、ゆっくり歩いていても車の邪魔がない。 雑談めいて東堂は、今回の成り行きについて、他のメンバーがどう反応したのかを、明るく語っている。 「一応オレ達は、ライバルであるのが前提だからな…福富は驚いていたぞ あの鉄火面と評される顔が動揺するのは、ちょっと面白かった」 告白をするという流れに、部員の中ただ一人驚いていた福富。 荒北と新開はともかく、福富は東堂が巻島といる時間は、ただ走りのためだけだと思っていたらしい。 「東堂は……巻島を好きだったのか……」 「あれだけのストーカー行為を目の前に見せられても、疑いをもたない寿一は素晴らしいな」 「福チャン!その曇りなき眼が眩しいゼェェ!!」 だから、まず福富に仲の良さをアピールしておきたいと、東堂は言った。 親しい友人としての一日を見せた上で、告白をするという流れの方が自然だというのは、その通りだ。 だがそれでは、恋人らしい行動はできないのかと、巻島が内心で少し残念に思う。 しかし、東堂は東堂だった。 「だがオレは巻ちゃんを好きだと言う設定だからな、その…手を繋いでもらったり肩をそっと…抱いたりしても許してほしい」 友人であっても好きだからアピールしている様子を見せねばならんと、照れくさそうに、東堂は頬を掻いた。 この先、もう拝めることはないだろうと、巻島はあえて似たような顔を作ってみる。 「クハッ のってやるって言ったのはオレショ それらしくするためにだったらしょうがねえショ」 と、巻島は恥ずかしそうに笑って見せた。 だが東堂の即答はない、……変な真似をするなと、東堂は怒っているのだろうか。 東堂はこちらを見たまま、なにやら口を引き結び、頬を膨らませぷるぷると震えている。 「巻ちゃん……そんな顔は……ならんよ……」巻島には聞き取れぬ声で、可愛すぎると東堂は言った。 「お前の顔を真似ただけショォ」 「……そうかいや、その、新鮮でオレとしては…良かったのだが…… では行くとしよう」 東堂が、巻島の右手をとった。 もう手を繋ぐのか、早すぎだろうと、巻島の鼓動が高鳴るとほぼ同時、視界の一部に金髪の男が目に入った。 ――ああそうか、もうアイツら オレ達を見てるんだな 演技を完璧にしようとする東堂に、ウカツにも浮かれちまったと、巻島はそっと自嘲し唇を噛んだ。 国立科学博物館は、巨大だった。 新しいビルのような建物と、古い美しい装飾のなされた石造りの建物が、不思議に繋がっている。 入口すぐ横にある360度スクリーンは小さめな円形ドームで、動いていないのに乗り物に乗っているような、不思議な気持ちになる。 「これで倍速のクライム映像とかあったら面白そうだよなァ」 「確かに…オレ達は前しか見れないからな 後ろの景色や頭上を眺めてみるのも楽しいかもしれん」 そういって同意した東堂は、だがオレは視界に巻ちゃんがいないと物足りないから、やはりそれでは駄目だと続けた。 …本人は無意識に、殺し文句を吐いてくれる。 気づかれていないことという前提で、自分たちを尾行している荒北たちも、ずっと張り付いている訳ではなく、次の上映を見ていくらしい。 唯一巻島に、本当に気づかれていないと思っているらしい福富が、通路で慌てて顔を逸らすのが少し、面白かった。 こちらを伺っているのが解るので、わざと東堂の耳朶近くに唇を寄せ、 「次はどこに行くショ?」と囁くように聞いてみる。 常より親密的に見えるだろうと、計算をしたのだが、どうやらそれ以上に、当人に効果を与えたらしい。 耳を覆い隠した東堂は、真っ赤に立ち竦んでいた。 「…巻ちゃん、耳元で囁くのは反則だ」 「ショ?」 「すごい…なんというか…くすぐったいし、その……」 顔を紅くし、言いよどむ東堂が面白い。 楽しくなった巻島は、東堂の手をそっと外させ、わざと息を吹きかけるように 「その…の続きはなんだよ」と問いかけた。 「………っ!」 目を少し潤ませたように見える東堂が、キッと目線を上げる。 やべえちょっとからかい過ぎたかなと、反省するより先に、巻島はおとがいをつかまれ、東堂へと寄せられた。 「妙な気持ちになる」 意趣返しだろう東堂は、巻島の耳腔に唇が触れんばかりの距離で、ささやき掛けた。 その低音は、一般で腰に来るとでも表現されそうな、日頃の陽気さがない、餓えたような声だった。 今度は瞬時に巻島が、赤面をしたことで、東堂は満足をしたのだろう。 手を腰に当て、自分の気持ちを思い知ったかとばかりに、こちらを見ている。 「…今のを、見られていたようだな」 東堂が振り返らぬよう指示し、この流れなら告白劇も不自然じゃないだろうと続けた。 ――ああ、もう終わっちまうのか 名残惜しいが、東堂にしたら罰ゲームの一環だ。 早く終わらせてしまいたいに、違いない…そんな覚悟を決めた巻島だったが、東堂はそこで黙してしまった。 どうしたのだろうと、首を傾げて東堂を見れば、なにか言いがたい様子で眉根を寄せて、巻島を見返す。 「その…だな、オレとしては…せっかくだし…巻ちゃんと一緒なのだから…もう少し遊びたいのだが」 東堂も、巻島と同じ懸念を抱いていたらしい。 自分の罰ゲームにつき合わせて、申し訳ないのだが、よければまだ付き合ってくれないかと続ける。 「いいショ」 「そうだよな…だめに………え?」 「オレは今日まるっと一日空けてきたショ 腹も減ってきたし…お前はここで解散したらアイツらがいるけど、オレは一人でメシを食うことになるじゃねえか」 「…ありがとう、巻ちゃん!」 「クハッ ここまで来て今更ショ」 女子が教えてくれたと言う、上野動物園前にあるミニ遊園地のクレープは、安くてボリュームがたっぷりだった。 バナナがほぼ一本丸ごと、たっぷりのチョコに生クリーム、カステラにパイ、チョコスティックにアイス……キッズサイズにすればよかったと、一瞬後悔したほどだ。 しかも巻島は、ついついアイスを追加してしまっている。 甘いものを好む巻島でも、途中ギブアップをしそうになるほどで、ましてや普通程度に甘いものを食べると言う東堂の苦戦振りは、ちょっとした見ものだ。 「これは…すごいな…」 「大盛パフェを頼むぐらいの気持ちじゃなかったら、注文しちゃ駄目なサイズショォ…」 後方のベンチでは「リンゴのクレープはないのか……」という、落胆した様子の落ち着いたいい声が響いていた。 「…オレもう無理 しょっぱいもん食いてェ ポテト買ってくる」 荒北は多分、途中で放棄し、新開に押し付けたのだろう。 そんな声も、なんだか楽しいデートを盛り上げてくれるようで、巻島は笑った。 必死で片付けたクレープで、もうお腹はいっぱいだ。 とても昼食を別に取るなんて無理だと言えば、東堂も同感だと告げた。 普段栄養やカロリーやにうるさい東堂だが、まさかこれがランチの変わりになる量だとは、計算外だったのだろう。 少し苦しそうに、口を掌で覆っている。 「腹ごなしに、散歩はどうかね」 特に行きたい場所があるわけでもない巻島は、同意した。 「上野公園の中にはな、面白いスポットが幾つもあるのだよ 五条天神社に花園稲荷神社、東照宮に大仏山パコダ…」 過去に存在した上野大仏の顔部分だけが残っているだとか、清水観音堂は、京都東山の清水寺を模した舞台があるだとか、東堂は詳しい。 「お前よく知ってるショォ…」 感心して呟けば、邪気ない顔で 「せっかくの巻ちゃんとのデートだからな!元々興味あるのもあったが色々調べた」と東堂は笑った。 小さな鳥居が連なる、不思議な雰囲気を持つ階段を下りれば、花園稲荷神社。 ここは、健康祈願と縁結びの神様だと、東堂は言った。 「せっかくだから祈ろうではないか!」 「…山神様が、他の神様に祈っていいのかよ?」 「……神は自分に神通力が使えないと言う話も聞くし、いいと思うが… それに巻ちゃん、オレはただの人間だぞ」 当たり前の事を、真顔で言うなよと、巻島は吹き出した。 「……好きな相手と、こういうところに来れるのは…幸せだろうなァ…」 現に今、たとえ真似事とはいえ、自分は幸せな時間を過ごしている。 だがそれを聞いた東堂は、目を瞠って 「…巻ちゃんは……好きなヤツがいるのか」と聞き返した。 お前だよ、なんて言えるはずもない。 無言を肯定と、受け取ったのだろう。 東堂はさらに問い詰める代わりに「オレは巻ちゃんと来れて、…嬉しく思っている」と呟いていた。 この神社は小さいので、隠れている(つもり)も大変だろう。 狭い階段に、男が三人こちらを伺っているのが見えて、巻島は場所を移そうと、別の出口側を指差した。 足を伸ばせばすぐにアメ横だが、ここは尾行に不向きな場所だ。 ならばと引き返し、ゆっくりと国立博物館への道のりを歩く。 ヴーッと、東堂のポケットから小さな音が響いた。 さりげなく携帯を取り出した東堂が、荒北からのメールだと、ボタンを押した。 素早く目を通したらしい東堂が、言いにくそうに画面をこちらに向けた。 「……巻ちゃん、その…だな…フクの奴がオレと巻ちゃんはいつも通りで、これはデートじゃなくて普通に遊びに来てるだけではと疑っているらしい」 福富は巻島と東堂が、二人きりで会っているところを見たことはない。 だがそれでも日頃の東堂の電話の回数や、巻島への態度から、告白する仲には見えないと判断したのだろう。 だから、肩を抱いて歩いてもいいだろうかと、東堂はこちらを窺っている。 現時点ではまだ、告白されていないのだから、普通に遊びに来ていると思われてもいいのではと思うが、巻島にしてみれば、思い出作りに嬉しい一コマが加わるだけだ。 あえて、友人として見られててもいいのではと、指摘することもない。 でも二人の身長差では、オレが肩を抱くことになるショと巻島は苦笑した。 ならばと東堂はさりげなく、腰に手を廻す。 ――密着する距離が、脈を早くさせ、少し息苦しい。 「東堂 ここは新宿二丁目じゃねえショ」 頬か紅潮するのを悟られたくなくて、さりげなく冗談めいて腕を外そうとしたが、東堂は返って強い力で巻島を寄せる。 「二丁目をこのまま歩いたら、もう告白はとうに済ませている二人になるのではないかね」 「…考えるのやめとくわ」 「そうか ならば諦めてくれこのまま行くぞ」 広い公園内、駅付近は常に人が溢れ、このままどこかで告白なんてできるのかと思っていたが、旧東京音楽学校奏楽堂付近は夕刻近い今、ほぼ誰もいなかった。 東堂は腰を抱いたまま、口数が少なくなり、段々と歩みも遅くなっていく。 「…東堂ォ?」 たとえ演技でも、男に告白劇を行って、それを友人たちに見られているなんて、やはり重荷なのだろう。 巻島が少しかがんで、東堂を見ても、静かに顔を逸らされてしまった。 木立の一部に、三人の男の影が見える。 あいつら、本当に隠れるのヘタだよなあと巻島が苦笑すれば、東堂は意を決したように、足を止めた。 ごくりと喉が嚥下し、強引なまでの勢いで、東堂は巻島を向かい合わせる位置に立たせる。 樹木が茂るこの一帯、暗い影が東堂の表情を隠していた。 「…巻ちゃん、好きだ」 今までに、何度も聞いている言葉。 特別な意味などないだろうに、心が浮きだってしまうのは、デートをしたという前提があるからだろうか。 おかしな素振りなどみせて、気づかれないように巻島は、肩を竦めた。 「もう何回も聞いてるなあソレ 告白にしてはマンネリショ」 わざとふざけたふうに、クハッと笑う。 「…違う、巻ちゃん」 「ん?…ああそうか、アイツらが見てるんだもんな、盛り上げなきゃ失敗になっちまうか」 後頭部にてのひらを動かして、髪を流す巻島を、東堂は眩しそうに見遣った。 「巻ちゃん、違うんだ この好きは……今までの好きと……」 「恋人っぽく言わなくちゃなんねえんだろ?わかってるオレも乗ってやるって」 何かを言いかけ、やはり止めてしまった東堂の掌が、すっと伸ばされ、巻島の両目を塞いだ。 鍛錬で硬くなった指先が、こめかみのやわい皮膚に当たって、少しむずがゆい。 「…東堂?」 「……ごめんな、巻ちゃん……好きだ」 「んっ!?」 目を塞いでいるのと、反対側の東堂の手が巻島の後頭部を包み、抱き寄せた。 なにか熱いものが、唇に重なる。 軽く啄ばむようなキスが、一度目。 二度目のキスは、粘膜の熱が伝わってくる、深いものだった。 頭に血が上る感覚がして、無我夢中で東堂から距離を置く。 ――やめてくれ、幾ら演技でも勘違いしちまう そう言わぬ代わりに、溢れた涙が一滴、巻島の頬を伝った。 「おまっ……やり過ぎショォ…」 このままでは、みっともなく本気で泣いてしまう。 だがここで逃げれば、告白は失敗したとみなされ、東堂と電話もできなくなってしまうと、巻島は動くことも出来ない。 「巻ちゃん……」 東堂の声は、微塵もゆらぎがなく、巻島の名前を呼ぶ。 キスをされて、甘く名前を囁かれて、全部が演技だなんて…喜んでいた自分が、バカみたいだ。 すべてが嘘なのだから。 報われなさ過ぎて、もう作り笑いもできない。 まっすぐで美しくて、騒がしい、残酷な男。 早く終わらせてくれと、それだけを願う巻島の願いに気づく様子もなく、手首がつかまれた。 無意識に、東堂から一歩退こうとしていたらしい。 「逃げないで、巻ちゃん」 「や、約束したからな……逃げねえショ」 「違う……本当に…気づいていないのか?」 辛そうに眉根を寄せた東堂が、俯く巻島の顔を上げさせた。 東堂の乾いた指先が、巻島の唇をゆっくりと辿る。 「愛してる」 「………!?」 「賭けの話は本当だ でも…オレは…こんなどさくさなら、巻ちゃんとデートができるかもって企んだ」 黒く澄んだ瞳が、巻島を射る。 「一緒にいるだけで楽しくて、嬉しくて……ずっとこんな時が続けばいいと、今日一日そればかり考えていた」 ―――東堂は、何を言っている? 「嘘の告白でも、巻ちゃんに思いをぶつけられれば、もやもやが消えるかと思っていた…だが…」 一緒にいる時間が長引くほど、辛さは増していったと東堂は続けた。 今も。 ぽかんと口を薄く開き、いとけない子供みたいに、無防備な巻島の顔を見れば、強く抱き寄せたくなってしまう。 うっすらと濡れた目元や、上気した頬、間近で嗅いだ甘い香り…どれも、友情では済まされぬ感情を湧き上がらせるばかりだ。 欲しい、巻島裕介が欲しいと。 「ねえ巻ちゃん、オレの好きの意味が…伝わったか?」 激しさと裏腹に、自信がないような東堂の声。 「あ……えと……うん…」 呆然としか応えられない巻島の態度を、東堂は否定と取ったようだ。 「やはり……迷惑だろうか」 それでも東堂は、逃がさないとばかりに掴んだ手首を離そうとはしない。 「あ、いや…オレは そういう意味でお前を好きだったから…ビックリしてるだけショ」 「………え………」 ザワリと木立が、ざわめく。 沈黙が落ち、風の音しかしない時間が、いたたまれない。 無言に耐え切れず、逃げようとした巻島を、次の瞬間、東堂は優しく抱きしめてきた。 つり気味の眦を下げ、最高の顔で東堂は慈しむように笑う。 「巻ちゃんっ!」 声を詰まらせている巻島に、東堂は静かに唇を合わせるだけのキスを重ねた。 「お前…手ェはええショ 今日だけで三回もキスしてるなんて、跳び過ぎだ」 「巻ちゃんに関してだけだな それに早くはないぞオレは…ずっと耐えていたのだから」 東堂の言葉に、巻島がくすぐったけに口端を上げた。 「だから……もう一回キスをしていいか」 甘い夢を見ているのではないと、確認したい。 そう言って東堂の手が、巻島の両頬を包む。 その真っ直ぐな思いに気圧され、巻島は小さく頷いた。 四度目のキスは、呼吸を塞き止められそうなほど激しいものだった。 緊張で乾燥していた口腔に、ぬめりを帯びた舌が入り込み、上あごや歯茎までを味わうように舐める。 鼻筋の通った整った顔が、目前にあって、巻島の表情をどれも記憶してやるとばかりに、責め立てた。 「んっ…んんっ……」 通常の青少年ほど色気ある行為に興味はない巻島だが、それでも色々試したことがある中で、こんな快楽は、知らなかった。 ただ唇を合わせているだけなのに、恍惚と痺れが甘く、巻島の全身を苛む。 消え入りたいように恥ずかしいのに、もっともっと東堂と、深く繋がりたかった。 「ずっと…こうしたかった」 掠れた声が、耳元で響く。 熱を帯びた東堂の囁きは、巻島に幸福感を浸透させるように、好きだと繰り返していた。 しばらく抱きあっていれば、徐々に熱も下がる。 …今の……東堂とのやり取りを、福富たちにも見られたのだろうかと、巻島の顔色が沈んだのに気が付いたのだろう。 東堂はすかさず携帯を差し出し、画面を巻島へと見せた。 そこには荒北より 『福チャンも納得したみてえだから先帰る』の文字があった。 時間から推定すれば、東堂が告白をしてきて、すぐの頃だろう。 つまりキスシーンは初めから、演出ではなかったのだ。 溢れる気持ちを、抑えきれないとばかりに東堂は、陶酔感に溢れた瞳で、巻島をただ見遣っていた。 東堂の存在を意識すれば、足元がふらつきそうなほど、全身に熱が走る。 ――オレは面倒な性格ショ、お前みたいにキレイな顔も、キレるトークも、持ち合わせていない。 それでも。 東堂を好きな気持ちは、もう捨てられそうもない。 ゆっくりと落ちていく陽が、宵闇を呼んでくれるのは、助かった。 これ以上紅潮した頬を、見られてしまったら、恥ずかしいだけだ。 騒ぐ鼓動が、東堂に触れたいと願っている…きっとまた、自分は泣きそうな顔をしているに違いない。 人の姿が曖昧になる夕刻で、助かった。 眉を潜ませ、潤んだ瞳を東堂に悟られぬよう、そっと抱きつき、顔を見られないよう肩口に額を乗せる。 東堂が、たとえ自分の無意識な思いにほだされたのでも、いい。 それでも幸せだ。 そんな巻島の思いを勘付いたように、東堂は色味を増した強い瞳で、もう一度 「巻ちゃん、好きだ」 と支配するように囁き、うっとりと巻島の髪を梳いていた。 |