【東巻】 ほの昏い室内で

なんか監禁テーマだったのにストーカーホラーになってるです気をつけて



明日で、東堂は20歳を迎える。
――オレの幸せな気持ちは、もう一生分アイツからもらった
 …だから、もう区切りをつけなくちゃな。

東堂尽八と、付き合い始めた頃から、巻島裕介は、一つの決意を持っていた。
東堂が20歳になる前には、別れようと。
今がどんなに幸せに感じても、同性同士のつきあいで得られる物は、限定されている。
東堂はどんなものだって、望めば手に入る素質も、外見も育ちも、すべて一流のものを持っていた。
これ以上自分などにつきあって、「オレは巻ちゃん以外いらんよ」なんて、間違った道を選ばせてはいけない。

…ずっとそう思ってきたのに、結局こんなギリギリまで言えなかったなァと、巻島は自嘲の笑みを浮かべた。
お互いのために別れよう、お前の人生を背負えるほどオレは強くない、お前のためなんだ。
いろんな言い訳を考え、どれを告げるべきかを迷う。
別れても、幸せでいて欲しい…これは言っちゃ駄目な一言だなと、巻島はもうすぐ訪れるだろう東堂への、別れの言葉をただ探していた。

「…そうか、それが巻ちゃんの結論か」

愁嘆場を予想していたが、東堂は喚きも怒りもしなかった。
コイツも、早くオレから離れるきっかけを探していたのかもしれない。
自分勝手な申し出をしたくせに、寂しく思った自分を嫌悪しながら、東堂に預けていた合鍵を返せと巻島は掌を差し出した。
「明日がオレの誕生日なのに、プレゼントどころか随分と酷い裏切りをしてくれる」

無表情に巻島を見詰める東堂は、恋人の誕生日を覚えていなかったのかと、皮肉げになじる。
確かに東堂にしてみれば、誕生日の前日に、脈絡もなく一方的に、別れを切り出されたというのはプライドにも関わるだろう。

(…オレにとって、この別れがお前への最高のプレゼントだよ)

「まあいい、…巻ちゃん 車に置いて来てしまった お前の望みなんだからそこまで位なら足を運んでくれてもいいだろう?」
合鍵を車のケースの中に忘れてきたから、東堂は取りに来いという。
そのまま、帰宅してしまうつもりだろう。
いっそ捨ててくれてもいいが、それもまた何かの責任を押し付けることになるかもしれない。

助手席側の扉を開いた東堂が、無言で自分で探せと親指で車内を指した。
窓越しにうかがい見る限りでは、鍵らしきものはない。
助手席に膝を乗せかけ、巻島はふと気づいた。

……東堂は、さっき合鍵を利用して、自分の部屋を訪れていたのではないか?

振り返り確認するより先に、後ろ首に鋭い痛みと衝撃が走り、巻島の意識は闇へと沈んだ。

「んっ……」
小さな呻きを洩らし、巻島が何度かまたたきを繰り返す。
ぼんやりと白く霞みがかった目に映るのは、知らない天井。
混迷する意識の中、ここはどこだと巻島は周囲を見渡した。

真新しいベッドは、ダブルサイズだ。
まだ毛も倒れていないふかふかの絨毯は、フローリングの上に広げられていて、置かれている棚もニスがキレイな新品だった。
――見知らぬ、部屋。
身を起こそうとしても、自分の両腕は頭上で太い幅広の紐のようなもので結ばれ、固定されてしまっている。
いや腕だけではない、巻島の締まった足首も同様に、ベルトで縛られてしまっていた。

「…なんショ…これ……」
混乱した意識の中、巻島はこうなる直前の事を思い起こす。
…確か、東堂の車に合鍵を取りに行って………、そこから覚えていない。
ただ衝撃を受けた名残はあり、現状がこの状態なのだから、これをしでかしたのは間違いなく東堂のはずだ。

カチャリ、と扉が開いた。
片手にペットボトルと、ハサミを握った東堂が「気づいたのか」とまるで日常の一部みたいに変わらず、声をかけてくる。
「喉は渇いていないか?」
きちんと用意してくれたストローを差し込み、東堂が口元へと水を運ぶが、巻島はただ首を振った。

「東堂……お前ェ…なんのつもりショ」
不自由な体勢でも、睨むことをやめぬ巻島に東堂が目を細めた。
「罪悪感丸出しで、健気な巻ちゃんもいいが…オレはやはりお前のその挑戦的な顔が好きだよ」
「……ふざけてんのか…」
「真面目だとも お前のためにこんな場所まで用意してしまうほど」

東堂が『こんな場所』といったのは、巻島がよく知る東堂の部屋ではないからだ。
だからといって、ホテルでもない。
「どこだよ…ここ……」
「オレが20歳を迎えたら、巻ちゃんと一緒に暮らそうと思って借りた部屋だ」

小さく息を飲んだ巻島に、気が付いたらしい。
東堂は冷たい目で、ゆっくりと微笑み巻島の頬へと手を伸ばした。
「…なのに巻ちゃんは、ひどい裏切りをしてくれたな」
――滅多に見せない、東堂の本気の怒りだった。
東堂が怒鳴り、声を荒げているうちはまだいい、話が通じる。
だがこの状態になっては、東堂は巻島がどんなに懇願しても、容易に赦すことはなかった。

「…おまえ…オレの結論かって ……受け入れてくれたんだろ?」
震えてしまいそうな、自分の細い声が情けない。
その様子がさも愛しいとばかりに、東堂の固い指先が巻島の首筋へと下りる。

「巻ちゃんの結論は巻ちゃん自身のものだ …ならばオレは、それを上書きしてやればいだけのこと」

シャキッと、東堂がハサミを動かした。
腹部に入った刃は、巻島の白い肌の上をすべり、シャツの前部分を切り裂いた。
金属の冷たさに、巻島の背筋がゾクリと反応し、小さく反らされる。

「巻ちゃん 巻ちゃんがオレから離れられないと認めるまで……ここでゆっくり過ごすといい」
そう言って東堂はまた、シャツの一部を刻む。
ショキ、ショキ、ショキ、金属のかみ合う音が響き、裂くだけでなく布片が執拗に刻まれていく。

ショキ、ショキ、ショキ、小さく、小さくなっていく服の欠片。
東堂の手で刻まれたシャツは、巻島の周囲にこれ見よがしに、散らばされた。

―――怖い、怖い。

「なあ巻ちゃん 逃げようなんて思うなよ ああ電話も無駄だぞ まだ契約したばかりでな、オレですら正式なここの住所は覚えていない 
ましてや巻ちゃんは、今どこにいるかなんて、全然わかっていないだろう」

「東堂……もう……」
「ああ巻ちゃん、もうすぐ0時だ…最高の誕生日を迎えられる さあ誰より一番におめでとうと言ってくれるだろう?」

二十歳になったら、別れると決めていた巻島の決意は、叶いそうにない。
…このまま自分は、東堂といても許されるのだろうか。
東堂はいつしか、後悔しないだろうか。
オレは手放してやろうとしたんだからなと、巻島はゆっくりと目蓋を下ろした。

「生まれたままの姿になれば、巻ちゃんはもう外へは出られんな まだここに服は持ってきていないのだから」
「とぉど……」
「逃がさんよ」
陶然とした東堂の声は、獲物を手に入れた至福に満ちている。

ショキ、ショキ、ショキ
ハサミは、巻島のカーゴパンツの裾から膝へと進み始めていた。
ショキ、ショキ、ショキ
動くハサミは、止まることがない。