【東巻】 ギャルソンカフェのメイドさん




東堂が、総北学園祭の開催を聞いたのは、予定日の二週間前だった。
巻島は何をするのかと尋ねたところ、人数の少ない水泳部と競合して、ギャルソン&メイドカフェを行うとの答えが返る。
「ま…巻ちゃんが…メイド服担当か!?」
勢い込んで尋ねれば、
「…そんな訳ねえショ メイドは水泳部の女子が担当だよ」
と呆れたような返答がよこされた。

考えてみればもっともな返事だが、巻島の言葉で脳内に即、メイド服姿で給仕する巻島が浮かんでしまったのだから、仕方がなかろうと東堂は内心で反論をした。
重ねて聞いてみると、巻島の担当は、ギャルソンだという。
自転車競技部と水泳部、両方を足しても20名に満たないというのであれば、何もしないと言う訳にはいかなかったらしい。
いかにも嫌そうな声に、東堂はメイド服でなくて良かったじゃないかなどと、言わずもがなな事を言ってしまい、当たり前だと冷たく呟かれてしまった。

「ふむ…しかしギャルソン姿の巻ちゃんも似合いそうだな」
すらりとした細い腰に、長めの手足。
日常では残念な服装センスゆえ、奇抜すぎる印象ばかりが脳裏に残ってしまうが、モノトーン姿の巻島は禁欲的で、それがかえって色気を醸し出しそうだ。

「…しかし…巻ちゃんに接客ができるのか?」
東堂が首を傾げるのももっともで、巻島の対人ガードは、知り合った頃よりはマシとはいえ、相変わらずの発動をして見せている。
何度も何度もアタックをしかけた東堂が、やっと自然体の巻島の笑顔見るのにどれほどかかったかか、自分でも涙ぐましく思うほどだ。
そんな巻島に、接客。
一にも二にも、はい笑顔の接客。
別に楽しくなくても、ニコニコ接客。

…一生懸命頑張ろうとする巻ちゃんは可愛いだろうが、……無理だろう

東堂の思惑に気がついたらしい巻島は、『ツンデレギャルソン』という名札を付けるのだと、ぽそりと言った。
ちなみに小野田は『弟系めがねっこギャルソン』だとかで、田所は一言、『熊さん』だというのだからなかなかシャレている。
それに、笑顔で接客ができない巻島の、一応の言い訳にはなるだろう。

それにしても総北も無茶な采配をすると思ったが、裏方を試しにやってみた巻島は、壊滅的だったのだと少ししょげた様子だ。
珈琲をドリップしようとすれば、粉ごとお湯をあふれ出させる。
紅茶を入れてみれば、何故か珈琲のような色をしたシロモノになる。
コーラを入れるぐらいならと試してみれば、どういう訳だか同じ条件に置かれている筈のボトルなのに、巻島が開封するとシュワシュワとすごい勢いで
炭酸が溢れるというのだから、これもある種の才能だろう。
…まったく嬉しくない、むしろ不要な才能ではあるが。

食事は衛生上の問題や、保健関係の手続きもあって、田所パン提供により安く購入できる、サンドウィッチを主体としたものだ。

「当日必ず行くからな」
「来なくていいショ、お前がその日練習だって知ったから、教えてやったんだよ」
としてやったりの笑みを含んだ声が響く。

おそらく金城を経由して、こちらのスケジュールを知っているという事だろう。
だが、巻島は甘かった。
ギャルソン巻島が、自分を接客してくれるというチャンスを、東堂は逃すはずがない。

表彰式が午前中に終わる開始時間の早いレースを調べ上げ、その日休部届けを出す。
嘘はつかぬよう、きちんと参加はするが、巻島のいないレースはつまらなかった。

総北学園祭、昼過ぎには到着をしていた東堂は、めずらしくも肩で息をしながら、笑顔を浮かべる。
自分はこないだろうと、安心しきっているだろう巻島の、動揺する姿を拝めると思えば、この疲労もなんということはない。
ギャルソン姿を見られて、動揺する巻ちゃんはさぞ可愛いだろうと、東堂の頬が緩んだ。

充電をばっちりして、新しいミニSDカードを入れた携帯は、ポケットにある。
今日はオレの、巻ちゃん秘蔵写真が何枚増えることだろうかと、自転車置き場に3重の鍵をかけて、愛車を置いた。

入口でパンフレットを渡してくれる女性は、少々頬を赤らめながら親切だった。
やはりこれもオレがイケメンゆえかと、東堂は笑顔を返し、自転車競技部のカフェの場所を尋ねる。
部室の周辺で、屋外カフェをしていると、案内図を指し示した女性に礼を言って、東堂はそちらへ向った。

すぐに見つかるだろう巻島の姿が、視界に入らない。
だがうごめく店員側の一人は、すらりと細い、見覚えのある肢体をしていて、東堂の目を惹いた
(………どういうことだね、これは)
一目でわからなかったのは、巻島がウィッグを被っていたからだった。
目立つ玉虫色は、淡い茶金のウェーブの髪の下に覆い隠されていて、東堂の目をくらましていたのだ。

巻島に気が付かれていないという距離で、東堂は写メのボタンを無言で連写する。
望遠機能もなかなかのこの携帯は、巻島のアップも、きちんと表情がわかるよう納めてくれた。
ああ、素晴らしい光景だ。
ただし眺めているのが、オレだけであれば。

何故だ、どうしてだ。
強くとがめるような、視線を感じたのだろうか。
巻島がふと顔を上げ、東堂の姿を確認すると同時に、硬直をした。

巻島の目に映ったのは、据わった目で口を噤んだ東堂の顔。
――キレた時にしかみせぬ、表情だった。
つかつかと歩み寄った東堂が、笑わぬ目で
「巻ちゃん」と笑顔を作る、怖い。
「……なん、で……」
「午前中、丁度こちら方面でいいレースがあったからな 部活は休みだ…最近のギャルソンは随分とかわいらしい格好をする」
大股に近寄った東堂は、巻島の下衣の裾を掴んだ。
そう、巻島裕介が着用をしていたのは、メイド服だったのだ。

ミニスカタイプのなんちゃってメイドでなく、古式ゆかしい、正統派英国風メイド衣装であるのが、まだ救いだ。
だが巻島の目にはしっかり付けマツゲが装備され、頬にはチーク、淡いピンクのグロスという、メイクまでが施されているので、その救いも相殺だろう。
男相手にメイクなど、冗談狙いでなければ、気持ちが悪い。
だが巻島に限っては、その白い肌と、日頃気にしている細い体格のせいで無理がなく、それどころか困ったように寄せられた眉は庇護欲をそそる存在になっていた。

「ご、午後だけこの格好になったショ…」
「…全員であればともかく、他の奴らはギャルソン服を着ているようだが……?」
さらに目を細め、東堂がもう一段摘んだスカート裾を持ち上げようとするので、巻島が慌てて抑える。
「おまっ ちがっちょっ……」
顔を真っ赤にして、わたわたとしている巻島と、笑顔でありながら威圧感を出している東堂。

二人の様子に気がついたらしい、水泳部のものが慌てて、金城を呼びに行ったのが目端に映る。
「…呼ばれてるっショ」
部室から姿を現した金城が、親指で部室を指しこちらへ入れと、無言に伝えている。

騒ぎを起こすのも本意ではないと、東堂は巻島が逃亡せぬよう腕を取って、そちらへ向った。
パタンと後ろ手に扉を閉められ、巻島が反射的に首をすくめる。
冷ややかな空気を出している東堂と、二人きりではなく金城がこの場にいることが幸いだった。
「…で? オレはギャルソンをすると聞いていたのだが」
「だから、午前中はギャルソンだったショ…」
しどろもどろに俯く巻島を見る、東堂の目は熱と冷たさを同時に併せ持ち、じわじわと巻島の内部を浸食する。

何かを言いかけ、それでも咎めるような視線にあうと、何も言えず巻島は口を噤みうつむく。
その東堂が冷静な顔で、ご主人様に叱られているメイドのようで、素晴らしいなどと思っているとは気がついていない。
表情は、巻島の嘘をを責めるままだからだ。

苦笑した金城が、さりげなく二人の間にすまないと割って入った。
「巻島が電話をしたのがいつだか知らないが、確かに今日の午前中までは普通にギャルソンの服装だったのは本当だ」
総北高校の制服は黄色で、巻島の髪色とあわさると相互作用か、どうも目に優しくない色合いなのだが、黒と白のモノトーンの姿は、
周囲に好評だったのだと金城は言った。
ただそのせいで、人目を予想以上に惹いてしまうという、思わぬ副作用がついてきたのだ。

日頃の巻島を知っている者達は、意外にそういう格好も似合うなと気軽に肩を抱き、積極的な他校の来訪者は、さりげなく腰などを触れて、
「…男か…」などと呟いて残念そうな顔をする。
極彩色でなく、白黒に艶やかな玉虫色という取り合わせになった巻島は、奇妙な色気があり、一見して男だとわかっても、腰や手などに触れたがる者がいたのだ。
「ほう…」
金城の説明が続くほどに、東堂の纏う空気が一度ずつ下がっているようで、巻島が一歩無意識に後ずさる。
だがその少しの動きが、かえって東堂を刺激したようで、強く手首を掴まれてしまった。

「そ、それで… ギャルソン服だと金城とか田所っちが注意してくれても……」
触れてきた男たちは、偶然だとか、たまたま手に当たっただけだと言い逃れたのだと、金城が続けた。
確かに目の前には、メイド服の女の子たちがいるのに、あえて男になんかを手だすものかと言われれば、確証がないだけに証明も難しい。
だがそんな客の態度に、腹を立てたのは女性陣だった。

同性相手だってセクハラは成立するのだといきまいて、それを宥めようとした結果が、巻島のメイド服姿だった。
「メイドの巻島に手を出してきたら、全力で名指しで笑ってやるわ!」
「…目の前に かわいい女の子メイドがいるのに、巻島にセクハラってどういうことっ」
「あ、あの…男の格好だと、言い逃れで着ちゃうのがいけないと思うの!だから…ね?」
セクハラという痴漢紛いの行為に腹を立てつつ、なぜ被害の集中しているのが巻島なのかと、微妙にプライドを刺激されていたらしい。

なんでやねんという、男性陣の総ツッコミと硬直しきった巻島の拒否はスルーされ、着々と張り切る女性陣に全力で盛られている。
シフトにいま居ない女性のメイド服が、水泳部の中でも体格の良い女性だというのも、巻島にとっては運が悪いことだった。
細身の巻島は、難なく彼女の分のメイド服が装着できてしまい、着れるはずがないといういいわけも不可能になる。
ツケマにグロスまでつけられて、泣きたい気持ちの巻島だが、それが楚々とした姿となって、色気を出すのだから、どうしようもない。

「演劇部の部長に、使ってないウィッグ借りてきた!」
「これで巻島にセクハラしてきたら、堂々と撃退できるわよね!」
「メイド服相手に、偶然触りましたとかきかないし!」
全力の笑顔の他のメイド服たちは、着せ替え人形のように、巻島で遊ぶ。
滅ぼせ女の敵と、一致団結をしているその様子に、巻島は途方にくれるしかなかった。

せめて裏方にと巻島は再度望んだが、材料に対する被害拡大で、接客をしろと再びメイド服で引っ張り出されたのだと、金城はまとめた。
ちなみに名札は、ツン内気メイド(二行目に注意書き、*内気っ娘なのでデレはありません)になっている。

「……巻ちゃんの担当はあと何時間だ?」
「えっと…この1時間半が済めば、終了ショ」
シフト表を確認した巻島に、東堂が大きく頷いた。

「金城、巻ちゃんのギャルソン服は余っているはずだな?」
「ああ」
「ならばオレが巻ちゃんのフォローに出てもいいかね」
「オレの一存では決めかねるが………」

そう言って、何故か金城が部室入口へと歩み、扉を開ける。
そのタイミングとほぼ同時に、バランスを崩したらしいメイド服数名が、内部へとなだれ込んだ。
決まり悪げに、『うふっ』と微笑むのは、イケメンと注目の巻島と、金城の関係が気になって、扉越しに盗聴をしていたからだ。
「聞いていたのなら…問題ないようだな」
こくこくと連続で頷くする女性たちは、イケメンギャルソンのお手伝い…!という幸運を逃がすはずがない。
そして水泳部自転車部問わず、男たちは集団になった女性の決断に、逆らう勇気はなかった。

東堂の客あしらいは、素晴らしかった。
なれぬ接客をしている巻島だけでなく、全員への気配りをしながら、うまく配膳を捌く。
メイド服の女性や巻島へ、ちょっかいを出そうとするものがいれば、さりげなくそれを庇う。
…日頃、東堂が女性にモテるというのも、なるほど納得だと、東堂を知らぬものにさえ納得させる涼しげな態度。
ごくまれに、巻島と東堂の写真を求める者がいれば、追加オーダーをしてくれるならと冗談めいて言い、売上げを伸ばすのも、流石だった。
その際の東堂の、ごく自然に腰に回した手や、巻島の耳朶近くにある唇は、サービスと周囲の目をごまかしているのも、恐るべし。

「と、東堂さん…かっこいいですね」
いつのまにか巻島先輩が姿を消したかと思ったら、メイド服になっていて、しかも東堂さんが一緒だった、これ現実?
――という混乱をのりこえ、困惑気味の笑顔な小野田に、東堂は「そうだろう!」と爽やかに言い捨てる。
午前のシフトが終わって、午後の自分の担当時間に帰ってきた総北一年生たちは、ひたすら混乱をしていた。
「えっと…なんで箱学前髪の人が、お客はべらかしてるん?」
「いやそもそも、巻島さんのメイド服が…」
「どちらもかっこいいです!」
拳を握って褒め称える小野田は、邪気がないだけに、巻島も苦笑を浮かべるしかない。

「おやメガネくん…ということは、もう交代時間かな」
「あ、そうです!お疲れさまでした!!」
「や……やっと終わる……ショ」
へなへなと崩れ落ちそうになる巻島を、東堂がすかさず腰を抱いて支える。
周囲で、黄色い歓声が上がるが、東堂はそれへも笑顔で手を振り、見るものを魅了していた。

「…って!なんやこの売上げ!この二時間で色々売り切れとるやん」
在庫や注文表を見た鳴子が、呆然とするのを聞いて、小野田の拍手はさらに高まった。
「……えーっとこっちにあるのは……なんだこれ?腰に正の字が3つ、手に3つ、尻は…Tの字?」
注文表の横に書かれていたメモを見た今泉が、首を傾げて読み上げれば、意味がわかったらしい巻島の血の気がますます引いた。

「と、…東堂、お前まさか、数えてたショ……?」
「オレが女の子だけを見ているかと拗ねていたのか、巻ちゃん?オレがお前を見ていない訳がないだろう」
どうやら東堂が、途中から巻島の傍から離れなかったのは、偶然でなく、巻島に触れた男たちを牽制するためであったらしい。
メモに書かれた正の字は、まさに巻島が触られた箇所と回数だった。
さりげなくを装ってのイタズラだったので、制裁に入る隙がなかったのは、かえすがえすも残念だと、東堂が低く囁く。

…ああこれは、この鬱憤が全部オレに向けられるパターンだ。

このメイド服が、自分のものでなかったのが幸いだなどと、思ってしまう自分が哀しい。
うっかりこれが自分のものであったなら、東堂の嗜好として、着せられたまま何をされるか解らない。
…何とはまあ、ナニであるのだが。
「オ、オレ今日は…打ち上げがあるから……」
と目線を逸らし、呟いた巻島の語尾に被るように、水泳部女性陣の声がかかる。

「東堂君も打ち上げ、出てください!っていうかお礼させてね!」
「本当!!打ち上げ費用は部費から半額出るから、格安でご飯食べれるから!ね?っていうか残り半額も私たち割り勘で払うしっ売上げもあるしっ」

――ああこれで、遅くなるから帰れの言い訳も、封じられてしまった。

ニコリと笑って、ありがとうと手を振る東堂が、…怖い。

恐る恐るというように、自分を見上げる巻ちゃんと目があった。
『オレは何も悪いことしてない』という顔で、オレを見上げる、巻ちゃんは罪だ。
こんなに可愛くて無防備で、なのに対策も取れないで、流されているのに自分は無罪だと、オレに訴えている。
だがな、やましい触れ方をされても硬直するだけで、口頭で注意すら出来ていない。
それなのに、そんな魅力的なメイクまでして、オレの目の届かない場所で、メイド服を着るなんて、充分に有罪だろう?

なあ巻ちゃん、お前といると、オレはどんどん欲深くなるよ。
最初はともに居るだけで充たされていなのに。
傍にいて、見詰めて、触って、誰の目にもふれないようにしたい。

「それでは…巻ちゃん、それまでの時間、二人で過ごそうか?」
冗談めいて巻島の肩をぐいと抱く東堂に、またしても歓声が上がる。
軽い表面に出ている雰囲気とは異なり、絶対に巻島を逃さない力。
明日は休日、東堂が巻島の部屋に泊まって行くのは確定だ。東堂の事だから、外泊届けもぬかりないだろう。

せめて、せめてこのまま人気のつかない箇所に、連れ込まれるのだけは回避したい。
「こ、こんなところで盛ったら、…一生許さねえからな」
「オレが、これ以上ここで 巻ちゃんの色気を振り撒かせる筈ないだろう …だが、どんな形であれ 巻ちゃん一生がオレを思ってくれるのも…悪くないな…」
と意味ありげに笑う。

東堂の呟きどでもは、危険な要素を秘めており、巻島は平静を装う振りをしても、体温が上がる。
思わず息をつめた巻島を見る、東堂のあやうい光を混ぜた目。
その態度に、今日はまるで女の子を相手するみたいに、抱かれるかもしれないと、巻島は覚悟を決める。

…寝台の上と、クライム直後にしか見せない、東堂の湿った息遣い。
その時だけの東堂の真剣な眼差しを思い出し、緊張と高揚で巻島は頬を紅潮させた。

強く逆らえず、流されていく巻ちゃんは罪だけれど、その分どんどん、魅力的になっている。
今日はオレへの罪悪感があるので、素直にオレのいう事を聞いてくれるに違いない。

――ああ、今日は満たされそうだ。

見下ろす東堂は薄い唇を上げ、巻島の細い腰を強く抱き寄せると、まるで交わるかのように、己の局部をそっとぶつけた。