東堂の最愛の人物、この一言で 「ああ 巻島ね」 と、脊髄反射的に答えられる人物を挙げよと言われたら、東堂の私生活を知るもの全てだと言えるだろう。 つまりは一度巻島の渡英によって、縁が切れてしまうのではと思っていた、淡い恋情を持つ者同士としての二人は、二十代の後半になった今は、恋人関係として成立しているのだ。 お互いを大事に思うがゆえに、離れようとしたこともあった。 一人になった東堂も巻島も、健全なデート以上のおつきあいは、他の誰とも未体験のまま、成人を迎える。 ――未練がましい。 そう自嘲しながらも、東堂は巻島を忘れられず、巻島も東堂を忘れられなかった。 アイツに彼女ができるまではと、特に誰とも深くつきあわずに過ごしているうちに、再会すれば、もう歯止めはきかない。 親の手元を離れ、生活基盤も自分が中心になった時に、街ですれ違い、ひと目で互いを認識した。 ああ、もうダメだ。 ――そうして二人は、恋人と呼ばれる関係になったのだ。 「…オレはな、それを後悔はしてねえよ…でもそれとこれとは別問題ショ」 寝台の上で、しどけなくシャツを肌蹴てグラビアを読んでいる巻ちゃんが悪いと、東堂がのしかかる。 それを物憂げに押し返す巻島は、なにやら考え事をしていたようで、指折りで数えていた。 「巻ちゃん、オレを前に何を考えている?」 暗に自分以外の事を考えるなと告げる東堂に、巻島は苦笑する。 二人でいれる時間は限られているとはいえ、二人きりでいるときに東堂の事しか考えてはいけないのであれば、何もできなくなってしまう。 だが今は、少々やましいことを考えていたのも事実で、巻島は無言で寝転がる体勢を変えた。 だがそれは、何か東堂に知られてはまずいことを考えていたというのを、否定しないという意味に直結している。 無理やりに、巻島の頬を掴み東堂は、自分の方へ向ける。 「巻ちゃん」 ただ名前を呼ぶ、それだけの言葉で、東堂は巻島を支配していた。 仕方がないと、巻島は小さく吐息をつく。 面倒なことになるけれど、黙っていたらきっともっと面倒になる。 東堂は巻島に関して知りうることはすべて、知らなければ気がすまないと公言をしているのだから。 「…オレの魔法使いへのカウントダウンが始まったって思ってただけショ」 「………は?」 巻島は常日頃、リアリストを自称している。 そうは言いつつも、意外と夢見がちだったりおっとり世間知らずだったりで、周囲はそれを認めていないが、そこはそれ大人の事情。 誰もそれを指摘しないので、巻島自身はいまだ、自分がおっとりロマンティストな自覚は皆無だ。 そんな巻島の「魔法使い」発言であれば、東堂が困惑をしても無理はないだろう。 「…だから、つまり……その……三十歳越したら……」 ごにょごにょと末尾を濁し、首まで赤く染めた巻島がさりげなく目線をずらす。 「……」 巻島が言っているのは、いわゆる都市伝説……ですらない、馬鹿げた一般で言われるやり取りのことだろう。 『いわく、三十をすぎても童貞でいると、魔法使いになる』 「オレはオレのままでいたいショ…でも東堂……」 「許さんよ」 プロのお金で済ませてくれる相手でも、童貞を捨ててきてはだめかと問う前に、巻島の要望は却下された。 「何でだよ!オレが魔法使いになっちまってもいいのか!」 「…そこで、オレを抱くという発想にならないのが巻ちゃんだな」 「え………」 そうか、そういう解決方法もあったのか。 顔を輝かせた巻島に、東堂は「しかし暫し待て」と告げた。 すかさず東堂が取り出してきたのは、携帯端末だった。 指で探していたらしいページを開き、東堂が指し示したのは >現代の一般的な理解に照らせば、「童貞」という言葉は 性交未経験の男性 男性が性交未経験の状態 というwikipediaの一文だ。 「巻ちゃん、どうだね この定義で言えば巻ちゃんは童貞ではあるまい」 東堂の言うとおり、自分はそういった意味では充分に経験済みだ。 「……ショ……」 東堂はスクロールでうまくごまかし、「挿入した状態で射精をしていない」という定義説もあるのを隠している。 こちらで言えば、巻島は童貞という事になってしまい、面倒なことになるからだろう。 「それに…だ」 東堂が続いて出したのは、日本語辞書による定義 【童貞】 >異性との性的交渉がない 更に出してきた英和辞典での定義は >性的に女性を知らないこと の箇所だった。 「巻ちゃん…この辞書に書いてあることが事実だとすれば……オレも、童貞だ」 「ショォッ!?」 ――これだけ、爛れているとすら思うほどのレベルで性的交渉をしまくっているのに…オレもお前も童貞なのかよ!? (…巻ちゃんの今の「ショォ」の意味は、こんなところだろうな) 冷静に判断を下す東堂は、巻島に見つからぬよう、いかに自分意都合のいい情報を告げるかを脳内で模索中だ。 「昔の日本ではな 童貞は男性の事ではなく、修道女のことを指しており貞潔といったような意味だったそうだ」 「へ…?修道…女?」 「つまりは操を守るということだろうな だがこの定義で行けば、当然オレも巻ちゃんも童貞でない」 「……だよ……なァ……」 「それにな、巻ちゃん 現代でこそ童貞を恥だとする風潮があるが一昔前は女生徒同じように結婚をするまでは純潔を守るべきだという考えは男にもあったのだぞ そして古代まで遡ると童貞を守ることで身長が伸びたり筋肉が強くなったりすると信じられていたのだ」 東堂も童貞だと言われたり、二人とも童貞でないといわれたり、童貞は賛美するものだといわれたりの情報過多で、巻島の脳内は混乱をしていた。 「それに、だ」 巻島の混乱につけこむように、東堂は解決策とばかりにその両肩をがっしり握った。 「…魔法使いの何が悪い?」 「え」 「そもそもオレ達は、頂上の蜘蛛に山神という異名を持つぐらいだろう」 「そうだけどよ、それが……」 「ならばその称号に、魔法使い…Wizardの異名がついてもイカしていると思わんかね」 低くあやすような声で、東堂は巻島へとたたみかける。 「ピーク・スパイダー・ウィザード …どうだ?」 「…か、かっこいいショォ……」 意表を突かれた、その視点はなかったとばかりに、東堂の言葉を追っていた巻島は、キラキラと目を輝かせる。 巻島の好みは、いまだ東堂には謎の部分も少なくないが、一部厨二病的要素を含むものが、嫌いではないと東堂は知っていた。 「オレとて、森の忍者よりは…森の魔法使いの方が似合わんでもないしな」 魔法使いになったとて、巻ちゃんは巻ちゃんだ。 それに魔法使いの何が悪い、むしろ素晴らしい力を得るものではないか、と力説されれば、もともと東堂に口でかなうはずもない巻島は、納得させられてしまう。 「そう…だよな… 魔法使いになるって悪いことじゃねえし」 巻島の浮気ならぬ、女性と体だけの経験も、東堂が受けとなる未知の体験も回避はできた。 数日後、まだどこかで少し諦めきれていない巻島が『童貞=挿入した状態で射精をしていない』という解釈もあるというページを発見してしまうのも、東堂は計算済みだった。 この説明で行くと、お前は童貞じゃなくてオレだけやっぱ童貞じゃないかと噛み付く巻島に、東堂は晴れやかに笑った。 その笑顔に、嫌な予感しか感じなかった巻島は、その勘に従い後ずさったが、もう遅い。 「巻ちゃん、挿入さえすればいいのであれば、これでもいいよな」 東堂がベッドの下から差し出してきたものは、ひょうたんを細くボトル型にしたような、赤地に一部銀のストライプが入っている筒だった。 手早くローションらしきものも取り出してきた東堂は、せっかく通販をするのだからこちらも購入してみたと、両端に丸い球がついた、棒状のものを差し出し、巻島へとのしかかる。 ―――嫌な予感、しかしない ごくりと、無意識に喉を動かした巻島が、震えぬよう声を絞り出す。 「………それ、………」 何だよと聞いては、アウトだ。まだわからぬフリをして、逃げられるかもしれない。 だが東堂は「逃がさんよ」と短く告げる。 「そうそう、これが何かと聞きたいのだったな」 笑わぬ目で口端だけ上げている東堂に、巻島はふるふると首を振るが、黙殺をされた。 「挿入したい巻ちゃんのために用意した TEN●GAと二箇所を同時に責められると言う震えるお・も・ちゃ」 解っていたはずなのに、わかっていたはずなのに。 東堂の前で浮気のつもりはないけれど、他の人間と体の関係を結んでみたいなどと言うのは、地雷だと解っていたはずなのに。 一度目は、一生童貞を捨てさせるつもりのない東堂は、自分をいいくるめることで、見逃したのだろう。 そして二度目に、同じ事を巻島が言い出したとしたら。 ――その結果が、以上です。 ご清聴ありがとうございました、またの機会をお待ち申しております。 どこぞで聞いたようなアナウンスが、脳内再生される. 「巻ちゃん」 息を詰め、舌なめずりをした東堂の色気は、既に止められるものではない。 オレの『挿入した状態で射精をしていない童貞』は、結局コイツの手で奪われるのかと、 巻島は泣きたい気持ちで、そっと目を閉じるしかなかった。 そうとまで覚悟した巻島も、よもや「見ててやるから自分でやれ」だとか、「自分でできぬのであれば仕方がないな ただし邪魔はできんように 大人しくしててもらう」と拘束されるだとか、泣いて許しを乞うて、震えて快感による責め苦からの解放を頼んでも、声も出なくなるまで搾り取られるだとは予想はしていなかった。 …喘ぎも、唾液も、涙すらももう制御できない。 「…あっ……!東堂……待っ……んっ……も…無理……」 「巻ちゃんを童貞から卒業させてやることはできんが、そんなものを捨て去るのとは比にならんほどの歓びなら幾らでもオレが与えてやろう」 「ふぁっ……!も……言わない……ショ…… だか……ら……も…っ…あ…っ」 「フ… 可愛いな巻ちゃん」 「くぁっ……東堂、もう……あ…っ…い…」 「――イきたい?」 虚ろな頭でただ言葉を追いかけ、無意識に巻島が頷けば、脅すように東堂は巻島の昂ぶりの根元を握った。 「もう二度と、オレ以外の誰かと寝ようだなんて考えるな」 体をしならせ、せつなげに巻島は身を揺すり、なんども頷くしかできない。 「イイ子だ、巻ちゃん」 「あっ…ぁ」 ビクビクと腰を振って、巻島が精を吐出すると同時に内腿を開かれ、収縮する内側に東堂の脈打つ剛直が挿し込まれた。 「あ……っ……とうど……っ」 慣れた体は、触れられてもいないのに、先端から滴を新たに溢れさせた。 散々熱い疼きで粘膜をすり立てられ、ぶつけるようにまた腰を抱えられ、東堂を飲まされる。 身を焦がす悦楽は、過度になると責め苦になった。 掠れた呼気が途絶え意識を失っても、新しい波に揺り起こされて、気絶すら赦されない。 淫らな音が鼓膜を犯し、体中の狭間はぬめりと熱で、巻島はもうとろとろに溶けきっている。 耐え切れずに逃げを打てばまた、ヤケドしそうな迸りをいっそう深く飲み込まされ、太ももを伝うようにあふれ出した白濁が巻島を汚していく。 「東堂ぉ……も……むりぃ……ふっ――あ…っ」 「……無理なら眠ってても構わんよ オレが好きにするだけだ」 「やぁ……っ……も……許し……あん…っ…」 恍惚とする快楽を際限なく注ぎ込まれ、思うがままの抱き人形になっている巻島は、顎を掴んだ東堂が薄く笑っているのにすら、もう気づけていなかった。 「もうオレのものだと、自覚した方がいいな 巻ちゃん」 あらぬ方に、定まらぬ視線を向けている巻島に、東堂は掠れた低い声で何度も睦言を囁いていた。 |