幸せな日常 「今日は、水餃子にしよう」 野菜も適度に取れて、油を使わず、お腹にももたれないから丁度いいメニューだろうと、東堂は言った。 てっきり市販のものを購入してきて、ゆでるのかと思えば、なんと皮から手作りだという。 もっちりした歯ごたえやら、自分好みの厚さやらを調整するのはこちらの方がいいからな、と軽く笑った。 中身には、ふわりとしたいり卵を混ぜ込み、エビの切り身も混ぜたので、この時点ですでに野菜の緑とともに色鮮やかだ。 餃子は好きだが、家庭で作るものではなく出前で取るものか、惣菜として買うものだという認識があった巻島には、東堂のそういったマメさには感嘆するしかない。 一応巻島母の名誉のため、述べておくが、巻島母は料理が下手だとか、手抜きをするというのではない。 ただ仕事が多忙で、不在時に家政婦さんが作ってくれることになるからだ。 仕事であれば、どうしても家庭の味というのではなく、出来合いが増えてしまうのは仕方がないだろう。 ボウルに粉を入れて、水を入れて練る。 本来はそれで構わないが、東堂は鳥スープを水の代わりに入れて、皮にも一味付けるのだと告げた。 最初のうちは箸でかき回していたのだけれど、段々白くもったりしてきたボウルの中身に、東堂は腕を伸ばした。 「耳朶ぐらいの固さにするのだよ」と東堂が皮を練り始めると同時に、ダイニングで何かが震える音が響く。 自分か東堂の携帯だろうと、ダイニングの机を見れば、東堂の方の携帯がヴーッヴーッと機械音を繰り返していた。 そっと画面を見ると「荒北」の文字。 留守番電話設定を忘れたのか、機械音はとまらず、ずっと鳴っていた。 仕方がないと、東堂の方に携帯を持参して 「ん」と差し出す。 だが東堂は、少し困った顔をして粉まみれの手を、巻島に見せた。 「すまんね 巻ちゃん 出てくれんか」 「え……え、オレが?」 「この手では触れんよ 巻ちゃんも知ってる相手だしいいだろう?」 まだ手の内で震える電話は、切れる様子がなかった。 仕方がなしに、通和ボタンを押し、 「えと…えと… と、東堂ショ?」疑問系で巻島は電話に答えた。 ……ぎゃんがわ……! 無表情を装っている東堂だが、巻島が自分の名前を名乗り、おどおどと携帯に出た様子に、内心身もだえしたいほどの感動をしている。 その一挙一動を見落とすまいと、固定された視線はまるで、監視をされているようで、余計に巻島の焦りを誘う。 『…巻チャンだよねエ?』 しばらく黙っていた電話の相手が、一応確認とばかりに尋ねてきたのに対し、巻島はただコクコクと頷く。 小声で「巻ちゃん それでは伝わらんぞ」と東堂が伝えて、急いで巻島はそうだと返答をした。 「と、東堂料理中で、オレ代わりに出てくれって…」 『なるほどネ あー、メール打つのめんどくせェって電話しただけだから、メール送っとくとだけ伝えといて』 「わ、解ったショ」 『あ、あと東堂に伝言 人をダシにすんなバァカとだけ言っといて』 「だ、だし?」 『大丈夫 それで意味わかるカラ』 ツーという音を残し、通話は切れた。 「…荒北が、なんかダシにすんなってよ」 どういう意味だと、首を傾げる巻島に、東堂は内心ばれたかと苦笑をしていた。 荒っぽいようだが、人の裏まで見抜けるあの性格は、本人は否定するだろうが、意外と細やかだ。 自分がわざと出れぬ体を装い、巻島が自分の電話にどう出るかを観察したいと思っていたのが、ばれている。 まさか、東堂を名乗ってくれるとは、予想外の嬉しさだった。 だがそれを口にしては、巻島はオレで遊ぶなと怒るだろうから、秘密にしておこうと、東堂はとめていた手を再び動かし始めた。 なおこれに味を占めた東堂が、何度も繰り返し巻島に電話に出るよう依頼を続けるうちに、巻島の対応も変わった。 通話ボタンを押すと「ん」と耳元に持っていき、自分で会話をするよう促すのだ。 その間巻島は、じっと横に立っている。 まれに長引くと、「早く終わらせろ」と目線でひたすら訴えてくるのだが、東堂はそれが、嬉しい。 日頃照れ屋な巻島が、こうもじっと自分を見詰めてくるなどないからだ。 ――実は通話が切れた後も、そんな可愛い巻ちゃんが見たいから会話が続いているフリをしているとバレたら…… まあ、怒るだろうな。 だがそんな怒る巻ちゃんもきっと、可愛いと、今日も粉モノ料理を考える東堂は、上機嫌だ。 |