そのヤギは、生まれつき頭部に美しい玉虫色に光る長い毛を持っていた。 類を見ない珍重さゆえに、幼いうちにスケープ・ゴート…名前どおり生贄の山羊として選ばれ、そのまま腕と足をしばられ、祠に放置されることになった。 まだ幼いながらも山羊は、自分が異端と疎まれ、なにものかに捧げられたのだとぼんやりと理解をしている。 「おや随分と………」 祠の奥はただの壁であったはずなのに、気が付けば祭壇の上から、巻島を見下ろすものがいた。 これが自分を捕食するものなのか、と事実をぼんやりと受け止めていた巻島は、怯えも泣きもせず、山神を見ていた。 陽の射さない屋内で、最後にこんな眩しいものを見られて、しあわせだと、巻島は思う。 だが幸い、食べられることもなく弄られることもなく、山神の寵愛を得た彼は、そのまま山神に育てられることになった。 下界から隔絶したその世界で、純粋無垢に育てられた山羊の名を、巻島裕介と呼ぶ。 ただでさえ人の訪れぬ山中、まして幾重にも山神の結界が施され、巻島は東堂以外の存在を、両の指に満たぬほどしか知らない。 まれに遊びに来る野獣や、鬼だという青年は優しくて、巻島は二人の事を好きだったが、それでも顔を合わせたことがあるのは、数回だろう。 成長した巻島は、山羊ではあるが、見た目は人間とほぼ同一だ。 ただ少し違うのが、人の耳の換わりに頭上にぴょこぴょこ動く山羊耳が生えている点と、腰骨の少し下、臀部の上辺りに短い尻尾が生えているぐらいだ。 ごくごく稀に「メェ」と鳴くこともあるが、なぜか巻島の泣き声は「ショォ…」と聞こえるもので、そこも普通の山羊とは異なっているかもしれない。 山神の元での成長は、時がゆっくりと流れているのか、巻島は本来の年齢にはとても満たぬ、容姿と体躯をしていた。 ゆっくりとではあるが、成長を続ける巻島は、悩んでいた。 自分を慈しみ育ててくれる、山神東堂は、甘いといいたいほどに、何でも巻島のいう事を聞いてくれる。 それに対し、本来生贄であるはずの自分は、何も返せていないのだ。 スケープ・ゴートの仕事は、二通り。 ミルクを出して日々の糧となる元を作るか、食肉となるかだ。 小さいうちは、成長すればなんとか自分もミルクを出して、東堂の役に立てると思っていたのだが、幾ら待っても巻島の胸から乳は出てこなかった。 もうこれは、自分は食肉用になるしかないのではないか。 それはそれで仕方がないと思っても、東堂と別れるのは寂しく悲しく、巻島は泣きそうになる。 以前野獣が 「お前さあ…巻チャン おいしく食べようとかヨコシマな気持ちで育ててんノ?」 東堂に聞いたとき、東堂は慌てて自分の耳を塞いだ。 …あれはやはり、自分を食べるつもりで育ててくれたのだろうか。 食べられても仕方がない、自分は山神に捧げられた生贄だ。 だが少しでも一緒にいるために、巻島は乳が出るようになりたかった。 そうすれば、少しは役立つものとして、調理されるのが後になるかもしれない。 だが本棚を漁ってみても、乳が出る方法が書いてある本は、見当たらない。 豊富な山神の蔵書の中にも、説明してくれるものはないのか。 保存の為に日が射さない書庫の片隅で、膝を抱えていれば、いままで見たことのない冊子が、視界に入った。 どうやら日頃は手の届かない棚から、落ちたものらしい。 その冊子の表紙には大きく「R-18」という文字が書いてあり、扇情的なピンクのハートがその文字を縁取っていた。 どうやら、搾乳される美人の牛の話らしい。 これならば自分の役に立つかもしれない、そう思い、巻島はワクワクとページをめくる。 偶然だろうか、表紙の女性の髪の毛の長さや質感、口元のホクロは、少し自分に似ている気がした。 牛の乳を搾る人間の姿は簡略化され、肘から指先までの描写で、太くて短めの指は男のものらしい。 男は指先と台詞だけで、搾乳の様子を解説していた。 「ほら…綺麗に拭ってやるよ パンパンに張ってやがる…搾らねぇと、お前もキツいんだろ?」 そんな台詞の中、美人な牛は叫ぶのだ。 「だ、だめぇ…!このおっぱいは、このおっぱいは私の赤ちゃんの…!」 「ハッ!安心しろ お前の子供は別室で他の奴のミルクをもうたんまりと飲んでいるさ!お前らは子供を孕めば乳が痛いほど溢れる体に作られてるんだ 諦めて搾乳されな!」 「あ、いや… だめぇ…!おっぱい、私のおっぱいミルク溢れちゃう……!」 男の掌が乳房を揉めば、びゅっと白い液体が床を汚す勢いで、噴出している。 巻島には何が起こっているのか、よくわからなかったが、詳細な絵入りのため、内容はほどなく…自分なりに理解が出来た。 そうか、乳は子供を孕まねば出てこないのか。 それでは山神に自分のつがいを見つけてもらい、乳が出るようにしてもらえば、…東堂の役に立てるようになるのではないか! そうすれば自分は食肉にならずに済み、東堂とずっと一緒にいられる。 素晴らしい思いつきに、巻島は今しがたの涙を忘れ、冊子を片手に部屋に戻った。 東堂にこの本を見せて、自分も孕めばミルクが出せるようになると、説得をするのだ。 東堂は、もうすぐ帰ってくる時間。 巻島は例の本を抱え、わくわくと玄関で座って待っていた。 「巻ちゃん!…お迎えをしてくれているのか!」 神たる力をもってすれば、外からすぐに異の場所へ移動することは可能だが、巻島のためになるべく普通の生活を送ろうと、東堂は帰宅をすればきちんと玄関から戻ろうとする。 東堂のただいまを聞いて、巻島がぴょこぴょこ耳を揺らしながら、部屋を出てくるというのが日常だが、今日は違った。 めずらしく、上機嫌な笑顔の巻島が 「お帰りっショォ」とその場に待機をしていたのだ。 満面の笑みが眩しく、愛らしい。 全力で抱きしめようとした東堂は、だが巻島の手にしているものを見て、ピタリと止まった。 「うっ……うわぁぁぁぁぁぁ!?」 ――なぜそれを、巻ちゃんが手にしているのだ!その絵草子は書庫の中でも、巻ちゃんの背丈どころかオレでも神通力を持ってせねば届かない場所に保管しておいたはずなのに!!! 「ち、違うんだ巻ちゃんっ!俺は別に搾乳モノに興味があるわけではないのだ!これは隣の山の野獣が、あ、野獣は荒北という名前なんだが」 「知ってるっショ」 「そうか知って、知ってたな!とにかくその野獣が何を勘違いしたのか【お前さあ…幾らなんでもあんなオコチャマに欲情はアウトだろ これやるから一人で処理しろ】などと抜かして 持ってきたものでな!いやオレはそんなものいらんと誇示したのだが、無理やり置いていかれ、ちょっと見てみたら少しなにやら面影が、その別に巻ちゃんのおっぱいを搾りたいとか 触れたいとか、あわよくば揉みこみたいとかそんな考えは微塵も!……ウソですごめんなさいほんの少し存在しないかといわれればそれはまあ、オレは巻ちゃんの乳を大事なものだと 思っていて、その大事なものの成長具合を知りたいかどうかと聞かれたら、すみません知りたいです!そうそしてただただ、この牛がちょっと…少しばかり…巻ちゃんの面影があって… そういわば巻ちゃんのピュアさを俺は微塵も汚してはいけないとつまりこれは代償的な意味でいやその巻ちゃんの代わりなぞ誰にも勤まらんのだが、巻ちゃんがうわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 凍りついた東堂の様子に気がつくこともなく、巻島は先ほど自分で見つけた、乳搾りの場面を東堂に見せ付けるように開く。 もうやめて!山神のライフはもうゼロよ!! 「東堂、この本に書いてあったショ!オレも子種を貰ったら、ミルクが出るようになるかもしれねえ!」 にこにこと、見てみてとばかりに卑猥な大ゴマを指差す巻島に、東堂の目線は泳ぐしかない。 「だから東堂、オレにもつがいの相手探して欲しいショ」 無邪気に続けた巻島の言葉に、それまでうろたえ、ひたすら逃げ道を探していた東堂がピタリと止まった。 少しばかり眉を顰め、東堂は今までに巻島が見たことの無い、冷徹とも言える視線で、小さく舌打ちをした。 「巻ちゃん…番いなどと…誰から聞いた」 なにか失言をしたのだろうかと、巻島がピクリと震えた。 「東堂ォ… 何か怒ってるのか?」 「ああすまんね 巻ちゃんに腹を立てているわけではないのだよ ただ…巻ちゃんにはそういった情報は避けるようにしておいたはずだがと思ってな」 口先だけで笑う東堂の眼差しは、まだ鋭いままで、巻島の眉先はいつもよりさらに下がってしまった。 「こ、この本に書いてあった、から……つがいから、子種もらえば…子供できるんショ?」 「…巻ちゃん、巻ちゃんにそういった行為は まだまだ早い」 さりげなく、それでも逆らうことを許さぬ動きで東堂が巻島の手から、冊子を奪うと、蒼い鬼火で灰も残さず燃やした。 「でも、でも…オレ…このままじゃ……」 東堂の何の役に、たてない。 もう食べられるしかないのか。 ほろほろ泣き出した巻島の首筋に、東堂は掌をさしこみ、そのままゆっくりと、後頭部を包む。 「巻ちゃん……」 ゆっくりと顔が引き寄せられ、東堂の唇が巻島の額に落ちた。 「巻ちゃん……お前のつがいは、オレだと言ったら…どうする?」 「と、東堂は神様だから無理ッショ……」 「……すまん、巻ちゃん…… 巻ちゃんがオレ以外の誰かを選ぶなら……オレは……」 壊してしまうかもしれない、と呟いたのは、対象が巻島なのか、巻島のつがうというべき相手なのか。 つらそうな東堂の表情から、巻島は何か自分は失言をしてしまったのだと悟る。 「……東堂がオレのつがいなら、東堂が子種…くれるのか?」 なにごとかを案じるように、東堂の瞳を見詰める巻島。 だが東堂は、それをどう捉えたのか 「だめだ……オレは……まだ耐えてきたのだよ 巻ちゃんがもう少し成長するまで……」 「…オレ…成長したら……食われる…?」 荒北の言葉を思い出し、巻島はじわりと睫毛を濡らした。 ――仕方がない、自分はもともと本来ならば、とうに命を絶たれている存在だ。 だがそれならば、少しぐらいに役に立っておきたい。 「東堂ォ…… オレ…ミルクが出せるようになりたい…」 「煽らんでくれ…巻ちゃんっ」 「…お願い」 そっと縋りつく巻島に、東堂は息を飲み、唇を噛んだ。 「巻ちゃん…搾乳の意味をわかっているのか…?」 「東堂の役に立てることっショ」 意味がわからぬが、それでも自分はいらない子じゃなくなると、巻島が上目遣いで首を傾げれば、東堂は嬉しいような困ったような笑みで口端を上げた。 巻島の腰を軽く抱え、東堂は自分の膝上に座らせる。 これはいつもの事だったが、その後東堂は巻島の頭上に顔を埋め、それだけで満足をしているみたいに、くつろいでいたが、今日は違うようだ。 東堂の指が、巻島の首筋からそのまま下におり、巻島の胸前あわせを広げ、肌蹴させた。 帯紐でまとめられていただけの衿は容易に開き、巻島の日焼けせぬ裸体をむき出しにした。 あまり外で活動していないこともあるが、巻島はもともと全体的に色素が薄い。 白い肌の上に、ちょこんと艶やかなピンクの部分が、果実の一端のように覗いている。 外気に触れ、ぷくりと膨らみ始めたその尖りを、東堂は指先でこねるように摘んだ。 「ひゃっ!?」 反射的に、東堂の膝上から逃げをうとうとした巻島だが、腰に絡めるもう片方の腕が、それを許さなかった。 その柔らかな部分を、硬い皮膚でこすられ、ゆっくりと立ち上がっていくにつれ、東堂の目が細められた。 「あっ……やっ……」 むずがゆい感覚は、胸の奥から湧き上がるようだ。 疼きにも似たなにかに襲われ、巻島がいやいやと首を振る。 すでに完全に姿を現した巻島の小さな乳頭は、東堂の複数の指でもてあそばれてた。 内側くすぐられているみたいに、だけどそれ以上に未知の体感が巻島の身をのけぞらせる。 だがその行為は、かえって胸を突き出すような姿になり、東堂は自分を止められなくなるのを自覚した。 「はっ…あ……やっ……だめ……東堂、くすぐった……やっ……」 涙目になった巻島は、懸命に首を振るが、それはむしろ煽るだけの仕草でしかなかった。 東堂が膝をあげ、巻島の背をそ壁に凭れるようにさせれば、顔を上気させたまま巻島は不安げに見上げた。 「大丈夫、巻ちゃん …本当は指だけで搾るのだがまだ早いようだからな」 そういった東堂がゆっくりと唇を、巻島の胸に落とした。 伸びた舌先が、巻島の敏感になった箇所をくすぐった。 ぬめった生き物が、まるでそこに所有権を示すかのように、張ったかと思えば今度は強く吸われ、離れたかと思えば指先で摘まれる。 濡れた皮膚が乾く感覚は、いっそう色々な刺激に敏感になる。 「巻ちゃん……まだミルクは出ないが、充分に……甘いぞ」 片方の乳首を咥えられ、もう片方はくにくにと指先でいじられる。 「あっ…あ……やっ……やぁ……」 ガクガクと体を震わせ、巻島は足指を反らすほどの快楽に見舞われ、その意味がわからぬ巻島はぽろぽろと泣いた。 「泣いてもダメだ、巻ちゃん 搾乳となるとな…ここをもっと強く引っ張られるのだよ」 ほらこんなふうにと、東堂が巻島の胸の先端をきゅっと摘んだ。 「ひっ……あっ…めっ…」 くったりと脱力をした巻島の体を、東堂は抱え背後から抱きつくようにかかえ直した。 巻島の両腕越しに胸先を遊ぶ東堂の腕で、力なく反抗しようとしていた腕は、完全に封じ込まれた。 何をされているのか、どうしてこうなったのかと、東堂の唾液でテカる自分の乳首を見て、巻島は小さく震えた。 「めっ…だめ……やぁっ…… もう摘まないでェ……」 「そしてそれだけじゃない、もっと乳の出がよくなるようにと、こうして揉みこまれる」 体の奥から次々と湧いてくる、得体の知れない熱に怯え、巻島は痺れたみたいに手足を脱力させた。 東堂の巻島の胸をまさぐる指は、敏感になったそこを、それでも刺激続ける。 「ふ……も……や……らメ……メェ……らメェッ……!」 「……子種をもらう、というのはこんなものではないぞ、巻ちゃん…ミルクを出したいのだろう?」 「出した……けど……も…無理……だめッ あ、そこ らメエェッ!やぁっ」 「…巻ちゃん、随分とヤギらしく、鳴けるようになってきたではないか」 体の芯が麻痺したように、くったりとした巻島は、それでも揉まれ、つままれるたび跳ねるような反応をする。 もう舌もうまく、回らない。 だめと発しているつもりの言葉は、東堂が言うようにただのメェメェという泣言だ。 「……メッ…… らメェ……」 すがるように訴えても、東堂はやめてくれなかった。 「ああ、随分とココの色も濃くなった」 きゅっと同時に左右の乳首を搾られて、巻島は背を反らせ、新しい涙をこぼした。 乾いた空気を細く喉奥から洩らすだけになり、びくびくと巻島が痙攣する頃になって、ようやく東堂は行きつ戻りつしていた掌を止める。 「じゃあ巻ちゃん これからはオレが、ミルクが出るようになるまで、訓練してあげるから」 荒い息を吐きながら、東堂の手管にさんざん翻弄された巻島が、ぼんやりと山神を見上げる。 潤んだ目に映るのは、なお暗い熱情をその眼に湛えた東堂でだった。 眩暈にさらわれそうな心持で、自分のなめらかな胸を見た巻島は、よく知る桜色の突起がずっと色濃く浮き上がっていて、唖然とした。 これは東堂の訓練の結果で、これからずっとこの訓練が続くのかと、寒気のしそうな、それでいて血液が沸騰しそうな心持で、ただ眺めていた。 |