【東巻】会話成立


会話で東堂は「巻ちゃん」のみを利用、巻ちゃんは「ショ」のみの利用+記号のみでお話成立させる
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二泊三日予定の東堂の宿泊。
二日目の朝食を終えてからのケンカは、実にくだらない理由だった。
グラビアページのどのポーズがいいかとか、ベリーと言えばラズベリーかストロベリーかはたまたブルーベリーか…。
まさかそんな理由ではないが、その程度のどうでもいい理由だった。

話がこじれたのは、巻島が『どうせいつか オレ達も終わる』と思っていたのがバレたからだ。
今別れを告げたわけではない、ケンカをしたのは単なる成り行きだった、だがその時点で東堂の表情は、まるで一切の感情が拭われたように無表情になった。

天が三物を与えたと自称する東堂だが、そのうちの一つ…トークは神様が人間を完璧にしてはいけないと、戒めの為に付け足したのではないかと噂される、
過分なものだった。
だが、今立腹した様子の東堂は口をつぐみ、巻島のほうを見ようともしない。
その冷酷ともいえる態度は、東堂の端整な顔を引き立たせていた。

つりあがった眉も、少し睨むような目線も、不機嫌な口元も、どれも本来誇っている美形という表現にふさわしい。

そんな顔に、すこし見惚れつつも巻島が覚えていたのは、居心地の悪さだった。
東堂と二人きりになれば、構い倒すというぐらいに、東堂は一人語りかけてくる。
巻島はその声を心地よく思いながら、聞いているとの返事代わりに相槌をうつだけで、時間が流れていくのだ。

「………」
東堂は、投げ置いていたロードレースの月刊誌を読んだまま、巻島のほうをちらりとも見ようとしない。
自分の内側に秘めていたとはいえ、それを悟らせてしまったのだから、巻島のほうが分は悪い。
しかしここで謝るのも、自ら言い出したことではないし、いまだ明確に言葉にしては居ないのだから、どうにも納得がいかなかった。

「…ショ……」
小さく巻島が呟いても、東堂は振り向かなかった。
いつもなら、巻島の吐息ひとつでも、東堂はその意を察してくれると言うのに。
それでも東堂は、まだ帰るつもりはないようで、腰は下ろしたままだった。

何か、怒りの言葉でも叱るような台詞でもいい。
語ってくれないだろうかと願って、巻島が東堂を窺っても、それは黙殺され続けていた。
少しうつむき、しょげた様子で巻島は自室を出て行った。

顔は向けずとも、巻島の行動を全身で意識していた東堂は、小さく吐息をついた。
――巻ちゃんは、どうして信じてくれないのだろうか
これだけ、全身を使って思いを表しているというのに。
いつも不安げに、寄せられた困り眉は愛おしいけれど、別れを心に秘めていると知れば、悲しみと同時に怒りが湧いた。
小さく呟いた呼びかけを、聞かぬフリをしたのは少々意地が悪かったのかもしれない。

いたたまれない様子で、部屋を出た巻島は、シャワーでも浴びているのだろうか。
なかなか戻ってこないのは、こちらの頭が冷えるのを待っているのかもしれない。

30分。
部屋の持ち主は不在のまま、それだけの時間が過ぎた。
巻島がゆっくり入浴をすれば、1時間はかかることもザラなので、不在からの心配はないが、それでも理不尽に感じる。
ケンカの最中に、自分ひとりだけ逃げ場所があるのは、ズルいのではないか。
もっとも、自分とて本気で腹を立てたというのであれば、このまま無言で帰宅してしまえばいい。

それは、けっして東堂が選ばない選択肢だ。

カチャリ、とドアノブが回る音がした。
「………」
「…ショ…」
東堂の前にある、ガラステーブルの前に置かれたのは、汗をかく冷たそうなグリーンティーと、美しいガラス球のようなお菓子。
巻島の家から、自転車で20分ほどの場所にあるという、老舗和菓子屋の夏の限定品、水晶餅だ。

その名前の通り、澄んだガラス玉のようなその菓子は、食べるときには黒蜜ときなこをまぶされるのだが、単品で置かれているときの美しさは他に類を見ない。
初めて見たとき、あまりに繊細なその様子に、東堂が食べるのが惜しいほどだと見惚れていたのを、巻島は覚えてくれていたのだろう。
自転車で20分の距離を往復して、しかも買い物時間を計算すれば、あきらかに30分で足りるはずはない。

よく見れば、必死で抑えているが巻島の肩は上下し、呼吸は上がっていた。

運動の熱で上気した顔は、どこか色っぽい。
こっそりこちらの様子を見ている巻島に、東堂はたまらなくなる。
「巻、ちゃん」
「……」
呼びかけてみれば、巻島はおずおずと顔を上げた。
何を言われるのだろうと、不安みたいな顔は子供のようで、いとけないものだ。

「巻ちゃん、巻ちゃん」
自分のために、全速力で買い物に行ってきたのだろう。
悟らせまいと、涼しい顔を装うその行動すら、心をかきたてるばかりで、東堂はただ名前を呼ぶ。
「…ショ……」
「巻ちゃんっ!」
ごめんなさいを含めているであろう、巻島の小さな相槌。

気持ちの奥底から、温かいものが湧き出てくると同時に、この懸命な恋人に多少のわがままが許されないか、測ってみたい気持ちが東堂に生まれた。
そっと水晶餅を指し、添えられている黒文字を巻島へと手渡す。
何がしたいのだろうかと、不思議そうに見詰める巻島に、東堂は今度自分の唇をそっと指差した。
「巻ちゃん?」
「……!!」
そういって、東堂が口をあーんと開けば、やっと巻島はその真意を悟る。

何度か緑の笹が敷かれた、白い皿と、東堂の顔に視線を往復させ、巻島はしぶしぶと水晶餅を一口大に切った。
プリッした感触に独特の手ごたえ。
水分がほとんどであろうそれは、プルプルと小刻みに揺れる。
黒蜜もきなこも、添えずにそのままなのは、巻島を試す東堂への小さな意趣返しだ。
「ショ」
口元へ黒文字に刺した、不安定な水晶餅を運べば、その綺麗な結晶体は東堂の喉奥へと消えた。

冷たく、ぷりぷりとした食感が、ほのかな甘みとともに東堂の舌の上を通り過ぎる。


うつむいて、自分の怒りが融けているか、そっと窺う上目遣いの表情に、愛おしさは溢れるばかりだ。
――ああ、オレの恋人は可愛すぎやしないだろうか
言葉が苦手な自分自身をを自覚していて、東堂が喜ぶであろうものを探して、無理な勢いで戻ってきているのだ。

東堂は、もう一度
「巻ちゃん」と名前を呼んだ。
耳朶近くで、低く囁くように。

「……ショ……?」
どこか上ずった声で、巻島が返答をすれば、すかさず
「――巻、ちゃん!」と抱き寄せられる。
その腕の中に納まった巻島は、好きだという代わりに、ただ東堂の背中を抱きしめていた。