会話で東堂は「巻ちゃん」のみを利用、巻ちゃんは「ショ」のみの利用+記号のみでお話成立させる ツイッターで呟いた没ネタからの、サルベージww クリックで拡大 ****************** 二泊三日予定の東堂の宿泊。 二日目の朝食を終えてからのケンカは、実にくだらない理由だった。 グラビアページのどのポーズがいいかとか、ベリーと言えばラズベリーかストロベリーかはたまたブルーベリーか…。 まさかそんな理由ではないが、その程度のどうでもいい理由だった。 話がこじれたのは、巻島が『どうせいつか オレ達も終わる』と思っていたのがバレたからだ。 今別れを告げたわけではない、ケンカをしたのは単なる成り行きだった、だがその時点で東堂の表情は、まるで一切の感情が拭われたように無表情になった。 天が三物を与えたと自称する東堂だが、そのうちの一つ…トークは神様が人間を完璧にしてはいけないと、戒めの為に付け足したのではないかと噂される、 過分なものだった。 だが、今立腹した様子の東堂は口をつぐみ、巻島のほうを見ようともしない。 その冷酷ともいえる態度は、東堂の端整な顔を引き立たせていた。 つりあがった眉も、少し睨むような目線も、不機嫌な口元も、どれも本来誇っている美形という表現にふさわしい。 そんな顔に、すこし見惚れつつも巻島が覚えていたのは、居心地の悪さだった。 東堂と二人きりになれば、構い倒すというぐらいに、東堂は一人語りかけてくる。 巻島はその声を心地よく思いながら、聞いているとの返事代わりに相槌をうつだけで、時間が流れていくのだ。 「………」 東堂は、投げ置いていたロードレースの月刊誌を読んだまま、巻島のほうをちらりとも見ようとしない。 自分の内側に秘めていたとはいえ、それを悟らせてしまったのだから、巻島のほうが分は悪い。 しかしここで謝るのも、自ら言い出したことではないし、いまだ明確に言葉にしては居ないのだから、どうにも納得がいかなかった。 「…ショ……」 小さく巻島が呟いても、東堂は振り向かなかった。 いつもなら、巻島の吐息ひとつでも、東堂はその意を察してくれると言うのに。 それでも東堂は、まだ帰るつもりはないようで、腰は下ろしたままだった。 何か、怒りの言葉でも叱るような台詞でもいい。 語ってくれないだろうかと願って、巻島が東堂を窺っても、それは黙殺され続けていた。 少しうつむき、しょげた様子で巻島は自室を出て行った。 顔は向けずとも、巻島の行動を全身で意識していた東堂は、小さく吐息をついた。 ――巻ちゃんは、どうして信じてくれないのだろうか これだけ、全身を使って思いを表しているというのに。 いつも不安げに、寄せられた困り眉は愛おしいけれど、別れを心に秘めていると知れば、悲しみと同時に怒りが湧いた。 小さく呟いた呼びかけを、聞かぬフリをしたのは少々意地が悪かったのかもしれない。 いたたまれない様子で、部屋を出た巻島は、シャワーでも浴びているのだろうか。 なかなか戻ってこないのは、こちらの頭が冷えるのを待っているのかもしれない。 30分。 部屋の持ち主は不在のまま、それだけの時間が過ぎた。 巻島がゆっくり入浴をすれば、1時間はかかることもザラなので、不在からの心配はないが、それでも理不尽に感じる。 ケンカの最中に、自分ひとりだけ逃げ場所があるのは、ズルいのではないか。 もっとも、自分とて本気で腹を立てたというのであれば、このまま無言で帰宅してしまえばいい。 それは、けっして東堂が選ばない選択肢だ。 カチャリ、とドアノブが回る音がした。 「………」 「…ショ…」 東堂の前にある、ガラステーブルの前に置かれたのは、汗をかく冷たそうなグリーンティーと、美しいガラス球のようなお菓子。 巻島の家から、自転車で20分ほどの場所にあるという、老舗和菓子屋の夏の限定品、水晶餅だ。 その名前の通り、澄んだガラス玉のようなその菓子は、食べるときには黒蜜ときなこをまぶされるのだが、単品で置かれているときの美しさは他に類を見ない。 初めて見たとき、あまりに繊細なその様子に、東堂が食べるのが惜しいほどだと見惚れていたのを、巻島は覚えてくれていたのだろう。 自転車で20分の距離を往復して、しかも買い物時間を計算すれば、あきらかに30分で足りるはずはない。 よく見れば、必死で抑えているが巻島の肩は上下し、呼吸は上がっていた。 運動の熱で上気した顔は、どこか色っぽい。 こっそりこちらの様子を見ている巻島に、東堂はたまらなくなる。 「巻、ちゃん」 「……」 呼びかけてみれば、巻島はおずおずと顔を上げた。 何を言われるのだろうと、不安みたいな顔は子供のようで、いとけないものだ。 「巻ちゃん、巻ちゃん」 自分のために、全速力で買い物に行ってきたのだろう。 悟らせまいと、涼しい顔を装うその行動すら、心をかきたてるばかりで、東堂はただ名前を呼ぶ。 「…ショ……」 「巻ちゃんっ!」 ごめんなさいを含めているであろう、巻島の小さな相槌。 気持ちの奥底から、温かいものが湧き出てくると同時に、この懸命な恋人に多少のわがままが許されないか、測ってみたい気持ちが東堂に生まれた。 そっと水晶餅を指し、添えられている黒文字を巻島へと手渡す。 何がしたいのだろうかと、不思議そうに見詰める巻島に、東堂は今度自分の唇をそっと指差した。 「巻ちゃん?」 「……!!」 そういって、東堂が口をあーんと開けば、やっと巻島はその真意を悟る。 何度か緑の笹が敷かれた、白い皿と、東堂の顔に視線を往復させ、巻島はしぶしぶと水晶餅を一口大に切った。 プリッした感触に独特の手ごたえ。 水分がほとんどであろうそれは、プルプルと小刻みに揺れる。 黒蜜もきなこも、添えずにそのままなのは、巻島を試す東堂への小さな意趣返しだ。 「ショ」 口元へ黒文字に刺した、不安定な水晶餅を運べば、その綺麗な結晶体は東堂の喉奥へと消えた。 冷たく、ぷりぷりとした食感が、ほのかな甘みとともに東堂の舌の上を通り過ぎる。 うつむいて、自分の怒りが融けているか、そっと窺う上目遣いの表情に、愛おしさは溢れるばかりだ。 ――ああ、オレの恋人は可愛すぎやしないだろうか 言葉が苦手な自分自身をを自覚していて、東堂が喜ぶであろうものを探して、無理な勢いで戻ってきているのだ。 東堂は、もう一度 「巻ちゃん」と名前を呼んだ。 耳朶近くで、低く囁くように。 「……ショ……?」 どこか上ずった声で、巻島が返答をすれば、すかさず 「――巻、ちゃん!」と抱き寄せられる。 その腕の中に納まった巻島は、好きだという代わりに、ただ東堂の背中を抱きしめていた。 |