世の中にたえて巻ちゃんなかりせば オレの心はのどけからまし 巻ちゃんや ああ巻ちゃんや 巻ちゃんや ……いや違う、これはいかんよ。 世の中にもし巻ちゃんという存在がいなければ、オレの心はのどかどころか、つまらぬ日々だ。 巻ちゃんという素晴らしき、オレのハニースパイダーがいてこその、オレの世界。 そう巻ちゃんは巻ちゃんで、巻ちゃんだ。 そもそもオレ達は、スタート地点が、間違えていた。 ライバルという言葉に固執していたあまり、オレは自分の気持ちに気づくのが遅く、巻ちゃんとの交際申し込みという事態となったのは、先日の事だ。 巻ちゃんが迷っているから、すまないが総北まで来てくれないかと、寮の電話への呼び出しをしてきたのは、金城だった。 直接の人柄は知らないが、巻ちゃんが全面的に信頼し、またうちの主将であるフクも、同じ人間として尊敬をすると言わしめたその態度は、堂々と臆することはなく、 嫌がらせなどではないとすぐに理解可能だ。 そして訪れ総北で、巻ちゃんの不安を聞いて、オレは思うことをすべて打ち明けたら、認められた。 これで晴れて公認だ。 今度は向こうが、わざわざこちらに足を運び挨拶をしてくれるという。 訓練もかねて自転車で来るので、時刻はおおまかにしか指定できないので、到着をしたら携帯を鳴らしてもらうという事で、オレは自室待機だ。 ああ、巻ちゃん。早く来ないかな、巻ちゃん。 今オレとしては、ここで叫んでもいいのだけれど、当人が来てくれるのだから、大人しく待っているぞ。 あ、もう一句できた 忍ぶれど 色に出にけりわが恋は 巻ちゃん思うと人の問うまで 巻ちゃんのことを考えているだけで、笑みが浮かぶ。 そして誰もが、オレのその表情を見ると、「どうせて前ェ また巻ちゃんのこと考えてたんだろ」と当てるのだ。 ああ巻ちゃん、オレはそのせいで女生徒に悲しみを与えてしまっているかもしれない。 …罪深いな…、オレと巻ちゃんという存在は。 「……携帯の電源切れてるショ……」 さすがに他校を訪問するのに、レーサージャージはないだろうと、今日は総北メンバーはカジュアルなそれでいて動きやすい服装だ。 挨拶をするのにあまり奇抜な服装はダメだと、念を押されたあげく着替える破目になったので、携帯の充電を忘れたと巻島は言った。 「しょうがねえ、オレが新開を……」 田所が携帯を取り出そうとした、瞬間だった。 偶然通りがかったらしい、筋肉マツ毛クンこと、泉田と荒北が巻島の髪を認識したらしい。 「あれ…総北の、巻島さんですよね」 「あァ?東堂じゃあるまいし、巻チャンがこんなとこに……いたワ」 何をしているんだと、声をかけてきた荒北に、巻島はどう説明しようかと少し首を傾げる。 だがそのほんの僅かの間に、泉田は後ろにいた金城と田所の姿を認めたのだろう。 「うわあっ!」と短く叫び、ガクリと膝を地に着けた。 「ついに……東堂さんが………」 「ハァ!?お前何言って……」 泉田の言葉に、つられ巻島の背後を見た荒北も、同じように固まった。 「……ヤッちまったのか……」 細い目を見開き、それ以上の行動がすべてフリーズしている箱学勢。 何があったのだと、おろおろと巻島が台詞を探すが適当なものが見つからない。 「すみません巻島さんっ!!ですが、ですが東堂さんは……貴方に関わらなければ!少しにぎやかなのですが尊敬できる先輩なんです!!」 「へ?」 「すまねェ……詫びなんかじゃ済むことじゃ…ねえよな…」 「え、いやお前ら何言って…」 「わかってる!みなまで言うな……!東堂には思うようにしてもらっても構わねェ…だが、だがフクちゃんは何も知らねえんだ!」 いや、まあ自分と東堂が付き合うなんて、福富は想像してねェだろうなあと、巻島は思うが、どうも反応が大げさ過ぎないだろうか。 「すげェ図々しいことを頼んでるとは解っている!!だが!ケリをつけるのはインハイ後にはしてもらえねえか!?」 「本当に申し訳ありません!! ですが自分たち箱学自転車競技部は、王者の名前にふさわしい誇りを持って、正々堂々と福富さんが誰より熱心に…!」 もろ手を挙げて、賛成をされるとは思ってはいなかった。 だがこうまで自分と東堂の交際は、人に影響を与えてしまうものだったのかと巻島は、少し寂しい気持ちになった。 「あ、いや待ってくれ!東堂に報復してェならオレも幾らでも力は貸してやるから!」 「………報復……?」 「あの…アレ、ですよね そちらの主将と巻島さんがいらしたって事は……」 「東堂が何かをしでかしたという訳ではないぞ」 耳に心地よい、魅惑のバリトンが会話に割り入った。 何がおきているのか、困惑の極限寸前にまでいた巻島は、頼る視線を金城に送る。 「先日東堂が、わが校まで巻島に交際の申し込みに来てな その正々堂々たる態度に感服し、オレ達も認めることにしたと挨拶に来た」 硬直していた荒北や泉田が、細く長い息を吐いた。 「よかった ……本当に……良かった……ぼく達の代でついに不祥事が起きたのかと……」 「マジか……絶対東堂が何かやらかして……ついに宣戦布告もしくは出場辞退勧告に来たのかと……」 ……東堂、信用あるショ……。 「すまんが、あらためて福富と東堂に挨拶をしたい 呼び出してもらえるだろうか」 「はいっ!出場停止でないのでしたら喜んで協力します いつもうちの東堂さんが申し訳ありません あれで巻島さんが絡まなければ冷静な計算も態度も取れる人なのですが…」 「フクちゃんは確か 裏庭にいたかな ちと読んでくるわ ……マジで、マジで良かった……東堂がついに巻島にナニをしたのかと…」 それぞれが左右に別れ、姿を建物裏に消したと同時に、今度はパワーバーを咥えた男と、金髪の男が二人現れた。 「あれ?総北の裕介くんだよね?」 気軽に声をかけてきたのは、フェロモン系イケメンだ。 巻島の髪は遠方からでも、目印になるらしく、気軽に足をこちらへと福富を伴い向けてきている。 だが、その足は巻島の後方を見て止まってしまった。 「迅くんに……総北の………」 「金城!?何故お前が……」といいかけた福富が、すかさず巻島と金城を交互に見た。 ごくり、と福富の喉が動いた。 「そうか……オレは……主将としての役目を怠ってしまったのだな……」 「寿一……お前だけのせいじゃない オレも、まさか……インハイ前に乗り込まれるような真似を尽八がするとは……」 「すまない金城ォォォォ!!詫びて済むことではないが!!オレ達は王者を名乗りながら連続して人様を……!」 「しっかりしろ寿一! ここでオレ達だけが謝罪してすむ話じゃないだろう キズモノにしてしまった責任も含め……待ってくれ、今尽八を……」 ……だから、東堂はどんだけ信用あるんだよ……。 さすがに鈍い巻島でも、また同じ勘違いをされていると、さすがに解る。 「だから…そうじゃねえショ……」 「そうじゃない……そうか……今のうちに牽制をというのだな……金城たちも連れてという事は、巻島も本気で困っているのだろう…」 「ああ……尽八は多少消沈するかもしれないが……その方が…」 ガタイのいい男が二人、無言で見詰め合っている。 緊迫した表情が、正直背筋を凍らせた。 「いやだから、そうじゃねえって…」 助けを求めようと、背後を振り返れば、いつのまにか金城は田所と会話をしている。 少し難しい顔になっているのは、多分気のせいじゃない。 「あれ?総北の巻島じゃね」 どうやら新開を探していたらしい、自転車競技部の文字が入ったジャージを来た、二人連れがこちらに近づいてきた。 「……本当だ なんでうちに……」 そういいながら、少し低い方の男は、歩み寄っていた足をピタリと止めた。 「ま…さか……東堂が………!?」 どうしたのかとばかりに振り返り、もう一人の男は巻島と相手のどちらにともなく問う。 「え?ああ 巻島と東堂はよく一緒の大会とかに出てるらしいからな 会いに来たのかな?」 「おいっ…それならわざわざ……ここまで来ずとも…駅で待ち合わせでもすればいいだろう… 東堂!ついに……乗り込まれるようなことを…」 絶望的な表情を浮かべた、男にもう一人は首を傾げるばかりだ。 「おいおい藤原、おかしいぞ お前どうした」 「小堰…お前は、まだ気がついていなかったのか……巻島はな……東堂の、『マキちゃん』だ……」 「…………えええええええっ!?マキちゃん!?東堂のあのマキちゃん!?彼女じゃなかったのか??」 「その巻ちゃんが…主将をひきつれてうちに来たんだ…」 「それは…やばい…よな」 ごくりと、小堰と呼ばれた男の喉が動いた。 「ととと、とりあえず!!謝るべきだろ!!」 「そうだな!東堂から…目を離したオレ達の責任でもある……距離があるからと油断していた…」 (また増えたッショ!!) なんだよこれ、超難易度高いロールプレイングゲームかよ。 一歩進むごとに…どころか、その場から全然動いてないのに、…次から次へと敵が現れるショ。 「「申し訳! ありませんでしたァ!!!」」 ひとまずとばかり、顔を青くした藤原と小堰に揃って頭を下げられ、巻島の顔色も悪くなってしまった。 なにも罪はない人に、謝らせてしまったのだから。 それに何より、今まで自分と東堂を認めてくれていた金城と田所が、「こんなに信用のない男は認めん!!」といつ切り替わるかと、不安を誘う。 だが恐る恐る振り返った巻島の目には、なぜか満足げに頷く金城がそこにいた。 「…金城……反対、しないショ?」 田所は基本的に、巻島がいいならいいんじゃね?ただ多数決になったらまあ、オレの意思も混ぜるけどというスタンスなので、特に心配はいらないだろう。 「確かに東堂は色々、巻島に対しては問題がありそうだ だが同時にこれだけのやつが全員、東堂の基本的な人格は認めた上でかわりに謝ろうとしている」 その行動力は、電車も一人で乗れないお前には丁度良いと、金城は告げた。 「福富、騒がせてしまってすまない 今日訪れたのは苦情ではない」 すっと濃い色をしたサンシールドを外した金城に、福富はあらためて向き直った。 と同時に、遠方からなにやら土煙とともに、叫びらしきものが、近寄り響きわたる。 「……き……ああんっ…… …きっちゃっ……!! 巻ちゃん……まあああきちゃあああん!!!」 声の主は、肉眼で確認できると同時に、全力で巻島に抱きついてきた。 どすぅっという音がしたのは、気のせいではあるまい。 それでも巻島は健気に、懸命に平気なフリをする努力をしていた。 ――これも、交際宣言に来た相手に対する礼儀ショ、痛いとか言っちゃダメショ 「……ショ、ショ……」 突き放しはせず、そっとぶつかられた腰をさする巻島。 福富を筆頭に、藤原たちも皆、一様に目を見開き息を飲んでそれを見ている。 巻島はただ、困った顔をしているだけで、東堂を退けようとしないのだ。 「泉田が、巻ちゃんが来ていると教えてくれてな!おおっ!丁度いい皆揃っているのか!」 満面の笑顔、懇親のドヤ顔、そして最高にいい表情と、どれもを持ち合わせた顔で、東堂が巻島の肩を抱き寄せる。 「聞け!皆っ!!オレと巻ちゃんは今後恋人同士だ!将来まで誓っている!!」 これで誤解は溶けるだろうよ。 腕を組んで、東堂と巻島の様子を伺っていた田所は、そうでないことに気がついた。 なぜか新開も、藤原も……福富ですら目を伏せ、首を振っているのだ。 「尽八……オレは…友人としてお前に幸せになってほしいとは思っている だが……脅迫は……良くないぜ」 「東堂、お前のモテ自慢も天はオレに発言も、お前を作る要素のひとつだって理解してるぜ そして巻島もその一つだ…だが…脅して交際をさせるのは…」 「東堂 オレは…今年の総北と正々堂々と闘いたい…」 「―――誰一人、おめでとうと、何故言わんっ!??」 巻島の腰を今度は東堂が抱けば、巻島は反射的に体をこわばらせてしまう。 これは相手がどうこうというのではなく、単に人馴れしていない条件反射なのだが、箱学メンバーにそうは見れなかったらしい。 巻島が逆らえないのをいいことに、東堂が好き勝手をしている図……というのが、アチラから見えるビジュアルだ。 絶望的に首を振り、「東堂……幾ら好きでも……それはダメだ……」と呟くばかりだ。 「おいっ!!お前たち!!なぜ素直に祝福をせんのだ!!オレと巻ちゃんは相思相愛だ!!」 ――これ、東堂がオレのところに挨拶に来た時より、ハードル高くなってねえか……? 金城が収拾付けてくれないかと、振り返ってはみたが、 「巻島を娶ろうという者、これぐらいは切り抜けてもらわんとな …電車もロクに乗れない男を安心してオレは送り出せん」 と腕を組み、成り行きを見守るばかりだ。 田所は我関せずと、土産でもってきたはずのクリームパンを、むしゃりむしゃりと貪っていた。 結局、誤解がとけたのは1時間後。 「そうか!オレと巻ちゃんの出会いを聞きたいか!!真波お前は知らんからなっ」 「オレが巻ちゃんを初めて意識したのは…か ふむ…会うたびに恋しさは溢れるばかりだったが、そうだな…あれは山頂で…巻ちゃんが疲れて オレにもたれかかり、うたたねをしたときの事だ 巻ちゃんは寝ぼけて『ゆーすけ、きちんといえるショォ…ばしゅガシュばくはちゅ…ショォ』と呟いたときの愛らしさにオレは…!」 「だから!聞け!!巻ちゃんとオレの間に脅しなど不要!永遠かつ魂で結ばれているのだよ!」 その間、東堂に「いかにオレと巻ちゃんはラブラブで愛し合っていて相思相愛で、運命の相手か」を語られた巻島は、すでに涙目だったという。 |