【東巻】巻島裕介♂と裕♀の異空間でこんにちは




女体化ではありませんが、女の子巻ちゃんが出てきますので注意。サザ○さんワールド的な世界で、巻ちゃん東堂三年生です。
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総北が箱根からそう遠くない場所で、合宿をする予定だと、福富に語りかけてきたのは、東堂だった。

日頃から巻島とやり取りしているだけに、そういった情報に詳しいのは当然だが、なぜその発言を俺にと首を傾げる福富に、東堂は続けた。
福富のしでかした事は、箱学全員の重石とならないまでも、総北へのかすかな罪悪感をどこかに抱かせている。
いっそもっと交流を持って、オレと巻ちゃんのように学校ぐるみでライバルとして認め合ってみようではないかというのが、東堂の言い分だ。

「なるほど…それで?」
「向こうの合宿終了後、うちに来てもらって、泊りがけの模擬試合ならぬ模擬レースをやろうではないか!寮を合宿に使っている部活動も
少なくないし、申請すれば許可は下りるだろう」
東堂の言い分は、突き詰めればひとえに『少しでも巻ちゃんと一緒にいる時間を、増やしたい』なのだが、ある種純朴な福富は、金城に少しでも
償える機会があるならばと思っていたので、納得をしたようだ。

反対や邪魔が入る前にと、部長と副部長が火急速やかに手続きをすすめ、荒北たちを含めた他の者が事情を知ったのは、すべてが決定した後だった。

「坂道くんが来るの!?楽しみだなあ」
「一度、迅くんと食べ比べをしてみたかったんだ…良い機会だな」
「巻ちゃん!!巻ちゃんが来る!!!巻ちゃんっ!!!!」
「金城……」

(……コイツら止めるの、俺しかいねえのか! 金城…テメェんトコの部員 可愛かったら断れよっ!!!)
荒北の内心の叫びを、知る者はいない。

少人数であることが幸いし、総北はお言葉に甘えてと、全員で箱学を訪れた。
合宿後、ようやくゆっくりできると思ったのによと、東堂に毒づくまき島だが、その表情は楽しそうだった。

クライマーズが組んで、山道を競い合うというのに、思いのほか巻島も燃えたらしく、肩で息を切っている小野田や、息苦しそうながらも楽しんでいる真波にも、
上機嫌で接している。

「あぁ 全身汗べっしょりッショ」
「今日の練習はもう終わりだからな!着替えてくると良いぞ巻ちゃん」
本来ならば、風呂に入れてあげたいのだが、寮生活という都合上、気ままに風呂は使えないのだと、東堂は言った。
だが部室には備え付けのシャワーがあり、巻島はとりあえずとそこへと案内された。

すでに日は暮れ、校庭やレース設備場はナイターに代わっているが、自主練と称したやり取りは、まだ盛んなようだ。
スプリンター組は、まだ色々と競い合っているらしく、熱の篭った叫びがどこからか聞こえてくる。
オールラウンダー組も、まだそちらにいるのだろう。
山を登った後輩たちは、二人楽しげに語り合っていて、電気をつけたシャワー室は、巻島の貸切だった。

自分の着替えは部屋にあるので、一度戻るという東堂に頷き、巻島はジャージに手をかける。

さっさと脱いでしまおうと、巻島は前ファスナーを全開にし、レーサーパンツを下ろそうと、指をかけたところで、轟音が響いた。
何が起きたかと思うより先に、訪れたのは、突然の暗闇と稲光。
部室の一角であるため、あまり光を取り込むといったデザインなどに、重視を置かれていないシャワールームは、突如真っ暗になった。

動かぬ方が安心かと、巻島がそのままの体勢でいたところに、勢いよく扉が開いた。

「巻ちゃんっ!!大丈夫か! すまない停電のよう………」
ぱっと瞬時で世界を白く、蛍光灯が輝く。
停電はいえわずかな時間で、心配されるほどのものではない。

だが扉を開けた東堂と、着替え中であった巻島は、とてつもなく重たい数秒を経験することになる。
無言で見つめあうこと、数秒。

そして、その直後の絶叫。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

バタンッ!ゴンッ!!ガクリ。
慌ててきびすを返し、後手に叩きつける勢いで扉を閉めた東堂は、勢い余って転び、そのまま座り込んだ。
響いた音は、その様子を如実に表現していた。

「……今…………の……は……」
頬をこれ以上ないほど紅潮させ、頭を抱えた東堂の脳裏に、たった今見た光景が浮かぶ。

肝心な部分は、ギリギリ隠されていたが、開いたファスナーは明らかに巻島の隆起した胸のふくらみと、ヘソに続くなだらかなラインを露わにしていた。
指がかけられたレーサーパンツは、下着が見える寸前まで下ろされていて、ふっくらした腰と白い肌を見せ付けていた。
それは、自分の知っている、巻島の体ではなかった。
そして東堂の夢や妄想でなかった証拠に、ぞくぞくと知った顔達が、悲鳴を聞いてシャワールームへと、駆け寄ってきていた。

「東堂さん 何か女の人の悲鳴が聞こえたんですけど」
「だだだ、大丈夫ですか!?」
一番に部室にたどり着いたのは、近くにいた一年クライマー達。

続いて訪れたのは、争いに加わらずスプリンター勝負を見ていたらしいオールラウンダー組だった。
「東堂!テメェ 巻チャン見て興奮したからってな!そこらの女連れ込んでんじゃねぇゾ!!」
「無礼なことを言うな!!」

即座に鋭利に眦をあげた東堂は
「オレが巻ちゃんを見て滾るのは否定せん!! だがそこらの女に、巻ちゃんの代わりが務まるものか!!」
…いやそこは、否定しろよと思ったのは、荒北だけではあるまい。

「えっと、それでは今の悲鳴は?」
とりあえず流されていなかった、総北の一年生イケメン、『作画良好荒北』と箱学でこっそり噂されていた今泉が、話題を戻した。

ここを開けてみりゃわかんだろと、シャワールームのドアノブに手をかけた荒北を、東堂が全力で阻止をした。
親の世代よりさらに昔に流行したと聞く、抱っこちゃん人形のようにしがみ付き、
「ならんっ!!!ならんぞ荒北!!!」と叫ぶ。
「ああン!?何だよ てめェの知り合いでもかくまってるのか!」
「とにかくならんのだよっ!!」
ぐぐぐと、互いのあらん限りの力でのせめぎあいに、荒北が目線で東堂を抑えるよう、周囲に促した。

了解と頷いた後輩や、異変を気づいてこちらも戻ってきているスプリンター達が、同時に東堂の手足を拘束する。
いかに鍛えていようとも、手、足とそれぞれに人が絡みつけば、さすがに東堂も身動きできなかった。
「ならんっ!ならんよ荒北ァッ!!! うわぁぁぁっ!!巻ちゃんっ!!!」
それでも抵抗を続ける東堂を何とか押さえ込み、荒北がむりやりドアを開く。

更衣室に中央に、呆然と座り込んでいるのは巻島だった。
事態が把握できていないようで、ぺたりと両手をついて、頼りなげな表情で扉を開けた荒北をじっと見上げている。

別に隠すものはなにもないだろうと、改めて観察した荒北は、何があったのかを確認しようと、口を開こうとした。
「……巻チャ…………うぉぉぉぉぉぉぉぉぃっ!!!!」

先ほどの東堂リプレイよろしく、やはり呻り声を盛大に立てた荒北が、盛大に音をたて扉を閉め、何やらを考え込んでいる。
その隙に、自由になった東堂は荒北の襟首を掴み、
「きさまっ!! 見たなっ荒北!!!今のお前から全ての記憶を抹殺しろ!!でなくばこのオレが全力を持って……」
と揺すった。
全力を持っての後は、潰すだとかコロスケだとか、なにやら不穏な台詞が聞こえたようだが、荒北は呆然とするばかりだ。

「…何をやってるんですか、先輩たち」
まったく進展性のないやり取りに、チームいちの自由人の後輩と、それに付随したメガネ少年が三度閉められたドアを開けた。
今度はすぐさま扉を閉めることはなかったが、ありえないものを見たように、二人とも固まっている。

だがそこからは、先ほどまでと少し違い、室内で座り込んでいた巻島が、涙目で立ち上がると
「小野田ァ」と駆け寄り同時、抱きついてきた。
「まままま、巻島さんっ!?」

小野田が動転し、声が数オクターブ上ずっているのも無理はない。
なぜなら、小野田が知る巻島にはないものが、そこにあったからだ。

一言で言うのならば、おっぱい。
二言で言うのであれば、ふくよかなおっぱい。

小野田は流れとはいえ、その幸せなおっぱいに顔をうずめた状態になっているのだ。
周囲一同、『何故 巻島におっぱいが!?』という疑問より、いいなあと思って見つめてしまうのは男のロマンだろう。

だが誰より早く我に帰ったのは、自称巻ちゃんの永遠のライバルだった。
「ならんっ!!ならんよ巻ちゃんっ!!!」
すかさず二人の間に割って入り、全力で両者の額を押して距離を開けさせる。

だがその東堂の顔を見た巻島は、再び目を潤ませ小野田と真波の背に隠れた。
「…小野田、小野田ァ なんでここに男がいるっショ!?」
「えええ、えと、えっと巻島さん!?」
「や……怖い……」

きゅっと小野田のジャージ裾を掴み、身を縮める巻島は、いつもよりなんだか小さく見えた。
…いや実際に、小さいのだろう。
普段であれば東堂とさほど変わらぬ体格であるはずなのに、頭半分は低くなっている。
ただでさえ、イレギュラーな事態であるが、涙目に尊敬する後輩にすがられた小野田は、すでに限界らしく。
「あの」だの「その」しか、言えなくなっていた。

しばし無言になった東堂は、例のお得意ポーズで巻島へと向き直り、小野田を指差した。

「巻ちゃん、お前が盾にしているそのメガネくんも、男だぞ」
「はぁ!?何言ってんだよ!確かに坂美は胸がねぇけど」
「ついでに言うなら、そのもう一人の盾にしているその真波も、男だ」
「どーも、ご紹介に預かりました 男子高校生、真波です」
動じず振り返り、笑顔で手を振る真波を確認した巻島は、音もなく数歩後ろへ下がった。

隠れる場所のなくなった巻島は、サイクルジャージというものを纏っている特質上、体のラインが剥き出しになっている。
女装、などと疑う余地もなく、あきらかにそこにいる巻島は、女性だった。

気力を失ったみたいに、巻島の体がその場に倒れこむ。
慌てて支えたのは、やはり東堂だ。
男の巻島のしなやかさとは異なる、ふわりとした柔らかさに、東堂は思わず息を飲んだ。

「きゃあっ!!…あ、あの、悪い……その、オレ男の人……苦手で……」
回された腕に、瞬時身を硬くした巻島だったが、自分を支えてくれたのだと恐縮をし、頭を下げた。

「いやこちらも緊急とはいえ、抱き込むような形になってしまい、申し訳ない……それより、巻ちゃん……だよな?」
こくりと無言で頷く巻島に、緊張していた東堂の顔が弛んだ。

「なんでオレのこと、知ってるショ…あれ?…東堂の…兄とか言うひと…?」
恐る恐るといったように、先ほどよりは少し心開いた様子で巻島が問いかけてくる。
そのびくついた様子が、人に怯えつつも興味高い子猫のようで、東堂は口端が上がりそうになるのを、必死で諌めた。

「オレは東堂だけど、兄はおらんよ …似ているといわれる姉ならいるが」
「…えっと…東堂の弟……?」
「姉は確かにいるが、多分それも違う いいかい巻ちゃん落ち着いて …さっき君が抱きついていた小野田くんも、盾にしていた真波も男だ」
あらためて、視線を流す巻島はとまどいながらも、素直に東堂の言葉を聞いている。

「そして、改めて見てくれないか オレが、傍にいるオレ達が何者なのかを」
不安げに、きょろきょろと巻島は自分を見守るまわりを確認し、小さく揺れた。
「田所っち……金城……」総北メンバーの顔を数えた後、眉根を寄せた表情で巻島は小さく呟いた。
「…………羽智……?」
「それはオレの名前なのか、巻ちゃん」
「オレの知ってる東堂は、女で東堂羽智…って名前っショ」
「他の奴らは?」
「…小野田は、坂美で……可愛い後輩……真波は…本当に男かよ?オレの知ってるまんまあの姿と性格っショ」
「男ですよ 触ってみます?」

にこやかに巻島の手を取って、真波はその手をどこに導こうというのだ。
その手を叩き落とし、無言で睨む東堂に、冗談ですよと首を竦めるのは、どこまで本気だか疑わしい。

「巻ちゃん、君の名前は?」
「巻島 裕……ショ」
「…どうしてこうなったか、覚えてる?」

怒涛の展開に、口を出せず見守っていた周囲は、それぞれに会話をしていた。
「なあ新開」
横に立つ男のわき腹を、肘でついた荒北が小声で続ける。
「巻チャン、女になったら絶対ペタンコ系だと思ってたんだけど、結構ボリュームあるな?」
「あー…確かに でもあれは胸そのものがでかいんじゃなくて、腰とか脇の肉が締まってるからメリハリ利いてるように見えるな」
ぼそぼそと続ける会話に、紛れ込んできたのは元気な総北の紅い髪だった。
「小野田クンええなぁ……あの顔面おっぱいは、男の夢っスよね?」
「お、言うねえ一年坊主 オメーもよ、普段から巻チャン見ててもおっぱいはおっぱい派?」
「…いやあの人、男でもふつーになんか未亡人っぽいっていうか、…のまま童貞の浪漫っていうかなフェロモンだしてはりますし……」
「……ああ、そうネ」
今回ばかりは、困りごとを全力で東堂に押し付けられる荒北は、微妙に楽しんでいるようだ。

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やはり巻島は巻島でも、東堂にとっての「巻ちゃん」ではないのだろう。
優しさも、その見え隠れする執着もそのままだが、どこか紳士的で、抱きつくような心配はなかった。

「雷が鳴って……停電になったと思ったら、いきなり着替えを見られてビックリしたっショ……」
「あ、あああ、あれはだな!そのっ!! 覗きなどするつもりではなくっ」
「クハッ わかってるって 心配で見に来てくれたんだろ?」

―――可愛いぞ、巻ちゃんっ!!!!

男言葉ながらも、柔らかな笑顔で小首を傾げる巻島の姿に、東堂は悶絶をするしかない。
(これはオレの巻ちゃんじゃない これはオレの巻ちゃんじゃないこれはオレの………何故だ!何故この可愛い巻ちゃんがオレのものではないっ!!)
「………東堂ォ…… 汗で、気持ち悪ィんだ……… …シャワー、浴びたいっショ」
不安げに見上げる、揺れる眼差し。
巻ちゃんの囁くような声音に、ごくりと無意識に、嚥下した喉が憎い。

「いいい、いやしかし!!!ここここ、ここは男だけで、その、危険があぶないし巻ちゃんが壁越しにシャワーを浴びてると妄想する奴が出るかもしれんし!!」
「…東堂が護ってくれねェの?」
「、亜、pふじこlp;@!? 護るぞっ!!オレが命賭けてでもっ!!巻ちゃんを護る!!!」
「ありがとな」
にっこり微笑む巻島は、男を操る意図はないらしく純真にさっぱりしたいだけなのだろう。
白いタオルに顔を埋め、巻島のカバンから、嬉しそうに着替えを取り出していた。

「……あれって天然なのか悪女なのか、どっちだと思う?」
表情を変えていない新開も、巻島の言動の危うさには気が付いていたらしい。
「……天然の悪女って一番タチ悪いかもなァ……」
取り出したシャツを、体に当てている巻島だが、男物のそれは微妙に大きいらしく、襟ぐりが広く開いてしまう。
屈めば確実に、胸の入口辺りは拝めてしまうだろうその服に、東堂が顔を顰めた。

「ま…いっか」
そのシャツを手に、シャワーに向かおうとする巻島の手首を、急ぎ東堂が握り、無言で首を振る。
「…しょうがないッショ サイズねぇし…あ、そっか今の小野田の服だったらちょうどいいかもなあ」
「させんよっ!?」
ナイスアイディアとばかり、後輩に声をかけようとした巻島だが、再び止められた。
「……じゃあどうしろって言うんだよ」
「巻ちゃん お願いがあります」
改まって、据わった目で見つめてくる東堂に、巻島は臆しながら小さく首を傾げた。
「何だよ」
「オレの服を着て」
「…東堂の?でもそれもサイズが……」
「オ・レ・の・服・を・着・て!!」
「わ、わかったショ……」

他の男の服など、身にまとわせてなるものかという独占欲と、憧れの『彼袖服』が堪能できるかもしれないチャンスがあれば、当然引かないのが東堂だ。
ギラついた目に、反射的に頷いた巻島を見た誰もが、(色々と大丈夫か、巻島…)の感想を抱いていた。

「じゃあ行こう」
巻島の手をとって、先を歩こうとする東堂に、巻島は不思議顔だ。
「…お前が服、持ってきてくれたらいいんじゃねェの?」
「巻ちゃん、今の状況をわかっているのか」
「へ?」
「こんなっ!!野獣だらけの状況で、巻ちゃん一人置いて行けというのか!」

「……一番のケダモノは、君の横にいるよー巻チャーン」
「巻島せんぱいー そっちの世界の箱学の前髪の人はどうか知りませんけど、こっちの世界のその人、巻島さんのストーカー言われてますよー」
お前には言われたくないと、反論する荒北と鳴子の言葉は、巻島の耳に届かぬよう東堂の掌で遮断された。
「と、東堂?」
「ああすまない 巻ちゃん 何でもない」

「…何でもあらへん扱いされましたわー…荒北さん、年上なんスけどあの人無性に殴りたいんですけどー」
「おー赤い髪奇遇だな オレも廻し蹴りしたい気分なんだワ」
しばし見詰め合った後、頷いた両者を、魅惑の低音が引きとめた。

「落ち着け、二人とも ただでさえ今、巻島は混乱している そこで目の前で、何とか認識できている東堂まで倒れては、途方にくれるだろう」
我らがキャプテン、マジ良い漢!!
東堂さえいなければ、マジ♀巻島さん惚れるだろうに!との葛藤を後輩たちがしている間に、東堂達は姿を消していた。

男女二人きりで、密室の扉を閉めてはいけないと、古風な東堂がドアを開けたままでいることで、巻島の警戒は完全に解かれたらしい。
もともと顔立ちは、羽智も尽八もほとんど同じだと、無防備にじっと見つめる。

「巻ちゃん……なんだね?」
洗濯したてとおぼしいパーカーと、少し裾が眺めのTシャツを東堂は差し出してきた。
本当はまだ封を切っていない、新品が箪笥の底にある。
しかし、自分の熱を感じさせるもので巻島を包みたいと、わずかな邪な気持ちが浮遊し、その存在を隠してしまった。
そんな思いに罪悪感をいだきつつ、巻ちゃんに関する自分は見苦しいなと、東堂は内心で己を嗤う。

「んー顔は羽智と一緒なのに、男なんだなあと思って」
「そうか…」

「はいはいはい邪魔しますよぉー!」
けたたましく乗り込んできた紅い髪が、巻島と東堂の間に割り込む。
目立つことが何より好きな性質であることと、先輩を案じているとの両方から、先ほど無視という形に出た東堂に、報復に訪れたのだろう。
邪気のない全開の笑顔で歯を輝かせれば、巻島もつられたように軽く微笑んだ。

おのれと呪いそうな目で睨む山神を、歯牙にもかけぬメンタルは素晴しいと、追い駆けてきた者たちからは絶賛だ。
「なあ巻島さん、女のワイはどんな感じでっか?」
「…お前もあんま変わんねーなぁ… 元気でかわいくて、ムードメーカーって雰囲気まんまッショ」
「おおっ!なんかはじける浪速っ娘ってええなあ! 胸は!?女のワイのおっぱいは!?」
「………おまえは、まだ…一年生だし…伸びシロはきっとあるっショ……」
「小さいんか……」
「ついでに興味で、オレもどんな感じか聞いてもいいかい?」

たれ目のイケメンに、ウィンクをされた巻島が、かすかに頬を赤らめたのを見て、どこからか威嚇する低い呻り声が響いた。
「えっと…新開か……?」
「そうだよ あらためて初めまして、裕ちゃん」
「…お前、男になってもフェロモン全開なんだなあ… 女だからバインバインのゆるふわなのかと思ってたっショ…」

巻島が言うには、全国の数少ない自転車競技女子部員の中でも、一、二を争う色っぽさが新開夜兎(ヤト)だそうだ。

ただしその基準はあくまで、♀巻島目線なので本人が含まれていない。
男の巻島でさえ、「男子高校生なのになぜ未亡人臭がするし」「風呂入ってるときのうなじがヤバいっておかしい」と噂されるレベルである。

細身で揺れるような眼差し、困ったような眉を寄せた表情で、長い四肢を竦むように縮ませている巻島は、色気だけでなく、男の庇護欲もそそる存在だった。
おそらく、♀新開と並べばよりどりみどり、つかみ取りどころか、隔離避難が処置されるレベルのWフェロモンが放出されるだろう。
そして困ったことに、このレディースは、互いに自分たちが、色気のかたまりだと認識をしていないのだ。

「巻ちゃん!さっぱりしたいんだろう 戻ろう!!」
巻島と顔見知りであるほぼ全員が、追ってきたと察した東堂はすかさず巻島の肩を抱き、また部室の方へと促した。
「え、と…」
困ったように東堂と、総北メンバーとの顔を交互に眺める巻島に、救いの手ならぬ言葉を出したのは、やはり金城だった。
「巻島、変に体を冷やしてもいけない 行け」

――うぉぉぉぉぉっ!!俺らの金城さんマジ巻前すぎる!!!
思わず拝むように後輩たちが、キラキラとした目を輝かせるのを、荒北がニヤリと見守った。

「巻チャンの近くってイイ男いっぱいいるんじゃナァイ? だーれかさんと違って、心の余裕ある騎士候補がさ」
ピクリと耳をそばだてた東堂が返すのは、無情といいたい冷たい視線だ。
「うるさいぞ 荒北」
「アアン!? ヤンのかコラ」

反射的に身を竦ませたのは、巻島だった。
ただでさえ下がり目の眉尻が、ますます困ったように角度を落とし、東堂を慌てさせる。
「すまない、巻ちゃん 怯えさせてしまった」

かつて聞いたことのない、東堂の甘い声で荒北の闘気も鈍る。
それに、さすがに関連して困惑させるだろう巻島の前で、これ以上続けるのもどうかと、小さく舌打ちして荒北は引いた。
大勢の男の中で体にフィットしたサイクルジャージのままの巻島は、色々と危なげだ。
本人の意思とは無関係に、周囲を居心地悪い気分にさせてしまう。
早くシャワー浴びて着替えて来いと追い出すと、荒北は色々メンドクセェと頭を掻いた。

「……オレがこの世界にいるってことは、男のオレはあっちにいるんだよなあ……」
「まあ、その可能性は高いかもしれんね」
「……羽智……男のオレ……好きになるかな」
ぽつりと呟いた、巻島の言葉に東堂は耳ざとく反応をした。

「なるとも! オレだっていま目の前の巻ちゃんを大好きだ!!」
「なんか、羽智の双子に言われてるみてぇで照れるな …オレも、素直に羽智に好きって言っておけばよかったショ」
「…オレの巻ちゃんも、今そう思ってくれているといいな」
「クハッ オレ自身なんだから、きっと同じこと考えてるっショ」

「…ここでいつもなら、抱きつけるんだが」
巻島の答えに、咄嗟に飛びつこうとした東堂は自制をきかせ、指先をわきわきと不気味に動かし、何かと必死で戦っていた。
「いつも慣れてるから、今更気になんねえよ?」
「いや!しかしだな!! ――巻ちゃんは自分を大事にすべきだと思う!!」

「……なんでオレが怒鳴られなきゃいけねーんだよ 理不尽ショ」
「だって!!巻ちゃんが 自分を大事にしないから!!!」
しばし黙り込んで、東堂の叫びを追っていた巻島が、見上げるように東堂に向かい、イタズラっぽく微笑んだ。
「その分、東堂が大事にしてくれるからいいんだよ」

「クッ……やら……れた……」
「やった!」
新開のバキュンポーズを真似た巻島が、得意げで可愛くて、東堂の鼓動を跳ね上げる。

「…巻ちゃんを嫁にしたら、オレはこうやって一生尻に敷かれるのかな」
「お前、オレが敷く前に勝手に飛び込んできて『俺が巻ちゃんを護る!!』とか言ってるから、必然的にそうなるかもな」
「……そういえば、女のオレというのは、どんな感じかね?やはり美しくモテまくるのだろうな!」
「………10人男とあったら、そのうち6人位は羽智に一目惚れするっショ」
「ワハハ、さすがオレだ!」
「でも15分会話したら、そのうち4人は離脱して、残り1人がお前のファンクラブに入るくらいかなあ…… 正直『残念美人』という名前で呼ばれてる」
「ところで、それでは計算が合わんぞ 6人残って4人離脱して、1人ファンクラブなら残り1人は?」
「……オレ……と羽智が仲良すぎて変だって……言ってきて、羽智が…怒って……」
「巻ちゃんがそれを気にしているのか? まったく巻ちゃんに罪はないぞ!オレだって、たとえファンクラブの子だろうと、巻ちゃんに失礼なことを言うようであれば容赦はしない」

――きゅっと唇を噛む巻ちゃんは、天使かともだえたくなるほど、愛らしい。
いずれ、戻るにしても今はこの姿を堪能させてもらおう………手出しせぬようにの、努力はきついが

葛藤に揺れる東堂は、天国と地獄の狭間で、さまざまな感情と争っていた。