【東巻】巻島裕介♂と裕♀の異空間でこんにちは



何気なく東堂に、箱学からそう遠くない場所で合宿をすると、送ったメールがこんな結果になるとは思わなかった。
自分の知らぬ間に金城へと誘いが来ていて、気が付いた時には、総北合宿終了後そのまま箱学への遠征合宿になったと聞かされ、その行動力に呆れると共に、感心をした。

…本当に何気なくだっただろうか、と巻島は自問する。

東堂であれば、自分のメールを見た瞬間に、ここまではしなくても、会いに来るぐらいはするんじゃないかと、無意識に期待をしていたのではないだろうか。
水色と青がグラデーションになった空の下、あらためて見る東堂は、眩しかった。

他意なく、純粋に自転車競技を楽しみ、そのための力を高める仲間たち。
楽しそうに語りかけてくる、他校の生徒。
こんな楽しい時間を、自分はそっと裏切るように断とうとしている。
いまだ金城や田所にすら伝えていない、留学の話を胸に抱えている巻島には、周囲の明るい喧騒が強いほど、影も残った。

渡英の話は、高校入学前から決めていたので、突然と言うことはない。
一年時の、自分の走りを否定され、矯正させようとしてきた先輩たちには反感を持って、早く日本を出たいとすら思っていた。
それを見返してやるつもりで、教わったものを全部捨てて挑戦したレースで、東堂と出会った。

先輩たちと、同じことを言う男。
「お前の走りは変だ 無駄が多い おかしい!」
だけど、その先は違った。
「そんなおかしいスタイルで、何故オレより早いんだ!徹底的にお前について、知ってやる!」

―奇妙だとさげすむのではなく、そこに含まれた自分を認める言葉。

上級生となった今でなら、わかる。
先輩たちの行動も悪意だけではなく、純粋に自分の無駄だらけのフォームを、正しく導いてやろうとしていたのだと。
それでも、東堂の言葉のおかげで、自分は救われたのだ。
なのに、インターハイ後自分は何も言わぬまま、突然に留学を告げようとしている。

…もっと違う世界でなら、自分は素直になれていたのだろうか。

そんな事を考えていたら、突如雷音が響き、稲光が瞬いたかと思うと、暗闇が訪れた。
「停電かァ…?」
別に暗所が怖いわけではないし、まだうっすらとではあるが、明かり取りの窓から差し込む程度の光はある。
ただ不思議なことに、雷鳴が轟いた瞬間自分の伸ばした指先が見えぬほどの暗闇が、一瞬訪れていた。
しばらく動かずに、座っているかと巻島が腰を落としたところで、シャワールームのドアが勢い良く開いた。

「巻ちゃん!大丈夫か!?」
…なんだか東堂の声が、甲高く聞こえる。
「ああ停電しただけで別に大丈夫っショ お前こそ……」
外からここに入ったのでは、目が慣れていなくて真っ暗に感じるだろうと続けるより先に、巻島の声を頼りに、走り寄った東堂が抱きついてきた。
「すまない巻ちゃん!怖かっただろう うちの学校は自家発電もあるからまもなく」
東堂の発言が終わるより先に、チカチカと何度か点滅し、蛍光灯は復活をした。

勢い良くしがみついた東堂のせいで、上半身が倒れたままの巻島は天井を見ていて、何か違和感を感じた。
それは、視界ではなく、触感からくるもの。
……なぜ、抱きついてきている東堂の体が、こんなにも柔らかいのか。そして軽い。

どうやら不審に思ったのは、相手もだったようで、むくりと半身を起こした東堂は、無言で巻島の胸をさぐった。
「ッショォ!?」
何をするのかと問い詰めるより先に、なぜか怒鳴られたのは巻島だった。

「巻ちゃん!暑いからと言って食事を怠っているのではないか!?」
「そ、そんなことはねぇよ」
「じゃあなんだ、この胸は!!! まっ平らではないかっ!?」
一生懸命ともいえる仕草で、東堂が巻島の胸を撫でるように触る。

普段の巻島であれば、セクハラか変態かと負けずに怒鳴り返すところだが、呆然としているのは、視界に入った人物が、東堂であって、自分の知っている東堂ではなかったからだ。

少し長めのボブと、白いカチューシャは見慣れたものだが、その東堂には見慣れぬものがあった。
明らかに膨らんでいる胸だ。

グラビア好きの巻島からしても、充分に合格点を与えられる、美乳だった。
レースジャージと言う体にフィットしたデザインから、はっきりと解る大きすぎず、垂れていない形のいい乳。
「巻ちゃん! 胸だけではないぞ 腰もいつもに増して……」
呆然と、東堂にのしかけられたまま、固まっている巻島の様子に、ようやく東堂も気づいたらしい。

「ま、巻ちゃんすまない 言いすぎた!何 胸が縮んだというのであれば、私が責任持って元の大きさになるまで揉んでやるぞ!」

(……ああ、コイツやっぱり東堂か…… 男でも口を開かなければってみんな言ってたけど、女になっても残念な美少女ショ…)

「そ、それとも… すまない私が一方的に触っていたからな!…巻ちゃんも私のおっぱい、触るか?」
無言でぶんぶんと首を振ると、別にいいのにと、東堂は唇を尖らせた。

「あの……お前、東堂……だよな……?」
「巻ちゃん?」
「オレは確かに巻島だけど……多分お前の言ってる巻ちゃんとは違う」
「何を言うか!巻ちゃんは巻ちゃんで……え?」
「これだけ胸触ってたら、いい加減わかるっショ …オレ男なんだけど……」

しばし停止をした後、両手を小さく万歳状態にした東堂が、瞬時に赤面をした。
「まままま、巻ちゃん!?」
「だから幾ら胸揉まれても、多分大きくはならねぇなあ…」

自分の胸を、冷静に見遣る巻島だが、内心はかなり混乱をしていた。
一件冷静とも見えるその態度は、コミュ障とすら揶揄される対人能力が、あまりに限界を迎えていたので、何も考えずに思ったことをそのまま呟いているだけだった。

「巻ちゃんっ! 嬉しいぞっ」
「へ?」
「確かに今の日本では、同性同士の結婚は難しい…だから、私の為に男になってくれたんだな!」

どこまでも前向きな姿勢は、こちらの東堂も同じらしい。
「いや……難しいからって、普通性転換なんてそう簡単にできねえショ……」
「それを愛の力でこなしてしまったと! さすがだ巻ちゃんっ!!」

キラキラと輝く笑顔は、極上の美少女なのに宇宙人並に、話が通じていない。
お願い、話を聞いて。

「おい東堂 ミーティングやるから……なにやってんノ」
シャワールームの扉を開けたのは、目つきの鋭いショートカットの女の子だった。
ずかずかと入り込むと、まだ巻島にのし掛かったままだった、東堂の襟首を掴み放り投げた。
「…悪ィな 巻チャン 東堂が襲い掛かってきたか?っつーかお前も逃げろ………………誰?」

謝りかけたその子は、巻島を目線で一巡した後、細い目をして、巻島を見詰めた。
―ああ、ようやく話が通じる相手が現れたようだ。
「……荒北……か?」
「……そうだけど……アンタ見た目、巻チャンそのものだけど…男だよね?」
こくりと頷いた巻島が、よからぬ思惑でここに居るというよりは、途方にくれていると悟ったのだろう。
腕を組みながらも、去る気配はなく巻島の言葉の続きを待っていた。

「巻ちゃんは!私の為に男になってくれてな!!」
「…なろうと思ってなれるか、バァカ」
「私と巻ちゃんの愛の力を舐めるな!!」
「いや…オレに話させて欲しいショ……」

話が進まないと、珍しく強引に……当人にとっては勇気をもって強引に、巻島は割り込んだ。

「なんかよく解んねぇけど、ここはオレの知ってる世界じゃないみたいだ」
「…まあ、そうだろうね 巻チャンが男になってるみたいだし」
ああ、会話が通じるってなんて素晴らしいのだろう。思わず荒北に心が揺らぎそうだと、そんな巻島の気持ちを察したのか、東堂が後ろから腰に抱きついてきている。

「巻ちゃんっ!! 男なのにどうしてこんなに腰が細いんだ!!」
「ウッセ!!お前が喋ると話 すすまねえんだよ!」
「うるさくはないな!」

もう止める気力もない巻島は、その状態のまま「オレの知ってる東堂は、男だ」と告げる。
「それから、荒北もな」
そう続ければ、察したらしい荒北が「そっちの金城や田所も、男?」と端的に返した。

こくりと頷くと、納得したとばかり、軽く荒北は頷いた。
「まあいいや アンタ…どう見てもこっちを襲おうっていうより、なんか食べられないかビクビクしてる兎みたいだしね…新開が喜ぶかも」
喜ぶって、何。
ハーレムっぽい話なのに、まるで心が沸き立たず、巻島はひたすら帰りたい気持ちで、そこにいた。


「男をウロつかせる訳にもいかないからさ、ソコに居てよ 誰か呼んでくる」
「はいっ!!じゃあ私が見張っていよう!!」
勢い良く手を上げた東堂は、全身で離れるつもりはないと告げている。
「あ、あのさ……東堂、お前 見た目美人なんだから、男相手に、もうちょっと危機感とか持ってだな…」
「巻ちゃん!! 私に欲情を感じてくれているのか!?」
頬を赤らめながらも、発した言葉は結構すごい。…女子高生が、欲情とか言うな。
「……なんでそこで嬉しそうな顔なんだよ……」

「……ま、二人きりだろうと大丈夫みたいだネ っつーかさ、そっちの男巻ちゃん、戻ってくるまで貞操気ィつけてね」
――まさかの女子高生から、貞操を心配される羽目になりました。
微妙になった顔の巻島を見て、荒北は少し笑って去った。

「巻ちゃんっ 巻ちゃん!! …そういえば、名前は? 巻ちゃんは裕ちゃんのままか」
「こっちのオレは巻島裕なのか? オレは裕介っショ」
「荒北は?」
「荒北…確か靖友?」
「巻ちゃんも坂は好きか?」
「好きだな 何も考えられずに無心で登れるのがいい…なんて思ってたけど、最近は負けたくねえって競うのも楽しい」
「私の巻ちゃんと一緒だ!そして登る相手はもちろん私だな!」
「ああ」

グイグイと押してくる女子高生と言うのは、普段であれば苦手なのだが、相手が東堂だと思うからか緊張せずに喋れている。
「それにしても巻ちゃん…男でも肌がすべすべで、髪もサラサラだな…」
東堂の手つきは、微妙な動きで巻島も腰を辿り、もう片方で髪を撫でる。
同性相手であれば、ヤメろと蹴りの一つも入れられるが、見た目は美少女なだけに、巻島は固まるしかなかった。

「…男の人でも、揉めば大きくなるのかな」
と独り言のように呟かれ、東堂の両掌が、自分の胸元に伸ばされそうになる。
咄嗟に腕をクロスに組んで、ガードをしたが、その体勢は微妙なものだ。
……おかしいだろう、何故男の自分の方が、襲われているみたいになっているんだ。

「男なのに、なんでこんな甘い香りがしているんだ?」
すんと鼻を鳴らし、東堂が巻島のうなじに顔を近寄せれば、敏感な箇所だけに、巻島はびくりと体が反応した。
「た、多分 日焼けどめの匂いっショ オレ肌が弱いから保護しねえと紅くなるんだ」
「ああ巻ちゃんもそんな事を言っていたっけ…そうか…これは巻ちゃんと同じ香りなのか…」

いや、俺も巻ちゃんなんだが…とりあえず、問題はそこではない。
「肌も…白い……」
うなじから後頭部に、東堂の手がゆっくりと滑り、またしても体は揺れてしまった。
巻島のそんな敏感な動きに、東堂はうっとりと目を細め、口端を上げる。
「巻ちゃん…かわいい…」

「ま、待て東堂…!」
「大丈夫、巻ちゃん…怖くないから」
――いや、怖ェよ なんでそんなに乗り気なんだと思いながらも、相手が異性であるだけに、巻島は身動きが取れない。
東堂がゆっくりと巻島の手首をつかみ、床へと押し付けた。
寝そべったままの巻島は、東堂に馬乗りになられ、呆然と見上げるばかりだ。

そんな巻島の行動を楽しむみたいに、
「女の子の巻ちゃんだと、私の力づくになってしまうかもと怖くて手が出せなかった…」
東堂が巻島のファスナーを、胸元までおろし開く。
「男でも、巻ちゃんのここピンクで可愛い」
―――天井を見たままの巻島は、東堂の視線がどこを眺めての言葉なのか、頭が理解するのを拒否をした。

これは人が見たら、誤解されるよなぁ…。
いや誤解ではない、誤解ではないかもしれないがこの場合、被害者オレ…?
さすがにそれは、みっともないし嬉しくないし、男としてどうなのだろう。

本気で抗えば、自分の方が幾らなんでも強いはずだと、落ち着きを取り戻すべく、巻島は軽く息を吸った。
少し心が静まったことで、やっと気が付く、小さな違和感。

巻島を押さえつける東堂の腕は、小さく震えていた。
「巻ちゃん、お願い 拒まないで」
弱ったふうに、でも懸命に体重をかけてきて、東堂は巻島の首筋に触れる。

……ああ、すまなかった。
跪き、ひざを広げて自分の腰に座る東堂のひたむきさに、胸が痛んだ。

全身がこわばるのを、無理に動かして巻島は、東堂の一回り小さな掌に、自分の手を重ねた。
「すまないショ 東堂…」
「巻ちゃん?」
何故ここで、巻島が謝るのだと不安に染まった目で、東堂が見下ろす。

「オレはよぉ… 自分が交流が苦手だとか、感情表現が不得意だとか勝手な理屈をつけて、お前に甘えていたっショ」
「そ、そんなことは… 私が、私が一方的に巻ちゃんを好きになったから…!」
「…ありがとな 東堂が好きっていつも、いっぱい言ってくれるから…オレもそれでいいとか、図々しいこと考えてた」
ゆっくりと、言い聞かせるように巻島が告げれば、東堂の体から緊張が抜けた。

「でも、言わなくちゃ伝わらねぇよな」
「巻ちゃん……」
「ごめんな、オレはお前の巻ちゃんじゃねえけど… この世界のオレも、絶対お前の事好きだと思う」
「巻、ちゃん…巻ちゃん!!」
「だから、こういう事は お前の巻ちゃんと初めてをした方がいいだろ?」
癒すように、ゆっくりと言葉を流せば、東堂の睫毛が涙で揺れた。

「…それにこっちのオレと向こうがリンクしてるなら……オレがお前とその……そのままシちゃうと、女のオレも向こうの東堂に……」
「そ れ は 許 さ ん よ ! 巻ちゃんは私の巻ちゃんだっ」
「だろ? オレが、この世界に来たのは、…多分 違う世界だったら素直に、東堂に好きって言えるかもなんてオレがバカな事を考えてたからみたいだ 
多分この世界のオレも、同じこと思っててリンクしたんだろうな」
一度言葉を区切って、巻島は苦笑した。

「でもダメだな オレは違う世界でも、臆病でひねくれてて……やっぱり卑怯だった」
「卑怯なんかじゃないぞ! それに私は、巻ちゃんがどんな巻ちゃんでも好きだ!たとえ男だろうと女だろうと次元が違っても!」
「…オレもお前、見習うショ… オレもオレの東堂にきちんと、好きって伝えるから、お前も…お前の『巻ちゃん』の言葉を待ってくれねえか?」
「巻ちゃ……」
限界寸前まで、目を潤ませた東堂に、巻島は慌てふためく。 

男の東堂を泣かせても、さほど罪悪感を感じたことはないが、女の子相手となれば話は別だ。
謝るべきか?でもここで謝罪も何か違う気がする…どうすれば…。
巻島がぐるぐると脳内で、色々行動を模索していると、すぱんっと小気味良い音が響いた。

東堂の後頭部を、戻ってきた荒北がスリッパで、全力に叩いた音のようだ。

「東堂ォ…アンタに部室でだけは巻チャン襲うなって 前に言っておいたよネ? 出場停止とか学校ぐるみの問題になったらどうしてくれんの?」
……部室でなかったら、止めてもらえなかったのだろうか。そして前にという事は、前科があるのか女東堂。
この事態でも襲ったのが自分扱いでなく、襲われた扱いであるのに少々へこむ。

荒北が手を差し伸べ、巻島を立たせれば、チッと舌打ちされた。
「な…何かしたか…?」
「……女の私より、肌が白くてスベスベだからムカついた」
「ハッハッハ!巻ちゃんはな!男でもきちんと日焼け対策をしているデリケートな肌なのだよ!」
「ルッセ!テメェがいばんな!」
女性になっても、男らしい荒北は、いっそすがすがしい。

「うわぁ 本当に男だあ」
ひょいと背後から覗き込んだのは、ゆるふわショートヘアのフェロモン美人だった。
色気がむんむんというより、全身で包む込むような柔らかな笑みと、物理的に色々包み込めそうな巨乳。
「裕ちゃん、男になっても髪の毛長いんだね」
「えっと…新開か?」
「当たり〜! 男の私と似てる?」
「顔……は似てるといえば似てるけど……新開はイケメンだから、美人にもなるのかって驚いたっショ」
「うふふふふ、美人だって!」
「むぅ…巻ちゃん!美人というなら私だろう!!」
東堂が巻島の腰に抱きついたあたりで、巻島のフル稼働させていた強がりは、限界を迎えた。

「……その、かっこ悪いんだけどよ……ごめん 正直限界っショ……黙って座ってていいか?」
「なに巻チャン 男でも中身一緒?」
「…こっちのオレ知らねぇけど、多分一緒じゃねえ? オレの知ってる荒北と、目の前の荒北の性格そっくりショ ちょっと口悪ぃけど親切で面倒見いい」
「ほんとだぁ 靖子の性格そのまんまだね」
にっこりと微笑む新開は、すこし緩やかな雰囲気が、増しているようだ。
「ああ、じゃそろそろ いっぱいいっぱいかもネ」
と荒北は、巻島に座るよう促し、自分もしゃがみこんだ。

「…私の巻ちゃんとどうやって入れ替わったか、覚えているか 巻ちゃん?」
座り込んだ巻島の背後から抱きつき、離れない東堂の質問に、巻島はこくびを傾げた。
「あぁぁぁぁぁ もう!!巻ちゃん男でもかわいいいいいいいいい」
背後からの、巻島の動きだけでこの反応ができる東堂が、少し怖い。
巻島が逆らわないのをいいことに、先ほどから髪に顔を埋めて「巻ちゃんの匂い…」と堪能しているもの、やはり怖い。

「……こっちでも つくづく残念な美少女っショ……」
「興味本位で聞くけど、そっちの東堂はどんなんヨ?」
「…残念なイケメンって呼ばれてるかな……」
「ん、大体想像付いた それ以上はいいワ じゃ話戻して」
「えっと……違う世界のオレなら どんなかなあって考えてたときに、急に停電になって、まだ夕方なのに真っ暗になって驚いたっショ 窓もあるのに」
「ああ、さっきの一瞬の雷の時か…そっかそういえばその直前まで巻チャン見た記憶あるわ」

「えっとじゃあ 今、戻りたいって裕ちゃんと……男のアナタも裕くん?」
「オレは裕介…巻島裕介がフルネームショ」
「そっかあらためてよろしくね、裕介くん」
マイペースににこにこふわふわと、手を差し出してくる新開だが、荒北が「お前にまかせてると話がすすまねぇ」とその手を下ろさせた。

「多分、オレとこっちのオレの考えてることは同じみたいだから、帰りたいと同時に願うのは可能だと思う」
ただ、その時に自然現象である雷を迎えるというのは、自力ではどうあがいても不可能だ。
「とりあえず暗闇は窓を塞ぐとして… ブレーカー、落としてみるのはどうだろうか」
東堂の提案に、荒北や新開もなるほどと頷いた。

ダンボールを用務室からもらってきて、窓を塞ぐ。
部室前に立って、東堂や荒北たちは巻島に別れを告げた。
「…ま、面白かったヨ」
「そっちのワタシにもよろしくね?」
「巻ちゃん……巻ちゃん、私の名前は東堂羽智…覚えて、くれるか? 私も、巻島裕介を覚えておくから」
「もちろんショ 一生、絶対に忘れない…色々、ありがとな オレの東堂の次に、好きだよ」
「巻ちゃん…!」
感極まって、泣き崩れようとする東堂を、荒北が部室から引っ張り出した。
「バイバイ」
「ああ、こっちのオレにもよろしく」
「さよなら、巻ちゃん」
「…さよなら、羽智」

巻島が扉を閉め、最初にいた位置にまで戻ると同時に、暗闇が訪れた。

しばらく待つと、きしんだ音がして、扉が開き明かりが差し込む。
「巻ちゃん!」
――ああ、聞きなれた東堂の甘い男の声。

羽智、次元を超えても好きだと言ってくれた、お前を見習ってオレも勇気出さなくちゃな。
今更渡英予定は帰られなくても、コイツなら同じ世界にいるなら充分だと、納得してくれる。

「ただいま、東堂 ……今まで言わずにごめんな ……好きだ」

見慣れた、いつもの世界で、一番に出会えたのが嬉しくて、巻島は東堂へと微笑みかけた。

オマケ:
扉の外に居るのは、パラレルで別れた時と同じ状況で、東堂、新開、荒北の三人のようだ。
盛り上がって、思わず他者の目を忘れて告げてしまったと、巻島は瞬時に赤面し、頭を抱えてしゃがみこむ。

…反応がない、自分の声は聞こえなかったのだろうかと、巻島は恐る恐る顔を上げた。
だが呆然と固まったままの東堂は、しっかりと聞き取り、その台詞を何度も反芻していたようで、そのままぼそりと呟いた。

「新開 俺は死ぬ」
「そうか」
「死因は巻ちゃんだ 巻ちゃんが可愛すぎてのキュン死だ萌え死にだ」
「わかった 死亡診断書を出す医者には、そう伝えてやるよ」
「そうしたら、オレの墓碑には『巻ちゃんへの愛ゆえに死んだ男』と刻んでくれ」
「よし安心しろ オレはその後、裕介くんが尽八以上の男からプロポーズされて、尽八以上の男と結婚して、尽八以上の男と幸せな家庭を作って、
尽八以上の男と可愛い子供ができるまで見守ってやろう」

……なんでオレ、男と結ばれる前提なんだよ。
そしてどうやって、子供作ってるんだよ。

一世一代の告白の後に、漫才を聞かされている気分だ。
しかしおそらく、東堂はどこまでも本気なのだろう。怒鳴るべきか泣くべきか、このまま立ち去るべきかと巻島は途方にくれる。

「尽八…すまん、本当はオレが亡きお前に代わって 裕介くんを幸せにしてやれば一番なのだろうが…オレにはウサ吉という存在が居て」
「オレにはアキちゃんという誓った相手がいるワ」
いつしか現れていた、箱学キャプテンもなにやら便乗をし、
「オ…オレは……オレはりんごが好きだ!」
「…無理してノらなくてもいいヨ、福チャン…」

「だから…かわりに、尽八以上の男と裕介くんの逐一を、お前の墓前に報告してやる」
と新開は続けた。
「新開きさまっ!!! 巻ちゃんが…巻ちゃんがオレ以外の男と結ばれるだと!?何よりオレ以上の男なぞ居るわけなかろう!不吉なコトを言うなっ!!!!」

「テメェの方が100倍不吉なコト言ってんだよ!!!」
すかさず東堂の脳天に、荒北の拳が落ちた。

「やはりオレは死なんよ!巻ちゃんと幸せな家庭を築く!!! 巻ちゃんを幸せにして、オレも幸せになる!」

――どうやら巻島裕介の未来に、東堂は存在してくれているようである。