【東巻】その視線の持ち主は

東堂を介して知り合った、箱根学園の荒北や新開とも、巻島は随分と気軽に話せるようになった。
福富との出会いに因縁があって、当初はほとんど会話もなりたたないレベルだったが、会話をしてみれば、実際二人とも気持ちのいい人間だとわかる。

巻島自身の人見知りも、関わるなとばかりに原色を身にまとったファッションも、どれも自分の不用意な発言で、他人を傷つけたくないという配慮からで、
それを越えてしまえば、巻島は随分と無防備になり、逆に親しい者たちには心配をさせてしまう傾向があった。
どうやらその流れに、荒北と新開も例外ではなかったらしく、東堂が話しかけていない隙を見かけては、巻島に声を掛けて来るのが、今では普通だ。

もともと荒北や新開が近づいてきたのも、「うちのクライマーが迷惑をかけて」という理由だったのだが、今では巻島自身を気に掛けるようになっている。
東堂をウザいと思うことはあっても、迷惑と思ったことがなかった巻島の首を傾げるという反応に、東堂をストップかけるだけでなく、
こっちにも盾が必要だと切実に感じたからだ。

今日はレースではなく、本当に偶然新宿に買い物に来ていたという巻島と、同じくたまたま映画を見に来ていた二人との邂逅だった。
雑踏が平常運転という新宿で、新開が巻島の存在に気づけたのはやはり、あの髪色のおかげだろう。
通りすがりの女子高生の「わーレディガガみたい」の言葉に、ふと振り向いたらしっている存在がいたという訳だ。

流れでなんとなくお茶をしていこうという話になり、巻島は
「よくオレに気が付いたなぁ」と感心している。
「っつーかその髪で、気が付かねーほうが無理だろ」
スペシャルパンケーキを頼んだ新開と、アイスクリームサンデーを頼んだ巻島に「女子か!」のツッコミを放棄した荒北が、肘を付き、二人が食べる様子を
観察している。
「東堂がはじめて裕介くんに出会ったときは『あの玉虫色が…!』なんて叫んでだから、実際どんな色かと思ってたけど、綺麗だよ」
にっこり笑う新開は、無意識の人たらしだ。
挙動不審にワタワタとする巻島にも、微笑を崩さないのだから、東堂と違ってまたこちらもイケメン極まりない。

二階席の窓際、運動部の男三人とくれば、通常はむさくるしさを連想するが、イケメン新開と、新宿という土地柄のおかげでさほど違和感ない巻島と、
細身の荒北なので、その存在は周囲に溶け込んでいた。

「東堂かぁ…今日はどうしてるっショ?」
抹茶アイスとクッキークリームとミントアイスを混ぜてみて、不味くはないが微妙な味だと、新たな味覚を探索している巻島が尋ねる。
まるでそのタイミングを見張っていたかのように、巻島の携帯が指定着信音を奏でた。

「あ…東堂からだ」
曲を聞いただけで、出てもいいかと目線で尋ねる巻島に、新開がどうぞと掌を返し促す。
小さく頭を下げた巻島が、ボタンを押すなり
「巻ちゃん?オレ東堂!」
「毎回名乗んなくても、表示されてるっつーの」
「ワハハすまんね!今何をしている?どこにいる??」
スピーカーにしていなくても響く東堂の連続質問に、荒北が「ウッゼ」と眉をひそめた。

「今、新宿 荒北と新開とお茶してるショ」
「…………え………巻……ちゃん……?」
しばらく東堂の沈黙が続いたかと思うと、受話器越しに騒がしく走る音が聞こえた。
バタバタという行動の後、荒い吐息。
何をやっているんだといぶかしむより早く、新開の携帯が鳴る。

「あ、これ寮の公衆電話からだ ……尽八か?」
「どういうことだね隼人ォォォォォォォォ!!!!」
巻島との電話以上の騒がしさで、思わず耳と携帯の距離を離してしまった新開に、迂闊だったと巻島が視線で詫びる。
「うるせぇよ!!偶然新宿で巻チャンに会ったから茶ァしてるだけだ!!」
新開から携帯を奪った荒北が、かわりに叫べば
「オレも!!今から新宿行く!!どこだ 場所を教えろ!!」さらに大声が返った。

「……東口 紀伊国屋近くのカフェっショ」
しょうがないとばかりに答えたのは、まだ携帯が繋がったままの巻島だった。
律儀に、東堂のやり取りを黙って聞いていたらしい。
「巻ちゃん!すぐ行くから!!1時間で行くから!!」

ようやく話が終わったと、携帯をスライドさせた巻島が、巻き込んで悪ィと小さく頭を下げれば、いやむしろ…こちらこそすまないと、新開も頭も下げる。
「一番悪いのはあのアホってことにしておこーぜ」
という荒北の言葉が、一番正しかったのかもしれない。

東堂が会いたいのは、どうせ巻島だけなのだからと放って帰るというのも、ひどい話なので、荒北と新開も無駄話に興じてくれていた。
幸いまだ席には余裕があったし、新開が「時間があるならこれも」と追加オーダーしたチョコパフェのおかげで、居心地の悪さも感じなくて済んでいる。

「それにしてもアイツはよォ… 好きな奴にも嫌いな奴にもあんな毎回テンション高くて、よく身が持つよなあ」
苦笑した巻島は、無理に作った笑顔でなく困り顔で自然に笑う。
だがそれを眺めた荒北と新開の反応は、不自然なものだった。
少し眉根を寄せてほほえむ新開と、目を細めて不同意を露わな荒北。

「?…なんか おかしな事言ったか」
「巻チャンさぁ…はじめて会ったときは東堂と仲悪かったんだろ? どんな対応だった」
「どんなって…いきなり『玉虫かよ!』って叫ばれて、あと『オレに勝ったんだから笑え』とか言われて、何コイツって思ったショ」
「それ…かなり初回から好感度高いよ」
「そーそー アイツさぁ…マジ嫌ってる相手にはゴミ見る目しか向けねぇし」
「……へ?」
間の抜けた声で応対した巻島は、いまいち理解ができていない。
東堂は、どんな相手にもああいった対応なのだろうとしか、考えたことがないからだ。

「愛してるの反対は、無関心って言葉があるけど…尽八はまさにそれだな」
「オレなんか当初バリヤンキーで入部したからヨ 睨まれるとか虫けら見る目とまではいかなくても、結構スルーされたぜ」
なにか聞かれればきちんと対応するし、やり取りそのものに不自然さはない。
だが、当時の東堂にとって自分は「生徒A」「生徒B」「生徒C」といった程度にしか、認識されていなかっただろうと、荒北は述べた。

「東堂が…?」
否定はしないまでも、信じるには少々時間がかかるような巻島に、荒北が「そ、あんな感じ」と窓の下を指差した。
カフェを探していたらしい東堂に、幾人かの女性がナンパ目的だろうか、群がっている。
通常であれば、愛想の良い東堂は話しかけられても首を振り、メモを見せ何事かを確認しているようだ。
その顔には、笑みも楽しさもなく、冷静になにごとかを裁くような視線。

「え…あれ 東堂か……?」
「あれも尽八だよ」
「黙ってれば マジイケメンなんだなあ…勿体ねえ」
「巻チャンそれ東堂に伝えてあげようか?」
「……めんどくせェから やめてくれ」
「賢明だネ」

女性の一人が、あそこではないかと言うように、こちらを指差す。
それに釣られ顔を上げた東堂は、玉虫色の髪をひと目で確認したのだろう、すぐさま輝くような笑顔になった。
目線のあった巻島が、ひらひらと小さく手を振ると、大きく頷き、ビルの入口へと向かう。
「うわーまぶしー」
まったくの棒読みで、巻島をからかうために言ってのけた荒北に、新開も「尽八の裕介くん好き度はすごいな」と続けた。
「まあとにかく、嫌いと主張していた当時から、東堂は巻チャンにすっげー関心持ってたみたいだな」

東堂が来てから、改めて追加をするのも間が悪いと、三人は立ち上がった。
支払いをすませ、カフェの入口で待っていればすぐに東堂の姿見える。

どすっと重い音が響く、全力の抱きつきで駆け寄る東堂を、仕方がないと受け入れる巻島。
「仲いージャン」と荒北が横槍を入れれば、振り返った東堂は「さっさとお前たちも用事を済ませたらどうだ」と静かに振り返る。
「…出ました東堂サマの、ゴミ虫を見る目!」
「これはひどいですねぇ 今まで裕介くんを引き止めていたのはオレ達だというのに、解説の靖友さん?」
「全くです チームメイトをないがしろにもほどがありますね 実況の新開さん」

なぜかいきなり実況解説風になった荒北と新開に、慌てふためくのは巻島ばかりで、東堂は目の前の巻ちゃん成分を補充するのに忙しいとばかり、
聞く耳をもたない。
仕方がなしにそれぞれ別れ、東堂と二人きりになったところで、巻島の携帯が鳴った。

たった今、離れたばかりなのになんだろうと、メール一覧をスライドさせる。
「何を見ているのかね まーきちゃん?」
覗き込んできた東堂に、にやりと人を食った笑みを浮かべた巻島が差し出した携帯には、発信元:荒北の文字。
何を送ってきやがったと、東堂が慌てて画面を見れば、一言

『巻チャン男は狼なのよ 気をつけなさいって知ってる?』

東堂の表情の変化を知った巻島は、まさに的を射た助言だと、小さく笑った。