【東巻】
おいしいご馳走

巻ちゃんが、触りたいのならば理由を言えという。
女の胸を触りたいのは理解できる、異性の腰を抱いてみたいというのは判る。
だが、自分の筋張った手足や腰を触れたいお前が理解できないと、本気で困った顔をしていた。

いつもより更に眉の下がった巻ちゃんが頼りなげで、思わず抱きしめたら
「だからそれをヤメろって話の最中だろうが!」と全力で引き剥がされる。
むきになって、こちらもあらん限りの力でしがみつけば、大抵折れてくれるのは巻ちゃんだ。

「理由か…言わねばならんかね?」
抱きついた距離感を利用して、耳朶近くで囁くと、巻ちゃんはくすぐったいと頬を染めた。
「抱きついてこなきゃ別に理由、言わなくていいッショ」
「なるほど」

さてここで、素直に告げていいものだろうか。
巻ちゃんに後ろから抱きついて、うなじ近くで喋れば、その吐息でピクンとゆれるのがカワイイから。
巻ちゃんの腰に抱きついて、腰のサイズを測る振りして揉めば、ビクリと竦むのが色っぽいから。
巻ちゃんに正面から抱きついて、紅くなった顔を堪能したいから。

――どれも素直に言えば、確実に引かれる。

大体、触りたいと思うのに理由があるものか。
それに、巻ちゃんは可愛いからといえば全力で引き、美しいからといえば、心底理解できないといった顔つきになる。
どうしたって、自分を色っぽいと認めようとしない。

ならばと、寝台の上で巻ちゃんがグラビアを眺めているのを利用して、ぐっと手を引きその身を反転させる。
「巻ちゃんは、オレがどう言っても納得をしてくれない」
「……お前の言ってることが把握できないんだから、しょうがないショ」
「ズルいぞ、巻ちゃん そう言ってずっと逃げ続けるつもりだろう」と言えば、イタズラががばれた、子供みたいな顔になった。

「ならばこちらも、実力行使をさせてもらう」
ぎくりとした様子の、うつぶせの巻ちゃんの背中にまたがり、肩甲骨部分に指を置いた。
少しおびえた表情なのが、たまらない。
だからといって、別に無理やり下世話な真似をしようというのではない、ただのマッサージだ。
ぐっと力をこめて、骨の付け根部分から筋肉に添って指を動かせば、「ひゃっ」と巻ちゃんは小さく叫び、慌てて口をふさぐ。

「………」
今聞こえた、エロさ極まりない声は、幻聴か。
確かめたくて、指を動かし今度は腰部分を揉めば、「ふぁっ」と鼻にかかった甘い声が漏れる。
いやいやまさか、巻ちゃんがオレにこんな素敵な声を聞かせてくれるなんて夢かと、背骨に添って指を動かせば、巻ちゃんはびくんと大きく揺れた。
「と、東堂…も…やめ……」
「…やはり今の声は巻ちゃんなのか!?」

信じられなくて、次は首をほぐそうと指を廻せば、鍛えられていないそこは、白く滑らかで、吸い付くような肌をしていた。
その柔い肉を、ぐっと押せば巻ちゃんは反射的に身を竦ませた。
今度こそ声を漏らしてなるものかとばかり、かみ締めた巻ちゃんの唇から、もれる掠れた吐息は、喘ぐそれと同じ威力を持っている。
「んっ…うっ…いっ…」
覆いかぶさるように、あちこちをマッサージすれば、その動きにともなって、陸揚げされた魚のように、巻ちゃんの体はびくびくと跳ねた。
途中で噤まれてしまったせいで、「いや」なのか「いい」のか、解らないけれど、ぎゅっとうつ伏せでシーツを握る巻ちゃんは、もう逆らう力はないようだ。
振り返った顔は、艶かしい懇願の眼差しだった。

――それにしても、許せんな。
巻ちゃんは誰かにマッサージされるたびに、こんな痴態を晒しているのか。

それでも、一方的にいいようにされるのが、悔しいらしい巻ちゃんは、憎まれ口を叩く。
「クハッ…尽八ぃ…すげぇオスくせェ顔してるっショ」
くらり、と眩暈がした。その雄を引き出したのは、自分だというのに、巻ちゃんはどうやら自覚がない。
「ならば、巻ちゃんがオレのメスだな」

耳朶近くに唇を寄せて囁けば、自分の言葉の意味に思い当たったらしい巻ちゃんは、真っ赤になる。
自分で煽っておきながら、それに気がつかない無垢さは、まるで処女のようだ。

「なぁ巻ちゃん やはり触れたいと思うのに、理由などないな」
「じゃ、じゃあ」
「だから理由がわかるまで、こうやって確かめさせてくれ」

撫でるように、腰のラインを手のひらでたどれば、「ひっ」と小さく息を呑んだ巻ちゃんは、膝を立て逃げようとする。
すかさずその足首を引き、引き寄せれば巻ちゃんは上半身がうつ伏せのまま、オレに跨る形となって、下半身が密着した。

「あ」
短く声を出したオレを、巻ちゃんが恐る恐るといった顔で振り返る。
「ごめん巻ちゃん、今わかった …オレ巻ちゃんを好きみたいだ」
「この体勢で言う言葉かよ…で、………東堂……なんか、ケツの辺りに当たってるみてェなんだけど………」
「すまんね 勃った」
「平然と言うなショ!!!」

じたばたと暴れる巻ちゃんのウェストを、強く引き寄せれば、触れ合う範囲はますます広くなる。
「何、最後まではせんよ 気持ちよくだけしてやるから、何なら犬に噛まれたとでも思って忘れてくれ」
「犬に噛まれて気持ちよくなれるか!! 離っ……は、はぅっ…ふぁっ…」
巻ちゃんの怒鳴り声が終わるより先に、押さえ込む要領で広背筋をほぐしてやれば、巻ちゃんは閨房の睦言のような、甘い声音で啼いた。

――だって巻ちゃんが悪い オレをオスだなんて挑発するのだから

自らの糸で捕まった、綺麗な一匹の蜘蛛を、オレが触れて撫でて独占する。
独占欲と、暗い悦びで満ちる幸せな心持は、絶対に巻ちゃんに告げられないので、かわりにその美しい髪を一筋掬い、口づけることにした。