箱学モブ男の相談というより、モブ男に相談 ******************** ご無沙汰しております皆さん、モブ男です。 はじめましての皆様は、箱根学園自転車競技部の1年、東堂先輩と巻ちゃんさんが、つきあうきっかけとなった合宿で、振り回された後輩で、 更にはその後の様子を偵察する役割を下された、一年とでも認識ください。 ああ今日もいい天気、自転車日和だ。 校門から校舎へ向かって、のんびりと歩いていた僕は、強い力で肩をつかまれたかと思うと、部室のパイプ椅子に強制的に座らされていました。 目の前の折り畳み机前にいるのは、指を組んで肘をついた、東堂先輩でした。 いつもはペラペラと………いえ饒舌な先輩が、ただ黙って祈るように掌を握っている様子は、なにごとかと思わざるをえません。 一昔前こんなポーズでグラサンかけて、手袋したオッサンの映像を、よく見かけた気がします。 「あの……?」 「モブ男……一般平均男子的なお前の意見を聞きたい」 ……いやまあ、確かに天才的な登りで美形な先輩からみれば、僕は庶民代表Aでしょうが、もう少し配慮をしてくれても……いや、多分先輩の配慮でコレなんだろうな。 そうでなければ、三下のお前の意見が聞きたいとか、言われかねなかったかも。 はい、一般平均男のボクでよければ、東堂先輩のお話を聞かせていただきます。 *ただし巻ちゃんさんの話は除く 「巻ちゃんの事なのだが…」 …ですよねー!東堂先輩がボクごときに相談など、巻ちゃんさんがらみでもなかったらないですよねー! 知ってた!! ああここで嫌だとか、一般男子のボクが言える度胸があったら、一般のカテゴリレベル抜けられています。 解ってます、わかって……誰か、部室に来てくれないかなあ………。 「巻ちゃんの乳首は、危険すぎるものだとは思わんか!?」 ダンッと両腕で机を叩いた東堂先輩は、言っている内容はともかく、お顔は真剣でした。 …でも真剣であればあるほど、僕の関わりたくない度数は急上昇なのですが。 「巻ちゃんは自分の色気を理解していない!オレの前だけではなく、横に他校の奴らがいようと暑いと前かがみで、ジャージのファスナーを下げるのだ!」 ロードレーサーに乗っていれば、どうしても前に屈むような体勢になってしまうのは、仕方がありません。 「巻ちゃんは!自分の淡く可愛い尖りが男の目に晒される危険性をまったく意識していない!!」 意識して、胸を曝け出す男がいたら、その時点でアウトな人だと思います。 ……ただ、巻島さんにとっての最大かつ、一番の危険人物は目の前にいるんですが。 そして東堂先輩が、レース中とにかく二人きりになりたがって、先頭争いを始めるという理由が、そこはかとなく理解できました。 以前噂によると、レース参加者が二人に勝負を申し込んできたところ 「巻ちゃん!ちょうどいい こいつを利用してオレ達二人きりに早くなろう!!」 と当人の目の前で、何も隠すことなく発言したという噂は本当でしょうか。 …っていうか、そういう思惑少しは隠せよ 他者を利用してまで巻ちゃんさんとの勝負にこだわる姿勢は素晴らしいと思うのですが、 ……その勝負を申し込んだ方に、ご同情申し上げます。 東堂先輩、女の人がらみで多少心配されることがありますが、むしろボクとしては全国のトップクライマーたちの襲撃の方が怖い。 「えっと……そういった意見でしたら、東堂先輩の同級生とか、先輩たちの意見を伺ったほうがいいのではないでしょうか?」 学年が違えば意見は違うし僕ら一年は、まだ巻ちゃんさんのことを知って、それほどの日数はたっていません。 正直、まだまだ内心では「総北天使のみんなごめんね! むしろ逃げて!巻ちゃんさん逃げて!!!」の心境なぐらいですから。 「あいつらは…頼りにならんのだよ」 え、なんですかそれってボクが先輩たちより頼りになるみたいじゃないですか! 「まずフクだが……あいつは、オレと巻ちゃんが恋人堂という事をいまだに理解しておらん」 あそこまで大々的に、オープンな告白をしているから、それはないのではと返せば 「しかしだな! オレが巻ちゃんにマメに連絡しすぎてすまんと、温泉饅頭を持って先日また千葉を訪れたというのだぞ! オレと巻ちゃんは恋人なのだからこれぐらい当然だろう」 …多分、100人が聞いたら100人が声を揃えて、いやお前の電話密度は当たり前じゃねえよ、話してる内容も普通の男子高校生の会話じゃねえよと返すと思います。 「そして荒北なのだが……」 「ど、どうしたのですか?」 東堂先輩は思いもがけないことに、そっと涙を流していたのです。 「アイツは……自分が美に恵まれなかったばかりに、美意識まで歪んでしまったらしくてな… オレを美形だと認めないばかりか 『ハァ!?巻島の乳首!?キメェ!興味ねえオレに話題振んな!』などという暴言を吐いたのだ!」 哀れだから、もう触れてやるな、オレの美形ぶりも巻ちゃんの危険な乳首も認識できない、悲しい相手だと、東堂先輩は心底可哀想という表情で、首を振りました。 ……箱学のお母さん、荒北さん。 ボクにも同じことを、言えるだけの勇気を下さい。 アレですよね、暴言とか言われてますが、巻島先輩がキメェのではなく、それを話題にしようとしている東堂先輩がキメェのでしょう。 東堂先輩の顔がどうとかではなく、美形もまとめて否定して、この事態に関わりたくないといえるのは流石です。 「新開先輩は……」 「ならんよっ!」 先ほどに負けぬ勢いで、もう一度机を叩いた先輩は、今度はひどく苦しげに俯き、気のせいか小さく震えていました。 「ど、どうしたんですか!?」 「あいつは……巻ちゃんの乳首はピンクで可愛くて、危険すぎるのではないかと告げたら…」 「ど、どうかしたのですか!?」 「『ヒュゥ 裕介くんの乳首はピンクで可愛いのか 今まで注目したことがなかったから、今度じっくり観察してみるよ』などと抜かしおった!!」 なんたる危険人物だ…っ!あんな危険な考えを持つ者は、巻ちゃんの半径100m以内にいてはいけないなどと、東堂さんは主張していますが。 …… お 前 だ 言えたらすっきりするだろうなあ、でも言っても絶対何を言っているって顔されるだけだろうなあ。 「で、モブ男 お前の意見は…巻ちゃんの乳首をどう思う」 「ど…どう…とは…?」 「そのままの感想だ」 そのままって……。 興味ない→美意識も美感覚もないダメ人間扱い それはそれでいいんだけど、きっとその場合ボク以外に、また巻き込まれる被害者が出る 興味ある→危険人物扱いされる っていうか今後の東堂先輩の目が怖い一生を、送る羽目になる。 どっち答えてもアウトじゃないですかー ヤダー! 「巻ちゃんに憧れていたお前なら!あの危険な存在をどう思うのかと尋ねている!」 もうアウトだったー ヤダーーッ!! 「そ……そうですね……ボクは…その純粋な憧れでしたので、…巻ちゃんさんは乳首ない派でした!!」 「な……なんだと…!?」 「よ、よくあるじゃないですか!綺麗な人形とかマネキンとか…つまり偶像のように憧れると、イメージもそうなるんです!」 よし、頑張れボク!! 「だから巻ちゃんさんの胸はすべすべさらさらで、危険な乳首はないものかと思ってました!」 「なる…ほど… オレは……今まで巻ちゃんの乳首については、…二通りの感情しかないものかと思っていた だが違うのだな!」 「はい 違うのです!『巻ちゃんさんに乳首はないよ派』も世界には存在するんですっ」 …しねーよ どこの世界の話だよそれ。 「さすがは巻ちゃんだ! まだまだオレの知らない世界を開いてくれる……!」 拳を握り、天を仰ぐ東堂先輩はなにごとかに感動するかのように、目を瞑りました。 …この姿を見たら、ファンクラブの女子達は哲学的だとか、感動にうちふるえている東堂くん素敵とか思うんだろうなあ。 でも内心で考えてるのは、巻ちゃんさんの乳首なんだよなあ……。 「だがモブ男、よく聞け」 がしりと、ボクの肩を掴んだ東堂先輩は、射抜くような鋭い眼差しです。 「想像することは許さんが、巻ちゃんにはそれはそれは愛らしい 見ればむしゃぶりつきたくなる可愛い突起が胸の先端についている!」 ……はい、まあ可愛いとかはともかく、なければ人間ではないですよね。 「だからお前も、そんな妄想は捨てておけ いいか、人間には乳首は存在するのだ」 ………この人に、妄想とか言われたくない そして、知ってる。 「えーっと話を戻しまして…それで、仮に危険だとしたらどうするのですか」 東堂先輩の話の着地点が見えなくなってきたので、自分で修正することにしました。 「そうだ!そこでだ 巻ちゃんにメンズブラをプレゼントしようと思うのだが、どう思う」 「メ、メンズ…なんですか?」 「なんだ知らんのか 男性用のブラジャーだ 最近ではレースに薔薇のステッチが付いていたり黒のショーツ付きでセットになっていたりとバラエティーに富んでいるぞ」 「むしろなぜ東堂さんは知っているんですか……」 「うむ、某通販サイトで巻ちゃんに似合うカチューシャがないか探そうと思ってな 『男性用』と入力してみたら予測変換で『男性用ブラ』と出てきて…うっかり押してしまったのだよ」 男性用カチューシャって何ですか、ねえだろそんなの。 カチューシャはカチューシャで……とこっそり机の下で、スマフォから検索をかけてみたら、存在するのですねその単語。 もっともヘアアクセサリーで、教科書のキリストがつけてる冠みたいな髪避けがひっかかったのですが。 「そして知ってしまったよ 巻ちゃんの乳首対策でまた新しい世界を!オレは知った!」 …巻ちゃんさんが聞いたら、「オレはそんな世界教えてねえっショォォォ!」とか全力で怒りそうな気がしますが。 「メンズブラは、どうやら女装男以外にも愛好者がいるらしくてな!大胸筋サポーターは締めつきすぎて苦しいらしいのだが、ブラだとほどよく 背筋が伸びる感じがして、悪くないだとか 猫背気味な巻ちゃんにはぴったりだろう」 素晴らしいアイディアだとばかりに、東堂先輩はメンズブラのアピールタイムです。 「…そんなにいいなら、ご自身でつけてみたらいかがですか」 「うむまあこの美形であれば、ブラですら似合ってしまうかもしれん!だがオレの人生にブラは不要だ!」 ……巻ちゃんさんの人生にも、多分不要ではないですか、それ。 「……とりあえず、やめたほうがいいと思います」 「む、何故だ モブ男…!あんなあやうい無防備な存在を放置しておけというのか!」 「落ち着いて下さい 先輩と巻ちゃんさんは同性であるから油断しているのかもしれませんが、普通の恋人として考えてみましょう」 「ふ、普通の恋人……!?」 「そうです その場合、まず彼氏が彼女の乳首を危険呼ばわりしている、ひどい男となります」 ――普通の彼女は、乳首見えそうなカッコウで、人前ににいないでしょうが いたとしたら、それは全力で彼女にしないほうがいいと、止めたい人間だと思いますが 「オレと巻ちゃんが、……普通の恋人……!」 どうもボクの一言がツボだったのか、東堂先輩が頬を紅潮させています。 どーでもいいけど、ともかく、こっちの話聞いて。 「そしてそれが心配だからと言って、東堂さんは付き合い始めてまもないのに、下着をプレゼントしようとする男になるのですよ!?」 そうそれは、バレンタインのお返しにと友人にエロ下着を返す親父レベルに嫌われる行為です。 ……男が男にメンズブラ送ったら、それどころじゃない最悪レベルだよね、うん……。 「た、確かにそれはマナー違反かもしれん……」 よかった、男女間のおつきあいというものであれば、東堂さんの感性はまともでした。 「そしてです 巻島さんは女性ではありません 同性からブ、ブラだなんてプレゼントされてはプライドが傷つくのではないでしょうか」 「……その通りだな モブ男すまなかった ……オレは巻ちゃん尊さのあまり、色々見失っていたらしい」 巻ちゃんさんは、鍛えても肉がつかない体型を気にされているそうです。 先輩の電話を伺っている限りでは、圧倒的に運動量ではなく栄養バランスの問題なように思うのですが、それはさておき。 そんな相手に女性用下着の男性版(ややこしいな)のプレゼントは、最悪の一言でしょう。 よぉぉぉぉぉしっ!!ボク、頑張った!!!! 女性の話で例えて、さりげなく元の性別にシフトチェンジ、頑張った!!! 思わずとった、ガッツポーズに、東堂さんはしみじみと頷きました。 「お前のような、凡庸……いや十人並み……いやその、平凡な男の意見でこそ、大いに参考になった」 ……言いなおしてもどれも、同じ意味ですよね、それ。 褒めてねーよ、それ。 満面の笑みの東堂さんは、素晴らしい考えだとばかりに掌を天井へ掲げました。 「お礼にオレと巻ちゃんの結婚式の際には、お前に特等席を用意してやろう!」 いらねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!! 「とんでもない!後輩として当たり前のことをしたまでです それに巻ちゃんさんは恥ずかしがりやさんなんですよね! 身内だけのひっそりした式のほうが喜ばれると思います!」 「…なるほど、モブ男 今日のお前は冴えているな」 …自分の身にかかる災難を、ひたすら逃れたいだけです。 ボク頑張った、リターンズ!! とりあえず、キャプテンを経由して「巻島さんの乳首を東堂さんには見せないように注意して下さい」と伝言してもらうべきか否か。 ……してしまったら、箱学が危険人物の集団に見られそうで、恐ろしい。 そして言いだしっぺのボクは、完全にアウトです。 『…箱学のさあ…一年 巻島先輩の乳首心配してきたんやってェ……』 『え、なんですかそれ!』 『箱学はやはり、危険だな……』 『東堂さんだけじゃ…ないんですね…』 うわぁぁぁ僕が、同類項扱いされる!!!箱学の評判が地に落ちる!! そしてきっと福富さんなら、愚直なまでに切実に、 「うちの東堂がすまん!」って温泉饅頭持参して、千葉まで謝りにいっちゃうううううううううっ!!そしたら荒北先輩が 「福チャンのせいじゃねえよ! …オレが東堂ボコっておくから!レースに差し障りない程度に!!」 ってなって、今度は新開さんが 「裕介くんの乳首はピンクで可愛いらしいぜ?」とかさらりと告げて、「そんな情報いらねェヨ!」って部室内カオス!!! ……やはり今日のこの出来事は、ボクの胸の中だけに、仕舞っておくことにしましょう。 それでもやっぱり一言だけ叫んでおきます。 「巻ちゃんさん 逃げてーーーー!」 |