東巻百物語

1
「神様なんていねえショ」リアリストな巻島がそう笑えば「ならば証拠を見せようか?」とどこかで聞いた声が響いた
「見せてみろよ」
「いいだろう だが見た時お前は神の物になってもらうぞ」
その返事と同時に空間は歪み、巻島は山深い壮大な屋敷奥に座っていた
「ようこそ巻ちゃん」

2
東堂さんの家の風呂場隣にある部屋は、絶対に立ち入らせてもらえない
時折音がするので「何があるんですか」と訊ねたら
「世界で一番美しくて価値のある生き物だよ」と笑ってた
ひと目見せて欲しいと頼んだけれど
「神経質でオレ以外ダメなんだ」
と今もその部屋には近寄れていない

3
眠りが深くなり指先一つ動けなくなる深夜、巻島は誰かがそっと触れる
気配を毎日感じていた 首筋に、耳朶に、唇に
今日こそ正体を確かめてやろうと寝たフリをして来訪者を待てば聞きなれた声が頭上で響いた
「…なんだ、今夜は起こさぬよう配慮をせずとも構わないのだな、巻ちゃん」

4
「食べてしまいたい程可愛いとは理解できん 一つになっては互いに何もできないではないか」その言葉にもっともだと、巻島は頷く
ふと伸ばした巻島の指先が東堂に触れた
「巻ちゃんは指も細くて美しいな…やはり先程の言葉は撤回だ」と指先に口接け、甘噛みをしながら東堂は笑った

5
他のヤツの名前を笑顔で呼ぶ声を聞きたくなくて
「黙れ、口を開くな」なんて言うんじゃなかった
それ以来巻ちゃんは、オレに口をきかない
なあ頼むから喋らなくてもいいから、せめて食事はしてくれないか
水すら飲まずに巻ちゃんはソファに横たわったまま10日もたつ

6
「たかだが人の分際で」事故にあった巻島は耳元でそう聞いたという
眉を顰めた東堂が舌打し「身の程をわきまえん奴め」と誰かに呟いた
それ以来、東堂と巻島と競るように3位によくいた選手をみかけない
「神の中にも位はあるからな 天罰にでも当たったのだろう」東堂はそう笑った

7
「蜘蛛を飼う夢は悪い誘惑をさし、蜘蛛を殺す夢は成功を意味する」
夢占いの本を見てオレが言えば
「勝手に飼われたり殺されたりで、意味づけされるんじゃ蜘蛛も大変ショ結局当人の精神状態を夢が表してるだけだろ」と巻ちゃんは笑う
…ああ、飼いたい殺したいとオレは思っているのか

8
見知らぬ男が「やぁ巻ちゃん!」と声をかけてきた
「誰ショ」と聞き返すと困った顔で「そうかお前は初めてだったな」と笑う
「一度目は飛行機が落ちた次はオレのファンに刺された三度目は事故で失った」
…誰の声ショ「もう間違えん」
気付けばオレは豪奢な和室に足鎖で繋がれている

9
『飼う』の語源は食物や水を与え育てる代わり(代ふ)にその存在を所有するという事だ
繋がれて二日目、巻島は乾きに耐えきれずに、甘い蜜の香りがする液体を飲んでしまった「もう、人の世界には帰れんよオレの水を飲んだから」
嬉しそうに男は極上の笑みを浮かべた

10
「ウチのジョセは過敏でプライド高くて、慣れるまで調教大変だったショ」
「…どうやって躾けた?」
「防衛本能が高いみたいだからひたすら信頼関係を作ったショ あとは叱るより褒めて懐かせてから、首輪つけたかな」
なるほど非常に参考になったと、メモする東堂は目を細めた

11
「オレは巻ちゃんを初めて会った時から好意を」「クハッダウトっショ」
箱学の奴らと飲み会で、色んな話をした
「そういや東堂忙しいのか、最近オレにあまり付き纏わねェショ」って呟いたら、箱学の奴ら全員目線を逸らして「ダウト」「…ダウト」って連発してきたのはどういう意味ショ

12
「蜘蛛のオスはよ、生殖後捕食されちまう危険性を理解してるし、その前に一匹の相手狙って雄同士凄惨なやり合いがあるってのに、諦めねえショ 何がそこまでさせるんだろうな」
「…同属を殺しても欲しいという事だ」
東堂が指を伸ばせば「欲しいショ?」と山頂の蜘蛛は、艶かしく笑った

13
霧が深い夜は捕食動物にされる夢を見る。為す術なく這いつくばされ、無防備な箇所を、凶暴な熱にも似た視線に暴かれ、晒される。
「…夢…ショ…」
東堂と登った山頂で、天候が急に変わり霧がたちこめてきた。
「…全部夢だよ、巻ちゃん」
隣に居たはずの東堂の声が、どこか遠い

14
今日は快晴で、先日のように突然の霧に見舞われる心配もない
山頂で振り返った東堂が伸ばす手を、取ろうとした
「…オレならば優しく愛でてやろう」「ショ?」
反射的に引こうとした指先を、逃げられない力で強く捕らえられた
ああ、天気なんて関係なかったのか

15
後ろに、気配を感じた ゆっくり振り返っても誰もいない
今度は横に気配を感じる 首を曲げて探してもやはり誰もいない
気のせいか?…そんな筈はない
誰かがいる

「ハハハハッ!無駄だぞ巻ちゃんっ!オレは音もなく移動するスリーピングビューティだ!!」
……やっぱ居たショ

16
「なあ巻ちゃん 髪には色々良くも悪くも思いや念が憑きやすいからな、巫女さんやシャーマンは神の寄り代として役立てるよう伸ばすんだ」
…そんな東堂の言葉を思い出しながら、日本へ向かうように散らばった自分の長い髪を、本体よりよほど素直だと巻島は溜息をつきながら片付けている

17
ある日東堂が姿を消した
「あなたの後ろにある影は、あなたを全ての災厄から守ります しかし代わりにあなたとこれ以上の人の縁を全て奪います」
そして強大すぎて私では何も対処できませんと、能力者は頭を振った。
「クハッ…仕方ねえヤツショ」笑う巻島は、受け入れている

18
「綺麗だろ?」そういって東堂が示す先には何もない
だが巻島は「ああ綺麗ショ」と頷いた
「欲しいか?」「自然のままが一番ショ」「そうかもしれんな」
そういって東堂が何かを放てば、羽ばたきに似た音がした
二人の世界の視界は、どうなっているのだろうか
こちらを顧みた東堂は、オレ達だけの世界だという目をし笑っていた

19
ただでさえうるせェ東堂がついに「巻ちゃん!」という単語しか言わなくなった
だが周囲も「それが?」という顔だし巻島も「いつも通りショ」と動じていない
オレの耳がおかしいのかと、真波に聞いたら笑いながら「荒北さんの聞こえたままであっていますよ」と答えられ問題はないようだ #東巻百物語

20
神について巻島は語る
「神様って頼られるばっかで、自分がツラい時キツいっショ」
「かもしれんな…その神が人の子をたった一人、慰めに求めたらどう思う?」
「んー…人の寿命が尽きる時なら良いんじゃねェ?合意なら最高ショ」
ありがとうと呟いた男の表情は、桜吹雪で窺えない

21
事故で意識を失ったオレの傍にずっといたという男は、東堂と同じ顔をしていた
寡黙で、長い髪を流れるままにしている『西條』と名乗るそいつをオレは知らない
「…お前はオレの尽八じゃねえショ」「亡くすよりは奪うのを選んだ お前はゆっくりとオレの『牧ちゃん』になればいい」

22
東堂と同じ顔と声の男は、オレを微妙に違う響きで呼ぶ
なあお前の【牧ちゃん】は、笑顔が得意で人懐こい奴だったショ?オレとは違う
「オレはお前のマキちゃんじゃねえよ」「いいや、お前はオレの牧ちゃんだ…逃がしてなんてやらんよ」
強く掴まれた手首が、痛い

23
子天狗が山神に問う「貴方はどのようにあの人を求めるのですか」
山神は答えた「渇えた者が水を欲するように」
異形の蜘蛛に懐いた子犬が問う「貴方はどうしてあの人を好きになったのですか」「乾いた地に水湧くように、オレの知らねえ心や思いを生まされてだ」お似合いだと子達は笑う

24
「巻ちゃんより先に君と出会っていれば…」
東堂君にそうフラれた私は、全力でタイムマシンを開発した
東堂君が巻島さんと会う直前に行ったら、直後にフラれた ならばと1年前に飛んだら1年後にフラれた いっそ幼馴染まで遡っても、玉虫色が現れた瞬間私はフラれる 東堂君の嘘つき

25
「尽八、お前だったショ いつも栗をくれたのは」
尽八はぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。
慌てて抱きかかえた巻島が、すまなかったショと火縄銃を落とし、涙を流せば尽八は「オレは!たった今絶好調になった!!」と元気になって、二人でいつまでも仲良く暮らしました

26
玉虫色の髪をした、女郎蜘蛛の化身が描かれた掛け軸を、独り寝の夜に見てはいけない
蜘蛛に魅せられた者達はいつのまにか姿を消すからだ
ある夜現れた尊き法師が「それを私は封じよう」と掛け軸の前に座る
翌朝、法師は姿を消してその掛け軸は『女郎蜘蛛と山神』の絵に変化していた

27
我が家の客間に代々伝わるある『女郎蜘蛛の化身と山神』の掛け軸
蠱惑的な玉虫色の女郎蜘蛛の化身と、美丈夫な山神の美しい一対が描かれている
この絵は無人の部屋に置いてはいけない
夜毎、苛まれる艶やかな声がその部屋から漏れ響いてしまうからだ

28
夜中に一つ、白くて小さい掌が差し出された
可愛いのでなんとなく、食べてたアイスを1粒上げた
3,4回それを繰り返し「もうないぞ」と言えば不思議な毛色の猫が現れ
「お前良いヤツだから飼われてやってもいいニャッショ」
とオレの膝に乗っている

29
「この傷はいつのものだ」「お前に出会う前のレースで巻き込まれたショ」
膝内側にある傷痕を、東堂は舐める
「…東堂、何をしてるショ?」「いや…巻ちゃんはここに傷があったかね」
「ねェショ」
自分に関わらぬ記憶は、その身から全て消すよと山神は、首を傾げる巻島に笑う

30
いかに無惨に殺めようと、他の者をつがいにとあてがおうと異形の蜘蛛の存在がある限り、山神は誰にも振り向かない
ならばと次元の壁を越え、山神に恋した姫神は幾つもの世界をさまよい渡る
ようやく見つけた蜘蛛のいない世界
ああ、だがそこには箱根の山神も存在しないのだ

31
「これはオレがここ数年経験してる怖い話ショォ…デジカメの顔認識システムで、オレを撮ろうとすると、かならずオレの後ろの電柱の影とか植え込みとかに、顔認識反応マークが出て、そこには長い触角みたいなものがピコンとはえてる写真ばかり写るっショ…」
「巻島さん、多分それ霊とちゃいます」

32「東堂は何でも叶えられる力があったら何するショ?」
「巻ちゃんが、オレ以外の者を愛する世界を全て壊す」
「クハッ…世界壊すぐらいならその力でオレを惚れさせる薬でも作れよ」
「ああ確かに」
ああ、もっと早くその方法を思いつけば、こんなにも多くの世界を奪わずすんだのに #東巻百物語

33
幼い頃オレは、兄貴にも親にも通じねえ言葉を喋ってた
現在の「ショ」というルーツ不明な語尾は、どうやらその名残らしい
どうせ誰にも通じねえと思って雨宿りの最中
『東堂、好きだ』とその言葉を呟いてみる
なのに一瞬目を瞠り、東堂は『オレも』と聞こえる不思議な響きの音を返してきた

34 
夢の中、美しい玉虫色した長い髪が現れた
あまりに美しいので思わず束ねて掴むとぷつりと切れた
その夜「オレの髪を返せショ でねェと何度も来てやるぞ」と髪の持ち主がやってきたので「嫌だ」と断り、その訪れを今日も待っている

35
夢の中いきなり髪を掴まれ切られる感触がした
振り返ったら男がオレの髪を握り締めていた
返せよそれはオレのものだと、夢で訪ねたらソイツに「嫌だ」と断られた
仕方がないから毎夜訪問して返せと主張するにもそろそろ飽きたので
「もう来ねェショ」と言ったら毎晩ソイツが夢にやって来る

36
わが身を他者に疎まれることに飽いた山蜘蛛が山神に取引を申しかける
「オレの身を捧げる代償に何かくれねえか」
「よかろうならば人の身と魂をやろう だが覚えておけ与えたその身はすべて、オレのものだ」
神の気まぐれで人になった山蜘蛛は、誰より神に愛されている #東巻百物語

37
自己流の走りを続けたせいで、負担が掛かりすぎた足は、もう競技に使えないと告げられた
走れないオレに用はないといわれるのが怖くて、
「悪ィ、東堂 もう一緒にいられねえ」
と別れを告げたら閉じ込められて、繋がれている
…ああ、どうしよう幸せだ #東巻百物語

38
東堂の家を訪れたら、女将に「うちの息子が本当にごめなさいね」と深々謝罪された
部屋まで案内してくれる、渋いイケメンな親父には
「別れたくなったら…息子を犯罪者にしないよう、私達も頑張るので一人で決めないでくれ」と頭を下げられた
おい東堂お前、オレをどう話してるショ #東巻百物語

39
「東堂 結婚しねえ?」
「巻ちゃん言質をとったぞ今のはしっかり録音した さあ挙式はいつにしようか」
「きょ、今日は1/4…ショ……」
「そうだなだが英国ではエイプリルフールの嘘は午前中まで
しかも人を傷つける可能性のある嘘は禁止だろう?
今は午後…さあ結婚してもらおうか」

40
「フラフラ喜色悪ィダンシングしやがって」
悔し紛れの悪口に総北のパーマ頭が振り返った
「悪いことは言わないこれは心からの忠告だ 二度とそれをこの距離で言うな」
視線の先を見れば、絶対に聞こえないはずの距離で東堂が、巻島越しにこちらを睨んでいた…心から忠告に感謝する

41
うふふ捕まえてごらんなさ〜い」「待てよコイツゥ」を東巻でやると
「クハッ掴まえてみるっショ尽八ィ!」「ハハハッ!楽しいな巻ちゃん!」
の山道ロードバイクで全力疾走になって、数年後、髪の長いゆらゆら走る女と、平地を走るみたいに坂を上るイケメンカップルの幽霊が出るって都市伝説

42
世間話程度のつもりで、東堂が「恋人が浮気した場合、
恋人自身、浮気相手もしくは自分が目の前で刃に貫かれるのは
どれが一番ダメージがあるだろうな」って呟いたその瞬間
箱学自転車競技部は
『巻ちゃんさん逃げてえええ!』
と空気が凍りつく

43
東堂が真顔で「巻ちゃんが女の子でなくて良かった」と言う。
笑って「女じゃお前と競えねえもんなぁ」って返したら
「いや…オレの思いが強すぎて既成事実で責任を取るという
暴走をせずに済み、きちんと口説けたからな!」とか言った

……オ、オレいつ口説かれたショ?怖いショォォ

44
イギリスに東堂が遊びに来たとき、わからないだろうと、ものすごいノロケを交えた英語で東堂を紹介していたら、巻ちゃんの為に英語べらべらに学んできた東堂は実は全部わかってて、でも知らん顔してて、あと二人きりになった時に「嬉しかったぞ」とか言い出してうわああああってなる巻ちゃん

45
罰ゲームで、オレが負けた
ニヤニヤしてる巻ちゃんが「『恥辱…繋がれた私を見て』を本屋で買ってこいっショ」と言ったので「ごめん聞こえない」と答えた
「だから恥辱…繋がれた私を見てショ!」「え?何」「ち、恥辱繋がれた私を見て!ショ!!」
素晴らしい録音データが保存できた

46
待合室で見かけた『黄門☆じごく変』という漫画を読んでみたくて、本屋へ行ったショ
口頭で本屋のお姉さんに「この漫画、どこら辺にある?」って聞いてみたら、書店隅の黒カーテン奥R-18コーナーに案内されて、しかもそれを東堂に見られてた
家に帰るのが怖い ※昔の知人実話w

47
『オレはただ、綺麗な蜘蛛の巣を作りたいだけショ』
玉虫色をした蜘蛛は、今日も空の蒼に映える幾何学模様の巣を作る
だがその形に魅せられて、今日も獲物が飛び込んできた
迷惑だと眉を顰めるその蜘蛛に、ああ お前に食べられるのなら悪くはないなと、美しい蝶は、目を細めて笑う

48
オレを庇って命を落とした東堂を土に還すのが忍びなくて邪法を選ぶ
キョンシーになったその体、死後硬直で感情もロクに表せない
なのにオレが死んでしまえば、その命すら絶えるのが耐えられずオレは永遠の命を求めて吸血鬼になった 
こんな永遠ですまねえと詫びても東堂は今も無表情

49
しゅるしゅると細い糸がどこからともなく忍び入る
玉虫色のその糸は気付けば人の形に紡がれていた
ああ、どうしよう
異形の存在とわかっているのに、オレの心は目の前の美しい編み人形に奪われている
ソイツは首を傾げてにたりと笑った #東巻百物語

50
単なる冗談のつもりだった
神の称号を持つ東堂に
「なあ、寿命の短い人の子と添うのは辛いっショ?」と聞いてみる
「いや百年添うて、百年また生まれ変わるのを待つのも悪くない そしてその度惚れ直してるぞ巻ちゃん」
微笑み返すコイツにとって、オレは何人目のオレなのだろう

51
「山頂で蜘蛛を見かけても手にしてはいけないよ それはきっと山の主だ」
そう言った祖母にオレは「触れたらどうなるの」と聞いていた
「綺麗な細い蜘蛛の糸に捕まって、蜘蛛に捕らえられてしまうだろうよ」
…話を聞いて理解していたのに、目の前の蜘蛛に捕まりたいと俺は願う #東巻百物語

52
ほんの一瞬の短い光、それを諦めりゃお前の人生安泰だ
だから次の世ではもうあの勝負を諦めろ、誰かの声がそう響く
「断るよ オレはあの一瞬を何度だって選ぶだろう」
「それじゃ次の世も、オレはお前を選べねぇショ」
その声はどこか、哀しそうにそう言った

53
「いいかこの一本の矢がオレの巻ちゃんへの思いとする」
三本の矢の話を、コイツは何に例えようとしているんだと思ったら
「ハッハッハッ!見ろこの矢は一本でも決して折れはしない!!」と胸を張る
アホなことやってんなと、その矢を奪って力任せに曲げても足で踏んでもマジ折れねえ何だコレ

54
「蜘蛛には特定危険動物に指定されている種類もあるな」
「ああ、人に影響与えるようなものは危ないショ」
一定の基準を満たした「檻型施設」などで飼養保管する・脱走を防止できる構造強度を確保する・第三者の接触を防止する
飼育条件を見てる東堂が、時折こっちを見るのは何でショ #東巻百物語

55
「なあ巻ちゃん紅の究極は玉虫色だと知っているか」
高級遊女や大奥女中などにしか使えぬ非常に高価な笹色紅
綺麗な玉虫色に満ちたお猪口
その色をこんなに多く持つ巻ちゃんは、色んなモノに目をつけられやすいから気をつけろ、これは魔よけだとそう言って東堂はオレに小指で紅をさす #東巻百物語

56
ここにお前を埋めたなら、その後 土に何を生やそうか
「…お前に似合うヒマワリショ」
夏が終わればヒマワリの種を1粒口にして、毎年あの山の記憶と
お前を思い出すショと言えば
「無駄だよ巻ちゃん思い出す隙もない程オレは、お前の記憶にい続ける」
と東堂は口端を上げる #東巻百物語

57
東堂と撮った写真、アイツはいつもオレの肩か腰を抱いている
友人としての距離じゃねえよな、おかしいショ?と周囲に聞いてみても
「東堂は巻島に触ってねェと死ぬ病気だから仕方ない」
箱学ばかりか総北の皆までそう言うショ
…東堂、病気だったのか…気づかなくて悪かったショ

58
「昔この坂で玉虫の髪をした男と、物音一つ立てず静かに移動する美形が、何度も自転車で競っていたんだって」
「…何それ都市伝説?」って会話をしてたら、背後から
「楽しいな巻ちゃんっ!」「ショォォッ!」って会話とともにRIDLEYとTIMEと書かれた自転車が追い越してった

59
とある旅館の庭端にある石灯籠
黒い黒いその穴を覗けば稀に、豪奢な庵が見える
庵の奥には山神様と蜘蛛の化身
二人があまりに楽しそうだったので、思わず見る人その手を伸ばせば
『オレと巻ちゃんの邪魔をするな』の声が脳内に響き、
目が覚めればそこには、石灯籠すらすでにない

60
ある日東堂から『おしゃべり』が消えた
「静かでいいショ」
なんてからかってたが、寡黙な東堂の目線は鋭く熱い
何でもいいから言えよと告げても、ただじっと見られてる
ああ、この身が灼けてしまう前に、東堂の囀り早く帰って来いよ

61
東堂とカラオケに行ったショ
「巻ちゃんに捧げる…さそり座の女」
東堂は歌いながらワンフレーズごとにこっちに近づいてきて、
オレの目を覗き込んで、最後は壁ドン状態になった
あんなに怖いカラオケは初めてだったショ

62
ちびぱちが昼寝をしてたから、そっと買い物に出た。
帰ったら、ぐしゃ泣きのちびパチが「巻ちゃんが!!お空に還ってしまったのかと思ったぞ!!うわぁぁぁぁ巻ぢゃあああん」って必死にしがみ付いてきたので、謝ったけど、お前の中のオレってどういう存在なのか聞きたい

63
「あなたの強さの秘密は何でしょうか?」というインタヴュー、「そうですね執着力でしょうか」と笑顔で東堂が応えると、感心したように「なるほど勝利への執着ですか」とまとめられていた。
…箱学自転車競技部は、執着の対象は勝利でないと、全員が知ってる。

64
時折鋭い目をした東堂が
「さて、オレはどこまで本当の事を話しているでしょう」
とからかうように言う
全部が全部、隠したふりした本性のクセに今更ショと答えれば、ばれていたのかとお前は笑う

65
巻島さんが『木霊』にとり憑かれ、人の台詞を返すだけになってもた
すかさず東堂さんがやってきて
「好き好き大好き尽八ラブ オレを目茶目茶にして欲しいショ!」
『好き好き大好き尽八ラブ オレを目茶目茶にして欲しいショ!』
と言わせてご満悦 巻島さん部室籠って出てきぃへん #東巻百物語

66
部室に籠ったままの巻島さん、3時間したらやっと出てきた
「ちゃんと喋れネエなら、もう一生口きかねえショって思ってたら治ったショ!」
という嬉しそうな顔を見ながら、東堂さんが笑顔でボソリと
「チッ …根性のない木霊め」と舌打していたのは、気のせいだと思いたい怖い #東巻百物語

67
なあ返事」夢の中の東堂は、また少し近づいた
「巻ちゃん返事は?」繰り返す東堂に「何のだよ…」と問いかけても答えはない
目を覚ますと東堂が「魘されていだぞ」とこちらを見る
「何でもないショ」と手を振れば「そうかところで返事をくれないか?」と東堂は夢と同じく尋ねてきた

68
ある夜部屋に現れた不思議な猫
「オレのエサはアイスでいいニャッショ」をすかさず却下して
魚をやったら「骨が喉に刺さったニャ」肉をやったら「脂っこいニャッ」と涙目でもぐもぐやっている
仕方ないのでアイスを少し与えたら今までにない最上級笑顔
オレの心は揺らぎまくっている

69
毎年忘れてるのに、夏になると思い出す呪い
とあるセミの鳴声が
『突く突く奉仕!突く突く奉仕!
気持ちいぃよぉっキモチイイヨォッアァァァァァァァッ!!』
って聞こえるってヤツなんだが、今年はそれが更に悪化して
全部が全部、東堂の声で脳内再生されるっショ
…どうしよう

70
真面目な顔した巻島が「田所っち相談あるショ」と言ってうち明けてきたのが、蝉の声が東堂の声に聞こえるという内容
ノロけかノイローゼかどっちだと思って聞いたら、呪いだった
おいやめろ、ツクツクホーシの声がお前のせいでまともに聞けなくなったじゃねえか

71
巻ちゃんがセミの声を聞くと、オレを連想するショと言う
なんだろう、自然とオレを結びつけてくれているのだろうか、照れるではないかと
嬉しかったが、その割には巻ちゃんの顔色が優れないのは何故だ

72
「結婚届はいつ出そうか」
真面目な顔の東堂に、お前何言ってるショだいたいオレらつきあってもいねえショと答えたが、そのまま頷いた東堂は
「そうかオレ達の誕生日の中間か それは丁度いいかもしれんな」
と味噌汁を飲む
おいお前誰とどんな会話をしてるっショ

73
「自分が頂点だなんて思いあがっていたオレは巻ちゃんによって生まれ変わる」
過去形じゃなくて何で現在進行形ショと聞いてたら東堂はそのままサナギになった
どうするショと立ち尽くしてたら1時間もしないで
「生まれ変わったオレを見てくれ巻ちゃん!」
…どこも変わってねェショ #東巻百物語

74
普段ならうるせェぐらいに元気良く「ただいま!」と玄関を開ける
東堂が無言のまま靴を脱いでリビングに行った
何か嫌なことでもあったのか珍しいショと首を傾げていたら数分後
「ただいまっ巻ちゃん!」と勢いよく扉が開いた
…リビングにいるのは誰ショ消えてても存在してても怖ェ

75
十分前に無言で帰宅した東堂
五分前に「ただいまっ巻ちゃん!」と帰ってきた東堂
困惑したオレはとりあえず二人目に
「風呂沸いてるショ」とタオルを渡して風呂場に誘導

…そして今
「戻ったよ巻ちゃん」
静かに扉を開けて、微笑む東堂がまた一人いる

76
「と、東堂はいったいどうしたショ…!?」
廊下で座り込んでたら
「「「どうしたんだ巻ちゃん」」」
居間と風呂場と玄関の三方向から来た東堂が、オレを囲んでる
パニック状態で真っ白なオレを尻目に東堂達は真面目な顔で「夜の分担はどうするべきか」と話し合ってるショ

77
「よく寝てる…じゃあ巻ちゃん爪を切るよ」
うとうとソファで寝ていたら跪いて東堂がオレの手を取った
パチンと音がして、ヤスリで丁寧に整える
オレの爪が目障りだったショ?起きてる時に言ってくれればと
寝ぼけた頭で思っていたら、東堂はガラスのボトルに切った爪を溜めていた
#東巻百物語

78
「東堂…この前知り合った奴にメアド教えたら、お前の半分ぐらいの量でしょっちゅう連絡来るショ…どうしたらいい?」
「なに…そいつはストーカーではないかね!?よしオレが着信拒否設定をしてやろう」
……このやり取りを、素でやっとったあの二人に、ワイはどうツッコむべきか

79
卵を握りつぶすように割り、追いバルサミコ酢をドバドバかける
キャベツは勿論手でちぎっているし、魚は鱗の処理もしていない
なのに何故、まずくないどころか美味しいんだこの名称不明な不思議な料理
我が家の七不思議のひとつに数えたいぞとオレが言えば、
巻ちゃんはクハッと唇端を上げて「内緒ッショ」と笑う #東巻百物語

80
キラキラ光る玉虫色の糸が、オレの指先に纏わりついた
その美しさに心を奪われ、もっと糸はないのかとあちこち探す
徐々に増えていく美しい糸
(…ああ、これは蜘蛛の巣だったのか)
気付いた時には全身あまなく絡め取られ、オレは巣の主が
顔を出すのを心弾ませただ待っている

81
夜空を彩る大きな花火
「たった一瞬の光でも、しばらくは忘れられねえものもあるんだな」
とあの山頂を思い出し言えば
「花火の際の掛け声の玉屋だが、30年程度で取潰しになった店だと知っているか?それでも世代を越えて現代も記憶されている」
オレは永遠に忘れんよと東堂は山を指して微笑んだ

82
「なあ巻ちゃん、そろそろ髪を切ろうじゃないか」
そういって東堂がオレの髪を整える
肩より伸びてはいけないオレの玉虫色の髪
わかってる、お前がこれ以上の長さを許すのは、地下室の電極につながれてただ眠る、ガラスの水槽でたゆたう本体のオレだけなのだろう #東巻百物語

83
たまたま見かけた玉虫色の綺麗な髪をした人
素敵だったのでまねしてみたら、その夜夢にイケメンが来た
こっちをじっと見てるのでドキドキしてたら
「すまんね、間違えた」と一言、消えた
……間違えたってどーゆー事!?

84
幹に鼈甲色した抜け殻一つ「空(うつ)蝉だ」
「羽化した後の寿命はわずか それでも欲しいと思うのは罪かな」
と東堂は問う
「さぁな変わりモンの蝉だったら、人との追いかけっこや駆け引きが好きかも知れねえショ」と答えれば「そうだな追うのも悪くない」と東堂は抜け殻を潰した #東巻百物語

85
水の中で百合が咲いたら綺麗ショと巻ちゃんが言う
透明な青に白く光射す水の中、揺れる白百合は幻想的だ
だがそこにその百合持つ巻ちゃんがいればもっと美しいに違いない
「クハッ前世のお前と同じ事を言ってるショ 現世はもう勘弁してくれよ」
と肩を竦め巻ちゃんは口端を上げた #東巻百物語

86
ガラス張りの温室に異形の美しい蜘蛛を一匹封じ込める
「なあ巻ちゃん 素直にオレに従えば、何もかもお前のものだったのに」
愛おしそうに、山神は告げる
(…従うんじゃねェ、オレはお前と並びたいッショ)
ガラス向こうにいる蜘蛛は、繚乱の華下 無言のまま今日も、ただ耳を塞ぐ

87
拾った子犬がどこへ行くにもついてくる
「あのなわんパチ お前は人間じゃねェから一緒が無理な場所もあるっショだからイイコで留守番してろ」
そう出かけて帰ったらベッドの上に裸首輪のイケメンが正座して
「人間になったぞ巻ちゃん!」と嬉しそうに笑ってる
…どーすりゃいいショ

88
ある日ガキの頃から宝物を入れてる小箱に覚えのない鍵があった
知ってる限りの錠にさしてみたけれど、どこにも合う物はない
先日東堂の新居に訪れて、ふとあの鍵を入れてみたらぴったりあった
「不思議っショ?」
「不思議ではないな」
と東堂は、その鍵をあらためてオレに渡した

89
勝負を賭けて勝ったけど別に命令したい事もねェ
冗談で「じゃあ今後オレを様付きで呼ぶショ」といったらすかさず
「わかったよ巻島様」
あれから数週間今では
「おはようございます 何でもお申し付けください美しい巻島様」と東堂が嬉しそうに言う
……オレ、やべェ扉開いたショ? #東巻百物語

90
幾つも連なる朱い鳥居を潜ればそこは人のものでない領域
行方不明のはずの東堂がそこに居た
「お前何やってるショ帰ろうぜ」と言えば東堂は無言で指を鳴らした
それが合図のように並ぶ鳥居が次々と崩れてく
「これでもう帰れんよ」
二人だけの世界だと目の前の男は、口端を挙げた

91
巻にゃんがあまりに可愛くて『食べてしまいたい程だ』と告げた
瞬間、哀しそうな涙目巻にゃんは「オレは締められて首を裂かれて血抜きされて、毛を毟られて猫鍋にされるニャッショ…?」と箸を隠して震えてる
言いたいことは色々あるが、誰だ巻にゃんにこんなエグい猫鍋を教えたのは

92
ある日、巻ちゃんの体液が全て蜜に変わった
涙も汗も唾液も、微妙に味の異なる極上の糧
(…ああ、もっともっと 巻ちゃんの色んな蜜を味わいたい)
夢中になって貪って、気づけば床に組み敷いて繋ぎ、全身の体液をしたたらせ
『許してくれ』と啼く巻ちゃんにまた舌を這わせてる

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神の称号を持つ男 異形の者を愛した罪でもはやその身に力はない
己が変わったことも知らず
「ああ、極上の甘露のようだ」とオレに舌を這わせ笑う
なあ東堂、お前はもうオレのトコまで堕ちてしまったショ
せめてこの身ぐらいは差し出してもいいかと、巻島はそっと目を瞑る

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巻島さん!コンビニアイスが食べたいです!買いに行きましょう」
いつになく強引に小野田が言った
玄関を出た後「珍しいショ」と振り向けば青い顔
「ベッドと床の隙間に…男の人がいたんです」
「…それイケメンだったショ?知り合いだ問題ねェ」
「ないんですか」
「ねェショ」

95
「…って事があったんだ巻島さんはやっぱりすごいね!」
「で結局どないしたん?」
「え?部屋に戻ってアイスを貰ってご馳走になったよ」
「いやだから!ベッド下の男はどうしたん!?」「問題ないっていうからそのまま」
ダメだこの二人、早く何とかしないと…

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「巻ちゃんアガスティアの葉を知っているか?」
「…ゲームのアイテムか何かかよ」
人の運命が書かれた予言の葉だと東堂は言う
「見てみたいと思うかね」
「…知っても諦められないものは幾らでもあるショ人生成り行き任せの方が楽しいショ」
「確かにな」
そう笑って東堂は何かを崖から捨てた。

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こちらを見てる東堂が
「巻ちゃんの鮮やかさは始祖鳥に似てるな」と一人頷いた
「だったらお前はカササギっショ」と言い返したが
……化石しか見つかっていない始祖鳥は、たった一本の羽が黒と判明した他色彩はまだ解ってないはずショ
色々聞いてみたいけど、面倒だからやめとくショ #東巻百物語

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半透明で七色光る硝子の欠片に似たソレを、巻ちゃんがオレの舌へと乗せた
「オレが人魚だった頃の鱗っショ 人魚の肉は不老不死、鱗だけなら千年生きられるかもしれねえな」
冷たくどこか甘いソレを半分溶かして、オレは巻ちゃんへ口移す
独り千年なんて御免だ 共に生きて貰おうか

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山神に愛された者の身は、何にとっても極上の糧
玉虫色した女郎蜘蛛は、ツルや蔦に絡めとられその身が欲しいと囚われる
「やれやれ蟲惑のさがを持つ者は、人も異形も植物すらも魅了をするか だがコレはオレのもの手を出す輩に容赦はせんぞ」
目を細めた山神は、白く細い体を奪い返す

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百物語は百語っちゃダメなので、最後は東堂様誕生日おめでとう!ネタで

なんでも我侭聞いてやると巻ちゃんが言ったので
「ならば巻ちゃんの手作りチョコが欲しい」とねだってみた
しばらく難しい顔した巻ちゃんが「わかったショ」と頷いた
翌朝、巻ちゃんがスーツケースを用意
「ちょっとカカオ豆、買って来るショ」
待って巻ちゃんそこまで求めてないから、待って


魔除アイテムも念のため
東巻:恵方巻の一種。
黒い海苔と緑の青菜と人参がからむように配置されることが第一条件として作成される。
東側を向きながら「東巻尊い」と念じながら食べ、食べ終わった瞬間「オレはたった今!絶好調になった!!」と叫ぶとその年は無病息災に過ごせるという