【東巻】東堂さんがヤンデレるのは巻島さんにも原因がある



巻島の渡英後、目に見えて元気を失った小野田に、鳴子も今泉もかける言葉はなかなか見つからなかった。
「…まあ、ホンマ水くさいっちゅーか… 小野田くんだけやあらへんで、オッサンかて知らんかった言うんやから元気だしぃ」
「ん…そうだね」

作り笑いが痛々しく、普段はあまり会話に乗ることの少ない今泉ですら、
「まあ…オレ達どころか金城先輩すら知らなかったのだからな」とフォローする。
「…お前、それオレの言うた内容と ほぼおんなじやんけ」
「他になにを言えと言うんだ オレ達だって知らなかったしと言っても、なんの慰めにもならんだろう」
「…まあなぁ…」
一生懸命自分の気持ちを紛らわせようとする二人に、小野田も弱々しい笑みを作る。

「…そうだよね……一年も一緒に居なかった僕らより、ずっと一緒の時間を過ごしていた先輩たちも……聞いてなかったんだし……」
「ああ」
短く同意した今泉同様に、縦に首を振っていた鳴子がふと、思いついたように呟く。

「…ハコガクの前髪の人も…そうやったんかなあ…」
「いい加減東堂さんの名前ぐらい覚えろよ ハコガクの前髪の人よりよほど名前の方が早いだろうが」
「ええやん あの人想像するとどうしても名前やのうて前髪の人になるねんから」
人の名前を覚えるより、どうやら形状で記憶してしまったらしい鳴子の言葉に、小野田は首を傾げた。

「東堂さん?…田所さんも聞いてないぐらいだったんだから……」
「あの人は大丈夫なんかなあ 『ちょっとイギリス行ってくる』って…なあ…」
「…そう、だな」
箱根学園のメンバーの中でも、気にしているのは基本自分が得意とするジャンルに特化した相手で、鳴子や今泉が、東堂を気にするとは珍しい。

その小野田の疑問を読んだように、鳴子が続けた。
「小野田くんは落車事故に巻き込まれて、おらへんかった時なんやけど…すごかったで」
「あれは…煽るというより…巻島さんへの執着に近かったな」
「せやなあ… あとから普段のあのストーカーっぽい電話連絡の相手や聞いて、納得したわ」
「そうだな、男女間だったら、ヤンデレ闇落ちしてもおかしくない」
「……なんやの、ヤンデレヤミオチって」

狐につままれた表情の鳴子に対し、いわゆる特殊用語を会話に織り交ぜた今泉は、違和感に気がついていないのか涼しい顔だ。
その今泉の言動に、小野田の表情が『今泉くんが仲間になりました!』的な明るいものへと変わる。
「ヤンデレっていうのはね、鳴子くん!その人の事を好きすぎて、病んでしまうような感じで、その病みも愛ゆえだからというので一部人気があるジャンルで…!
闇落ちっていうのはそれがさらに特化して!」
「…うん、小野田くん よぉわからへんから、東堂さんと巻島さんで例えてくれへん?」

小野田をもり立てようと、理解を示す鳴子は健気だ。
少し自分の得意分野になった小野田は、作り笑いでない笑顔を浮かべていた。
「そうだね、東堂さんと巻島さんじゃ…ちょっと生々しいから 鈴木君と田中さんにしてみるよ」
「ああ、その方がオレ達も助かる」
小野田に徐々に洗脳されつつある今泉だが、さすがにまだBLにまではたどり付けていない。

「まず…話を総合すると、田中君と鈴木さんはお互いツンデレ状態で出会う」
「…またわからん単語が出てきよった…」
「おいおい、ツンデレはもう一般用語だぞ」
「マジでか!?ワイは知らんで!」
「えっと…まあツンツンしていながらも内心ではお互いを悪く思っていない状態って感じで理解してもらって良いかな?」

厳密には違うが、一般人にもわかりやすいようにと、小野田が言葉を選んだ。
「それで田中君と鈴木さんは出先などでなんども偶然に出会い、そのうち仲良くなっていく」
「おお!少女マンガっぽいやん」
「である日、雨の中トラブルにあってる田中くんと鈴木さんは約束するんだ こんな偶然じゃなく今度はきちんと会おうって」
「…初めて、二人が自分の意思で約束をするんだな」
「そっからはおらへんかった小野田君に代わって、ワイが解説したるわ 田中君は約束の場所で『お前といたくてここにいる!!』って鈴木さんに告白するんやな」
「…だが、鈴木さんの答えは『ごめん…それ、叶わないの…』だった…」
「た、田中君かわいそう!」
「せやな!!」

天気はいい、二人で今並んでいるのは、約束の場所だ。
こんな恵まれた条件で、約束を楽しみにしていた田中君は、鈴木さんの台詞にショックを受けて当然だと、三人は頷く。
「それで鈴木さんはさらに言うんや『実は…今朝から体調が悪いの』 見え見えや!今元気にスポーツしとるっちゅーねん!!」
「『約束…した…だろ…?』って田中君もなるよね!」
「そうや!小野田君もここらで追いついてきたから、あとは聞いてるし知ってやろ?」
「一人…孤独に歩く田中くんの元に、鈴木さんが『…調子はどう?』って追いかけてくる」
ぼそり呟く今泉に、すかさず鳴子が叫ぶ。
「小悪魔か!!!」
「そりゃあ田中くん、メロメロになるよね!!」

「それで普通やったらここで、ハッピーエンドやろ?」
「そう…しかし…ここで、鈴木さんが裏切ることで、田中君はヤンデレになってしまう」
重々しく頷く今泉に、ノリよく鳴子は
「なん…や…と…」と固まった。

「田中くんは、これで二人の初めての約束もクリアした 残り少ない夏休みを楽しもうと、あらためて二人の絆を確かめるつもりで鈴木さんに電話するんだ」
「『もしもし、オレ田中 …なあ、オレ達これからも…一緒だよな…?』だけど!鈴木さんの答えは違っていた!!」
まさに悲劇!と、小野田は目頭を眼鏡越しに潤ませる。
「『ちょっと…イギリス行くの…』この答えも残酷やっちゅーねん!!夏休み誘おうと思ぉて、「ちょっと」なんて言われたら旅行や思うわ!!」
「田中くんは…気軽に聞き返すんだな『ちょっと?じゃあ夏休み中は会えないのか 残念だな』」
「鈴木さんは…『ごめんなさい…あと一週間もすれば…日本を発って…大学もあちらに進学するの…』」
田中に感情移入をしているらしい今泉の肩は、小さく震えていた。

「うわぁぁぁぁぁ田中君が可哀想すぎる!!!」
「せや!鈴木さんひどいわ!!」
「……田中くん、切れても仕方ないよね 何故だ何故だ何故だ何故鈴木さんはオレを置いてどこかへ行ってしまうんだ
…鈴木さんはオレを好きなはずなのにオレは誰より鈴木さんを好きなのに…」
ごくりとつばを飲み込んだ鳴子が
「…それが、ヤンデレ…」と小野田に尋ねた。

こくりと無言で首を縦に振った小野田に、闇落ちという単語もあわせ、鳴子はなんとなく理解をしたようだ。

「思いが通じ合ったと思うたら、…ちょっとが……期限未定、しかも出発はもう間際って……そりゃあヤンデレるわ……」
「東堂さん!かわいそう!!」
「せやな!ハコガク前髪の人!!鬱陶しい思うて悪かったわ!!

涙を浮かべて、手を取り合った総北高校一年生。
そこにいつの間にか参加をしていた杉元も、三人に手を重ね、ともに叫んだ。
「ボクも…!東堂さんを応援するよ!」
「…巻島さんから手紙があったら、少し連絡とってみるよ!」

イギリスに行った巻島は、自分の知らぬところで、可愛い後輩たちが東堂といつの間にかつるんでいたと知るのは、かなり跡の事だった。

「……なにがあったっショ…」