箱学ジンクス3【東巻】




箱学校庭
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人の流れを、ぼんやりと見下ろしている東堂がいるのは、3階の空き教室だ。
本来ならば、祭り事には率先して楽しむ立場だが、今日は気が重い。自分を好いてくれる相手の存在そのものを、拒絶したいと思ったのは、あの時が初めてだった。
今日だって、本来ならばどこかの教室を冷やかして遊んでいただろうに、今は誰もいない場所に篭っている。

自分の大事な友人を、敬愛するライバルを貶められ、一瞬全身の毛が逆立つほど、腹が立った。
荒北があそこでキレてくれなかったら、自分も何をしていたか解らなかっただろう。

「あの女 叩き潰すッ!」
グルルと呻く野獣をなだめるのは、一苦労だったが、そのために持ち出してきたアイディアは、さすがに少々東堂を困惑させた。

『東堂がメロメロ美人モデル巻チャンとの文化祭アツアツデート作戦』だった。
ちなみにこの作戦名は、当初『東堂の彼女 巻ちゃんが箱学文化祭に来ちゃうよ』だったはずなのだが、いつのまにかグレードアップされている。

学校中に蔓延しているといっていい、東堂の噂の彼女(?)巻ちゃんを、文化祭デビューさせるというのだ。
自分と巻島は、恋人ではないと主張したが、返ってきたのは
「バァカ お前がそう思ってても周囲はみーんな巻チャンをてめーの彼女だって思ってンだヨ!」
の謎の言葉だった。

カチューシャを外し、がりりと頭を掻いた東堂には、いまだ何を言われたのか理解ができていない。
それでも発端は自分のせいだし、ライバルとの戦いに備え、面倒ごとは排除しておきたい。
今日は、荒北と新開が『巻チャン役にふさわしい相手を用意してくるから、それまでどこかに待機していろ』と言われ、
部室では誰か女の子に見つけられてしまうだろうと、ここに避難をしてきていた。

ヴーッと小さく、携帯が揺れた。
発信人は「荒北」の文字。ピッとボタンを押すと、間髪入れず荒北の声が響いた。
『東堂 巻チャン来たぜ 今校庭のド真ん中 お前今どこヨ』
「第一校舎3階だ …どこにいる?手を振ってくれないか ああ、解った 横にいるのが巻ちゃんの役をしてくれる女性か?」

――正直、少し驚いた。
荒北と新開の間にいるのは、髪の毛が明るい茶色である事以外、シルエットも髪型も、自分のよく知る巻島にそっくりだった。
よく探せたものだと、感嘆すらしてしまう。遠目だが、顔だって絶対美人に違いない。

「よく…似ている…すごいな荒北、よくここまで巻ちゃんに似た人を…」
『あ?オレの言葉きちんと聞けよ マ・キ・チャ・ンが来たって言っただろーが 似てるじゃねーよ!』
「……巻、ちゃん? 巻ちゃんなのかっ!?巻ちゃんが来てるっ!?? ど、どういうことだ…荒北!ま、巻ちゃんが、ここ、に?巻ちゃん、巻ちゃんなのかっ!?」
『ウルセー!! てめーの目で確認すりゃいいだろーが』
「代理じゃなくて、本当に本物の巻ちゃん、巻ちゃんなのか!?本当に??お前の横にいるのは巻ちゃんかっ?」
段々と大きくなっていく声は、スピーカーにもしていない、巻島にも伝わる。
普段から、学内でこれをやっているのかと、自分の名前が連呼されているのがわかる巻島は呆れていた。

『…おーい とうどー聞いてるゥ?』
きししと悪戯げに笑う、荒北の電話越しの言葉は、すでに東堂の耳を通過している。

のちに、たまたま東堂が教室を飛び出す場面に、出くわしてしまった生徒が語る。
「なんか東堂の背後に ゴロゴロと黒い雷雲が渦巻いているような、すごい迫力だった」

「巻ちゃーーーーーーーーーーーんっ」
校舎中に響き渡っているのではないかという絶叫が、3階から2階へ移った。
「巻ちゃんっ!巻ちゃん!!巻ちゃぁぁぁぁんっ!!」
2階は階段での通過のみだから、ほとんどカウントされぬ速さで、叫びは1階へと移動をしている。
「まぁぁぁぁきぃぃぃぃぃっちゃぁぁぁんっ!!」

大呼される自分の名前が、遠方から徐々に近づいてくる恐怖。
――何これ、リアルメリーさん?
しかも東堂の喚声が合図になったかのように、箱学の生徒たちが「あそこにいるのが、噂の巻ちゃん?」という視線を集め始めていた。

その視線の持ち主に、教師も何人か含まれているのは、何故だ。
…きっと、何事だと思って注目しているのだ、そうに違いない、そう思っておくことにする。
うつろな目で、巻島は目があった者に少し頭を下げると、なぜか顔を赤くされ、慌てて視線を反らされてしまった。

「巻ちゃんっ!巻ちゃーーーーーーーーーーーんっ!!!」
「ぶふっ!」
恐ろしいまでのスピードで駆け寄ってきた東堂が、まず行ったことは全身全霊の力をこめた抱擁だった。

「巻ちゃんっ!!巻ちゃん巻ちゃん なんで巻ちゃんがここに!?本当の本当に巻ちゃんだよなっ!巻ちゃんっ!!」
尻尾があれば、振り切れんばかりの勢いで振っているだろう、輝く満面の笑み。
大好きな飼い主と、再びめぐり合えた歓喜に満ちた大型犬もかくやの、熱烈な歓迎は巻島を苦笑させた。

「…そりゃあこいつらに頼まれたからっショ」
「オレの為にか!?ありがとう巻ちゃんっ!!」
「おれの言葉、聞けヨ こいつらに頼ま…」
「それにしても巻ちゃん…今日の巻ちゃんはいつもに増して美しいな!元々巻ちゃんのスタイルは見目良かったが、
今日はそれだけでなく艶美さもまばゆさもくわわって、ひときわ麗しい!」
「いやだから俺の言……もう、いいショ」
「巻ちゃん、巻ちゃん…!今、この山神は歓喜している!巻ちゃんとレース以外でもこんな快然たる気持ちを味わえるなんて…、
さすが巻ちゃんだ!天にも昇る気持ちだ巻ちゃんっ!!このまま結婚式場に行きたいぐらいだっ」
「いや結婚式場って…」

『俺たちは付き合ってもいないッショ それどころか告白だってしてないし、されていない』
そう続けようとして、今は自分が東堂の彼女設定であったと思い出し、巻島は口を噤んだ。

ふと顔を上げれば、校庭中の視線は東堂と巻島に寄せられている。
―――ッショォッ!??

これ以上こんな恥晒しな会話は続けられないと、巻島が東堂を引き剥がそうとすれば、それ以上の力でしがみついてくるのが東堂だ。
荒北と新開に、眼差しで助けを求めても、戻ってくるのは生ぬるい微笑だ。
「と、とりあえず離……」
「巻ちゃんっ!!!」
「はいっ!!」
急遽離れた東堂が、背筋を伸ばし巻島をじっと見つめた。

「好きだっ」

丁度校内放送音楽が途絶えた、無音の瞬間の叫び。

「オレは今、この溢れる思いを伝えずにはおれんよっ!大好きだ巻ちゃん!!」

――え、何があったッショ?
界隈一体が、静まり返っているんですけど。
っていうか、視界に入る人たちみんな、なんで緊張した面持ちでフリーズしてんの。
ひょっとして、時が止まってる?おれ実はスタンド使い??スタンド名ピークスパイダー?
…それから東堂は今、なんて言った?

「…おぉぉっとぉ!たった今!校庭で大告白が実況されました!!しかも、なんとその告白主は箱学の伊達男!校内ファンクラブすらある、東堂くんです!」
「実況はわたくし、箱学文化祭放送担当、放送委員3Aモブ田と同じく3Aモブ山です!お相手は…うちの生徒ではありませんね
すらりと色っぽい美人さん!あ、メモが届きました なんと彼女が噂の『巻ちゃん』さんだそうです!!」
「おお、あれが東堂君に、奇行種行動をひきおこさせる巻ちゃんですか!さすが、モデルという噂どおりの方ですねぇ」

――時が、動き始める。

外部のアナウンスによって現状が耳に届くことで、眩暈と混迷と当惑と動悸が、まとめて押し寄せてきた。
どくどくと、一度に血流が心臓へと流れ込み、息が詰まり、頬が紅潮し、目元が自然と羞恥で潤む。

「…巻ちゃん?」
掠れた声で、巻島を見上げる東堂は、その面映さが自分から来ているとは、微塵も思っていないようだ。

「…帰るっ!!」
「え?え??巻ちゃん!!」
「もう帰るッショーーーーーーーっ!!!!」

きまり悪さから、悲鳴のような哭びをあげて、校外へと走り去る巻島と、それを追いかける東堂の姿は、すぐに視界から消えた。

「…結局、裕介君ウチに10分もいなかったな」
「いいんじゃナァイ?アレ見て、まだ自分が巻チャンに敵うなんて思えるヤツはいなくなっただろ …いろんな意味で」
「それにしても尽八が まだ告白していなかったのには驚いたよ 裕介君硬直してたな」
「…あの様子だと、東堂さっきのもコクッた自覚なくねェ?」

背後からは、モブ田君とモブ山君によるおめでとう選曲、結婚行進曲が流れ始めていた。
今の騒動を知らないもの達は、なぜ文化祭で結婚行進曲がと当惑の顔だが、とりあえずおめでたいからいいかと、盛り上がりのまま、誰にともなく、拍手をしていた。
箱学の校庭は、ただいま拍手喝采で、最高潮の盛り上がりだ。

かくして、本人達の意図とは裏腹に『箱学の文化祭で、校庭のど真ん中で告白をすれば幸せなカップルになれる』
『文化祭で結婚行進曲が流れ始めたら、おめでとうタイム』という謎のジンクスが誕生し、学校中の教師たちにも『東堂の彼女巻ちゃん』の存在は公認となったのである。

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オマケ

「…文化祭の校庭ど真ん中で告白できるってレベルって、その時点で普通に好きあってる確信ねぇと無理っショ」
「む、それはオレたちのことか!?オレは溢れる思いを口にしただけで、そんな確信はなかったな!」
「ち、違げーよっ一般論だっ!」
「照れてしまうところも可愛いな 巻ちゃん!」

あの日の巻島の写真を撮り損ねたと、頭を抱えて叫んだ東堂に、1枚2000円で写メを売った荒北の小遣い稼ぎは、幸いまだバレていない。