箱学ジンクス2【東巻】




箱学までの道のり
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弟に、文化祭での女装コンテスト・ガチ1位を狙うレベルでよろしくと頼まれたという、兄はノリノリで巻島をメイクしてくれた。

明るめのナチュラルブラウンのウィッグは、カール部分をまとめ上げ、それを片側に流しおろすいうスタイルで、蟲惑をかもし出している。
巻島の白く細い首筋は露わになり、ゆったりとした淡い白緑のレースチュニックは、胸のなさをカバーしそれでいて、腰の滑らかなラインを強調している。

長めのチュニックの裾下には、黒のスキニージーンズ。グラディエーターから除く爪先に、黒のペデュキア。

協力者である後輩の実家は美容室で、オープン前に訪れてみれば、その日勤務だった全員が、面白がって参加をしていたので、
気が付けばかなり気合の入った出来栄えで、装いは完成していた。
「うっわー 巻島君って運動部員なのにお肌すべすべー なんでこんな白いの!?」
「しかも 腰ほっそ!何これウラヤマレベル!!本当にレディースモデルとして通用するよー手足長いしっ」
「髪の毛も染めてるのに全然痛んでないよこれ、すごいね」

(帰りたい……)

涙目にならぬよう、いっぱいいっぱいで小さく震える巻島の横で、すまないもう少しだからと、新開が両手を合わせた。
「おぉ…巻チャン色っぽいじゃナァイ」
ヒュウと短く口笛を吹いたのは、新開の反対側にいる荒北だ。

「やっぱり無理があるっショ どうみても俺がカツラ被ってるだけにしか見えねえよ…」
「いやいや大丈夫 オレ今の巻チャンなら多分抱けるワ ツケマに口紅の威力ってすげぇな」
「うん、メイク前を知っているオレが見ても『モデルやってるだけあってスラリとした女性』に充分見える、っていうか美人」

よっしゃこれで、あの高慢女の鼻へし折れるなと、ハイタッチをする荒北と新開。
今すぐどこかに引きこもりたい状態の巻島に、その感嘆の声は届いていない。

「あ、そうだ裕介君 尽八には今日きみが来るって知らないんだ」
「へ?アイツに言っておかなくて 大丈夫なのかよ」
「何も知らねェで、会わせた方が反応面白ェダロ 巻チャンに似た雰囲気のヤツ捜して連れてくとは言ってる」

会話をしながらの、三人での連れ歩きに、通行人の視線が集まっていた。
通りすがりの者たちが、ふとした様子で振り返るのを、巻島は気にしている様子だ。

「や、やっぱり俺…似合って…ねェショ…」
蚊のなくような声で、うつむく巻島を、荒北はしげしげと眺めた。
リップサービスでもなく、冗談でもなく、充分にメイクした巻島は美人だ。
口元のホクロと泣きボクロを両方装備しているからか、どこか艶やかな色気を漂わせ、頼りなげに下がった眉は、これが本当に女だったら、
庇護欲をそそるだろうなと思わせる。
髪を流して、無防備にさらけ出された片側のうなじから首筋ラインは、エロくすらある。

「巻チャンさぁ キモいって言われるのとか、慣れてるって聞いたケド? なんでそんなビクついてんの」
肩を竦める荒北は、責めるつもりでなく問いかけた。
「こら靖友 俺らの勝手で裕介君を振り回してるんだから…」
「いや…いいショ 俺が…キモいとか変だって言われるのは良いんだよ… でも…東堂の彼女がこんな気持ち悪いのだって思われたらなぁ…」
ぽそりと呟き、諦めを滲ませた顔を上げた巻島。

対照的に、今度は荒北と新開が、その顔を俯かせ悶絶していた。
(――ヤバイ、何それヤバイ…!なに巻チャン 健気すぎナァイ!?)
(ヒュゥッ! 良かったな尽八 おめさんのストーカー疑惑は晴れたぞ!それにしてもこの反応は……いじらしいな、ウサ吉を抱っこさせてみたい)

「ど、どうしたッショ?二人とも」
顔を赤くして、首を横に振っている荒北と新開の反応は、悪意的なものでは無い。
だがそれが何を意味しているか、理解できない巻島はしゃがみこみ、下から二人を見上げた。
上目づかいの視線、細い息遣い、グロスが光る艶やかな唇は少し開いている。

「巻チャン……天然!?ソレ天然ナノ!?」
「それってどれの事ッショ…」
「…あー…尽八が過保護状態になるの、なんか解ったよ」
「オカンにもなるわなコレ ってゆーか巻チャン男で良かったわ これで巻チャンが本当に女だったら 東堂のストーカー臭マジヤバになるし、
超天然悪女になりかねねーヨ」
両手でぽんぽんと、巻島の肩をたたく新開に、同調する荒北。

「とりあえず、裕介君普通に美人だから 大丈夫」
「あ、でも声はさすがにバレんじゃねェ?」
「そうだな…尽八と俺ら3人でガードして、裕介君に話かけられないようにしておこうか なんか声かけられたら、笑顔とかで適当にごまかして」
「…笑顔とか苦手っショ…」
「んじゃその困り顔でイーヨ …巻チャンの事務所方針で、本当は声だし顔出しNGなんだけど、恋人東堂のためにこっそり来た設定とかドウヨ?」
「うん それでいこう …まぁほっといても尽八が一人喋ってると思うけど」

ともすれば、歩幅が小さくなりがちな巻島の手を引き、三人が止まったのは校庭の真ん中だった。
荒北が携帯を取り出し、履歴ボタンを押した。