【東巻】甘く切なく、何それ怖い3




スポーツ施設でシャワーを浴びて、その後10分の距離。
今日の勝負はほぼ同着で、自分たちでは判断できなかったので、引き分けで合意している。
「ここら辺で、どうかな巻ちゃん!」
東堂の選んだ場所はガードレールを乗り越えた、人気がなく若葉の絨毯が続く静かな木陰だった。

ほんの少し先は、崖のようになっていて、樹木の向こうに町並みが見下ろせる開放的な雰囲気が心地いい。
「気持ちいい場所だな」
「そうだろう!今度巻ちゃんが来たときには是非案内せねばと決めていたのだよ」
ウェストバックから、折りたたまれていたレジャーシートを取り出し広げ、東堂は伸びをしながら、そこに寝転がった。

「なんだ、東堂随分用意周到っショ」
「せっかく巻ちゃんと共に過ごせるのだ 少しでも快適にしたいのだよ …ホラ気持ちいいぞっ! 空がこんなに青くて、草の匂いがして、風が涼しい!」
寝転がったままコイコイと、手招きする東堂に苦笑し、巻島もその横へと寝転んだ。

「確かに気持ちいいショ…」
うとうととする、気持ちの良い空気に包まれ、巻島がゆっくりと瞼を落とした。
「なぁ巻ちゃん そのまま聞いてくれ」
「な…ん…ショ?」
横から聞こえる東堂の声は、どこかいつもより低く抑えられている。

「相談に乗ってほしいのだよ」
「相談?」
滅多に聞かぬ真剣な声だったので、巻島は目を開け、そのまま横に並ぶ東堂の顔を見た。
まっすぐな眼差しで、口元だけで笑う東堂は、巻島の返事を待つのみで無言のままだ。かち合ってしまった視線が、どこか気まずい。
見知らぬ男が横にいるようで、一瞬凍った巻島は、それでもおずおずと頷いた。

見詰め合うような体勢でいるのは、どこか脈を早立たせるので、巻島はあらためて首を動かし、空へと顔を向けると、東堂はようやく言葉を続けた。
「好きな人に気持ちが伝わらないのだが…どうしたらいいと思う?」

――どうしたらいいとは、どうしたらいいんショ。オレにそんな事、聞かれても困るショ

東堂に比べたら、コミュ障扱いされるレベルの人付き合いしかできぬ自分に、答えられるはずが無い。
答えようのない質問に眉根を寄せていると、それを察した東堂が、巻島を見つめたまま言葉を重ねた。

「俺の好きな相手は 今まで周囲にいなかったタイプなんだ まっすぐなのにひねくれた態度をとりがちで、 どこか人を拒絶するようなのに、寂しがりで 誤解されても強がって、平気だと笑う姿が…とても美しい」
空を向いたままの巻島に、東堂の表情はわからなかった。
それでも、その熱の篭った掠れた声は、茶化していいものではないと理解していた。

「どうって…普通にスキって言えばいいっショ」
「それがな 何度も言っているのだけれどどうやら本気にしてもらえないらしい」
「クハッ そりゃお前いつも回りに好きとか言いまくってるからな」
東堂の台詞に少し混じった苦々しさは、日頃から東堂の好き好き攻撃を受けている身としては、笑うしかない。
「む…それは誤解だぞ、巻ちゃん 俺の好きはその度合いによって回数は変化している」
「へェ…じゃあお前 そうとう俺のこと好きっショ」

からかうつもりのその言葉に、返答はなかった。

「…東堂? えっと…普段のお前で通じないなら いつもは隠している事とかも見せてみたらどうだ」
気詰まりな空気を断ち切るべく、考え付いた言葉に、東堂は無言で続けてと促す。
「お前普段自分はカッコいい!とかモテる!!とか、山神とか自称してるのは誰でも知ってるショ だから他の奴が知らない東堂とかを見せたら…相手も見る目が変わる…とか?」
「なるほど」
どこか苦し紛れだった巻島の発言に、東堂は身を起こして顎下に指をあて、考える体勢へと座りなおした。

「…しかしだな、巻ちゃん 俺の隠している俺は…その、独占欲とか執着が強くて…ウザいと思われてしまうかもしれんのだよ」
「クハッ!おまっ…それは何のジョークだよ 普段のお前充分ウザいっショ」
クククと身を震わせる巻島に、「ウザくはないなっ!巻ちゃん」と東堂はつられ笑う。

ひとしきり笑いあった後の沈黙には、先ほどの重さがなくて、巻島は油断をした。

「なあ巻ちゃん 好きな人ができたら、俺に一番に話してくれんかね」
「………お前の会話は跳びすぎて、俺は時々何を言われているのか解らなくなるっショ」
「そうかな 俺としては充分繋がっているのだが」
「?…えっと…俺の好きなヤツ聞いて、どーすんのお前」

「うん、全力で潰す」

人懐っこく白い歯を見せる、東堂の表情に目がくらみ、言葉の意味を一瞬掴み損ねた巻島。脳内で「潰す」の言葉を反復させ、恐る恐る「意味…わかんねェショ…」と呟いてみる。

「巻ちゃんが今言ってくれたじゃないか 俺の隠している気持ちもブチまけろって」
「えっ…えぇっ!?」
「好きだよ、巻ちゃん …これで解ったかな」

いつのまにか、寝転んでいた自分の上に東堂の影が重なる。
近い、すぐ目の前の距離なのに、逆光でその表情が見えなくて、巻島の身を竦ませた。

「巻ちゃん 好き、好き…大好き 何度言えば伝わる?ねえ巻ちゃん…スキだよ俺を見て」

甘いその声に、心臓が大きく脈打つ。
首筋を、長い5本の指がゆっくりと辿り、巻島の顔をやんわりと、それでも外れぬ力で固定をした。
おかしい、どうして――東堂のコイバナだった筈なのに。
何もかも、訳がわからず状況が把握できていないのだけど、とりあえず唇へと近づいてきた顔はガッチリとホールドさせてもらう。

「待てっ!おまえ、何キスしようとしてんだよ!おかしいだろうが!」
「おかしくはないな!オレは告白し、巻ちゃんは拒否しなかった!すなわちこの山神東堂を、意識しているということだっ」
「あの、えっと… いきなり過ぎて、凍ったんだよ!す、好き…とか…今までだって言っていたし……少し時間よこせ お前性急すぎっショ」
「む、それは『心が決まるまで、もう少し待って』というやつかね 可愛いな、巻ちゃんは」
「ウ、うるせーっショ!だいたい、お前、急に……あぁもう、何なんだよっ」

赤くなった頬を悟られぬよう丸まったた巻島の髪を掬い、
「巻ちゃんがこっちを見てくれているなら、いつまでも待つぞ」と
その柔らかな髪先に、優しく口接けを落とす東堂は、この上も無く幸せな顔をしていた。