【東巻】甘く切なく、なにそれ怖い1



箱根の山のどこかで
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どこかの坂道バカと違って、走るだけなら平坦、それもまっすぐな道の方が楽しめる。
だけどロードレーサーである限り、坂のあるコースだって避けられない訳で、今日の自主練は一人クライム…の予定だった。
だがなぜか、そこにパワーバーを咥えた新開とかち合って合流し、登った先にある休憩のできる自販設置の平たい空所には、
見知った玉虫色の髪の毛のヤツがいた。

「ゲ…なんで総北のお前がココにいるんだヨ」

想定外の珍客に、口元を歪め指差すと、相手の目線は所在なげに泳いだ。
「…待ち合わせ、してるっショ」
「ヒュゥ! そういえば尽八は昨日から浮かれまくっていたな 外泊許可を取るとか言ってたし靖友も見ただろ?」
いつものポーズで、ウィンクする新開に、なるほどと納得をする。
「ああ、そんで出るのが遅れてたのか んで?アイツの家にでもお泊りって訳ェ?」
「…ショ…」
困ったように寄せられた眉根は、コイツの地顔なんだろうが、普通の会話をしているだけなのに、
なんだかイジメでもしているかのような顔をされ不本意だ、ムカつく。

…どうせ好かれてはいないんだから、東堂対策のためにもアイツが来るまで徹底してコイツ、いじってみるか。
「なあ巻チャン 東堂はお前のドコをそんなに好きなんダヨ?」
ブホッと盛大にスポドリを吹き出した巻ちゃんは、激しい勢いでむせっていた。
見かねたらしい新開が、背中をさすってやると、礼のつもりなのだろう、コクリと小さく首を傾ける。

まだ咳き込んでいる巻チャンは、涙目のままむせた拍子に乱れた長い髪を、首後ろへと流した。
俺らと同じぐらい、炎天下にいるはずなのに、露わになったその首筋は、へたな女よりずっと白く、細い。

なんつーか…エロい。男なのに、にじみ出る色香っつーか、未亡人臭…何でだヨ。
あ、ヤバい、青少年のオトナセンサーが反応をしそうになった。
「ひょっとして…裕介君は東堂がそういう意味で好きだって察してなかったとか」
まさかねという、言外のほのめかしを含めた新開に、巻チャンの動きは更に挙動不審になった。

「え…いや…その、この前…言われて、初めて…意識したっショ…」
「ハァッ!?嘘ダロっ!! あんだけアイツ好き好き言ってて うちの部内じゃ後輩たちはみんな 東堂には
マキちゃんって彼女がいるって思いこんでるぐらいだぜェ!?」
「…えっ…ちょっ…待って 東堂…あの電話…いつも…人前から掛けてきてんのか……?」
見る間に顔を紅潮させる、巻チャンは面白い。

ウチのメンバーは、みんな素直ではあるが、どこかその素直さが90度もしくは45度、下手すりゃ角度なんて測れないぐらいそろって斜め上に走っている。
東堂は東堂だし、新開は新開だし、見所ルーキーは電波寸前の不思議ちゃんだしで、ツツいても返ってくるのは捻くれた行動で、こうもあからさまに
うろたえられると、周囲に無い反応が愉しくて、口端がニンマリと自然に上ってしまう。
「知らねェのォ? 人前どころか食堂ド真ん中とか、下手すりゃ深夜の静まり返った真夜中に『巻ちゃんからメール着たぞぉぉぉ!返信をこんなに早く
くれるなんて!今までの15分23秒を1分以上も上回った!!14分だぁぁっ』って窓開けて絶叫してるヨ」
「アイツ…そこまで莫迦だったッショ……」

覆い隠した手のひらの隙間から、垣間見える巻チャンの顔面は、これ以上はないぐらい、真っ赤になっている。
ついに両手で顔を隠し、座り込んだ巻チャンに、新開がパワーバーを差し出した。
「腹が減ったのかい?よかったらこれを食べるといい」
…なんつーか、たまにお前も不思議ちゃんカテゴリに属するんじゃないかと思うときもあるぜ、新開。

あー…でも、正直楽しい。予想通りに、羞恥でいたたまれいオーラを全開にしている、巻チャン。
アホの東堂をさらにアホにする巻チャンは、見かけからしてどんだけ悪女モード装着かと思いきや、可愛げの塊だった。

「でもってェ 電話を切った後に今度は語り始める訳ェ 巻チャンがいかにすばらしく山神にふさわしいかとか 今日の巻チャンの声も色っぽいだとか」
「も…やめて……聞きたくないショ…」
「でも一番多いのは、巻チャン可愛い!かな なァ新開?」
「そうだな、今日の裕介君の笑顔が可愛かったとか 写メの着ていた服が愛らしかったとか」
おっし、ナチュラルに後押ししやがった。
「あのバカ…バカ、バカ…」
かがみ込んだ巻チャンは、プルプル小刻みに震えて、声もどこか涙混じりだ。

さて、東堂。お前が何分後に到着するのか、わかんねェけど。
うっとうしい日頃のノロケの聞き代がわりに、お前の主張する『巻チャンの可愛らしさ』を堪能させてもらおうとしよう。

荒北と新開に遅れること、20分。

外泊届けを受領され、意気揚々と上り詰めてきた山神が目にしたものは
「巻チャンカワイイヨ!その髪も日に映えて綺麗じゃナァイ?カワイーカワイー」
「そういえばこの前は授業中に『巻ちゃんから電話だ!』と尽八が…」
と仲間二人から盛んにトークを受け、その中心でうずくまり、頬が紅潮し目を潤ませたエロかわいい(山神ビジョン)巻島の姿だった。