【東巻】なぜここで自覚


東巻ワンライ 「こんな気持ち知らなかった」
多分1時間を少々オーバーしたのですが、正確な時間はかり忘れてごめんなさい


――どう考えても、おかしい。
東堂尽八は、まだその手に残る、触り心地の良さを思い起こし、じっと自分の掌を見詰めた。

今まで自分に声援をくれる女性たちの、健気な姿や一生懸命なところを見て、『ほほえましいな』と思うことはあっても、胸が高鳴るようなことはなかった。

それなのに、今しがた転びかけた巻島を、東堂が抱きとめた時に覚えたのは、まぎれもなく高揚だった。
女性の柔らかみはない、男の中でも細い体躯。
骨ばっているだろうとの予測は外れ、しなやかさとやさしい弾力を持った肉付きは、今までに知らない感触だった。
ちょっと気恥ずかしげに
「ありがとナ」と笑った巻島のその顔が、意味不明な高揚に拍車をかけ、脈が大きく波打った。

今日は互いに、秘蔵するクライムレースの秘蔵DVDやら録画を見せ合おうとの約束での、待ち合わせだ。
東堂の生活が寮であるという特質上、自然会う場所は、巻島の自宅となる。
今日はいつも利用している道が、事故で封鎖されているのでと、巻島は付近のターミナル駅まで、迎えに来てくれていた。

世の中にはビデオ個室ならぬDVD個室といったものが存在していたり、ネットカフェのカップル席という場所もあるが、どちらも未成年の男二人で入るには、
いささか勇気が入り過ぎる。
むしろ、前半の場所は法律的にも、問題があるだろうと東堂が返せば、その使用目的を知らないらしい巻島は、「そうなのか?」と首を傾げた。

東堂とて、詳しいわけではないが、男ばかりが集まっていれば、自然とそういった話題に耳聡くなってしまったのは、仕方がない。
軽く手招きをして巻島を屈ませ、耳たぶ近くでその用途を囁けば、巻島はたちまち恥じ入るみたいに真っ赤になった。

今思い返せば、その時点で「巻ちゃん、かわいいな」などと思ってしまったことも、どうかしている。
いやいやいや、あれは、そう。
無垢な相手に覚える庇護欲のようなもので………普通、同世代の男相手に、持つ感情だろうかと、記憶を反芻していた東堂は固まった。

「東堂…どうかしたのか?」
いぶかしげに、自分を見やる巻島に気づき、東堂は慌てて首を振った。
「あ、いや…なかなか電車が来ないな」
「なんか、事故で遅れてるみたいっショ」
巻島家はここから、わずか数駅の距離。

自転車に乗っていればあっと言う間にたどり着けるのに、とぼんやり考えていた東堂の前に現れたのは、通勤ラッシュ時を思わせる、混雑した列車だった。
巻島は、自宅からロードレーサーを利用しての通学。
東堂は、寮生活なので通学という概念がない。

二人は、満員電車という恐ろしさを知らぬまま、これ以上時間を無駄に潰すのもと、乗り込んだ。
ともに、数秒後には激しい後悔に襲われることになる。

「巻ちゃん、大丈夫か 乗れたか?」
小声で巻島を探す東堂に、「こっちだ」と返される。
流されるように、まだ動いている声を頼りに探せば、反対側出入り口の扉付近に緑の髪が見えた。

なんとか巻島の場所まで辿りついた東堂だが、微妙に困った事態になっていた。
つまり、両腕で巻島の体を守るように扉に手をつき、腕のなかに閉じ込めた状態だ。
壁ドンは、男女問わずの浪漫だが、この時この場所で、この相手とふさわしいかと、東堂は自問した。
だが密着したその距離に、気まずさを感じても、今は理由があるのだから、仕方がない。
体勢を崩しかけた巻島の手が、東堂の背骨を伝うようにまわり、……他人が見たら、これは抱きしめあっているというのではないだろうかという、姿にまでなった。

唇が重ねられる直前にまで、顔が近づいたのに、東堂は支えた両腕を外し、ふり払えなかった。
「わ、悪ィ東堂 満員電車、慣れてなくってよ」
「いや… うっかり、キスしてしまうところだったな」
…むしろ、心のどこかに、それを望んでいたような気がする。

(……いやいやいや、待ってないからな!? たとえ巻ちゃんでもキス……巻ちゃんの唇、柔らかそうだったな…違うちがう、どういう事だっ!?
い、今のはときめきとかじゃないぞっ つり橋効果というものだ!
―――しっかりしろ!!!東堂尽八!!)
今、自分は、目前の巻島の顔に、確実に見惚れていたと、東堂は青褪めた。
その証拠に、巻島の人ごみで上気した頬に、慣れない他人との密着度でわずかに潤んだ瞳、それを飾るバサバサの睫毛、ぷるぷるだった唇までもが、脳裏に焼き付いている。

「こんなところで、ファーストキスはごめんっショ」

クハッと笑う巻島は、悪戯げに肩を竦めた。
「…初めて、なのか?」
つい聞き返してしまった東堂に、巻島はきまずげに唇を噛み、つつましく「うるさい」と答えた。
そのウブな反応は、今までに見てきたどんな女の子よりも、東堂の熱を高める。

…今、ここで。
奪ってしまえば、巻島の初めての唇は、自分となるのだろうか。
そんな考えさえ、浮かんできた。
もうこれは、認めざるをえないだろう。

満員のおかげで、触れ合った箇所のどこもかしこも、しなやかな弾力で、体の中心に熱を覚える。
ああ、自分は巻島裕介を好きなのだ。

よりにもよって、なんでこんなタイミングで気が付いてしまったのか。
密着した距離が少し幸せで、同時に大変な自制を強いられて、東堂は複雑な気分で、腕の中の巻島を凝視した。