【東巻】カフェ・イーストアイランドへようこそ

少し前にオープンしたcafeは、不思議かつ素敵な店でOPENして間もないと言うのに、すでに何冊かの観光特集などにも載せられていた。
街中の民家をリノベーションしたというその店は、左半分がヨーロッパ調のアンティークだろうディスプレイもある、瀟洒な雰囲気。
そして右半分は、古民家の雰囲気をそのまま残し、真新しい畳席もある和風な佇まい。
店の入口から途中までは、高い天井に続く壁があるけれど、奥の厨房に繋がる扉前は廊下になっていて、左右どちらにも自由に行ける。


静けさを好む客は、和風の右半分を選び、おしゃべりを楽しみたい客や観光で訪れる者達は、左側を選ぶ傾向があるが、共通しているのは
若い女性が多いことだった。

その理由は、斬新なおいしいスイーツ。
見た目も美しいだけでなく、良心的な価格、そして何よりパティシエがイケメンであり、cafeのバイトとして働く者達も女性に甘い一時を
夢見させてくれる、イイ男ぞろいだったからに尽きるだろう。

「え?でも裕介くんと尽八が初めて出合った時お互いの印象最悪だったんだよね?」
笑いながら爽やかに言う新開は、仕入れプラスギャルソンの担当。
甘く人当たりのいい言葉で、スイーツのおいしさをこれでもかと語ってくれるので、彼が目当てと言う客も少なくない。
「そーなのォ?オレが知ってるときにはもうアイツ、巻ちゃん巻ちゃんうるさかったケド」
掃除をしながら答える荒北は、接客には不向きかと思われたが、混雑時などは器用に多数の客捌きを見せてくれる、重宝な店員だ。

二人の会話を聞いて、バイトで働いているまだ学生である、巻島後輩のメガネの少年と、ぴょこんと跳ねた髪を持つ美形というより、凛々しい
少女めいた顔立ちの東堂の後輩の少年が
「「聞きたいです その話!」」
と興味津々という気配をして、顔を輝かせている。

この店は東堂、巻島と言う二人の和菓子職人とパティシエの共同出資によるカフェだった。
二人の出身である同じ地元の駅で繁華街といえる観光客がよく集うメイン通りに店を構え、通りすがりの観光客たちだけでなく地元のファンも
掴んでいたのが、パティスリー・Makishimaだ。
ヨーロッパ方面で修行をしてきたという父に、同じように海外で経験をつんだという兄の二人がメインのスイーツ専門店。
一方東堂庵は、その通りを更に進み歴史ある老舗旅館などが並び集う、ひっそりとした場所にある和菓子店だった。
ひっそりした入口と、まったく宣伝をしない口コミだけでの営業。
それで商売が成り立つのかと、事情を知らぬ者達は案ずるだろう。
だが東堂庵は老舗旅館の中でも特に一流旅館を、顧客としていた。

離れや特別室といった金払いのいい客の為の、特別なおもてなしようの和菓子。
またその味に惚れた者には、茶道の家元なども少なくなく、全国単位で発送の申し込みすらあるほどの、隠れた一流和菓子店だ。

「その二人があったのは、新人菓子選手権だったらしいよ」

和洋中華、ジャンルを問わずスイーツであるものを作成すれば、出場資格を得られると言う選手権は、観光客として第一ターゲットに選ばれ
やすい若い女性を、もっと地元に呼び込むための試みとして企画されたもので、優勝者にはそれなりの箔がつくとして、有名になっている。

今回地元駅からは、どうしても選手枠を搾りきれないと、特例で二人の参加が認められたと聞いて、東堂は面白くなかった。
新参の騒がれている店は幾つもあるが、所詮ここ数年のもの。
自分のように生まれながらにして、菓子職人として色々と仕込まれ努力をしてきた者が、ぽっと出の新人と同じ扱いをされるというのだから。
その不機嫌な状態で、会場へ向かう途中一人の少年と、軽く肩がぶつかった。
どちらが悪いという訳ではない、歩くタイミングの問題だったが、目に入った派手な髪に反感を持つ。

こんな玉虫色をした男が、なぜ菓子選手権の会場へ向かっているのだ。
だが会場は一般客は入れず、年代的に審査員でもないだろう。
用意してきたらしい名札には、パティスリー・MAKISHIMAと店名が記されていた。

「パティスリーMAKISHIMA?知らん名前だな」
「東堂庵とか、どこの店っショ」

挑発するつもりではなく、東堂としては単に自分の世界に通用する事実を言ったつもりだったが、すかさず返してきた少年の言葉に
苛立ちを覚え、思わず向き直る。

「なんだその派手な髪は!料理人のはしくれだとしても、恥ずかしく思わんのかっタマムシかよ!」
「この髪だったら、万が一菓子に落したりしたら自己責任が100%問えるっショ それに玉虫じゃねえ蜘蛛っショ」
「落したらだと!?そんなものが入り込むと想像する段階でどうかしている」
「人間のやることに100%なんてありえねえっショ 大体お前のカチューシャだってダサイっショ」
「……!!」

険悪な雰囲気だが、そのやり取りを会場内まで持ち込むことは、出来ない。
ならば腕の差で黙らせてやろうと、東堂が作り始めたのは琥珀糖だ。
シャリシャリとした食感と、中に残る寒天の柔らかいながらもサックリとした不思議な歯ごたえ。
まるで宝石に砂糖をまぶしたような、美しい菓子。
この菓子を完成させるには、一週間という乾燥期間が必要となるが、それは参考用として別途用意をしてきている。
完成前でなくとも、比較をすれば東堂の作ったものが、どう変化をすると知るには充分なはずだった。
グラデーションができるように、色のついったシロップの混ぜ方にも、工夫を凝らす。
簡単だからこそ、行き届いた細工で東堂の力が伝わるだろう。

一方巻島が作っていたのは、チョコレートによる箱だった。
勿論ただの箱ではなく、蓋に当たる部分にはホワイトチョコレートでリボンが作られ、デコレーションとしてはミルクチョコで作られた小さな花
や、カラフルなチョコスプレーを空いた紙の上から振り落とすことで、可愛らしいデザインとなっており、蓋を外すと中には、色とりどりの
プチチョコレートが幾つも入っている。
まるで、ジュエリーボックスのような作品。

結果は、同着一位とされた。

「…その後、オレの作品を見ようともしないで、和菓子なんて全部あんこ味しかないッショと言い捨てた巻ちゃんの言葉が、
聞き捨てならんかったからな!」
「だから…あん時は悪かったって言ってるっショ…」
東堂が作った琥珀糖は寒天と砂糖というシンプルなもので、餡はどこにも利用されていない。

意気揚々と一位を取ったと、表彰される東堂は、相手の作品が気になってしょうがなかったのだが、巻島は自分の作りたいものが作れれば
いいと、東堂の作品を見てもいなかったのだ。

次に会ったのは、メーカーによる菓子原材料展だった。
「ゲ…カチューシャ」
「ゲとはなんだ、また合ったなタマムシ!」
老舗であっても、改革は必要と言う母の理念に従い、東堂は色々な道具や和菓子にも合うだろう原材料は、試してみることにしている。
どうやらそれは、Makishimaでも同じだったらしい。

何度か出会ううちに、東堂は巻島に和菓子のおいしさを伝えたくなり、ほぼ拉致るように自宅へと連れ帰り、餡を利用せぬ和菓子を並べた。
芋羊羹はさっぱりしたモンブランのようだし、口にさらっと溶ける和三盆で作られる干菓子は、洋菓子とは異なる砂糖菓子だ。
「どうだ、美味いだろう!芋羊羹はヨウカンという名前だが小豆餡は使用されておらんのだよ」
「ん……確かに…食べやすいっショ……和菓子と日本茶が合うってのも本当だな」
「次はこちらの胡麻餡を食べてみるといい ただの餡とは随分風味が違うはずだ」
「…香ばしいっショ! これならオレも…おいしく食べられるっショ」
洋菓子の知識はすぐれたものだったが、巻島には和菓子に関する情報は一般人より少なく、東堂を口うるさく思いつつも感心している。

一方巻島は、東堂にも考えつかぬアイディアで、面白いスイーツを色々と考え出していた。
餡とバナナをあわせてみると、これは甘さが互いを引き立たせ、東堂の想像以上においしかった。
すでに定番になっている生クリーム大福に、苺をいれてチョコをかけたという試作品は、和菓子一辺倒の自分の母に食べさせてみたところ、
予想以上に喜ばれた。

東堂のアイディアは堅実的で、なおかつ女性が基本的に好むものを抑え、美しさを兼ね備えている。
巻島の考えるものは、まれに突飛ではあるが、誰もが想像しなかった味を作り出していた。

「で、まあ…将来の話ってなった時に……」
「巻ちゃんのところは兄が跡継ぎだし、オレの店は姉が継ぐと決めていた」
どちらともなく、二人でやってみないかと言い出し出来たのが、このカフェだという。

「ああ…それでこんな不思議な間取りなんですね」
巻島と東堂は、互いを大事に思っている様子は強いのだが、折れないところは決して折れない。
通常ならば統一した雰囲気で、カフェのコンセプトを狙うだろうが、あっさりとに分割してしまったところが、彼ららしかった。
「でも…お二人とも若いのに…よくそんなお金がありましたね?」
驚いたように言う小野田に、東堂が苦笑して言った。
「共同出資と銘打っているが、実際金を出してくれたのはほとんど巻ちゃんなんだ」
「だから出世払いで、お前に貸してやってるだけッショ」

「おーい!そろそろ 店開ける時間になんゾ!」
「あ、はい…またお二人のお話聞かせてくださいね!」

美味しいスイーツを出すと有名な、cafe・East islandの開店時刻は、5分後に近づいている。