いびつなサクリファイス


巻島の、東堂への態度が変化していた。
元々あまり素直でない性質らしかったが、今ではあきらかに東堂への態度が、周囲の眉を顰めるものになっている。
それに対し東堂の態度は、相変わらずだった。
献身的ともいえる奉仕は、以前なら周囲を苦笑させるものだったが、今は巻島の冷淡な返しと傲慢なほどの口調に、非難の目線が向けられるほどだ。

「オレは高峯のミネラルウォーターが欲しいって言ったショ なんで神戸の水なんだよ」
「すまない、巻ちゃん 近くの自販を幾つか回ったんだが…」
困ったみたいに差し出されたペットボトルを、巻島は無言で受け取る。
礼の一つも言わず、当たり前みたいにそれを飲み干す態度で、ついに東堂のファンである女の子たちの一角が、切れたようだ。

「…なに、あれ…」
「東堂くん、アイツの為に幾つも自動販売機とか探してたのにお礼も言わないの?」
「サイッテー!」

聞こえよがしの取り巻きの声にも、巻島は表情を崩さない。
むしろそのままの顔で一言、嫌味混じりに
「お前のせいで、周りがうるせェショ」
と東堂に言い捨てた。

目を瞠ったのはその言葉を放ってきた、女生徒たちだけではない。
ともにレースにエントリーしていた、新開と荒北も眉根を寄せて、二人を見ていた。
巻島は素直でないとはいえ、東堂の態度をまんざらでもなく受け止めていたし、紛れもなくそこから生まれる空気は、幸せで柔らかいものだった。
だが今の巻島は、周囲の非難の目線も東堂の卑屈とすら言える態度も、すべて自分とは関係がないとばかりに、自分から切り離している。

振り返った東堂が、女性たちの方へ一歩足を進めた。
「…すまないが、その…静かにしてもらえるだろうか」
困ったみたいに東堂に言われ、巻島を睨みつけていた女の子たちは、居心地悪げに何度か唇を開閉させた。
東堂の為に思って言ったのに、その本人を困らせただけでなく、自分たちが窘められるだとは予想だにしていなかったに違いない。
「あ、あの…東堂さま……」
「わたし、たち…その東堂さまの…邪魔をするつもりじゃ…」
言い訳めいた口ぶりは、当人たちも承知をしているのだろう。
どうしたらいいのかと、泣き出しそうな顔で訴える子の肩を、新開が軽く叩いた。

「大丈夫、わかっているから ただ尽八が納得して行動しているなら、口出しはしないほうがいいぜ?」
優しくあやすような新開の口ぶりに、女の子たちはほっとしたみたいに、頭を下げた。
手を軽く振って、そこから立ち去るよう無言で示せば、その場にでの居心地の悪さに耐えられなかったのだろう。
揃って深く礼をして、去っていった。

「…どうした、尽八 裕介くんを何か怒らせたのか?」
東堂の行動は極端で、巻島がキレぎみに何度も叱りつけるように、しつこい電話をなんとかしろだとか、メールの回数を減らせだとか繰り返しているのは、もうお馴染みだ。
だがそれらの際と、今回の巻島の態度は明らかに違っていた。
大声でしつこいと怒鳴りながらも、どこかに含まれていた東堂への許しの要素が、まったく感じられないのだ。
東堂にあれこれと言うのも、甘えからではなく、命令口調のように感じられる。

東堂と巻島の、微妙な関係を知る新開から見ても、違和感を感じるやり取り。
普段であれば、こうして自分たちが、二人の齟齬から生まれるできごとに口を出せば、東堂は余計なお世話だといわんがばかりの顔をし、巻島は困ったみたいに頭を下げる。

ふと、巻島の方へ新開が顔を向けてみたが、いつものような申し訳ないみたいに、居心地悪げにする顔はなく、巻島は冷淡だった。
巻島の方へ脚を向けていた、荒北にも意外だったのだろう。
鋭い目を瞠って、巻島のその様子を眺めている。

「巻チャン、珍しくねェその態度?」
「……別に いつものオレショ」
荒北が、巻島に声をかけたのを確認し、新開は東堂を少しはなれた箇所へ呼び寄せた。

機嫌を伺うように振り返った東堂に、巻島は荒北といるのだから寄るなとばかりに、顎先で新開の方を指し示した。
その様子に安堵したよう、東堂は新開の方へと向かう。

「…何があった?」
直接的な新開の言葉に、東堂は目線を逸らし
「……何の事だ……」と低く答えた。
それだけでも、十分だった。本当になにごともなければ、東堂尽八という男は堂々と顔を上げ、何も疚しいことも問題もないと返すだろう。
「何もないというのなら、それでいいけどな ただこんなトラブルが今後も続くのなら問題だぞ 他の部員たちだって他校の生徒に必要以上に
尽くそうとしているお前をみたら、訝しく思うし…なにより、おめさんのファンたちが影で裕介くんに何をしでかすか、心配じゃないのか」

ただでさえ、東堂のシンパの一部には巻島を邪魔者扱いし、異端の存在と貶すような過激な者も存在しているのだ。今の巻島の行動を見たら、
どんなトラブルを起こし、結果として周囲への迷惑を広げるか考えろといわれれば、東堂にも理解が及んだのだろう。

「…おめさんが黙っていても、裕介くんも周りにも害がないっていうなら…オレたちも口出しはしない」

だが何も聞かなければ、自分たちだって何もできないと言われ、東堂は俯いた。
伏せたままの目蓋と、強く噛み締められた唇とはうらはらに、東堂の纏う空気は不思議と静かだった。
何かを決めて、揺ぎ無い。
自分の持つものを、けして譲るつもりはないというように、落ち着いている。

「……オレ…は…」
それでも、東堂が低く呟いた言葉は細く震えていた。
「嫌がる巻ちゃんを、力づくで…奪った」

何をと無邪気に問い返せるほど、新開は世間知らずではない。
ヒュッと新開が小さく息を飲んだのに、東堂は苦笑を浮かべた。
「最低だと罵られて、当然だな 無理やり泣く巻ちゃんをねじ伏せてオレのものにしたのだから …だからオレは…巻ちゃんに一生かけて償うと告げた」

言い切った東堂は、もう苦悩の顔をしていなかった。
むしろ穏やかな笑顔で、オレはだから一生何をされても、巻ちゃんに詫びる為にずっと傍にいるのだと幸せそうにすら告げていた。

「尽八……」
「そうだな…だがオレの態度のせいで、女の子たちが巻ちゃんに迷惑をかけてしまうだろうとは、考え付かなかった 隼人、お前なら穏便に彼女たちを収められるだろう?」
もちろんその都度、オレに出来る限りの礼はすると、東堂は当たり前のように言った。
巻島が東堂への熱を失ったようにしながら、それでも傍に居るというのは怒りからなのだろうか。

――判断がつかぬ新開は、少し離れた先で、巻島に声をかけようとする荒北を、そっと見遣るしかなかった。

「で、何があったわけェ?」
いかにも面倒だというように、荒北がロードバイクを持たれかけさせた柵に、自分もゆったりと寄りかかる。
今日の巻島の態度は、珍しかった。
東堂とのゴタゴタがあって、自分や新開が割って入ればたいていは、申し訳なさそうに、何事かを呟き、頭を下げて折れるように、東堂への態度も改める。
だが今日は、
「…関係ないショ」と冷たく言い捨て、かたくなに目をあわせようとしない。

「関係ない、ネェ……まあオレとしてもそうしたいけどな、さっきみたいなのを繰り返されたら他の部員の手前もあるしめーわくなんだけどォ?」
いっそ東堂を団体以外出場禁止にして、巻チャンとの一切の絡みを封じてやろうかと、幾分かの揶揄を含めて荒北が言えば、巻島は鼻で笑った。

「東堂は出禁になったって、部活をやめたってオレへの態度は……これからずっと変わらねえショ」
随分と、強気な言葉だった。
荒北が知る巻島の言動は、自分は東堂の友人として、近しい立場にいていいのだろうかという消極的なものがほとんどで、その中に含まれる好意を、
他人事ながら微笑ましくすら感じていた。
しかし今の巻島は、冷たい表情でそれでも東堂は、自分から離れないと断言しているのだ。

「…アイツに何された?」
疑問系ではない、荒北の問いかけに、巻島の表情がはじめて動いた。
動揺したみたいに眉根を寄せ、巻島が小さく身体を震わせ首を振る。

「別、に……」
「別にってツラと声じゃねェよ、巻島」
ぐいと力任せに巻島の手首を引いた荒北は、目ざとくそこに、赤く擦れた痕が残るのに気付いた。

「………これ…か…?」
目ざとい荒北は、それが何を意味しているのかすぐに察していた。
巻島がレース中や終了後も、調子を悪そうにしていたのも目にしていたが今になって、意味に勘付く。
痛みに耐えるように、巻島が唇を噛み締めていたのだって何度も見ていた。
いまいちど目を凝らせば、巻島の長い髪に隠されたギリギリの首筋にも、紅い噛み痕が刻まれていた。

一昨日東堂は、連休を利用して巻島と調整をしながら、今日のレースに参加をするのだと、千葉に出向いていた。
巻島は不器用ながらも、東堂への態度は特別で、一緒にいれば絶えず暖かな顔をしているのが、今は冷ややかだった。
白い肌に残る暴力的な痕跡と、巻島の態度で何があったのか、荒北は理解をしていた。

「……チッ!!アイツ……」
今にも殴りかかりそうに踵を返した荒北を、巻島が慌てて抱きついて止めた。「オレも……オレだって共犯ショ……!!」


東堂への淡い気持ちを自覚したのは、高2の終わりごろだった。
田所や金城とは異なる、絶え間ない緊張感と、自分への特別な態度。
馬鹿馬鹿しい会話をしながらも、笑顔がこぼれ出てくる。
そんな自分を、東堂がどこか眩しそうに見詰めてくるのに、戸惑いを覚えながらも嬉しかった。
ふざけあいながらも、たまにはケンカをしても好意を隠そうとしない東堂。

眩しくて、キラキラしていて、才能にも溢れている相手に、いつだって誰よりも大事にされれば、巻島の隠そうとしていた気持ちだって、大きくなるばかりだ。

ふと汗をぬぐう動作に、見惚れた。
カチューシャを外した瞬間の精悍な顔に、自然と頬が染まった。
勝ったの負けたのと、精一杯の勝負をしたあとでのじゃれあいは、もう巻島の中でかかせないものになっていた。

だから。
好きだと言って、思い切ろうと決めた。
東堂の好意を勘違いしないために、早く友人として割り切れるように、この思いを告げて、消してしまおうと。
東堂は、まっすぐないいヤツだ。自分が告白して、引くことはあっても、これからはまた一つの競技でのライバルとして、付き合い続けてくれと頼めば、
躊躇いながらでも了承してくれるだろう。

そうして自分の恋は死んで、東堂へやましい気持ちが消えて、きちんと向き合えるようになる。

そんな覚悟で、東堂が泊まりにくる日をカレンダーで指折り数え、当日を迎えた。
――ふわふわした気持ちと、泣きたいような気持ちと、いっそ時が止まってしまえと無茶苦茶を願ってしまうような感情が溢れ、いつものような自分を保てていない。
高鳴る鼓動が、伝わってしまわないよう祈るばかりだ。
東堂に何事かを話しかけられても、一言一言に息を飲んで、言葉の意味を深読みしてしまう。
自分の態度が、浮ついて妙だと悟られないように、なにを言われても生返事で、本を読むフリをすることで、受け流していた。

「…なあ、巻ちゃんってば!」
「んー…聞いてるショォ……」
焦れたように巻島の肩を揺する東堂が、いい加減に相手をしてくれないとこうだと、ベッドに寝そべって雑誌をめくる巻島の上へ圧し掛かった。

「重てぇショ…」
「オレが好きにするといったら、聞いているとだけ答えたのは巻ちゃんだからな!」

やめろとは言われなかったと、東堂がはしゃぐように、巻島の読むグラビアを覗き込む。
うつ伏せの状態で、上に乗られ、邪魔だと言っても東堂は笑いながら、どこうとしない。
いつもの事だと諦めて、巻島はまたページをめくった。
「…巻ちゃんの、好みのタイプはこれか?」
肩越しに圧し掛かられた顔は距離が近く、東堂が何かを喋れば吐息が肩に当たって、むずがゆい感覚を生む。
「…べ…つに……」

グラビアアイドルでなく、同い年の男のせいで乾いた声になるのが、情けない。
雑誌を閉じて、起き上がろうとしたが東堂は、巻島の後ろ髪をかきわけ、うなじに鼻を埋めて匂いを嗅いでいた。
「……いい匂い、だな……巻ちゃん」
皮膚の上を走る呼吸が、くすぐったくて巻島の羞恥を呼んだ。
「やっ……東堂お前、なに……」
クンクンと音をたてながら、東堂の鼻先は徐々に動き、巻島の耳朶下へと動いていった。
「東堂くすぐってぇショ…離れろ」
「やだ」
薄い肌を、柔らかいなにかで撫でられている感覚は堪らなくて、巻島が身じろぎをしたが、東堂はやめようとしなかった。
「……巻……ちゃん……」
「東堂、……どい……」
どいてくれ、と最後まで言わせてはもらえなかった。

何が起きたのだろうと認識するより先に、圧し掛かられたまま躰を反転され、唇を塞がれていた。
発作的に肩を押して、東堂が力任せに掴んだ手首は、予想よりずっと細い。

「………っ…」
「巻ちゃんっ!……巻ちゃん…逃げ、ないで…」

身を守ろうとするように、腕を引こうとするのを東堂が激しく押さえつければ、巻島は信じられないみたいに目を瞠った。
混乱し呆然としている巻島が、逃げられないと悟ったのだろう。
グリップを握り続け、硬くなった指先が荒々しく巻島の顎を掴み持ち上げる。

二度目のキスは、執拗だった。
薄い唇の皮膚が破れるんじゃと思う強さで甘噛みされ、舌を無理やり絡めとられたと思えば、口腔内を熱い粘膜が舐め拭う。
息を詰めた巻島が、呼吸ができずに苦しくなって、ベッドに手を突いて体を動かそうとしたことで、東堂の抑制の輪は外れてしまった。

「逃げないでくれ…巻ちゃん」
「東堂ォ!お前……落ち着けっ……なぁ、離せよ…!」
なじるような巻島の声に、東堂は泣きそうな目をしながら、それでも薄く笑った。

「逃がさない」

シャツに手をかけられ、東堂の手が性的ないやらしさを持って腰のラインを辿るのを、巻島はただ見ているしかなかった。
名前を呼ぼうとしても、カラカラの喉はかすれた吐息しか洩らせず、むせるように胸を詰まらせる。
膝立ちをして、巻島の越上に跨る東堂の顔は、ルームライトの逆光でよく見えなかった。
東堂に見下ろすような体型で乗り出され、無防備でいる今の自分を、怖く感じて竦む隙から、冷たい指先が体のあちこちを這い回る。

ビクリと背を震わせ、一言悲鳴じみた声で
「東堂ォ……」と名前を呼べば、「…許さなくていい」と温度のない低い声が返された。

「……っや……やめ… も……ぉ……あっ…!」
「……やめられるはず、ないだろう……巻ちゃん、嫌なのにそんな甘い声を…出せるのか?」
自嘲気味に唇をゆがめる東堂は、巻島の知らない顔をしていた。
胸をそらせるようにすれば、白い肌の上で色づいた先端を見せ付けるようになってしまう。

そんな自分の姿が恥ずかしくて、東堂の手を振り切ろうとすれば、かえって熱情を煽った結果になった。
誘われるように落ちた東堂の舌先が、張り詰め始めた突起を愛撫し、しこりをほぐすように唇で挟んでは強く吸い付く。
「……っあ……やめ、やめてくれ、とうど……」
皮膚の内側から、羽根でくすぐられるような未知の感覚は、もどかしい快感だった。
逃げようと膝を立てれば、お仕置きだとばかりに愛撫されてる箇所に噛みつかれ、翻弄される。
あふれ出てくる涙が、情けないと思っても、巻島にはとめられなかった。

「なあ、なんでだよ巻ちゃん…いきなりこんな事されても、そんなヤラしい声誰にでも聞かせるのかよ」
「っ……ふ……知ら、知らない…ダメっ…東堂、東堂なんで…っ」
「……もっと、もっとオレの名前を呼んで、巻ちゃん」

胸先の突起を弄られ、自分でも触れたことの内容な箇所を光の下で暴かれ、暗く翳る瞳がその痴態を余すことなく観察している。
巻島の敏感な反応一つ一つを、まるで実験を楽しむ子供のように幾度も繰り返しながら、東堂は下着まで剥ぎ取っていた。
体の奥が疼く熱を、他人から与えられ、認めたくなくて、涙を流しながら「やめて」と繰り返す。
踵でシーツを蹴って、無意識に暴かれた裸体を隠そうとしても、愉悦でたけり始めた昂ぶりは隠せなかった。

「…っ…あ……」
滑る先端を指先でくすぐられ、媚態めいた声を洩らしてしまった巻島が、羞恥で涙をこぼせば、熱をはらんだ視線がその一挙一動を見逃すまいと、体の隅々までを見下ろしている。
「巻ちゃんは、女の子みたいに胸で感じられるんだな」
「…違っ……やっ……」
「違ってないだろ?感度がいいんだな」

首筋に顔を寄せ、東堂が耳朶近くで揶揄するように、囁く声すら巻島を刺激した。
シーツを握り締め、違う違うと恥じ入りながら言い張っても、体は正直に反応をしていた。
東堂の掌の中で、括れや先端を揉みこむみたいに握られ、信じられないぐらいの快楽が巻島を支配していた。

混乱と未知の快楽と愉悦で、東堂に縋ることも、気持ちを言葉にすることもできない。
自然とあふれ出る涙は、そっと落ちてきた東堂の唇に吸い取られた。
「…や…め……あ…っ…」
お願いだから、やめてくれと懇願を繰り返しても、嫌だとは言わなかった。
心のどこかでは、順番が逆になっても、東堂とどんな形でも結ばれれば、その情を盾にとっていつか恋心を伝えることができるかもしれないと思っていたから。

「でもよォ」
吹っ切ったように巻島が笑うのを、荒北は呆然と見ていた。
そんな顔は、東堂と軽口を叩き合っている時にしか、巻島は見せたことがない。
「…ひでェショ、あいつ
『忘れてくれとは言わない 一生かけて俺は償うつもりだ…それでも一度だけ、今夜だけでもオレは…巻ちゃんが欲しかった』
…だとよ」
なぁひでェだろ?と巻島は、これ以上はない穏やかな声で、忍び笑った。

「そ…れは……」
「バカだよなァ東堂 アイツがいつもみたいに、軽いノリで例え口先だけでもオレを好きだ、欲しいと言ってくれりゃオレは喜んで何度だって抱かれてやったのによ」

うつむいた巻島が、そっと自分の腕を掴み、爪を立てる。
白い肌にその爪がくい込み、赤くなったのに気付いて、荒北が慌ててその指を外させた。

「アイツは一度きりで良いって言い切って、オレの言葉を聞こうともしなかった」
「……」
「東堂はオレの気持ちはどうでも良かったってことショ? ……クハッ オレが可哀想過ぎると思わねェか荒北ァ 好きなヤツに嫌われたくなくて、
ずっと我慢してきて、それでも気持ち伝えようと思ったら強姦されて、これっきりだとよ…どんな喜劇だよ」

……ああそれで、あんなぎくしゃくとしたやり取りが続いていたのか。
先ほどの、無慈悲な主人に献身的に仕えるみたいだった東堂の態度を、思い出す。
かける言葉も思いつかず、言葉を失った荒北に、巻島はそっと微笑んだ。

「…言うなよ」

誰に何を、とは訊ねるまでもない。
だがこの拗れた思いは、きちんと互いにとりなせば、強い結びつきになるのではないだろうかとの、荒北の無言の問いかけに巻島は首を振る。
「オレは許してやるつもりも、この気持ちを伝える気持ちも、もうねェショ …だって東堂は一生かけて償うって言ったんだから」

どんな形でも、また壊してしまうよりは、一生続く方がいい。
友情という形を失い、心を削るみたいにしながらも東堂の傍にいるほうが良いと、巻島は静かに呟いた。

「いや……でもよォ……」
荒北の戸惑いを読んだように、巻島は口端を上げた。
「新開も…直情径行なとこありそうだからな…教訓にこの話伝えてやったらいいショ …お前らはいい奴だから …巻き込んで悪ぃナ…」

目の前で痛い行動をしてる莫迦な二人見たら、どうしたって解決してやろうとするだろう。
隠さずに伝えても構わない、だから事情を知って、オレ達に関わるなと巻島は続けた。
「あぁ…でもさっきみたいに、トラブル起こして部活に迷惑はかけねえよう気をつけるショ」
さらりとすまなかったと、伝えられるが、気にかかっているのはそんな事ではない。

「なあ、ホントにそれでいいのかよ…!」
「一回きりでいいって、オレの言葉を聞こうともしなかった東堂なんて……ずっとオレに片思いしてりゃいいショ」
自分の恋も死ぬというのに、強がりでもなくそう言う巻島の本心。

「……でもよ、それじゃ…」
「…普通、そう簡単にはもらえない言葉だぜ、『一生』なんて?」

親しげなぐらい無防備に笑う巻島の髪を、強く吹いた風が舞い乱れさせた。
日常では見ることのない髪色が、サラサラと美しくなびく。
もうこれ以上は語らないと、口をつぐんでしまった巻島に、もう荒北が返せる言葉はなくなっていた。

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おまけ

一応両片思いで完結なのですが、続きが気になる方への色んなパターン妄想

どんな形でも一生巻ちゃんの傍にいられれば幸せだ、と東堂は思っていたのに、浮かない顔が続く巻ちゃんに東堂の気持ちは乱れる。
どうしたのだと無理に聞き出せば「オレは好きな奴と幸せになりたいから、お前を解放してやるショ…もういいから、オレのこと忘れろよ」とか
言われて、自分が一生巻ちゃんの傍にいられると思った保障はないのだとあらためてそこで気づいて、じゃあ巻ちゃんが一生オレを許さないぐらいに
巻ちゃんに酷いことすれば傍にいて尽くしても許されるのかと、斜め上に東堂がヤンデレ化する、闇堕ち編

リアリストの巻ちゃんは、こんな形での不毛な一生のつきあいは、オレが望んだものじゃねえよなあと、ある日自覚して、もうお前の償いはいらないからと東堂を穏やかに諭す。
そこではじめて、「ごめん、償いという形じゃなくて…オレは巻ちゃんの傍にずっと居たい」と本音を涙目で語って、巻ちゃんも
「バカ…ショお前…レイプとかする前に、それを先に言うのが普通だろうがヨ…」と涙目で答えて、「あれ…ひょっとしてオレ、片思いじゃないの?」とか言い出して、
とりあえず殴らせろとかいう巻ちゃんも、これで長い片思いがやっと終わったというハッピーエンド編

巻ちゃんがひたすら冷たく、東堂がひたすら献身的に尽くしていくうちに段々隠れた性癖が現れてきて、巻ちゃんが東堂専属女王様になって、ウリウリと足蹴にしつつも、
それでもひたむきな東堂にときめいていて、東堂はなんか巻ちゃんに冷たい目線で見られるとゾクゾクしちゃって喜びを感じるようになっちゃってでも攻めという歪んだ関係編

「ハッ、て前ェはなんのかんの理由をつけて一生 巻チャンの傍に居られるって満足してるみてェだけどヨォ テメェがひでェ事する前から巻島には好きなヤツいたって知ってんのかよ!」
よじれまくった二人の関係を見るに見かねた運び屋荒北が、ああもうウゼェ!!見てらんねえ!!とついつい口出しちゃう
「本気で巻チャンに悪いとか思ってんだったら、東堂お前、巻島の好きなヤツきちんと聞き出してそいつと結ばれるようにしてやれよ」と言われて、東堂は顔面蒼白
「そんな…こと……できるはず…なかろう……」
「あ、そ テメェの償いとかってその程度なワケェ?」
さあ恋の縺れた関係は解きほぐせるのか、…巻ちゃんの好きな人は誰?どたばた学園ラブコメ編

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お好きなものをお好きにお選びくだされ

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