東巻ワンライ お題【お互いしか知らないこと】
君の描くオレの未来


巻島裕介は、東堂尽八を好きであるが故に、その幸せを祈る人物である。
だから「好きだ」と告白されて、予想外にも嬉しくて即諾をして、その時からずっとこの恋の終りを考えていた。

顔も性格も家柄も才能も、一部の過剰すぎる自信とけたたましささえ除けば文句なしの東堂と、人より見所があるのは個性のみという自分では、ふつりあいだ。
だから東堂はもっと、自分よりずっと素敵な女の子と結ばれて、子供を授かり名実ともに名士と呼ばれるような人物となって幸せに暮らすのが当たり前なのだと思っている。
いつこの恋は、終わるのだろう。

思っていた以上に東堂が自分の事を好きになってくれて、巻島は甘い幸福とともに、早くこの毎日に身が浸ってしまう前に、終わらせなくてはと思う。
だって自分では東堂の、堂々と紹介できる伴侶にはなれず、ましてや子供も与えられない。
同性というのに目をつぶったって、東堂にはもっと素直で可愛らしい……自分の後輩のような人間の方が、よほどお似合いで微笑ましい家庭を作れるに違いない。

ああ、早くこの恋を終わらせなくては、東堂が執着で逃げ切れなくなってしまう。いや違う、自分が東堂から離れられなくなってしまうのだ
早く、早く、早く………。

目の奥がじんわりと熱くなり、ほほにむずがゆい感覚を覚えた。
……無意識に目の下に広がる、薄い皮膚を掻こうとすれば、硬い指先が涙を拭っていた。

「……泣かないで、巻ちゃん オレはここだから」

耳朶近くで、困ったように優しく低い声で囁かれる。
暗闇から伸びた、一本の蜘蛛の糸のようにその響きで巻島は救われた。

ゆっくり目蓋を開けると、東堂が巻島の負担にならぬよう、それでも身動きができぬよう馬乗りになって、寝台の上で見下ろしている。
「……夢……ショ?」
「そうだよ、巻ちゃん オレと別れようだなんて……随分酷いことを言っていたが」
冗談みたいにあやす東堂の声は、その奥底になにか冷たいものを秘めていた。
巻島の寝言から、おおよその事情を察したらしい東堂は、一言「無理だからな」と告げる。

「な、…何、がショ?」
もともと巻島はそう寝癖の悪い方ではない、寝言ですべてを悟らせるほどの失敗はしないはずと思っても、相手はそれを上回っていた。
「オレの幸せの為に巻ちゃんが別れようと決意することだ」
はっきりと口にしなくても、東堂には理解できていた。
巻島裕介は、いつか自分から離れようとしていると。

卑下をするのではないが、巻島は常に自分は東堂にふさわさしくないと、どこか遠慮がちだった。
快楽を貪る時は刹那の歓びを味わうように、献身的で儚いほどに美しく、それでいて現在の東堂を見ようとしない。
一生の思い出にとすがってくるその健気さを東堂は愛し、同時にこうも好きだと告げているのになぜ伝わらないのだろうと、憎く思ってしまうことすらある。

「例えば、だ 巻ちゃんが姿を隠して消え オレはどこかの誰かと結婚することになったとしよう」
「……ショ」
自分で想像を始めていた設定のはずなのに、胸が痛んで巻島は小声になった。
そんな巻島のアンバランスな感情を、東堂は心の奥で疼くような痛みを感じながら、執着をしている。
守りたい、壊したい、大事にしたい、粉々にしたい……全部が全部を自分のものにする為には、どうすればいいのだろう。

「オレは巻ちゃんが姿を消してもずっと愛し続けているだろう それでも結婚をするとすれば、巻ちゃんを愛しているオレでもいいから結婚してくれという女性だろうな」
随分と傲慢な言い草だが、東堂ならばそれを許されるはずだ。

周囲だって呆れさせ心配させながらも、それでも東堂と結ばれたいという女性は、きっといる。
「それからオレにそう決意させるだけの力がある…という事は、周囲から圧力をそれなりかけられる、実家が相当な権力者か金持ちの娘のはずだ
だから結婚式にはオレは条件をつけよう 『オレの一生の親友 巻島裕介が結婚式に出てこないのならば、式は挙げない』と」
「ちょ、お前なに 無茶言って……」
権力を使って金に糸目をつけなければ、家族とだって友人とだって縁を切らない限り、巻島が姿を隠したとしても、まず探し出されてしまう。
「そして無理やり巻ちゃんを参加させた結婚式で、オレは誓いの言葉でこう言うだろう『はい、巻島裕介の次に彼女を愛します』」
「ショォォォォ!?? そ、そんなの許される訳ねえショ!!お前、何考えて……!!」
「それでよしという条件を呑む相手でなければ、結婚などできんよ そして彼女に毎日囁くのだ オレと巻島裕介の出会いと、結ばれた日の事、健気に身を引いた巻ちゃんのおかげで君と結婚するこ」
「待て待て待て待て」
東堂の饒舌を、巻島が思わず遮る。

くらり、と眩暈がした。
「まあそんな生活でも、子供をなそうと思えばできる 娘の名前は……裕子も捨てがたいが、麻紀……うん、麻紀ちゃん…いいな 男でも真樹…」
「……やめろショ」
「巻ちゃん、オレの幸せの為に別れてやろうなんて思っているのだろう? だったら一生見届けてもらうぞ お前を愛している男を『幸せにする為に』なんて理由で捨てた道行きを」
「……だから、お前がその結婚相手を普通に……」
「普通だからという理由で、自分の思いを曲げて、適当に人が選ぶ幸福の過程を選択しろというのだろう?だから選んでるじゃないか 結婚して、子供を作って、親友がオレの傍にいる」

ふと思いついたように、東堂は言った。
「ああそうだ!娘ではなくオレはやはり息子を作ろう だから巻ちゃんは娘を産んでくれ そして二人を結婚させようじゃないか」
「………いやオレは、子供産めねえショ……」
「名前はユウがいいな そうすればその子は結婚して東堂ユウとなる そしてオレ達は親友でもあり親戚になるんだ」
「オレの娘が、結婚を嫌だって言ったらどうするショ…」
もはや反論するにも気力が萎えて、巻島は目の前のどうでもいいことにしか、答えられない。
だいたい自分が結婚できたとしても、東堂が入り浸っていては普通の生活など不可能ではないだろうか。

「言うはずがないだろう オレの為に自分の思いすら消そうとした巻ちゃんの子と、お前だけを見ているオレの子だぞ」
「あのな、東堂 オレ達と子供の人格は、別物ショ」
「ああ、オレと巻ちゃんの思いについては否定しないのだな!」

――なんでそこで、嬉しそうなんだよ

だがまだ白旗を上げるわけには、いかない。
東堂の未来を思って、巻島だって苦しみながら悩んだのだから。
こんな数分の会話で、東堂のこれからを潰してしまうかもしれないと考えれば、まだ持ちこたえられる。
「東堂、そのプランを実施したら…どれだけ人の心を踏みにじるのかって、間違えなく刺されるショ」
「ああそれも悪くないな ……そうすれば巻ちゃんは、罪悪感で一生オレから逃れられないだろう?」

いやいやいや、うっとりとした声に聞こえるのは、オレの気のせいだよな?
「……刺されるのはお前じゃなくて、オレだろ 奥さんにしてみりゃ オレさえいなけりゃって思うのが普通ショ」
「ふむ…普通であれば巻ちゃんに危害を加えるような者の存在を許せんが、この場合は原因がオレか…」
「そうなるショ …だから、な」
「ならばオレは『巻ちゃんを刺したのは自分だ』と遺書を残して巻ちゃんの後を追うことにしよう なに、それがすげなくしておいた妻へのせめてもの詫びだ」
「詫びになんねえショ! お前ひでェぞ子供はどうするつもりショ!?」
頭の奥では、なにを架空の存在を前提に馬鹿な会話をと思うが、時折奇妙なリアリティがあって、巻島の背筋を寒くさせていた。

「だから最初から言っている オレは巻ちゃんと別れるなど、無理だと」

その為に実家が金持ちの相手を、選んでおくのだからな。
笑い話めいて告げてくるが、東堂の深い色をした瞳はすこしも笑っていなかった。
切れ長の瞳を細め、巻島の怯えるような反応を楽しみながら、これがお前の望むオレの未来なのだろうと問いつめてくる。

「なぁ巻ちゃん、諦めろよ オレとずっと一緒にいればオレと巻ちゃんで幸福な人間が二人  …巻ちゃんが勝手な判断で身を引くというのなら 
オレと巻ちゃんとオレの嫁(仮)…そして父を途中で失うオレの子供に、巻ちゃんの子供とそろいも揃って、不幸な連鎖の成立だ
 ああ勿論オレはマキと名づけた子供は妻となった女性が引くレベルに、全力で可愛がるつもりだがな」
「……マジ、やめろショ……」
東堂の声が憤りを篭めたものであったならば、一過性の怒りからの発言だとも捉えられた。
だが不穏な言葉はどれも平常道理で、むしろ巻島が泣きそうになるのを、東堂は喜んでいるようにすら、見えてしまう。

――コイツ、オレが絡むとちょっとおかしいショ
東堂と巻島を知るものが聞けば、10人が10人とも、何を今更という事実を、巻島はようやく現実として捕らえ始めていたのだから、こちらもある意味凄かった。

巻島の描いていた未来を、東堂は知っていた。
知っていた東堂が仮定する未来を、巻島は教えられた。
二人しか知らない未来図で、真っ黒な行く末を見せられた巻島は、諦めたように目をつぶり、躰の力を抜いて寝台にすべてを委ねる。
こんな滅茶苦茶な理由で、長年悩んでいた東堂との未来を決める破目になるだなんて…イレギュラーすぎて、おかしくて、なんだか笑いたくすらなってしまった。

「……後悔、してもしらねえショ 好きだからな、東堂」
「愛してるよ、巻ちゃん」

それこそがオレの幸せだと、東堂は白く細い首筋に唇を落し、己の所有印だとばかりに紅い痕を残す。
東堂の癒すように触れてくる腕は、巻島に心地よいぬくもりを与え、これもひとつの縁の形だと教えていた。