【東巻/山坂】僕らの時間 



クライマーズ4人東巻で山坂。
…東堂がインハイで初めて認識する小野田くんを、既に知っていたり、真波と小野田が競う前提
になっていたりしている微パラレルです,ご了承ください。

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巻島がツール・ド・つくばに参加を決めたのは、初心者である小野田にも上りやすいだろうと、レース路や斜度を選択肢、選んだからだった。
毎週のように……正確にはほぼ毎日のように連絡をよこす東堂に、次のレースはつくばにしたと告げれば、東堂もそれはいいなと返す。
おそらくそうなれば向こうも後輩を連れてくるだろうとの思惑は当たり、東堂は真波を、巻島は小野田を引き連れての参戦予定だ。

だがそのレース前約10日間、何故か東堂からの連絡は途絶えてしまい、実際にどうするのだとか、申し込みは済んでいるのかという
確認は取れぬまま、当日を迎えた。

絶好の快晴で、気温も心地よい。
梅雨シーズンなのにこの天気は、小野田の練習にも良かったショと巻島は伸びをした。

「ショッ!?」
背中部分の布地を引かれ、ほんの少しバランスを崩した巻島が、慌てて振り返る。
「こんにちは、巻島さん!
にこやかに巻島の背後に現れ、ジャージを摘んでていたのは、箱学1年のクライマーだった。
あまり人に対して興味を持たぬ巻島ではあるが、強豪ライバル校で唯一の一年生レギュラー、しかも属性がクライマーとあっては
さすがに相手を記憶している。

「えーっと……真波…だったショ?」
念のために確認をしたのは、巻島なりの気遣いであったが、当人は
「やだなぁ この前も挨拶させてもらったじゃないですか」
と悪気なく笑顔で返した。

(コイツ…東堂と違う意味で苦手っショォ……)
小野田も稀に趣味の世界の話になると、こちらの言葉に耳を傾けない傾向はあるが、東堂と真波はベクトルそのものが、違っていた。
自分が知っている相手は、当然自分を知っているというような、よく言えば人懐っこい、悪く言えば多少の押し付けがましさを、コチラが抱いてしまう。
周囲を見渡すが、あいにくと東堂も小野田も、不在だった。

何か用かと問いかければ、真波は少し首をかしげたポーズで、実は相談があるんですと答えた。
「…オレに?」
「はい」
少し気後れしつつも、他校の後輩…しかも東堂が目にかけているもの相手とくれば、邪険にもできず、巻島はおずおずと用件を尋ねた。
ちょうど巻島が喉を潤そうと、ペットボトルにストローを落したばかりだったのに、真波は気づいたのだろう。
飲みながらでいいのでと言われ、遠慮をするのも変かと巻島はスポーツドリンクを吸い上げる。

「実はオレ 坂道くんが好きなんです!」
ブフォォッ
吹き出したスポドリを、真波の顔面にぶち撒けなかった自分を褒めてやりたい。
そう思いながら、巻島はぬれた唇を、腕で拭った。
「お、お前…何言ってるショォ……」

言いたいことは色々あるが、とりあえず告白ならば相手を間違えている。
自分ではなく、小野田に直接言えと返せば、真波は涼しい顔で、
「もう言ってます」と告げた。
「…え……」
「それで相談というのはそこからなんです!坂道くんは天使なのかすごく鈍いのか『うわあ真波くん、嬉しいな!ボクもだよ』って!!」
「あ、ああ……」
拳を握って、地面を見詰める他校の後輩に押されつつ、巻島も曖昧に頷くしかない。

わざとスルーをされている訳ではないらしいが、伝わらないのだと真波は続けた。
「そこで思い出したんです…巻島さんも、東堂さんの告白に最初そう返したと聞いていたことを」
…誰にとは、問わずとも答えは見えている。
あのバカ、後輩にまでなんてこと言ってるショと、耳まで紅くした巻島の手を、真波が両手でがっちりと掴み、見上げた。
「……その返しかたって、脈はあるんですか 教えて下さい!」
中身はタチが悪いが、真波の見かけの属性は『可愛い』だった。

小動物のように、きゅっと眉根を寄せて見上げてくる図は、巻島の先輩本能をくすぐる。
しばらく逡巡した後、巻島は諦めたように頬を紅潮させ、呟いた。
「えっと…… 脈はない…訳じゃないと思うショ…」
「ですよねっ!」
途端にしょげていたアホ毛をぴょこんと跳ねさせ、満面の笑みになった真波に、巻島は脱力した。

「お前、やっぱ東堂の後輩ショォ…」
「それでその後、どうしたら東堂さんを意識するようになったんですか?」
「…人の話聞けよ」
「聞いてますよ?」
心外だとばかりに、即座に答える真波は、確かに聞いてはいるが噛み合っていない。
そこが小野田にも、勘違いをさせるのではないだろうか。

「オ、オレにばかり恥ずかしい話させるの、ズルいショ」
「……恥ずかしいって言うなら、好きな相手に告白したオレの話の方が普通恥ずかしいようなって思いますけど?」
「うっ……」
正論に言葉に詰まった巻島は、諦めたように吐息した。

「東堂は直球だったからよ、その場ですぐ訂正された『違うぞ巻ちゃん オレの好きは恋人になりたい、オレのものになれという意味の好きだ』……てよ」
語尾に行くに従って声は小さくなっていき、紅潮は色味を増していく。
巻島の表情は羞恥に溢れ、その危うげな表情は、艶やかですらある。
正直なところ巻島自身には、何の興味を持っていなかった真波すら、かすかに魅了させた。

(ああ、これが東堂さんの言う、巻島さんの色っぽさかあ…)

「それで、東堂さんの事を好きになれたんですか?そういう意味でもって言われて」
興味津々といった様子で、質問を重ねる真波に巻島は目線を外したまま苦笑する。
「一度は無理だって思ったショ でもアイツは『オレを全部やるから…お前をくれ』とまで言ってきた ……正直、オレなんかにそこまで言ってくれる奴…
…手放したら一生後悔すんだろうなって思ったら、もう捕まってたショ」

「……敵わないなあ……」
困ったように笑う真波に、今度は巻島が首を傾げた。
「だって高校生が、真顔でそんな台詞 普通言えませんよ」
「クハッ……そうだな アイツも変なところ規格外ショ」
でもだからこそ、捕まったのだのだと、巻島は言葉にせず思う。

「オレ等が出会ったのは高二だったショ それに比べたら小野田とお前は1年余分に時間がある 高校生活の一年って、大きいぜェ…まあ…
…小野田に負担にならねえ程度にがんばるショ」
言っておくが、東堂の鬼電や鬼メール攻撃はマイナスになってもプラスになることはねえぞと追加をすれば、それぐらいは普通にわかりますと
真波は真顔で首を縦に振った。

「巻ちゃーーーーーーんっ!!!!」
聞き馴染みのある声が、徐々に近づいてくる。
「巻ちゃんっ!巻ちゃん!!巻ちゃーーーーんっ!!!」
「……うるせェのが来たショ……」
小声でぽつりと呟いたのに、東堂は叫びながらもそれを聞き漏らさなかったらしい。
「うるさくはないなっ!」と飛びつくように、抱きついてきた。

後方で息を切らした小野田が、「ま……待ってくださぁい……東堂さぁん……」と追いかけてきている。

「巻ちゃん!すまなかった スマフォを後輩がベンチから落して破損させてな!修理に出していて連絡を取れなかったのだよ
 ……寂しい思いをさせてしまったな」
くっと巻島の顎をすくい持ち、耳元で囁く東堂を、巻島は真っ赤になりながら引き剥がそうと足掻いている。
「な、何 言って……」
「巻ちゃんの後輩くんが教えてくれたぞ!『巻島さんが毎日、東堂さんから電話来ないので、心配してしょっちゅうスマフォをチェックしてて… 
あの、何かあったんですか?』とな!」
「ちち、違うショ!!いつもうるせェ着メロが鳴らなくなったから、それでオレ」
「うむ、解っているぞ 巻ちゃん!!すまなかった!!」

ようやく追いついてきた小野田が、はあはあと呼吸を乱しながら、巻島に何度も頭を下げた。
「すすす、すみません!あの、巻島さんが心配だったんで、すみま……」
「…構わねえショ お前が言わなくてもどのみちコイツ、オレに抱きついてきて、電話がなくて心配したって言うまで離れなかったショ」
遠くを見る目をしている巻島は、すでに達観の境地にいた。

「……んー…… 色々、東堂さんはすごいや」
好きだと自覚をしても、『自分の全部を相手にあげる』と言えるだけの、覚悟があるかといわれたら、真波にはその自信はなかった。

「どうしたの?真波くん」
「うん真似したくない箇所もあるけど、やっぱり東堂さん尊敬するなって…少し思っただけ」
「…ボクもだよ!ボクの場合は巻島さんだけどね …ボク達って…少し似てるのかな」
えへへと、恥ずかしそうに笑う小野田に、真波は嬉しそうに笑顔で答える。
「今日のレース最後は譲らないけど、一緒に登ろうよ!生きてるって実感できる登りを、楽しみたいんだ!」
「ボクも真波くんと登るの、楽しみにしてる!」

そうだ、まだまだ自分たちには、時間があるのだ。
そう理解した真波は、「東堂さんを巻島さんから離さなくちゃね」
と、イタズラめいたウィンクをして、小野田に協力を頼む。
「え、どど、どうすれば……?」
「東堂さんの知らなそうな、巻島さん秘蔵映像とか…持ってたりしない?」
「……秘蔵じゃないけど、この前巻島さんがポニーテールしてて……うわああっ!」
小野田の最後の台詞が、悲鳴になったのは、目の前にいつの間にか音もなく東堂がいたからだ。

「巻ちゃんの後輩君!…その画像を今から送るメールアドレ」
「させねえショ! オレの小野田の携帯まで穢す気か!!」
「…巻ちゃん……今『オレの』…… と言ったか………?」
確実に一オクターブ低くなった、東堂の声に、巻島の表情がしまったと歪む。

「ち、違ェ 今のは言葉の勢いショ……」
「ちょっと話がある」
ジャージの襟首を掴み、深い木立に囲まれた道脇に、東堂は有無を言わさず巻島を連れ去って行く。

いってらっしゃーいと、にこやかに手を振る真波と、あわわわわと慌てる小野田は、好対照だ。
「どどど、どう、どうしよう真波くん!?」
「大丈夫だよ さっきね巻島さんにいろんな話を聞いた時… 巻島さんは東堂さんを好きだって言ってたから」
真波は言外に、『好き』という言葉が友情としての意味だけではないと含ませ、微笑んだ。

「え、えと?」
「…僕らもあの尊敬する先達みたいになりたいね」

笑顔の真波に、今は頷いていいものかと迷う小野田のためらいは、おそらく正しかった。