すれ違い

 いつも人当たりよく、きちんと仕事をこなす社さんに困り顔で
「最近仕事が立て込んでいてね 蓮のやつオーバーワークで疲れぎみ
なんだよ キョーコちゃんも今色々忙しいだろうけど…良かったら
夕飯でも作ってあげて貰えないかな」
と頼まれたのは数時間前。

 たまたま同じ番組に共演することになって、挨拶時にはキラキラ全開
オーラだった敦賀さんが、番組収録終わりには精彩の欠けた様子になって
いたのは本当で、後輩として私も気に掛かっていた。
だから社さんの頼みを気持ちよく引き受け、夕飯作りを請け負った…のだけ
ど、なぜか肝心の本人の答えは「NO」だった。

 例の『本心をごまかす必殺エセ聖者』の微笑みは、健在ですね。
「最上さんだって 今は忙しい身なんだから」と失礼を感じさせぬよう、
それでいてさりげなく訪れた部屋の前で扉を鼻先で閉められたけれど、
勿論私だってそこで引ける筈も無い。
『依頼されたラブミー部の仕事なんですから』とインターフォン越しに
粘り、それでも駄目だと解ったので玄関前にしゃがみこんでいたら
モニター越しにその様子を見ていたらしい敦賀さんに、ようやく
「負けたから入りなさい」と通された。

…そんな図々しく乗り込んだせいか、先ほどから普段は気を使って
私相手でも愛想良くしてくれる敦賀さんは、むっつり黙ったまま。
疲れている所ごめんなさい、今更に思う分これら料理に手を尽くします
から!

「大きくなったら何になりたい?」
そう聞いたのは誰だっただろう。あの頃の私は「ショウちゃんショウ
ちゃん」一辺倒で、自分が何かになるかなんて考えもせず、ただただ
ずっと近くに居ることだけを望んでいたと思う。
 昔、忙しいと体調を崩しそうになっていた松太郎の為に元気が出ると
作り方を覚え研究したスープを作って、コトコト煮込みながらぼーっと
思い出す、過去の自分。

 本当ならそんな思い出が詰まったスープも憎くなりそうだけれど、…
スープ自体に罪はないからと理由付け、憎しみを一緒に煮込んで忘れて
…違う、明日へのパワーに昇華してやるのよと、オタマでくるりとかき回せば
それはもう完成間近で、いい匂いと温かな湯気を立てていた。
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――腕まくりをして料理に励むキョーコは、蓮の一見不機嫌の理由が
番組途中で着替え薄くなったキョーコの夏服のせいであり、その服装の
まま無防備に屈んで笑うキョーコに『誘っているのか!わかってやって
いるのか!!!!そうじゃないのは理解しているがっ』…と叫びたくなる
のを我慢していただけだという事に、現時点でもまったく気づいていない。

その後にこやかにキョーコが
「お疲れのご様子でしたから 精のつく…元気が出るお料理いっぱい
用意しました!」と皿を並べれば、蓮は
『だからっ!!精がついたら拙いんだっ 自重をしているのだから勘弁
してくれ どこまで天然で誘うんだっ』と
煩悶し、ますます無表情に接してきたので、自然二人は無口になった。

 空気がいっそう重くなったのを察したキョーコは、食事を待っている間
に蓮の具合が更に悪くなってしまったのだろうか励まさなくちゃ、と
半涙目で詰め寄り
「お食事する…元気もないのですか 大丈夫ですか?」
「そ…そんなことはないよ 大丈夫だから!」
と蓮に後退りされるの、ハタから見ればコントに近い…だが当人達に
とって居心地悪い悪循環を、一晩繰り返す破目に陥るのだった。

 
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結構前に書いたのをファイルで発見 今更ですがアップしてみる