自称理解者

鉄仮面のように表情がでない承太郎だが、それでもつきあいが深くなってくると、わずかな眉の動きなどから、その感情が僕には少し読めるようになってきた…ような気がする。
ホリィさんやジョースターさん、他の身内の方々を除いてであるならば、現在僕が一番の承太郎理解者に近いのではないだろうか。
あんなやり取りで知り合えたのに、今ではこんな近くにいるなんてと、その幸福に嬉しくなって、思わず僕は小さく笑った。

「上機嫌だな」
囁くような、それでいて背中に直撃する美声。
男の声に聞きほれる日がするなんて、小学生の頃の僕は想像していたことすらなかった。
…いやちょっと待て。同性の男の声に聞きほれるなんて妄想をしていたら、確実に僕は電波か、すでにその年齢でアチラに目覚めている人だ。そんな小学生は嫌だな。

「おい 花京院」
ちょっと色々考えていたら、うつろな返事をしていたらしい。
頬が触れそうな近さで、名前を呼ばれた。
しびれに似た何かが、身をよぎった。
この凶暴といいたいぐらいの、濃厚なセクシーさは、健全な青空の下にふさわしくないぐらい淫靡だ。
承太郎の声だけで、耳が妊娠しちゃうなんて、どっかの女生徒が言っていたっけ。
つまり、顔だけでなく承太郎が規格外にハイスペックなだけで、僕はおかしくないはずだ、うん。

馬鹿な考えを打ち消し、代わりに少し目を細め、空を仰いだ。

「こんないい天気で 広い屋上を二人きりで独占してお昼を食べられるんだ 上機嫌にもなるさ」

お互いのおかずをちょっと交換した後に、今日はデザートがあるんだと承太郎をみた。
特に表情に変化はないけれど、まだ満腹している訳ではないのだろう。
高校生のおこづかいで、連日のチェリータルトは財布に痛いから、自分で作ってみたよと差し出してみる。
味見しただけだが、そこらの店並みのレベルはあるはずだ。
承太郎は、タルトを受け取る変わりに、僕の手首のほうを引き寄せ、そのまま一口齧った。

「…うまい、な」
タルトなんてはあまり食べないくせに、無理をしてるんじゃと伺った承太郎の表情は、予想外に甘かった。

クソッ チェリータルトを食べてもイケメンだなんて、爆ぜろ。
そんな不穏なことを考えつつも、自分のほほも緩むのがわかる。
そのまま、承太郎の齧った後に口をつけて、味わいを確かめるためにタルトのチェリー部分を舐めてみた。

舌の味の感じる部分は、部位によって異なっていて、甘さを感知するのは舌先だそうだ。
せっかくだし、チェリーの甘さを堪能しようと、レロレロと舐めていたら「おい」と低いイケボイスに止められた。
「あ、行儀悪かったかな?ごめん」
「…そうじゃなくて、目の毒だやめろ」
「? もっと食べたかったかい?」

目の前でチェリータルトを食べられるのが、うれしくないのだというのは理解したが、承太郎は普段それほど甘いものを好まないのに、と不思議に思う。

きっと、クールな彼からはもっと食べたいなんて言い出せないんだろう。クールガイも色々と大変だね、うん。
そう思って差し出したチェリータルトは、スルーをされた。
「違う 別に食い足りないわけじゃねえ」
「遠慮しなくてもいいよ承太郎? 家にまだホールの残りがあるし」

僕の伸ばした手首を、強い指先が拘束をした。
だがタルトは口をつけられず、そのかわり、熱くぬるりとした感触が指先に伝わった。
「ひゃぅっ」
承太郎の舌先が、器用に指先のべとべとした部分を拭う。
何も支えていない小指を甘噛みされて、思わず体がくすぐったさで小さくすくむ。

「じょ、承太郎!違うそこはタルトじゃないよ!僕の指先だ!!」
「…俺が食いてぇのは むしろコッチなんだがな」

背中が、ぞくりと来るその上目遣いの威力、反則です。
同性の僕ですら、この人の為にだったら何だってしてあげたい!むしろ食べて!と訳のわからない思考に陥ってしまうぐらいの、捕食者の鋭い視線だった。
硬直する僕の腰を、承太郎はぐいと引き寄せる。

「そ、そうだったのか承太郎…?」
「…ヤレヤレ やっと気づいたのか」
低く心地よい低音が、耳元で響きぞくぞくする。
こんな美形で美声なんて、反則過ぎるだろう。鼓動が早くなるのも、僕のせいじゃない。
この造形美が性別を超えているのが悪いんだ、そうに違いない。

承太郎の顔が、息がかかるぐらいにまで近づき、思わず叫んだ。
「ごめん!鈍くて 君さっきの唐揚、そんなに食べたかったんだね!」

ホリィさんの手作り唐揚、承太郎が差し出してくれたので、つい遠慮なく食べてしまった。
まさか指先を齧るぐらいに、肉に飢えていたなんて…!
自称、(身内外では)承太郎の理解者NO.1のこの僕としたことが…!!

「…あれ?承太郎どうしたんだい?」

気力を削がれたとばかりに、帽子を深くかぶりなおす承太郎。
ふりほどけない、強い力で拘束されていた手首は自由になったが、かわりに承太郎の様子がおかしくなっていた。
気のせいか…うなだれているようにも見える。

「鈍い自覚は、あるんだな」
ああ、ごめんよ承太郎。君がそんなにも唐揚に思いをこめていたなんて、僕は気がつかなかった。
「今からコンビニ行って、何か肉類買ってくるよ!」
「………いらねえ」
穏やかではあるが、断固とした拒否の声だった。
それではどうしたら、と困る僕の二の腕を、承太郎は強く引き戻す。

「昼休みいっぱい寝る 膝を貸せ」
「ん?ああ、枕代わりってことだね それぐらいですむならお安いことさ」
座り込んだ自分の太ももうえに、理想の造形美があるのは、悪くないどころか至福のひと時だ。

「…こんな場所じゃなけりゃ 食っちまってたぜ…」

寝入りの承太郎の一言は、謎だった。
チェリータルトを奪って、全部食べてしまっていたということだろうか。
それならそれで、構わないのに。

僕の承太郎理解者度は、まだまだ低かったようだ。
こんど部屋で二人きりになった時には、遠慮なんてしなくていいと言ってみようと、舐めた指先はまだ甘かった。