オマケ
他力本願ばかりではいかんと追いかけっこ小話のみ自力で書いてみた

 ほの暗い路地は、行き止まりの小道である事と場末の居酒屋の裏である
ことが相俟って、どこか据えたような臭いがする。
我ながら馬鹿馬鹿しいとは思うし、何をやっているのだと脳裏では計算
できているのだが、…あの男の目付きがどうにも気に入らなくて逃げ……
いや違う、単独行動の方が私らしいとハボック少尉の腕の隙間から脱け
だし、身を隠したはず…だったのに。


「なっ…何でお前っ……!」
「ここにいるかって?」
煙草を咥えた男は、喉奥でクッと笑うとゆったりと歩み寄ってくる。
逆光のせいで翳が落ちた顔は、口端を上げた表情なのにどこかこちらを
警戒させる雰囲気を纏っていた。
「大佐殿はわかりやす過ぎっスよ」
目を細めるハボックの口調は、面白がっている物だけに余計に不気味だ。
「わ…私の何が分かりやすいと言うのだ」
「さっきアッサリ追着かれたのに まだ俺を舐めてますよね?あの道から
適当な距離で適当に目を晦ませそうな、人目を引かない場所…なんてここ
ぐらいっスよ 本気で姿隠すっていうんなら俺も手こずらされたかもしれ
ませんが 素直に思った通りの場所にいてくれて」

 無意識に後擦さっていた体が、逃げ場のない壁へと当たった。
目を逸らしたいのに、視線は吸い込まれるように目の前の男に固定され
凍り付いて、動けない。
大股で近寄ってくるハボックとの距離は、縮まる一方で…これではまるで
私が、部下を相手に臆しているようではないかと腹が立つ。

「…で、鬼ごっこはお仕舞いでよろしいでしょうか サー?」
――顔を寄せて、見下ろしてくるんじゃない生意気な!そう返してやるより
早く、伸ばされた大きな掌が、私の二の腕を掴む。
「捕獲完了 護送は担がれるのと姫抱っこ、手を繋いで帰る…お好きな
方法を選ばせて差し上げますが どれにします?」
「どれも却下だ! だ、だいたい護送とは何かね」
「逃げてく相手を捕まえたら、再度の逃亡を防ぐのは基本でしょ それに
どうして大佐殿が俺を撒こうとするのか また逃げられる前に捉まえて
おいて きちんと説明をお聞きしたいですし?」
「うっ……」

 お前がウザいから、いや違うお前じゃなくても護衛役など鬱陶しいから
クビにしてやろうと画策していたと、言えるはずがない。
だが、余裕の表情のまま空いた片手で煙草を持ち、細く煙を吐いている
こいつはそれを見透かしての上での質問なようで、……やはり腹が立つ。

「逃げていたのではない」
「ヘェ?それは失礼いたしました ではどういった理由でこのような行動
をされたのでしょうか」
「け、経歴書や噂ではアテにならんからなっ お前の身体能力や判断力を
現場で試させてもらったのだよ!」
なかばヤケで叫んだ台詞は、目を合わせないよう顔を背けてだから我なが
ら説得力のない事このうえない。
「ではこれで 俺は合格貰えたんスかね?」
面白がる表情のハボックは、更に私へと顔を寄せてきて耳朶近くで囁き、
わざとらしい確認を取ってくる。
…低い声に背筋がゾクリとなったのは生理的現象だ。そうに決まっている。
だが、こいつの声は…鼓膜に浸透するように耳に心地好い響きを残し、聴
いていて、悪くない気分にはなると認めてやらんこともない。

――さてどうしようか、ここで肯定を出せば逃げ場がなくなる。だが、否定を
出すには…分が悪すぎる。
「ほ、…保留だっ!」
「さすが噂に名高い焔の錬金術師の部下というのはハードル高いっスね
…まあ 大佐殿が逃げるんでしたら俺はどこまでも追い詰めますから何時
なりと俺を試してください」
 そう言って肩を竦めた男の様子は、やはり楽しがっているようで増々私
を腹立たしい気分にさせた。

「こらっ手を離せっ 自分ひとりで歩く!!」
嫌がらせにも程があるだろう!ハボックは意趣返しなのか私の肩をガッシ
リと抱き、その姿のまま司令部への道のりへ出ようと歩かせる。
足を突っぱねたり、振り解こうとしている私の抵抗を難なく封じ込め、それに
気付かぬ風情でいるのがまた憎らしい。

「オイタをする上官殿にはこれぐらいしないとまた逃亡されて 俺が中尉
に叱られますから 上官殿に首輪を付けるわけにもいきませんし」
しれっとした顔で嘘を言うな絶対、絶対これは嫌がらせだろうっ!男が男
に肩を抱かれて歩くなんて罰ゲーム以外であってたまるか!!年下のくせ
に部下のくせに私より軍歴短いくせにちょっと背が高いからと生意気だ!
―――大人げないぞ貴様っ!!

最後の心の叫びを、私はどうやらウッカリ口に出してしまったらしい。
ほんの僅か目を瞠って見下ろすハボックは、直後盛大に吹き出し笑った。
「大人げない…ってどっちが」
大声を上げて楽しそうに歩くな!みんなが何事かと振り返るではないか。

「すげぇ面白い人に拾われたみてぇ あー…楽しい」
上機嫌なハボックの言葉が理解できず、遠回しな厭味でも言っているのか
と視線を上げれば、細められた青い瞳と目が合った。
「面白いだけじゃなくて 可愛いってオマケまで付いてるんスね」

……お前が何を言ってるのか、皆目意味不明だ。謎を解きたいというのが
錬金術師のサガである筈だが、…なぜかこの件に関しては不問にしておけ
と本能が叫ぶので考えるのはやめておくことにしよう。

 一刻も早くこの恥ずかしい姿を晒している場から離れようと、早足に
なる私を見るハボックは、上機嫌のまま器用に片手で携帯灰皿を取り出し
吸殻を押し込み潰して「では今後もよろしく?」と歩調を合わせてきた。