焦れた人

しゅんしゅんと湯気を吹き出すヤカンヲ見つめ、10分。
これ以上ガス台前にいても、お湯が蒸発していくのを見守っているだけにしか
ならないと、日本は火を止めた。

先ほどまでの紅茶ではなく、今度は色は似ていても非なる味のほうじ茶でも
出すかと、日本は湯飲みを取り出した。
こぽこぽと、湯飲みに移動するお茶の音で、日本の心は落ち着く。

「…わざわざ 紳士的に尋ねてくるんですから…私の妄想が走りすぎですね」
大体今は、お日様が真上にある昼間だ。
英国紳士たる異名を持つイギリスが、おかしなことをしてくるはずが無いと苦笑
しながら日本はお盆に湯飲みを移した。

「お待た…せ……えっ……」
ふすまを開けた日本が、その体勢のまま固まった。
「ああ、それが前言ってた『ヤマトナデシコ』なドアの開け方か」
膝まづいた日本が、ふすまを三段階に分けるのが作法だと説明したのをイギリス
は覚えていたらしい。
ただし、その説明はあくまで伝統的な礼儀だと解説したが、別にヤマトナデシコ
の作法だと解説した記憶は無い。
いや、それより。

―――どうして海賊紳士さんバージョンになっているんですか!?

「茶、淹れてきたんだろ 早くもってこいよ」
「あの、持ってきたとかより…なんで…」
部屋の敷居前で、及び腰になる日本にじれたように、イギリスが立ち上がり大股
で歩み寄った。
「待ってる時間 退屈だったからな」
ニィと片唇を上げて、日本を見下ろす表情は冷酷的でありながら決まっていた。

正直を言えば、待たされている間に日本の機嫌をそこねる事を言ってしまった
のではないか、激しい動悸と高鳴る鼓動、息詰まる待機時間に絶えかねた
イギリスが、自分に魔法をかけたのだが、それは説明するつもりはない。

「もう言い訳は聞かない 玄関を誰かがあけたら全部見られるこの場所でがお前
の希望か?」
「えっ…ちょっ 希望じゃないですっ!」
「そうか じゃあ入れよ」
片手を強く引かれ、バランスを崩した日本がイギリスの胸元へと倒れ掛かる。
有無を言わさず、間近になった距離に慌てて日本が逃げようとした瞬間、一層
つよい力で腰を抱き寄せられた。

「あ、あの… 確認なんですが…キ、キス…だけ…です、よね?」
全部を見られるだの、直接的な行為だので身の危険を感じた日本が問いかける。
だが、その質問は自分の意図とは逆の意味に取られたらしい。
「なんだ、キスだけじゃ足りなかったのか」

否定をする前に、ふさがれた唇。

5分後の、空気を読まないアメリカの突然の来訪を、これほど感謝した事は
なかったと日本は後日語っていた。