予想斜め上


日本の文化が知りたいと、遊びに来ていたイギリスが、本棚から抜き出したのは
衣装の本だった。
現代の着物は、冠婚葬祭といった場でなければ着る人は少ないといった事情や、
今は廃れてしまったが、12枚重ねきる十二単などが存在したと日本が説明をする。
イギリスは数冊を手にして、ぱらぱらとめくったあと復元した当時の写真やイラスト
が載っているページを開きとめ、ため息をついた。

「…よくこんなの着れたな」
「十二単などは、基本他人が着付けを行いましたよ 上流家庭の女性にのみ許され
る衣装でしたから」
「ああ それなら納得だ俺のところでもパニエだコルセットだのは召使が手伝って
装着していたからな」
「現代では、これほど難しくはないのですが…残念なことに普段和服で過ごす人が
少ないため、着付けを仕事とされている方もいらっしゃいます」

振袖の項目を開き、帯だ伊達締めだ指差す日本に、イギリスが聞いた。
「日本も女性の着物の着付けをできるのか?」
「おかげさまで長生きしておりますので、一通りは…」
微笑む日本は、日本文化を体験したがる来訪者のために、一通りの和服を用意して
いるのだと告げた。
「女性の着物の着付けとやらが、複雑そうなので見てみたいな」

依頼…というより、つぶやきに近いイギリスの言葉に、日本は少し困った笑みを
浮かべた。
「残念ながらマネキンなどは用意しておりませんので…イギリスさんに着て頂く
形となりますが」
「構わんぞ」
思いもかけず、イギリスはどうせ他に誰もいないのだからとあっさりと承諾した。


さすがに振袖はと考慮をした日本は、黒無地の着物を探し出し、イギリスへと
まとわせた。
「…男物とそんなに変らんように見えるんだが?」
「着物生地だけではそうかもしれませんが、帯や伊達締めといった…いわば
アクセサリーで女性物と差をつけるのですよ では…失礼をして…」
背後にまわった日本は、イギリスの両脇下から腕を伸ばし、かけ衿先をあわせた。
そのまま右手を先に、左手を上に衿を重ね、イギリスにその位置で抑えておいて
くれと前に回る。
そのまま膝まづき、腰紐を咥えた日本は紐をイギリスの胴に一周させるため、顔を
イギリスの胴へと近寄せた。
「きつくはありませんか?」
調整する間に、着崩れぬよう日本は締め紐を加えながら、イギリスを見上げた。
「ああ、大丈夫だ」
イギリスの返答に頷くと胸元の襟をもう一度日本は整えなおし、紐で留めおはしょり
を作る。

「できました! …ご感想はいかがですか」
帯をぎゅっと結び、背中で形を整えた日本が、満足げに笑う。
できる、とは言っても男性が女性の着付けを行なうなど滅多になく、久しぶりにして
は改心の出来だと内心で頷く日本に返ってきたのは、

「…うん 着付けってエロいな」
の一言だった。

息苦しいだとか、めんどくさい服だとかの歯に衣をきせぬ率直な外国人の感想を
耳にしたことはあっても、イギリスの顔を赤らめた斜め上の返答は予想外だった。

「エ、エロいとは…?」
「いやその…密着するわ紐を咥えて上目遣いだわ首後ろをとかに指突っ込むわ…
エロいだろう!」

首後ろの指を入れたのは衿を抜く為だし、密着しないとうまく着付けはできないし
とぐるぐる思考を回転させる日本。
「すばらしい体験だった」
と女性用着物のイギリスはさわやかに笑った。

本来、着物は自分一人で着るものだという訂正は、今だできていない。