逃亡は計画のうち
(海賊紳士×日)

同じ顔、同じ声なのにどうしてこうも与える印象が違うのだろう。
腰を抜かすに近い状態で、へたりこんだ日本が見上げるのは英国。
だが、それはいつもの穏やかな空気を纏ったイギリスではなく、貴族
的な衣装を纏いながら、野粗な空気をかもし出している男だった。

金の縁取りが着いた、豪奢な赤い刺繍の服を纏った金髪の男はニィ、と
唇をゆがめ哂った。
座ったまま、少しづつ後退していく日本の着物の裾を踏みつけ、
イギリスは視線を合わせるよう、屈みこむ。

「逃がしてやらねえよ」
「あの…その…なぜ……」
日本が困惑をしているのも、無理はない。
以前にイギリスが海賊紳士状態になったのは、イギリスがおかしな術
をかけてきたのを、咄嗟に鏡で跳ね返したと理由があった。
だが、今は…ほんの少し、二人の間に気まずい空気が漂った以外、何
の異変もなかったからだ。

「まどろっこしいから、俺が変わってやっただけだよ」
「ま…まどろこしい…とは……」
「お前、俺が好きなんだろ」

少し筋張った長い指が、日本の顎を掬う。
他人とのコミュニケーションのやり取りが、密でない形の多い日本は
普段触れられることない箇所に走った感覚に、身を竦めた。
緑の瞳に見下ろされ、困惑のあまり泣きそうになる。

「俺を、あんな目で見ておいて 言葉をかけてやるだけであんな嬉し
そうな顔をしておいて 少し黙ってやるだけで不安な顔をしてる癖に
…逃げようとしてるんじゃねえよ」

気まずい空気になったのは、日本の庭にある桜が蕾をつけたことが
きっかけだった。
夜桜はとても綺麗なのだ、と以前日本から聞いていたイギリスは
それを見てみたいと告げたのだ。
「そうですね…それでは満開になりそうな日に皆様をご招待しましょうか」
微笑んでそう返した日本は、イギリスの言外の含みに本当は気付いていた。

――二人で、夜の桜を見てみたい。
だが、それに気付かぬフリで日本は笑みを返したのだ。

少し虚を突かれた様子だったイギリスが、苦笑を浮かべたと同時に
様子が変わり、目の前にいたのは今の強引な男になっていた。

「まだるっこしいんだよ」
はき捨てるような言葉は、日本を見据えて投げられた。
「俺を人畜無害な人間だと思いたいようだがな…覚えてとけ 今の俺
も含めて『イギリス』は成り立ってるんだ 欲しいものは…手に入れる」

時間切れだ、と悔しげに呟きイギリスは顎を掴んでいた指を離した。
呆然としたままの日本の前で、瞬きを繰り返すイギリスは、いつもの
…穏やかな優しい空気を持った若者の姿になっている。

数度のまばたきを繰り返した後、自分の顔の間近に日本の顔があって
慌てたように、イギリスは立ち上がった。
「…えっと……何かあった…か?」
唇を少し開き、困惑顔の日本に、イギリスは手を差し伸べ身を起こす
のを助けた。

「いえ…なんでも…ありません」
「日本の夜桜、楽しみにしているから」
優しく微笑むイギリスに、日本の頬が染まる。

「お茶…淹れて参りますね」
そそくさと乱れていた裾を正し、日本が台所へと向かった。
「…ああ 行ってらっしゃい」

手を振って見送ったイギリスの唇が、小さく
「今だけ自由にさせてやるよ まだ、な」と呟いたのを、日本は知らない。