強引な魔法


日本が置かれている今の状況を、一言で述べるなら危地だ。

好きとキライで分けるなら、圧倒的に好き。相手の紳士的な態度や、
美しい振る舞い、気品ある文化に憧れているのは事実。
だからといって、一線を越えるのには色んな意味でハードルは高すぎ
た。
イギリスとは友人以上、キスをするまでの関係が、居心地良くてズル
ズルとそのまま半年間。
パブった帰りに、日本の家を訪れたらしいイギリスの目は確実に据わ
っていた。

「その…私はじじいですので そっち関係は二次元の妄想で満足なん
です!」
我ながら、滅茶苦茶な言い訳だと思う。思うが酒臭い息で、自分の両
手首を握って離さないイギリスに、咄嗟に出たのがこれだったのだ。

「…そうか…」
――俺が嫌いな訳じゃないんだな、良かった
そう小さく呟いたイギリスに、日本の良心が傷む。
自分に勇気がないばかりに、相手にそんな想いをさせていたのは極め
て遺憾の意だと、日本は俯いていた顔を上げた。

…目に映るのは、魔法少女が握っているような杖を握るイギリス。
そして何故か、着ている服までも胡散臭い天使のような純白姿に
なっている。
「あ、あの…い、イギリス…さん?」
「大丈夫だぞ日本 年をとってるからと言うのが理由なら若くなれば
いいんだ!」
イギリスの満面の笑顔が、怖い。

日本が二歩下がれば、イギリスも二歩進む。
じりじりとした攻防が、最終的に落ち着いたのは壁の存在だった。
「大丈夫…痛くも怖くもないから」
「いやです!そんな怪しい技は善処できませんっ」
「平気だってば…ほわたーーっ!」
「また今度ーーーーーっ!」
日本は苦し紛れに、壁にかかっていた鏡で光を反射させた。

溺れた者は…の状況での反撃だったが、どうやら、それは有効な手段
だったらしい。
杖の先から放たれた光はそのまま跳ね返り、イギリスは白い煙に包ま
れていた。

「イ、イギリス…さん… 大丈夫ですか?」
少しむせて煙を掌で払う日本は、映るシルエットが大人の姿である事
に安堵した。
以前、近国が子供になったのを自分の目で確認している日本は、その
魔法の威力を知っている。
もし当人自身が、その魔法にかかってしまった場合…解除方法が不明
というのは、避けたい事態だった。

「あ?」
機嫌の悪そうな、返事。
恐る恐ると目を凝らす日本の瞳に映るのは、時代物の貴族の衣装と
横幅のあるツバがついた、黒い帽子を斜めに被ったイギリス。
「…イギリスさ……」
「誰だお前 気安く俺様の名前を呼ぶんじゃねぇよ」


そこにいたのは、悪名高き海賊紳士。
一難去って、また一難の日本はその場に固まる事しかできなかった。
******
続きます