人ごみの中で


歴史的建築物などは概ね観光したし、今日はあえて人の多そうな箇所を
見学して回りたいの希望を出してきたのは、アメリカだった。
夏休みということもあり、夕暮れ時を過ぎても都心の人口は代わらない。
すれ違う人に当たってよろめいた日本の肩を、すかさずアメリカが支え
腕の中へ受け止めた。

「あ…申し訳ありま……あ、あの…えっ…待っ……」
支えたことに対する感謝の言葉は、抱きしめられたままアメリカの顔が
近づいてきて、軽く唇が重なったことで語尾が消えた。

人前での口付けという習慣がない日本は、口元を掌で覆い、顔を真っ赤に
周囲を見渡すが濃厚でなかったことと、片方があきらかに外国人だと解る
からか、周囲から非難や嫌悪の視線はなかった。

だがそれでもいたたまれないとばかり、アメリカの手を取った日本は小走
りに、人通りの絶えた小道に入ってアメリカに向き直る。
「何度申し上げたら解るのですか!ひ…人前でああいう行為をわが国で
はしないのですっ」
珍しく少し口調を荒げた日本が、上目遣いに怒るのを見て、アメリカは口端
をわずかに上げた。

「…だって可愛かったし?」
平然と嘯くその様子に、日本の寄せた眉根の皺が更に深まった。
「自分のされた事でしょう なぜ疑問系で答えるのですか」
「頭で考えるより先に体が動いていたんだ 疑問形になるのもしょうがな
いと思わないかい?」
「…思いませんっ!」

面白がる表情を残したアメリカが、壁に手を置いて両腕で日本を封じ籠め
耳朶へと囁きかける。
「…で、日本は俺にシャザイとベンショーでもして欲しいのかい?」
「ち、違いますっ そうじゃなく…人前でああいった行動を…」
「わかった…で、今ここには俺たちしかいないから構わないよねちなみに
反対意見は聞かないんだぞ」
からかうような口調で、アメリカが優しく日本の顎を掬い唇を重ねた。

「いいですかっ人前でなくても誰が来るかわからない公共の場所で…!」

「…慎みというものをっ」

「だからっく駄目なものは駄目なのですっ!」

――プレミアがつくぐらい稀有と言われている、日本の怒った表情…
それをこんなに間近で、しかも独占して連続で見れるなんて今日は
ラッキーデイなんだぞ!

アメリカがこんな事を考えているとも知らず、説教を続ける日本は……
少々報われていないかもしれない。