手軽でない店



シフトの都合で遅出のハボックが顔を見せる前から、香ばしい匂いはほのか
に空気に乗って廊下から流れてきていた。
書類にサインをしていた手を止め顔を上げたロイに、ハボックは抱えている
紙袋をかざし、悪戯めいた顔つきで咥えていたタバコ先を揺らす。

「出勤ついでに バゲットサンドとポテト 大佐の分も買って来ました
ちょうど揚げたて買えたから 昼飯にどうっスか?」
ピクリと肩を揺らしたロイが、さりげなさを装って時計を眺めたのは、まだ
昼を告げる時報がわりのベルの音がなっていないからだ。
針が示しているのは11:55の数値。たかが5分ではあるが、紙袋に入った
揚げたてポテトの風味が損なわれるには、充分な時間だ。

ロイの手がピタリと止まってしまったのを見た優秀な副官は、聞き取れぬ
程度の小さな吐息をついてロイへと声を掛けた。
「20分前に戻られるのでしたら 提出期限に間に合いますが」
「よしっ 戻ると約束する ハボック屋上に行こう!」
ホークアイの申し出は、昼休みを5分前倒しにする代わりに、20分早く席に
戻れと言う等価交換にはならない条件だったが、快諾をしたロイは言うなり
立ち上がりハボックへと向かった。
「そうっスね 今日は暖かいし天気も良いし」

ロイとハボックが去った後、ホークアイが本日中要決済書類を一束無言で
追加していたのを、残った者達は見ない振りをして時報が鳴るのを待った。


ガサガサと紙袋を開くロイの顔は嬉しげで子供のようで、ハボックの頬も
思わず緩む。
日頃、高級店などのデリを食べても涼しげに微笑んで「美味いな」で終了
してしまうロイが、こうも喜色を滲ませていると手土産冥利に尽きるという
ものだ。
「…にしても そんなに好きなのに大佐 店へ寄ろうとか言わないっスね」
Lサイズのコークを啜るハボックが首を傾げ問いかけると、ロイの紙袋を
漁る手が瞬時止まった。

ある程度の有名税と言うもので、顔と名前が市井によく知れたマスタング
大佐という存在が、ファストフードを店で食べづらいというのは理解できる
が、幸いにも持ち帰りというシステムだってある。
だが、ロイが店の前を通りがかった時興味ある顔つきを示しても、中に
入ろうと提案したことは一度もなかった。

「……店に入ったことないからな」
「ああ、まだこっち来て間もないし 入ったことない店ってなんとなく入り
にくいっスよね …あれ?でも大佐 東部でも…」
「そうじゃなくて ああいった類の店に一切入ったことがないんだ」

幼少期は周囲のお姉さんが手土産として買ってきてくれていたが、こういう
ジャンクフードは大人があまり食べさせたがるものではないし、金が少し
自分の意思で使えるようになった頃には、錬金術の研究で店どころか人家
すらまばらな所にいた。
士官学校に入った頃は、元々体力があった方ではなかったので、自由時間
だろうと寮の食事以外めんどくさかった。
そして今となっては、色々と行きにくいのだとロイは蟹と炒めた玉ねぎとを
マヨネーズであえ、レタスと一緒に挟んだバゲットを一口齧って告げた。

手短にまとめているが、波乱万丈な人生を送っている人だとストローの
先を潰してコーラを吸っていたハボックは、ならばと提案を持ちかける。

「今日の帰り…は勤務時間が違うから無理として 明日の帰りにでも
大通りのハンバーガーショップ俺と行きましょうよ 店で食べづらいなら
持ち帰りで 俺ん所か大佐ん家でも食えば問題ないっスよね?」

翌日、目立たぬようにいつもよりラフな姿をと指定したハボックは、勤務を
終え私服に着替え出て来たロイのダッフルコート姿に目を細めた。
「似合うっスね」
「……このコートは 年齢をいつも間違われるから嫌いなんだ」

マフラーで顔の下半分を隠しているが、不機嫌そうに眉根が寄せられた辺り
学生にでも間違えられるのだろうと、更にのハボックの笑みを誘うのだが
それを表面に出してはロイの機嫌は悪くなるだろう。
それではと表情を殺し並んで歩くハボックは、とりあえずロイの興味を持ち
そうな話題を出しておこうと、セットで頼めば楽だし安いのだと教えた。

「で…ではBセットで頼む」
空いていたカウンターで、メニューを選ぶまもなく自分の番になってしまった
ロイは習い性でハボックの前に並んでしまったことを、激しく後悔した。
注文を請け負った女性は、ドリンクは何になさいますかとにこやかに尋ねる
が、セットを頼んだ事で注文を終えたと思っていたロイは言葉に詰まった。
「あ、大……えーっとロ、ロイ…これシェイクも選べるみたいっスよ 家で
紅茶とか入れるから デザート代わりにこれにしといたらどうっスか?」
「ああ、じゃあそれで頼む」
「シェイクは何になさいますか?」
(…何とは何だ まさかシェイクを作る会社の指定でもしろというのか?)

大佐と呼び掛けようとして、それはまずいかと慌てて名前に切り替えた
ハボックは、先程初めて名前を呼んだことで浮かれているのかロイの必死な
目線にも気付かず、ニコニコとしている。
ロイの逡巡を迷いと取ったのか、カウンターの女性はこちらが期間限定品で
特にオススメですがと、ラズベリーが描かれた看板を掌で指し示した。
「ではそれで」

「ナゲットのソースはどうなさいますか?」
(…シェイクの次はソース!?どうとはどうしろとっ!?何にというのが種類を
選べと言うのは解ったが どうとは何をどうしろと言うんだっ! 濃い目にとか
国産がいいだとか ウスターにしてとか頼むのか?…解らん…)
「あ、バーベキュー風味でお願いするっス」
固まっていたロイの様子にようやく気付いたハボックが、支払いを一緒にと
自然に会話を引き取り、自分の注文も告げた。

「……ハボック」
「はい なんスか」
「お前はすごいな見直したぞ 瞬時にあれらのデータを判断しまとめ注文
するとは…なかなかのものだ」
「……どうも」
いやもう少し違う所で認めて欲しいものだがと、複雑に返答するハボックは
それでも「買いたてのシェイクは固くて吸えんものなのか」と、歩きながら
奮闘するロイに和みつつ、自分も袋からポテトを一本取り出しつまんだ。

「来月の期間限定フレーバーシェイクもまた買いに来ませんか?」
「…悪くないな」
ようやく一口目を啜れたロイが、深く頷くのを見たハボックは安上がりな
幸せも悪くないと、小さく笑った。



藹々のありまさまが描かれた上のイラストから ロイはこういう店で買い物できるかと妄想話
図々しくもイラストを頂いてきてしまいましたので、一緒にUPさせて頂きますv
ハボの目付きと、あーと食べるのに一生懸命なロイが可愛くて……ありがとうございました!