目眩と信用


目の脇で光が揺れた気がして、ロイは焔を灯せる体勢のまま
振り返った。
気のせいなどではなく、背後にあった入り口の向うの暗い廊下
壁には、体格の良さを窺わせる人影が映し出されている。

「…だれだ 出て来い」
低く抑えたロイの声に、ゆらりと影は伸び、黒尽くめの男が
姿を現した。

「…なんだお前か 何をしているこんなところで」
「それはこっちの台詞っスよ」
長い親指で、蒼い目だけを曝け出していた覆面を捲った男は
呆れたという口調でロイを見下ろした。
「アンタの出動は明日…しかもこんな密閉した部屋なんかじゃ
なく隠し通路の先の路地裏だったはずだ」

普段愛嬌のある垂れがちな目を眇めてのハボックの問いは
糾弾に近いもので、確かに部下たちとの打ち合わせの裏を
かいて、単独行動で元国家錬金術師だった男の部屋を探索
していたロイは、居心地悪げに目線を逸らした。

「あいつは…薬品系の錬成を得意としていた お前たちが
迂闊に踏み込んで何かあったらどうする」
「それはアンタだって同じでしょうっ」
空気を震わせたハボックの怒気に、ロイは息を呑んだ。

睨みつけるハボックを瞬時に睨み返したが、結局負けたのは
ロイの方だった。
「私の方が…罠に対応できる術をもっている…」
「だからあらためて明日 道具立てを揃えて俺らがここに来る
ことになってたはずだ」
「物事を探るならすこしでも早い方が良い 私は私の自由で
動く お前には…関係ない」

「…アンタはっ……!」
憤ったハボックは勢いのままロイの右手首を拘束し、間近に
顔を寄せた。
「関係ない…って本気で言ってるんスか?」
つい気心しれた部下相手であったからだというのが本音だが、
一方的に咎めてくるハボックの言動に苛立ちロイは反射的に
「そうだ」と答えてしまった。

「こっちの気持ちも無視で…ね それなら俺もアンタの心なんか
無視して好きにやらせてもらいます」
右手首を引き、空いた片手をロイの腰に廻したハボックは
有無を言わせず壁際にある寝台まで運び、皺だらけのシーツ
の上へロイを転がした。
うつ伏せになったロイが起き上がるより早く、ハボックは上に乗り
かかりその重さで動きを封じた。

「な…なにを…」
肩越しに振り返るロイの耳元で、ハボックは囁き笑った。
「言ったでしょ 好きにさせてもらうって」

抑えて柔らかい声音なのに、その目が少しも笑っていないのに
ロイの心が怖気づく。
気の良い部下だと思っていた相手の視線に含まれてるのは、
あからさまな情欲と不思議な慈しみだった。
どちらも激しく、ロイが苦手とする感情でその身を竦ませる。
「あ…離…せ…」
「聞こえませんね」
圧し掛かったままハボックの硬い掌は、腰骨を撫でるように辿り
ロイの内腿へと入り込んだ。
「ひっ…ど、どこを触って…やめっ…」
やわやわと上下に滑る指先に、弱みを擽られるロイの腰が浮く。
その隙間に更に深くハボックの手は入り込み、ロイはどうにか
逃げようと無駄な足掻きで膝をわずかに立てた。

だが逃がさないとますます強い力で引き寄せられたロイは、
四つ這いの体勢でハボックの昂ぶりを窪みに押し付けられ、
その硬さを持ち始めた存在に赤面をした。
「ひっ…やっ…やだ…やめろ……」
「……俺はもう何度もアンタを頭の中で想像して犯してる
今更やめられる訳ないでしょう まさか現実になるなんて思っても
いなかったけどな」

ロイにとっては衝撃でしかない言葉を、苦笑交じりで言い捨てた
ハボックはもう迷いがなくなったと、呆然としているロイの服の
留め金を外し、下着ごと取り去った。
上半身はそのままで、下半身は靴下だけとなったまま仰向けに
されたロイは、羞恥からあまりな自分の姿に何とか身を隠そうと
シーツを掴み手繰り寄せる。

その手首を掴み留めたのは強い力ではなかった。
「…証拠現場のものなのに 乱さない方がいいんじゃないスか」
淡々としたハボックのかすれた声に、ロイのがびくりと揺れた。
「なっ…お前が……」
心臓が高ぶり、ハボックの言葉で動きが制限されたロイを
いたぶるようにハボックの指はロイ自身へと絡み握りこむ。
「やっ…触るな……いやだ……」
怒鳴りつけたいのに、ロイの喉元から出てくるのは縋りつくような
懇願だった。

ぬめり始めた先端を、指先で何度も往復すればロイから溢れる
雫は少しずつ嵩を増していって、ハボックの興奮を誘う。
「嫌だという割にはコッチは素直っスね」
「あっ…あ…違う…ちが…」

同性の、しかも年下の部下相手に喘がされる屈辱にロイは
横を向いて、息を呑んだまま唇を噛み締めた。
与えられる熱と、どうしようもない疼きにロイの腰がもどかしいよう
に動き、ハボックの目を細めさせる。

「あんまりここを汚す訳にはいきませんからね イイコにして
暴れなければ…イかせてあげます」
ロイから溢れる滑りをくびれに塗りこめ、扱くハボックの指の
動きが早まる。
「あっ…あぁっ……や……!」
今まで知らなかった快感に、強い目眩を感じたロイは同時に
達していた。

身の置き所なく、涙で目を潤ませ呆然としたままのロイの身支度
をてきぱきとさせたハボックは、ロイを抱きかかえ立ち上がった。
「このままここで……ってのも悪くないっスけどね 明日探索ある
のに色々残しておけませんし 俺の家へ行きましょう」
「え……や…私…は…」
「…心配しなくてもこれ以上なにもしませんよ ……まあ色々ツラく
ないといえば嘘になりますけど…明日大佐が身動きできません
なんて事になったら 俺が中尉に射殺されるでしょうし……その
……頭に血ィ昇って…つい…すみませんでした……」

答えようのないロイが目線を外し顔を背けると。途端にハボック
の顔色は蒼くなり叱られた大型犬のようにしょげた顔になる。
おろおろと掛ける言葉がなく、それでも大事な宝物を運ぶように
歩むハボックにどうしても絆されてしまうロイが、これみよがしに
吐息をつくとハボックの身体は硬直した。

「…お前は…頭に血が上るといつもこんな真似をしでかすのか」
「ち…違いますっ! 大佐が相手だから…」
「私が相手だと何故だ?」
「なぜって……好きだからですよっ!」
「誰を?」
「大佐をっ!ロイ・マスタングをですっ」
やけくそに叫ぶハボックの声に、ロイはもう一度ため息をついて
苦笑した。
「…そういう言葉はこういう無体をしでかす前に言っておけ」

「…え……あの……大佐怒って……」
「腹は立つ だが…まあ無理矢理最後までを思いとどまった点
だけは評価してやろう」
「好きです!大佐を大好きですっ!!だから続きを……」
最後まで言い終える前、勢いある掌底をアゴに食らったハボックは
痛ってーと涙目に呟いた。
「調子に乗るな」
「はい…スミマセンデシタ…」

「私を好きだというのなら行いで私を惚れさせてみろハボック」
「まだ……望みありと思っていいんスか……?」
「お前の働き次第だな とりあえず明日のお前の行動に期待を
しているよ」

にっこり笑ったロイに見惚れてしまったハボックは、チクショウ絶対
今回悪いのは俺だけじゃないのにと内心で返しながら、明日の
活躍を心で誓うのだった。