オマケ(髭ハボ+ロイ)


ようやく色々と落ち着いて、少しの休暇が出来たと連絡があったのは大佐が少将
という立場に昇進してからだった。
准将を通り越してですかの疑問に、懐かしくて堪らない電話越しの声は苦笑交じ
りで
「上がごっそり抜けたからな 前代未聞の人事だろう」と答えた。
また距離が大きくあいたのは否めない事実だが、それでもこの人が真っ直ぐの
ままいてくれるのが嬉しくて、そんな状況では忙しいだろうからわざわざ元部下
の顔なんて眺めに来る暇分、ゆっくり休んだらどうかと告げたら沈黙された。

「…そうだ…な、お前も色々あるだろうし」
ああしまった、言葉を間違えた。多分沈黙の間にこの人は色々考えて、俺の言葉
を『迷惑だから来るな』と言われたように受け止めている。
「たーいさ…じゃなくて少将か いい難いっスね 何か勘違いしてるようだから
言いますけど俺は逢いたいですよ あってアンタの顔みたい、触りたい、直接の
声が聴きたい …でも、アンタはそんな状況じゃ無理ばかりしててちっとも休息
を取ってないんじゃないかって心配したんスよ」
「…迷惑ではないのか?」
「ちっとも」
「…では…その…そちらに …お前の、顔を、…見に行っても良いか?」
俺の記憶の中には、今も凛とした命令を発する大佐の映像が常にいる。
その人にこんな、思い余ったような細い声で途切れ途切れに聞かれ、電話越しの
その姿を想像してノーだなんて言えるものか。
どんな用事があろうとも、その日程を開けて見せるのが男ってもんだろ。

大佐…じゃなかった少将が来るといった当日、駅まで迎えに行くという俺に
「周囲が色々大変だろうから 私がお前の雑貨屋に直接赴く」とのつれない返事
が、待つ身としてもどかしい。
15:30に駅に到着して、普通に歩いて10分 知らぬ町である計算をあわせて20分
頭でそう理解していても、午後になってから分刻みで時計を眺め、ちっとも進ま
ない針に苦笑する。

列車が駅に到着から15分たったな何て考えながら、おつかいに来たという少年に
オマケの飴を選ばせてると窓の向うに黒髪が見えた。
ショーウィンドウなんて洒落たものはなく、一部を鏡形式にしている硝子窓は店舗
の南側壁1/3程度の大きさで光の加減によって向こう側をこちらから眺められても
向うからこちらは少し見難くなる様に加工されていて、一見の者では店側から
自分が観察されているとは気づけないだろう。

大佐…じゃなくて少将がきょろきょろと地図を片手に、周囲を見回している様子は
無防備で、客さえいなければすぐにでも車椅子を飛ばして店外にまで迎えに
いきたい。
そんな事を考えていると、一旦は通り過ぎかけた迷い人はふと足を止め、振り
返って看板と地図を交互に眺め、ここだと確認をしたようだ。
店前に立つ大佐…じゃなくて少将は、一度ドアノブへと伸ばし掴むかと思えば
そのまま動作を止め、腕をゆっくりと下ろしてしまった。
どうしたのだろうと見ていると、大きく深呼吸。髪を整え、もう一度手を伸ばし
ノブに触れたと思うと、また手を引っ込めて今度は少しずれた位置に屈みこむ。
背中をこちらに向けて、立ち上がろうとしない…具合でも悪いのだろうか。

まだ迷ってる少年に、特別にもう一個選ばせたやるからゆっくり選べと告げ
カウベルがならないように、そっと入口のドアを開けると、聞こえてきたのは
小さな呟き。
「や、やあ久しぶりだな……これでは軽すぎるな…少将らしくない…か?
元気だったか…も先日電話で聞いたばかりだし…逢いたかった…なんてこんな
昼間から言えるものかっ!…ごきげんよう…ってどこの貴婦人だ私は!…いや
…やはりここは…」

最後の台詞の辺り、吹き出すのをこらえるのには腹筋が大活躍をしてくれた。
しゃがみこんで再会の第一声を悩んでいる大佐は、素の時によく見せてくれた態
度そのままで、変わらぬいてくれた中身にじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。

ぶつぶつと指折り呟いて、まだ再会の挨拶を悩んでいる大佐に…ああもう大佐
じゃない、少将だいい加減に覚えろよ俺と脳内思い込みを訂正しようとし、ふと
悩む。
…さて、こちらから声を掛けようにも何と呼びかけたらいいのやら
俺が出会った頃は既にこの人は大佐で、仕事でずっと一緒な時もプライベートな
時間も…暫し別れるときもずっと『大佐』

せめて大佐が昇進していくのを、自分の目の前で確認していればすんなり呼び名
ぐらい変えられただろうけど、…久しぶりにあったこの人はやはり記憶の姿に
変わりなくて、そう簡単に色々上書きなんてできやしない。

ああ、そうだ。だったら冗談めかしてしまおう。
ずっと心の中で勝手に嫉妬して、追いこせないと面白くなく思ってて、それでい
てあの人みたいになりたいと俺が思っていた、大佐の親友だったあの人にだけ
許されていた大佐への呼び掛け。

「…隠れん坊ですか ロ〜イちゃん?」
跳ね上がるように立ち上がって、口をパクパクと振り返った大佐の顔は真っ赤で
相変わらずかわいいままだった。


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ハボックだとロイをちゃん付けでなんて一生呼べないよなーと思っていたのですが
…あれ?髭ハボなら呼べるかも の思いつきです