オマケ

ブリッグズでは、常に吹雪いているので多少の雪で計画が延期される
事は少ない。
だが、本日の天候はその『多少の雪』といったレベルを越えており、
伸ばした指先さえ見えぬと言った豪雪であったため、途中まで進め
られていた模擬演習は、中止となった。

「ふぃーっ…あーあ足先凍るかと思った」
ロイと共に、一足先に暖房の効いた室内にいたマイルズは全身の雪を
払いながら入室してきたハボックに目線をやった。
大抵のものは、屋内に入るとまずは軍備を置いて後、温かさを至福と
味わうのだが、火の付いてないタバコを咥えたハボックは外にいた
時と変わらぬ姿のままだ。

「…何か報告したいことでもあるのかね」
扉越しの大部屋では、多くの者たちが帰ってきている気配がし、寒さ
で凍りついた体を癒しているようだが、武装をとかぬ様子では何か
あったのだろうかとマイルズが訝しく伺うと同時、ロイがハボックへ
と訊ねかけた。やはり、こういった察しの良さは出世に必要な条件なの
だろう。

「帰り道 こんなモン拾っちまったんですよ」
ハボックが差し出したのは、「HELP」と書かれたアルミ製のカップ。
「…どれぐらい埋まっていた?」
「持ち手が埋まらない程度っス」
「ではまだ間に合うな ハボックお前が使えそうだと判断した者数名の
名前を上げろ」
「そうっスね …グリアス、ジーニア、ミルギアとスミスってとこで
しょうか」
「奇遇だな 私もその人選が妥当だと思う では五分後に出るぞ」

 マイルズにとって、謎の会話を重ねる二人はそれで充分通じるよう
だ。まさか、と思いつつコートを取りファーの付いた帽子を被るロイへ
とマイルズは向き直った。
「助けに行くというのですか これだけの手掛かりで」
落ちていたカップは、地元の猟師たちがよく使うものだった。そこに
書かれていた「助けて」の文字の意味をマイルズは汲み取れても、
この弱肉強食の世界で…まして地元民でありながら吹雪に迷う愚か者
達を救いにいくなど、理解の範疇外だった。

「メンバーに声掛けてきました 準備OKです」
「ハボック再度の外出だ 靴下は不精せず取り替えろ」
新品の封を切っていない厚手のソックスを、投げつけられたハボック
はお見通しっスかと笑って受け取り、その場で履き替え始めた。
「何を考えているのですか!土地の者ですらこの雪の怖さを恐れ
大人しくしていようと言うのに」

 本気で救出に行くつもりらしいと悟ったマイルズが、珍しく語調を
荒げると今までの見知っていた顔付きとは違う、締まった表情を返し
ロイは口を開いた。
「助けての文字があって 私の部下がそれを見つけ幸いにも対処でき
る余裕があって、ここに焔の使い手がいる…助けに行きたいと考える
のは当然ではないかね?」
「しかも今ストッパーの中尉がいませんし?」
「…うるさいぞ ハボック少尉」
 軽口を叩くハボックは、すでに出立準備を整えロイの先導をすべく
扉前に立っていた。

 部下であるこの男も、止めるではなく唆すように笑うとはどういう
つもりなのだろうと、マイルズは二人をまじまじと見詰めた。
「あなた方まで迷ったらどうするのですか 大佐殿…うちの将軍は
ひとつ後追いしてくる者が消えたと喜ぶだけですよ」
「…それは嬉しくないな まあ私が無事帰ってきて舌打ちして頂くの
も一興か ああ、でもホークアイ中尉に聞かれると心配されるから
我らの行動についてはしばらく隠匿を頼むよ」

 にっこりと手を振って、後ろを振り向かず部屋を出て行く背中は
まっすぐで、凛とした雰囲気を放ちそれ以上の言葉を拒んでいた。

「この男は人一倍鼻が効くのだよ」と笑って地元の猟師を伴いロイが
返ってきたのは一時間半後。
寒さで鼻先は赤く、凍った髪先と厚手の衣装のせいでもこもこに
なっているマスタング大佐であったが、その姿は充分に人を魅了する
ものだった。

 その三十分後。どこからかロイの行動を聞いてきたらしい、ホーク
アイ中尉の冷ややかな視線は、心配から来ているものであると解る
マイルズは、懸命に言い訳を重ねようとするロイの姿に同情しつつ
部下たちが慕う理由が少しわかったかもしれないと、得心していた。

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頂いたので書いてみました 雪の中対応としてロイは手袋一杯持っててたり(笑)