オマケ

宴会伝達令が廻ってきた翌朝、さて誰が二人羽織の裏方役とならねば
ならぬのだろうかと、マスタング司令室の部下一同は何気なく張り詰めた
空気でいたのだが、一番遅くに出勤してきたハボックがあっさりと
「あ、俺がやるから」
と告げたことで、緊張は溶解した。

「えっと…いいんですか?」
ロイとの体格差から、一番黒子役認定を受けそうだったフュリーが恐る
恐る『大佐の怒りを買うかもしれない役柄』を言葉どおりに甘えて任せて
いいものかの、確認を取る。
「いーっていーって…むしろ他の奴に俺がやらせたくないし」
にっと笑うハボックに裏はなく、その漢らしい行動に感服した様子でフュ
リーは頭を下げ、ファルマンも小さく会釈をした。

「…今の本音だろ」
「本音だよ」
 自分もやりたくはなかったとはいえ、もう少し薄皮に包んで言えとほの
めかすブレダに、自席に着くハボックはしれっと返す。
計算をしているのかいないのか、本能でさりげなくロイの最も近くに居れ
る立場…左手役を、誰にも譲るつもりはないと匂わせているのだから、
こいつもさりげに性質の悪さ漂わせるよなと、ブレダは小さく吐息した。

 まあそれでも、押し付けてしまう分小道具やら準備のフォローぐらいは
してやるかと、ブレダは脳裏で二人羽織の図を浮かべ、首を傾げた。

「…お前が覆い被さるっての無理ねえか?」
「そうなんだよなー 昨日ちょっと練習してみたんだけど大佐が『重いっ
…お前の図体が大きすぎるんだ!』っておかんむりでさー…だから途中で
後ろからかぶさる形やめて ソファで膝上に座って貰った」
「大佐がよく従ったな…羽織はどうした?」
「重いよりは膝上の方が楽だってさ 羽織はないから代りに手持ちの一番
でけえコート被って…ほらあの北方演習なんかで着てくヤツ それでも
横幅キツいから肩から手が邪魔にならねえよう大佐にシャツは袖を通さず
前だけ留めるって感じにしてもらってやった」
「……お疲れさん にしても真面目に練習したのか?お前にしてはよく
我慢したな」
「我慢?」
「お前の言葉どおりに想像するならソファみたいに不安定な場所の 更に
膝上で上半身拘束された形の…相手が腕の中にいるってことだろ?」
 ブレダの小声の疑問に、訝しげに質問を返し煙草を咥えかけていたハボ
ックの手がピタリと止まる。

「うわぁぁっ!」
「な…なんだ いきなり」
「そんな美味しい状況にいたってのに!俺はみすみす何もせずに……いや
違う!!大佐がうっかり俺以外の奴とも組んでみようとか思わねえうちに
説得しとかねえとっ!! そんな危険なことさせられねえっ」

――いや大丈夫 まずお前ぐらいの体格がある奴はそういないからお膝
抱っこなんて体勢にまずならねえし 普通に男同士の二人羽織の練習で
危険とかありえないから

 声をかける間も無く、『大佐を探してくる!!』と席をたったハボック
の背を呆然と見送ったブレダは、『余計なこと言っちまったみたいですみ
せん大佐』と内心一人詫び、せめてもとロイの机に溜まっている書類を整頓
すべく席を立った。

 …その夜の二人羽織練習が、どのようなものであったのかはけしてロイの
口からは語られることはなく、翌日の満ち足りた表情のハボックから推測
するしかなかったのだが、ブレダはこっそりと上司の仕事をフォローしま
くり、直接謝れぬ気まずさを味わっていたのは言うまでもない。