オマケ



調子に乗り過ぎだ前髪ぐらいは焦がしてやると、火花を出す前にハボック
は大股で駆け出していた。
普通の逃走であれば、スピードや対象物の大きさで計算し行く手を阻むこと
もできるのだが、敵もさるもの。
さすが私が見込んだだけあると思わせる身体能力とおそらくは本能で、ハボ
ックは走り方に緩急をつけたり急に曲がったりと、余裕の走りっぷりのまま
火塵をかわしている。

感心する一方、どうも手の内を読まれているようで癪に触る。
「だが…残念だったなハボック そこから先は行き止まりだ」
ほくそ笑みながら呟くのは、現在4階西階段が資材部の移転による一時荷物
置き場として利用され、封鎖されているのを知っていたからだ。
「うぉっ!?」
案の定、事務課横の掲示板告知をきちんと読んでいなかったらしいハボック
の小さな困惑の叫びが曲がり廊下の先から聞こえて、私の笑みは深まった。
さあどうする、あと逃げられる箇所は廊下右端の空き部屋二つ。
しかもそこは、簡素な机と椅子があるだけの隠れ場所がない造りだと三日前
昼寝場所を探して、放浪した私は知っている。
日頃追いかけられてばかりの奴を、追いかけてみるのもたまには楽しいもの
だと、少し気分が浮上して手前の部屋を開けた。
そこには動いた空気も人の気配もなく、外れのようだった。
そうなると、次の部屋にハボックが篭もっているのは間違えない。

「無駄な抵抗はやめろっ!お前はすでに……うわっ!?」
勢いよく述べた台詞の後半が、驚愕のそれとなったのは部屋の中に誰の姿も
見えなかったからだけではない。
誰もいないだけならまだしも、普段の使用形跡のない扉から正面窓が全開と
なっていたからだ。
「まさか…!?」
幾ら身体能力に優れているからといって、4階から飛び降りるほどハボック
もバカではないはずだ。少し離れた位置にある木にでも飛び移ったのかと
慌てて窓へと駆け寄ろうとした瞬間、触れていないドアが勝手に閉まり
カチリと錠の下りる音がした。

振り返るより早く、強い力が手首を拘束し手際よく壁へと背中が押し付けら
れた。
「はい 危険なものはナイナイしましょうね …幾ら俺でもここからは飛び
下りられませんって」
逃げられぬよう私の腰を浮かせんばかりに、締まった太腿を内腿に割り込ま
せたハボックが、唇の片端を上げた余裕の顔で伸びた指先の布をつまみ手袋
を奪うと後方へと投げ捨てた。

「…お前にしては頭脳プレイだな」
扉陰に身を潜ませ、窓外へ逃げたかと見せかけたハボックのやり口にまんま
とひっかかってしまった悔しさで睨みつけるが、ハボックの面白そうな表情
は深まるばかりだ。
「お褒め頂きどーも まさか俺も大佐殿が あんな単純な手にひっかかって
くれるとは思いませんでした…で、俺になんのようでしたっけ?」
ことさら揶揄を濃くしたハボックが、ぐいと腰を抱き寄せてきて密着度が
高まると、幼い頃から同性とスキンシップとほとんど縁がない私は悔しく
も動揺してしまう。
顔近くに寄って来るハボックの煙草の香りを漂わせた頤から、距離を取ろう
と顔を背けたら、力強い指が自分を見ろとばかりに両頬を挟んで無理やり
顔を持ち上げた。

力勝負じゃ、自分の方が圧倒的に有利だと思ってるらしいハボックの余裕が
ムカつくが……頭に血の昇った状況だったとはいえ、ハボックごときの策略
にまんまとひっかかったのは遺憾極まりない。
こちらとて本当は落ち着いているのだと乱れた呼吸を抑え、ハボックを睨み
つけるが、ハボックの表情はからかいのままだ。
「バラの…棘のない蕾の花言葉の意味を知ったぞっ!」
「…ああ それで俺を追いかけてたんスか 大佐にぴったりでしょ?」
「ふ、ふふふざけるなっ!お前の目は節穴かっ誰がウブだ誰がっ!! 私は
お前なんかよりよっぽど女性経験があるし ふられた経験だってほとんど
ないし…って!こら離せっ」
ハボックが耳朶近くに唇を寄せてきて喋るので、その呼吸が首筋をくすぐる。
ざわざわした感覚が背筋に走るのが気持ち悪く、鼓動が乱れるのがイヤだ。

「…かわいい反応しないでくださいよ」
ハボックの囁きが、再び熱を頭に上らせる。
「だ、だれが…お前 何を…何言って……」
「ああ、スミマセン『まだウブだから』…大佐は俺が怖いんスよね?」

言うに事欠いて、なんだその台詞は。あまりの想定外な言われっぷりに腹が
立つを通り越して、怒鳴り声も出てこない。
憤りから唇をパクパクと開閉するのを、落ち着き払ったハボックは宥めよう
とするのかゆっくりと後ろ首に指を回し、私の髪を梳き始めた。

だがその優しい動きは、宥めるどころか胸中をざわざわむずむずさせ、気持
ちがかえって落ちつかなくなるばかりだ。

「もっ…もういいっ今回は特別に許してやるっ」
何故か頬近くに寄ってきていたハボックの唇を掌でブロックし、渾身の力で
押し剥がし腕が伸ばせるまでの距離を取った。
それでも直視するのが耐えられず、顔を背けたまま許してやると告げると、
小さな吐息が腰を抱えたままでいるハボックから洩れた。
「……ウブ過ぎだっつーの…イイ年して程があるでしょ」

意味が分からぬハボックの呟きはとりあえず無視することにして、後はこの
抱き締められ体勢からどう逃れるかが、今の私の一番の課題のようだ。


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とりあえずハボに頑張ってもらってみた(笑)