オマケ


「…ジャン・ハボック少尉なら同期でしたし 俺が行きましょうか」
ホワイトボード前で振り返ったブレダは、書類相手に奮闘している私を見て
机に置かれた辞令の封筒を持ち上げた。

書類だけでは判断できない事が多いし何より相手を見極めたいから、初対面
となる人物への内々の辞令は自ら訪れて告げるようにしているから自分で行く.。
今日の私のスケジュールを眺めるブレダの言葉にそう返したら、なるほどと
頷かれならばと街中の訓練所までの同行を示された。

「…私ひとりでも構わんのだが…?」
「あー…まあ行ってみりゃ分かると思いますが あいつの周囲はマッチョ
イズムの固まりで……大佐一人じゃ肉の壁に囲まれる可能性ありますよ?
そんなムサいとこに中尉を連れて行かれるのも お気の毒ですし」
――ブレダ少尉の同行に、賛成を示したのは言うまでもない

市外にある訓練地までどうせ車だからと断ったのに、季節の変わり目は体調
を崩しやすいと中尉に黒コートを羽織らされた。
ヒューズもだが、どうしてこうも私に関わるものは皆過保護なのだ。

幸いにもハボック少尉は筋肉ダルマどもと群れてはおらず、現在弾薬庫にて
備品をチェックにいっているらしい。
呼んでくると言う伍長をとどめ、ブレダとともに訓練場の隅にある薄暗い半地下
へとおりた。
日の光での事故防止の為、窓がないそこからは人工の灯りが洩れていて在室
者の存在を伝える。
ブレダには入り口で留まるように伝え、一人で室内に進むとライフルの手入れ
をしていた男と目が合った。
誰だと目線で問いかけてくる視線は、こちらが軍服を纏っているからか厳しい
ものではないが、それでも危険物の多い場所柄からか鋭いものだった。
長身で締まった体躯。少し緊張交じりの顔付きは、縄張りを護ろうとする
大型犬のようで悪くない。

自己紹介代わりに、手元にある書類をつまんでヒラヒラ振れば男の僅かな
緊張は溶けたようだった。
「…ああ 辞令がおりるの今日だったっけ」
コートで身分を示す箇所がすべて隠れているからか、どうも私を自分と官位
の変わらぬ程度の事務官と思っているらしい。
行儀悪く机に座ったまま、男は止めていた手を動かしだした。
「ジャン・ハボック少尉 ここは火気厳禁のはずだが?」
大股で歩み寄って、咥えていた煙草をもぎとるとそれに火は付いていなかった。
「咥えていただけっスよ」

「そういう時は例えそうでも 人が来たらとりあえず隠しておけ ヤバい行動は
いつ悪意に利用されるか分からんのだからな 大丈夫と判断したらまた咥える
んだ…ふむなるほど この成績ではそういった頭の使い方もできんでも無理
はないか」
これみよがしに経歴表を眺め、大きな溜息をついてやるとハボックは怒るどころ
か小さく吹き出した。
「クッ…アンタ面白れぇ 確かに俺 アンタの言うとおり頭悪ィから士官学校出んの
苦労したっスよ …で、今度は俺どこの所属になるんで?」

スコープを覗き照準を計るハボックは、どこへ行っても同じだという諦観があって
少し驚かしてやろうのイタズラ心が湧く。
「凄いぞっ 有名な焔の錬金術師 ロイ・マスタング大佐だ!」
「…へぇ… 名前ぐらいしか知らねえけど どんな人かアンタ知ってる?」
「どんな…と言われても……」
「アンタの知ってる範囲でいいっスよ」
「…顔立ちは悪くない…と思うぞ それから…雨の日が嫌いで……えーっと
……書類処理が嫌いで…女性にもてる!あとは…凄いっ!」
自分を客観的に評せるものかと、最期はヤケになって凄いの一言でまとめた
直後、扉向うから盛大な吹き出し笑いが聞こえた。

「笑うなっ ブレダ少尉!」
「その声…やっぱ ブレちゃん?うっわ久しぶり」
振り向き叫ぶ私の声に重なり、入室してきたブレダはハボックへ軽く手を掲げ、
久しぶりだなと挨拶を交わしている。
「10日後には同僚だ よろしくな」
「おっ…って事はブレダ 今マスタング大佐のトコにいんの?どんな相手?」
「そうだな 人使いは荒いけど面白いぜ 説教なんかも武器庫で煙草咥えてる
バカがいたら『吸うな』じゃなく『やるならばれないようにやれ』っ言ってくるタイプ」
「……見かけは?」
「女だったらさぞお前好みだっただろうなーと思う 少しキツめの黒目サラサラの
黒髪に白い肌…あーでも女だった場合 ボインじゃなさそうだなー細いし
…みたいな軽口を本人の前で言っても アホかという顔はされるが無礼だとか
上官侮辱罪だとか言わないすっげー素敵な…いや違う凄いでしたっけ?」
ニヤニヤ笑うブレダがよこす視線を追ったハボックは、そのまま固まる。
「えーっとブレちゃん その凄い上司とやらに思い当たる人が今目の前にいたり
する?」
「コート着てるとわかんねーよなー身分とか地位とかって」
「このコートをぺろーーんとめくると その下に国家錬金術師の銀時計があった
りだとか?」
「そうそう」

コンビ漫才かとツッコむのも面倒で、二人の会話を流し聞いていれば感じる
強い視線。
凝視するハボックの蒼い目に、なんだと小首を傾げて眺め返せば力強いガッツ
ポーズをとられた。

「ッシャァ! やる気でたっ!! ブレちゃん再来週からよろしくな
マスタング大佐!俺 運動神経とか反射神経だけは自信あるんでアンタ…
あ、いえアナタの盾になれるよう精一杯努めます」

盾どころか全身を纏う鎧より心強い、今や私の騎士となった男との出会いを
思い出し笑うのを、ハボックは不思議そうな表情で眺めていた。

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気が済んだといいながら出会い編 アニメ31話バージョン あのマスタン組ラインナップの箇所は
初顔合わせのシーンだよねと思ったら書きたくなって衝動のままアップ