余裕と不安/髭ハボ


「追い着きましたよ」
耳朶近くに響いた、聞き馴染みのある低い声。
背筋を震わせるような心地よいその声音は、待ち望んでいた
男のもの。

鼓動は早まるのに、息すらおぼつかなくなるのに後ろを
確認するというだけの、簡単な動作ができない。

期待を裏切られるのが怖くて、失望を恐れて硬直した手足
は指先一つの動きすらままならない。
そっと肩を大きな掌が覆う。伝わってくる温かさは本物だ。
「…ただいま 大佐」

一度脱落した部下は、年相応以上の貫禄と落ち着きと
……渋さを併せ持って帰ってきた。
そして、その所作のなにもかもが元より持ち合わせていた
最上級の見掛けを輝かせ、つまりは異性の視線を集め
同性には憧憬の眼差しを向けられる男となっている。

ゆったりとした動作は隙がなく、頬を染めた女性が道を尋ね
るのを理由として語りかけてきても、昔のように舞い上がる
様子はない。
余裕のある顔で説明する仕草は、上背もあるだけにかなり
目立ち、通りすがりの女性が振り返るほどだ。

昔ならば、ハボックのクセにと言えたけれど。
不要な言葉をベラベラと紡いでいた唇は、ゆったりとした
笑みを浮かべているばかりになって、私の知らない男に
なってしまったかのようで、そんな軽口を叩く隙がない。

年下の焦りをなくした男は、もう私の知っているハボックでは
ない。
万人の注目を浴び、好意を向けられそしてそれに値する男だ。

その証拠に見ろ。
以前ならば、私が一人で先に行けば慌てて後を追って来た
のに、続く道案内を乞う女性に捕まってもハボックはそれを
振り切る様子はない。

誓いを裏切らず、再度軍部に追いついてきてくれた嬉しさと、
私の知らないハボックになってしまった寂しさでハボック
から見えなくなる位置まで早足で駆ける。

曲がり角すぐにあった路地裏の壁に寄りかかり、喜びより
寂しさを感じてしまっている自分の情けなさを叱咤していると、
俯いた地面の先に濃い影が落ちた。

「やっと追い着いたってのに 置いてかないで下さいよ」
咄嗟に逃げようとした方向を、鍛錬で筋張った手が塞ぐ。
身を竦ませた一瞬に、壁の両側に掌が着かれ長い腕が狭い
空間に私を閉じ込めた。

陽に映える金髪が、目の前まで降りる。
目の前にいるのが、見知らぬ男のようでゾクゾクして目を
合わせられない。
ゆっくりと近づく顔は、口接けをしようとしているのか。

ぎゅっと目をつぶって、顔を背けると耳元で低い笑いが響いた。
耳下の柔らかい皮膚とうなじに添って、熱い呼吸が辿り耳朶
を擽る。

「心配しなくても 俺の何もかもはアンタのものですよ」

知らない男のクセに、変なことを言うな。
いや違う、ハボックの癖になんだか解ったような口をきくな。
違う、嫌なんじゃない。 だからといって嬉しいわけじゃなくて、
その…なんだか自分でも解らない。

返す言葉がなく、何度も唇をパクパクさせる私を面白げに
見下ろすハボックの視線が気に食わない。きっと何かまた
からかうような言葉を投げつけて来るはずだ。

だからハボックの胸元を掴み、口接けてその唇を塞いで
やったら、脇にあったはずの手はいつの間にか腰へと廻され
力強く抱き寄せられていた。





*****************************
ハボは着飾ってもててもロイの後ろくっついてきそうですが、髭はロイが耐え切れなく
なるまで知らん振りして影でロイをあおるんじゃないかの会話からの妄想話でしたv